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第2部 エピソード2024
「クマキラー安稀世」
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「クマキラー安稀世」
それまでゆっくりと歩いていたヒグマの歩調が徐々に速くなってきた。100メートルあった両者の差は徐々に縮まり、美咲が畜舎に到着した時、子牛を抱えた真一は10メートル後方、ヒグマは50メートル後方に迫っていた。
「美咲さん、シャッターを下ろして!」と叫び真一は抱いていた子牛を閉まりかけのシャッターの隙間から投げ入れた反動でつんのめって転んだ。子牛は横倒しになった状態でシャッター下から滑り込み慌てて畜舎の奥に逃げ込んでいった。
2頭のヒグマが近づく中、「ポチ君!」と美咲は叫び、閉まりかかる自動シャッターの下から表に飛び出した瞬間、シャッターは地面に接地した。起き上がった真一は畜舎の壁に立てかけてあったサイレージ給餌用の鉄製の大型フォークを手に取り、美咲を背にしてヒグマに相対してあらん限りの声を振り絞って叫んだ。
「ゴルァ!美咲さんには指一本触れさせへんぞ!」
真一の気迫が一瞬ヒグマを圧倒したのか、ヒグマの前進は数秒の間止まった。10メートルの距離で長さ2メートル半のフォークの先をヒグマに突きつけ事態は膠着した。「ヒグマは僕がここで足止めしますので、美咲さんは左にまわって勝手口から畜舎に逃げ込んでください。」と囁いた。
その動きを察したヒグマは二手に分かれようとしたので先手を取って真一が動いた。思い切り一歩踏み出しフォークをヒグマの鼻に突き刺した。「ギャオーッ!」と不意を突かれた一頭のヒグマは後ずさりした。「今だ!逃げて!」と真一が叫ぶと同時に美咲は勝手口に向けて逃げようとしたが恐怖に身体がすくんで足が動かない。
真一は返すフォークでもう一頭のヒグマにフォークを突きつけたが、簡単に右腕ではね除けられた。それでも負けず真一は再度フォークを構え直しヒグマの足先を突き刺した。フォークはヒグマの足を貫き、悲鳴が上がった。
逆上したヒグマは力任せに両腕を振り回し、暴れた勢いでフォークは地面から抜けた。ヒグマの右腕が真一が持つフォークの柄を直撃し、フォークは弾かれ10メートル向こうに飛んだ。真一の身体は吹き飛ばされ宙を舞い、背後に居た美咲の上を越えシャッターに叩きつけられた。「大丈夫?」と駆け寄る美咲にヒグマの左腕が迫った。
真一は素手でヒグマに突進し、鼻先に頭から突っ込んだ。「ガウッ!」とヒグマは二歩後退したものの、体勢を整え直し再度左腕を振り上げた。真一の繰り出した右手の手刀がヒグマの左目に突き刺さるのと真一の身体が5メートル吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。
「きゃー、いやー!真一くーん!」と泣き叫ぶ美咲の前にヒグマは立ち上がった。推定身長2.5メートル、推定体重200キロはあろうかと思われるヒグマの右腕が美咲の頭上2メートルから振り下ろされた。
刹那に美咲は「死」を自覚した。走馬灯のように21年の人生が脳裏を巡った。3歳の誕生日に買ってもらったウサギから小学生から飼い始めたゴールデンレトリバーの成長が頭に浮かんだ。続いて家族に加わったポメラニアンの姿が浮かび、次々と「縁」があった動物たちが思い出された。そのペットたちとの別れのシーンの後、神標津で取り上げた子牛たちの顔が次々出て来た。最後に犬耳のカチューシャを付けた真一の屈託のない笑顔が浮かんだ。(真一君、ここまで護ってくれてありがとう。今度生まれ変わったら普通に付き合おうね…。真一君が無事やったらいいんやけど。バイバイ…。)と初めて抱く男への恋愛感情と「諦め」が心の中で同居し、目を閉じ両手を胸の前で合わせた。
