『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第2部 エピソード2024

「災いの種」

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「災いの種」

 ゴールデンウイークが明けてアグリ神標津は一気に忙しくなった。稀世の「クマ殺し」のニュースで知名度が上がっただけでなく、フォアローゼスが「ユーチューブ」でOEMで独自ブランドで販売しているアグリ神標津ブランド商品を取り上げてくれ、夏子と陽菜がフォローしているインフルエンサーに送った商品サンプルのレビューが拡まったおかげで個人顧客向けの「BtoC」商品の問い合わせが増えすぎ、売り切れ商品が出始めた。
 完全フルコミッション制の夏子と陽菜はオフィシャルネットショップの管理も任されていた為、一部商品を業販卸の枠から間違えて出荷手続きを取ってしまい、直を怒らせる事件が起こった。

 「夏子、陽菜、わしはお前らの仕事を邪魔する気はないし、お前らの実力も十分理解してるつもりじゃ。しかし、アグリ神標津ここはまだ立ち上げて8カ月で皆が安定して食っていくための基本は「BtoB」じゃ。個人客には「在庫切れですみません。」は言えても、事業者相手にはそういうわけにはいかん。会社同士の商取引関係っていうのはそういうもんじゃ。
 特に定期発注商品や予約発注商品についての納期は絶対じゃ。そこのところはしっかりと理解しておいてくれ。増員計画と貯蔵庫の増設が済めばもう少しゆとりは出るから、それまでは辛抱してくれな。」
直はやみくもに怒るのではなく、「道理」を含めて説明したので夏子と陽菜は素直に謝った。

 夏子と陽菜が怒られてる間に、請負業務報告書を出しに来ていた徹がその話を聞いていた。徹は広志に「プレハブ貯蔵庫増設するんだっぺか?」と尋ねると、冷蔵庫、冷凍庫共にキャパシティいっぱいになりかかっており、早急に手配をすることが会議で決まったところだと説明した。
 売上目標は今年に入ってから常に200%の達成率で場所を取る天然生クリームを作る為の「生乳缶の保管スペース」が足りていないというありがたい悩みを聞かされた。それ以外でも、精肉も「多品種」対応を始めたがゆえに冷凍庫内の棚のデッドスペースが実質的な問題になっている。極力、大阪の発送代行業者に送るようにしているが輸送代を優先して20メートルの冷凍コンテナで送る効率を考えると余裕を持たせたいという事だった。
「へー、広志はそのイケイケ会社の社長ってか。羨ましい事だっぺ!」と話すと、アグリ神標津のトラックの鍵を受け取り、隣町のホームセンターにバクシートの納品に向かった。

 別海町の指定のホームセンターに荷物を下ろし、神標津に戻ろうとした際、背後を走るレンタカーからパッシングを受けた。しつこくパッシングを受けるので路肩にトラックを止めると、レンタカーはトラックの前に停車して、運転席と助手席のドアが開いた。
(ちっ、変な奴でなかったらよかっぺど…。会社のトラックだで、トラブルは避けないといかんべ。)と思いながら「何かありましたか?」と標準語のイントネーションで徹は運転席の窓を開け声をかけた。
レンタカーからは徹が予想した「ややこしい者」ではなく、ネクタイを締めた営業マン風の男達が降りて来た。
「すみません、「アグリ神標津」の方ですよね。偶然、お車をお見かけしたので失礼を承知でパッシングさせていただきました。」
と頭を下げて差し出した名刺には「株式会社 よろず食材」という社名と神戸市の住所が記されていた。

 徹は少しほっとしてトラックを降りると、ブルゾンの胸ポケットから名刺入れを取り出した。(あっ、しまった。「アグリ神標津」の名刺は持ってないっぺ。まあ、組合の名刺でもいいか…。)と思いつつ、神標津農協青年部の名刺を手渡した。すると相手は事前にアグリ神標津について調べていたのか、満面の笑みで語りかけて来た。
「あぁ、そういえば社長さんは酪農組合の青年部からアグリ神標津を興されたって事でしたね。広告塔に有名アイドルや元人気女子レスラーのタレントさんを使って、数か月で会社を大きくされたと聞いています。」
 (こいつ、俺と広志を勘違いしてるみたいだっぺ。そこは訂正しておかんとな…。)と思ったが、関西人独特の軽妙なペースで言葉を挟むことなく「ほめ殺し」内容と「社長」と何度も呼ばれているうちに、気が大きくなってしまった。

