『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第2部 エピソード2024

「放火」

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「放火」

 その日の夜10時、徹の姿は屈斜路湖畔のプリンスホテルのラウンジにあった。午後7時からホテルのレストランで最高級のディナーを食べ、その後、女性コンパニオン付きでラウンジで接待を受けていたのだった。
 食べ慣れない高級食材と高級酒と美人コンパニオンの接待を受け、徹はすっかり酔っていた。「社長」、「社長」と繰り返し言われているうちに、自ら「俺に任せておいてくれたら悪い様にしないっぺ。」とうっかり口にすると「社長様、それは弊社の条件で契約していただけるという事ですね。」と営業担当から言われ詰まり気味に「あぁ、…いや、決定権はうちは合議制だからこの場で決定というわけには…。」と言葉を濁したが、後半の言葉を無視して「ありがとうございます。ありがとうございました。これで私も大手を振って神戸に戻れます。さあ、社長、とことん飲みましょう。それとも今から部屋を取ってコンパニオンと「しっぽり」の方がよろしいですか。」と勢いで飲まされ続けたそのシーンをもう1人のネクタイの男が隠し撮りしているとは思いもしていなかった。

 翌朝6時、二日酔いの頭を抱えて徹が目を覚ますと裸のコンパニオンがキングサイズのダブルベッドの横に寝ていた。徹自身も素っ裸だった。屑籠に残ったゴミから昨晩の行動は記憶は無いが何をしたのかは明らかだった。
 寝ている女をベッドに残し、フロントに電話を入れると部屋の清算は済んでおり、金額欄空白のタクシーチケットを預かっているとの事だった。
 徹は急いで着替えを済ませると、フロントに女を残している事を伝え、タクシーを呼んでもらった。
 自宅に戻り、畜舎のルーチンワークを済ませると直の家のプレハブ冷蔵庫、冷凍庫から商品をアグリ神標津のワンボックスバンに積み込むと知床方面のペンションや民宿への配達業務の下請け配送で出かけた。夕方、戻った際に直の家の畜舎、野菜工場と冷蔵・冷凍舎が燃えているなど予想だにしていなかった。

 納品を終え、午後の搾乳を済ませて直の家に会社のバンを返しにいくと、けたたましい消防車のサイレンが聞こえ、夕焼け空に黒い煙と放水の水煙が見えた。
 (えっ、いったい何があったんだっぺ?)と直の家の門を通ると、燃え盛る3棟の畜舎の前に3台の消防車と2台のパトカーが並んでいた。それ以外に地元テレビ局の中継車も来ていた。その手前で一郎以下、アグリ神標津の6人の男性スタッフと美咲が次々と牛用の移送トラックに牛を積み込んでいるのが見えた。
 徹は何も言葉が出ず、立ち尽くしていると「ズゴゴゴゴ」という轟音と共に、冷蔵・冷凍舎が崩れ落ち、続いて野菜工場、畜舎も崩落した。膝を地面に着き呆然としていると直が現れるや否や「このバカたれが!」と直の右拳が徹の左頬に決まった。

 倒れた徹に馬乗りになり、右に左に拳を入れ続ける直を稀世が背後から羽交い絞めにして引きはがした。一郎がその様子に気付き、直を諫めて、幸いにして類焼する事は無かった母屋に直と徹を連れて行き、稀世が後に続いた。
 一郎の説明によると、朝一番に萬食材の男がやって来た。やって来るなり、昨晩、自ら社長と名乗る徹が萬食材提案の契約書の条件で契約決定の回答をしたという事だった。
 驚く一郎と直と稀世に萬食材の男は「これが証拠や。見ての通り、あんたのとこの「社長・・」が契約を認めてるんですよ。」とスマホで隠し撮りされ、一部が編集された昨晩のラウンジでの会話を見せた。
「民法上、口頭でも契約は成り立つのはご存じでっしゃろ。ですから、今日、こうして昨日の契約書に当社の印を付いたもの持って来させてもらったちゅうことですわ。さあ、ここにハンコいただけまっか。」
 昨日と違って、やくざまがいの態度で契約書を突きつけた男に稀世が反論した。