その瞬間、「でりゃあぁぁぁぁ!」と甲高い女の叫び声が耳を劈き、開けた目にヒグマの鼻先に食い込む2つの裸足が飛び込んできた。
視線を横にずらすと、赤いジャージ姿の稀世の身体が地上2メートルの宙を飛びドロップキックの両踵がヒグマの鼻面に食い込んでいた。片目の熊は鼻血を吹き出しふらふらと後ろに後退した。
稀世はその隙を見逃さず、ヒグマの背後に回り込むと両腕を下腹に差し込み、現役時代はリンゴを素手で握りつぶしていた握力を活かして腹の皮を思い切り掴み、「なんならーっ!」と腰を一瞬沈めるとその反動でヒグマにバックドロップを仕掛けた。綺麗な円弧を描いてヒグマの後頭部は畜舎のコンクリートの柱に直撃し「ゴリュッ!」という骨が砕ける音が響いた。
「だっしゃーっ!」稀世が雄たけびを上げると、先に真一にフォークで鼻を刺されたヒグマが立ち上がり稀世に襲いかかってきた。
「なんじゃい!2対1かい!それ反則とちゃうんかい!そっちがそのつもりやったら私も「やらせて」もらうで!」
と言うなり、美咲は母乳の哺育で使用していたパイプ椅子を手に取った。
ヒグマの繰り出す左右のパンチをパイプ椅子のパーリングでいなすたびに「ゴリッ!」、「ボクッ!」と鈍い骨折音が響いた。それでも攻撃を止めないヒグマの肩口に電光石火でパイプ椅子が食い込み、4度鈍い音がこだました。ヒグマの腕はだらりと垂れ下がり、「ギャオーッス!」と悲鳴とも捉えられる雄叫びを上げ、大きな口を開けヒグマが稀世に噛みつこうと体を預けて来た。
稀世は体を左にかわすと同時に、体重の載ったヒグマの右足の脛にパイプ椅子をたたきこんだ。パイプ椅子が大きく変形すると同時にヒグマの膝は逆「く」の字に曲がり、地面に崩れ落ちた。
「うちの大事なメンバーに「お痛」する奴は私が許せへんぞ!止めやーっ!」
稀世は曲がったパイプ椅子を頭上に振り上げると上段の構えからうつぶせに倒れたヒグマの頭頂部に叩きこむと、ヒグマは数秒痙攣をおこし動かなくなった。最初のドロップキックからわずか3分の出来事だった。
稀世の後ろで腰を抜かしている美咲への「ケガはあれへんか?」の問いに美咲が頷くと、稀世は5メートル先で仰向けに倒れた真一のもとに走った。脈を取り、顔に耳を近づけ呼吸がある事を確認すると真一の身体を抱き起こし背後にまわると「活」を入れた。
コンマ数秒後、真一は意識を取り戻し、横に立つ稀世の姿と地面に倒れた2頭のヒグマの屍と涙でぐじゃぐじゃの顔でこちらを見つめる美咲に気が付いた。
美咲は意識を取り戻した真一に駆け寄ると、一気に押し倒し真一に熱いキスをした。そこに騒ぎに気付いた直が薙刀を持って駆け出してきて「ヒグマはどこじゃい?あれ?この熊、2匹とも稀世ちゃんがやっつけたんか?」と尋ねた。稀世は黙って頷いた。
直と稀世が見守る中、美咲の「ペロペロ」でないキスは続いていた。「真一君、好き!大好き!」と重なったままの2人を放っておいて直は一度、母屋に戻り100均の雨合羽を前後逆に着て、万能包丁を持って出直してきた。
「ジビエは「血抜き」が命じゃでな!」と言うなり、ヒグマの首の下を真一文字に横に切り裂いた。吹き出る血しぶきを受けつつ、肋骨に手を添えると包丁を差し込み、心臓と肺を繋ぐ血管を切り裂いた。あっという間に2つの大きな血の水たまりができた。
「さすがにヒグマはわしらでは捌かれんでな、ここはプロに任せるのが一番じゃい。」
