【完結】『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第1部 エピソード2023

「短い秋の始まり」

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「短い秋の始まり」

 工事が終わった翌日、副島が言うように一気に道東は秋を迎えた。稀世が目を覚ました午前8時の外気温は15度程で朝は少し寒さを感じるくらいになった。天気予報の気象予報士の予想では昼の最高気温は25度程まで下がり、来週には最低気温は10度、最高気温は20度と一気に季節が進むとの事だった。
 昨日までTシャツにジーンズだった稀世はキャリーバッグからトレーナーとタイツを取り出し壁にかかったカレンダーに「39」と数字を書き入れた。9月3日に5日間の婚活予定で村に入り、よもやの「コンサルタント」としての長逗留ちょうとうりゅうとなり、10月11日で39日目を迎えたのだった。39日目にして初めて感じた「涼しさ」はこれから迎える「冬」を想像させた。

 例年11月半ばの初雪からゴールデンウイークの頃まで神標津村の大地は雪化粧される。典史が農協に半ば無理やり高いローンを組んで買わされた・・・・・、牧草ロールを作るロールベーダーが直の畜舎裏に持ち込まれるのが窓から見えた。
 (あぁ、そういえば今日は裏山手前の牧草地の「2番草・・・」の刈り取りをするって言うてたな。今年は暑さが続いたからイネ科牧草の栄養価が低くなるかもしれへんって一郎さんが心配してたよな…。今のメンバーの中で飼料用トウモロコシの「デントコーン」を作ってるのは典史君のところくらいしかないってことやったから生草が食べられへんようになった後はまたいろんな課題が出てくるかもしれへんって広志さんとサブちゃんも難しい顔してたもんな。栄養価の高いニュージーランド産の牧草ロールの価格が上がったから、神標津は自給自足って話やったもんな…。)稀世はこの38日間の間に学んだ事を書き込んだノートを読み返した。

 一応、新規メンバーは今日から女性チームは「週休2日制」を取り入れることにしているので、来村以来無休で働き続けてきた稀世が最初に「アグリ神標津」としての休暇を取らせてもらえることになっていたのだった。
 男性若手メンバーは隔週での週休2日制で、各々の休日には現場はローテーションで当番制を取り入れ、空いた時間はかつて三朗が働いていた新規事業に積極的に取り組んでいる「足寄農協」、「JAさっぽろ」の生産現場や「2次加工品」の製造現場に直販ショップや商品取り扱いの道の駅等を見学しに行く予定になっている。
 新規女性陣は、雪が降り始める前に知床や道央へ1泊2日で旅行に行くことを企画している者もいれば、定住に必要な家財をこちらに送る段取りで帰阪する者もいる。

 そんな中、美咲だけは「私は休みは要らないから。」と自主的に毎日牛の世話を希望している。仕事初日の昨日は20歳の女の子とは思えないほどの頑張りで初の搾乳作業の後、給餌きゅうじを体験し、畜舎の掃除や牛糞の処理も積極的に笑顔でこなし、牛糞燃料造りもした。
 「たくさんの子牛ちゃんを「哺育ほいく」できるなんてもうこれ以上の幸せは無いですよ!」と牛耳と角がついた茶色い牛革製の野球帽をかぶり2リットルの哺乳瓶を持って生後2カ月から3カ月の子牛にミルクを与える間ずっと笑顔でやさしく語りかけている美咲に真一は一目惚れしてしまったがシャイな性格が災いして美咲に話しかけることができずにいた。
「美咲さん、人間の男には興味ないって本当なのか稀世姉さんから聞いてみてもらえませんか?」と照れ屋な性格の真一から稀世は宿題をもらっている。そんな事を知らない美咲は昨日の夕食の時に稀世に語った。
「これからの出産は全件立ち会わせてください。人工授精や病気の看病もやらせてください。もちろん「屠殺とさつ」、「売却」などの「最後の送り・・・・・」にも必ず立ち会います。「生」も「死」も含めて家族である牛ちゃんたちと共に生きていきます。」
の言葉に1ミリの嘘もはったりも感じられなかった。(うーん、ほんまに真っすぐに動物が好きなんやな。真一君の事はちょっと様子見てからにしようかな…。)と思い、真一には極力一緒にいる時間を作る為に、「年が近い・・・・」という理由で、美咲の畜舎での作業の指導、見守りに真一をつけることを広志に申し伝えることで納得してもらっていた。