 「あの、うちの社長は徹さんじゃなく西沢広志さんです。ホームページにもきちんと書いていますし、登記簿上もそうなってます。それに、こんなお酒の席での契約は道義上無効でしょ!」
と強い口調で言い返す稀世に男は凄んだ。
「じゃあ、うちは「社長・・」やっていいはるあんたの所の従業員に騙されたって事ですわな。当社としては御社にそれ相応の「損害賠償請求」と「慰謝料」を請求します。更に、「詐欺罪」での刑事告訴を行いますのでそれが嫌でしたらそれなりの対応をしてもらわんと神戸に帰れませんわ。車で待たせてるやつは気が短い奴が居るんで早めにお返事貰えまっか。」
 取り付く島もない一方的な言い分を聞かされ続け、直が切れた。煙草を取り出し火をつけようとした男の手首の関節を直が決めた。男は「うぐっ!」と呻くと煙草を床に落とした。
「すみませんが、うちは全面禁煙なんじゃい。」と言い返すと続けて直は男の腕を固めたまま言った。
「おまえら、「たかり・・・」、「ゆすり・・・」専門の企業ゴロ・・・・じゃろ。「裏」は取っとるんじゃい。エンドユーザーから「異物混入があった。」とか「腐ってた。」ってクレームがあったって話で払わんつもりじゃろ。ましてや、無茶な注文出して「納品できなかったら損害賠償しろ!」とやり方はわかっとるんじゃい。」

 男はもう1人の男に目配せした。その男はスマホを取り出すと発信ボタンをタップし「交渉決裂!やれ!」とだけ言った。直は男を究極の合気道技「空気投げ」で半回転させ頭から床に落とし、もう一人の男に入り身投げを決めると後頭部に蹴りを入れ意識を刈り取った。
「稀世ちゃん、急いで表に出るぞ!一郎はこいつらを縛り上げとけ!」
 直の掛け声に100分の5秒で反応した稀世は直と一緒に事務所を飛び出し、裏の畜舎に向かった。

 3棟の畜舎前では、後部にスモークフィルムを張ったワゴン車から降りてきた6人のいかつい男たちが両手に18リットルの灯油缶を持ち、3つの建屋に走っていく最中だった。キャップの開いたタンクから漂う臭いで、タンクの中身はすぐにガソリンであることが分かった。
「真一君、美咲ちゃん!牛を裏口から大急ぎで逃がして!那依さん、まりあさん、晶さん、麗ちゃん、粋華ちゃん今すぐ作業を中止して建屋から逃げて!」
 稀世が叫ぶと事情も分からず、7人は飛び出してきた。6人のいかつい男の様子を見て「緊急事態」を察した那依たち、野菜工場と冷凍冷蔵舎にいた5人は牛畜舎に向かい、牛の鼻輪を畜舎柵から解き裏口から牛を逃がすのを手伝い始めた。
 稀世は緊急度合いが最も高い牛畜舎に向かった。1人の男の背後から渾身のジャンピングニーパッドを喰らわせその場に倒し、後頭部へのサッカーボールキックで動きを止めたが、もう1人の男を止めるには至らなかった。
 その男は畜舎の前でキャップの開いたタンクを二カ所に分けて放り込むとジッポライターに火を点け投げ入れた。
 「こんにゃろめー!」稀世が背後からケリを入れた男のサングラスが飛んだ。「あっ、てめぇ、去年10月にさくらちゃんを拉致りに来た奴やな!その時の仕返しのつもりかい!」とチキンウイングフェイスロックをかけ、数秒で意識を刈り取った。

 その瞬間、「ボンッ!」という激しい音と共に畜舎に炎が上がった。晶と粋華が備え付けの消火器で噴霧を始めたが床に広がったガソリンの火勢を抑えることはできなかった。消火剤が空になった時、「全頭裏口から逃がせました。晶さんも粋華さんも逃げてください!」と美咲の声が響くと同時に野菜工場、冷蔵・冷凍舎でも破裂音と共に炎が立ち上がった。真一と晶が慌てながらも消防と警察に連絡を入れた。
 直と稀世はガソリンを撒いた6人を順に瞬殺し、皆の安全を確認した。三棟から吹き出る炎は一層威力を増し屋根を超えて天に伸びている。
 稀世と直は6人の男たちを一カ所に集め、ロープで足首を縛った。稀世は6人の中の1人が以前さくらをさらいに来て、典史に暴行を加えた一味の1人だったことを告げた。

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