とスマホを取り出すと、ジビエも扱う精肉会社に電話を入れた。後にわかる事だが稀世が投げ飛ばしたヒグマは血抜き後の体重で240キロあった。
ようやく落ち着きを取り戻した美咲と真一が改めて稀世に礼を言いに来た。真一は美咲から気を失っている間にあった3分間について聞いたようで、「稀世姉さん、すみません。僕、男なのに何もできなくて…。」としょぼくれていたが、「真一君が稼いでくれた数分のおかげで今みんな生きてるんやで。美咲ちゃんを守ってくれてありがとうな。それよりも「ペロペロ」でない「本物のキス」は良かったか。くすくす。あと、この事は他のメンバーには内緒にしといてな。「クマ殺し」の二つ名がついたらそれこそ「私」が結婚できへんようになってしまうからな。ケラケラ。」と茶化して笑ったが、そうはいかなかった。
精肉業者が地元新聞社に連絡を入れたため、その日の昼には新聞社と地元テレビ局の取材が来た。道内に限らず、夕方のニュースで稀世の熊退治は報道された。直がテレビ局に10万円で売った畜舎前の防犯カメラの生動画が繰り返しニュースで流され稀世は一躍時の人となった。
さっそく夏子と陽菜が「令和の「クマ殺し」安稀世!」とタイトルをつけてドロップキックからバックドロップまでの1頭目とパイプ椅子乱舞での瞬殺の2頭目に分けられた「ショート動画」が「X」、「TikTok」、「インスタグラム」、フルサイズの3分の動画が「ユーチューブ」にアップした為、海外のプロレス団体の「WWE」からも再参戦の依頼が舞い込み、地上波テレビのバラエティーからも複数の出演依頼が入って来た為、数日はその対応に追われ仕事にならなかった。
神標津に戻って来たメンバーたちで、防犯カメラに残された格闘シーンを「アテ」に、熊鍋、熊シチュー、熊の唐揚げ、熊ステーキ、熊ジンギスカンのフルコース宴会が開かれると共に、今後の用心のため、札幌に出ていた健司からお土産にアメリカ最強の「灰色熊」対策用の熊撃退スプレー「UDAP18CP」が各メンバーに配られた。
直の口から稀世がバックドロップを決めたヒグマは血抜き前なら250キロはあった事が語られ、「稀世ちゃんなら現役時代の人間山脈「アンドレ・ザ・ジャイアント」も投げ飛ばせたって事じゃな!」と呟くと、新根室プロレスの「アンドレザ・ジャイアントパンダ」と勘違いした夏子と陽菜が「稀世姉さん、次は新根室プロレスに参戦して、体重500キロの「アンドレザ・ジャイアントパンダ」にジャーマンスー・プレックスを決めたって下さいよ!」、「いやいや、トータルで高さ4.5メートルのブレンバスターの方が絵になりますよ!」と宴会は大いに盛り上がったが、近日訪れる蝦夷鹿、ヒグマ以上の「招かれざる客」により、アグリ神標津が「厄災」に遭い、経営危機に陥ることになるとは誰も思っていなかった。
それまでゆっくりと歩いていたヒグマの歩調が徐々に速くなってきた。100メートルあった両者の差は徐々に縮まり、美咲が畜舎に到着した時、子牛を抱えた真一は10メートル後方、ヒグマは50メートル後方に迫っていた。
「美咲さん、シャッターを下ろして!」と叫び真一は抱いていた子牛を閉まりかけのシャッターの隙間から投げ入れた反動でつんのめって転んだ。子牛は横倒しになった状態でシャッター下から滑り込み慌てて畜舎の奥に逃げ込んでいった。
2頭のヒグマが近づく中、「ポチ君!」と美咲は叫び、閉まりかかる自動シャッターの下から表に飛び出した瞬間、シャッターは地面に接地した。起き上がった真一は畜舎の壁に立てかけてあったサイレージ給餌用の鉄製の大型フォークを手に取り、美咲を背にしてヒグマに相対してあらん限りの声を振り絞って叫んだ。