 午前9時半、直とまりあが稀世を呼びに来て、「さて、稀世ちゃんは一応は「休日扱い・・・・」って事じゃからわしらとショッピングに行くぞ。」という直の手には大きな紙袋がぶら下がっていた。
 遅い朝食を済ませ、表に出ると「プレハブ冷蔵庫」に入っていく一郎と晶と別海町から来た精肉業者の姿が見えた。昨日の一郎の説明では、結局、「JA神標津」の声掛けの精肉業者は、「アグリ神標津」との直接取引は意味ありげに断られ現在精肉加工と保管を頼んでいる別海町の業者に出張を願い出たという事だった。
 晶が付き添っているのは、吊るし・・・枝肉で冷凍すると今のアグリ神標津のメンバーでは捌くことができないので指定する部位にあらかじめ切り分け、部位によっては肉内のイノシン酸を冷蔵庫で熟成させたうえで加工したいのでその打ち合わせの為だと聞いている。
 元々、56%と歩留まり率の悪いジャージー牛ではあるが、ボーンブロスが採用になった暁には骨まで商品化できる見込みが出た事と、副島が「売り先はあるねん。」と言っていた常温解体では破棄するしかなかった各種「ホルモン」や「異食・・」部位は鮮度を落とさないよう「即冷凍」処理と捌く順番を指定することで商品として販売できるようになる。更に「牛革加工の会社も当たっといたるから皮も捨てずに置いといてや。」とメールが来ていたので、それまで「1頭なんぼ」でわずかな金額でソーセージ用として農協に引き取られていた牡の子牛が十数倍以上の売り上げになる事を期待している。

 稀世は一郎たちに会釈するとまりあが運転する四輪駆動車に3人で乗り込んだ。釧路市にある2018年に農林水産省からの「6次産業化・地産地消法に基づいた事業計画」で認定された「完全人工光型植物工場」である「株式会社Ozeki」に向かった。
 事前に直が副島に調べてもらってたようで、「運営提携契約書」、「技術指導契約書」、「苗製品納品契約書」が準備されていた。(相変わらず、副島のおっちゃんの仕事は早いし、抜け目なしやな。)と感心しながら書類に目を通していると副島から電話がかかって来た。
「安さん、今日は菅野さん、岩井さんと「Ozeki」に行くんやろ?トウモロコシやジャガイモなら村で手に入るが、それ以外の定番野菜や季節野菜はユーチューブを見て素人で作れるほど甘くは無いのは立花さんの先月の種子栽培の失敗で分かったと思うんで今回は最初からプロの手を借りようってこっちゃ!
 当然、「BtoB」の法人間の契約なんで「WinWin」になるように菅野さんから言われてるんでバランスを取った案を出しておいたで。「アグリ神標津」としたら、冬場の光熱費は地下水空調とコンポスト燃料でほぼ「無料ただ」で建屋も既存のモノがあるっていう条件やから、多少の「指導料」や「仕入れ」を払っても採算には合うはずやから。あとは…、」
と今日の訪問目的を説明してくれた。
 まりあからの提言で北海道での「水耕栽培」事例を良く知る三朗も加わり、晶とも相談して決めた「チマサンチュ」、「サラダ菜」、「ミックスレタス」、「ラディッシュ」、「ルッコラ」の事前に取り付けた苗と出張指導料の「Ozeki」からの見積書も準備されていた。

 自分の知らないところで動いてくれていた直とまりあに感謝して意見を交わしている間に車は釧路に到着した。野菜工場を見学させてもらい、水耕栽培野菜の試食もした。多くの品種がこの北海道内で季節を問わず栽培されている実績が存在している事実を知りビジネスの将来展望が開いた。冬の北海道では外部からの害虫の侵入は皆無の為、農薬の使用は必要なく「JASオーガニック認証」の取得も可能との事で先日のJOCのニーズにも対応が可能なことも分かった。
 あらかじめ指定した栽培期間が45日以内の早期刈り取りが可能な苗の購入と当面の間「週一」の来村での直接指導またはオンラインでの技術指導を申し込み、「Ozeki」側には「アグリ神標津」の納品先をホームページやSNSで紹介する権利と「アグリ神標津」で作らない作物についてのOEM提供を可能とする内容での仮契約は終わった。

 「さあ、道東の秋は短いぞ。雪が降るまでにやることは稀世ちゃんのおっぱいと同じで山のごとくあるぞ。稀世ちゃん、頼りにしてるから今しばらくは婚活は置いておいてわしらに力を貸してくれい!」
と後部座席で「Ozeki」での商談が終わった後に寄った釧路で唯一の酒蔵である「福司ふくつかさ酒造」で買った地酒の本醸造の「福司」の4合瓶を開けて紙コップで飲みながら、直はご機嫌な様子で稀世の胸を揉んだ。
 稀世は、直の手を抑えつつ直が酒を購入している間に別のスタッフを呼び出し何かを聞いていた事を思い出した。
「ところで直さん、さっき「福司」の直売所で法被はっぴを着た人に何か尋ねてたけど後から来た人って営業さんじゃないですよね。もしかして「杜氏」さんですか?何を聞いてはったんですか?」
 尋ねる稀世に直は、「せっかく釧路まで来たんじゃから、土産のひとつでも持って帰らんとな。カラカラカラ。まだ、返事はもらえてないから、一郎やメンバーには内緒やぞ…。」と断りを入れて、何を尋ねていたのかを稀世に説明した。
「ふーん、それも副島のおっちゃんの入れ知恵なん?ほんま、おっちゃんの頭の中って「ネタの宝石箱」やな。コストダウンとブランド化の両立だけでなく、ここでもバーターか…。うまくいったらええのにな。」
と感心している稀世に直は紙コップを渡すと「福司」をなみなみと注いだ。

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