 「萬食材」は、対中国の富裕層向けの食材を扱う中堅商社の様で、JOCやフォアローゼスが紹介していた「ボーンブロス」が「抗生物質」や「遺伝子組み換え」の合成飼料を使っていない事と、牛の睾丸や尿道など中華料理での高級食材を取り扱っている事を知り、取引をしたいという話を持ち掛けられた。
 取引規模は大きく、中国の飲食店、ホテルに加えて国内の納品先には神戸中華街の高級店や関西の高級ホテルに入っている中華料理店である事が分かった。
 初めて行う対業者の取引での知識のなさと、それを見破られまいとする「虚栄心」でついつい、「代表者」でないことを言う機会を失ったままアポイントを受け入れてしまった。
 今日、明日の午後であれば、広志が事務所にいることを知っていたので、(それまでに広志にきちんと話をすればよかっぺ。あわよくば、俺がまとめてきた話だって「おかん」に言ってもらえば少しは見直してもらえるっぺな。)と軽く思い、この後は他にアポイントメントがあるという業者とその場は別れた。

 神標津に戻ると、徹は広志を探して事務所をうろついた。パソコン作業をしている葵と多世に広志の行方を尋ねると、工事業者との臨時打ち合わせに釧路に出ており今日は戻らないという。仕方なく、広志の携帯に電話を入れ神戸の業者が来ることを伝えた。
 「そうか、いい話じゃないか。明日も業者との打ち合わせで午前の搾乳が終わり次第、釧路行きなんだ。一郎さんか直さんに報告して、稀世ちゃんと出口君を立ち合いで話をしてもらっておいてくれるか。せっかくだから徹も同席したらいいんじゃないか。あっ、ごめん。打ち合わせ再開みたいなんで後は頼むな。」
と気遣いの人らしく広志は徹にも花を持たせようとやさしかった。
 広志が徹に言った「打ち合わせが再開する。」は嘘だった。広志は徹の性格では直には素直になれないと思い、一郎に電話を入れるための口実だった。一郎が電話に出ると
「忙しいところすみません。徹が神戸の食材卸商社の案件を拾ってきたみたいなんで明日の午後付き合ってやってもらえませんか。この話が良い話でうまくまとまったら、直さんに再度、徹のアグリ神標津入りを話してみたいんです。」
と徹から聞いた話をそのまま伝えると、広志の気持ちを汲んで快諾してくれた。
「そうだな。徹がこっちに入ってくれれば岡山兄弟も参加しやすいだろうしな。明日は出口君は居ないが、安さんは居るので3人で対応させてもらうよ。」
 
 翌日の午後、一郎から事情を聴いていた直はあえて商談中は事務所を空けた。いつものTシャツにブルゾンではなく、襟付きのポロシャツに汚れていないチノパンで商談の席に着いた。萬食材の営業担当は、取扱希望商品のリストを徹に差し出した。
 現状、納品先のレストランやホテル、中国の取引先を含めると相当な取引量になる事が予想できた。商品代金は妥当なもので不当な廉価販売は求められていないが現状のアグリ神標津のキャパシティーからいくと、「萬食材が望む取引量には足りない部分がある事」と「エンドユーザーから入金後の支払い」と「納品優先権」の項目が稀世の目からするとネックに思えたので「社内で検討します。」と売買契約書は預かりとさせてもらった。

 萬食材の2人が帰る際、徹に何やら話しかけていたのを稀世は目にした。再度、取引条件を打合せしようと思い一郎と共に徹も参加させようと声を掛けようと思っていると徹の姿が事務所に戻ることはなかった。
 「ユーザーからの入金後検収と納品優先権は向こうのエンドユーザー・・・・・・・を考えると受け入れられる条件じゃないですね。」と話す稀世に一郎も同意した。

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