「ゴルァ!美咲さんには指一本触れさせへんぞ!」
真一の気迫が一瞬ヒグマを圧倒したのか、ヒグマの前進は数秒の間止まった。10メートルの距離で長さ2メートル半のフォークの先をヒグマに突きつけ事態は膠着した。「ヒグマは僕がここで足止めしますので、美咲さんは左にまわって勝手口から畜舎に逃げ込んでください。」と囁いた。
その動きを察したヒグマは二手に分かれようとしたので先手を取って真一が動いた。思い切り一歩踏み出しフォークをヒグマの鼻に突き刺した。「ギャオーッ!」と不意を突かれた一頭のヒグマは後ずさりした。「今だ!逃げて!」と真一が叫ぶと同時に美咲は勝手口に向けて逃げようとしたが恐怖に身体がすくんで足が動かない。
真一は返すフォークでもう一頭のヒグマにフォークを突きつけたが、簡単に右腕ではね除けられた。それでも負けず真一は再度フォークを構え直しヒグマの足先を突き刺した。フォークはヒグマの足を貫き、悲鳴が上がった。
逆上したヒグマは力任せに両腕を振り回し、暴れた勢いでフォークは地面から抜けた。ヒグマの右腕が真一が持つフォークの柄を直撃し、フォークは弾かれ10メートル向こうに飛んだ。真一の身体は吹き飛ばされ宙を舞い、背後に居た美咲の上を越えシャッターに叩きつけられた。「大丈夫?」と駆け寄る美咲にヒグマの左腕が迫った。
真一は素手でヒグマに突進し、鼻先に頭から突っ込んだ。「ガウッ!」とヒグマは二歩後退したものの、体勢を整え直し再度左腕を振り上げた。真一の繰り出した右手の手刀がヒグマの左目に突き刺さるのと真一の身体が5メートル吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。
「きゃー、いやー!真一くーん!」と泣き叫ぶ美咲の前にヒグマは立ち上がった。推定身長2.5メートル、推定体重200キロはあろうかと思われるヒグマの右腕が美咲の頭上2メートルから振り下ろされた。
刹那に美咲は「死」を自覚した。走馬灯のように21年の人生が脳裏を巡った。3歳の誕生日に買ってもらったウサギから小学生から飼い始めたゴールデンレトリバーの成長が頭に浮かんだ。続いて家族に加わったポメラニアンの姿が浮かび、次々と「縁」があった動物たちが思い出された。そのペットたちとの別れのシーンの後、神標津で取り上げた子牛たちの顔が次々出て来た。最後に犬耳のカチューシャを付けた真一の屈託のない笑顔が浮かんだ。(真一君、ここまで護ってくれてありがとう。今度生まれ変わったら普通に付き合おうね…。真一君が無事やったらいいんやけど。バイバイ…。)と初めて抱く男への恋愛感情と「諦め」が心の中で同居し、目を閉じ両手を胸の前で合わせた。
その瞬間、「でりゃあぁぁぁぁ!」と甲高い女の叫び声が耳を劈き、開けた目にヒグマの鼻先に食い込む2つの裸足が飛び込んできた。
視線を横にずらすと、赤いジャージ姿の稀世の身体が地上2メートルの宙を飛びドロップキックの両踵がヒグマの鼻面に食い込んでいた。片目の熊は鼻血を吹き出しふらふらと後ろに後退した。
稀世はその隙を見逃さず、ヒグマの背後に回り込むと両腕を下腹に差し込み、現役時代はリンゴを素手で握りつぶしていた握力を活かして腹の皮を思い切り掴み、「なんならーっ!」と腰を一瞬沈めるとその反動でヒグマにバックドロップを仕掛けた。綺麗な円弧を描いてヒグマの後頭部は畜舎のコンクリートの柱に直撃し「ゴリュッ!」という骨が砕ける音が響いた。
「だっしゃーっ!」稀世が雄たけびを上げると、先に真一にフォークで鼻を刺されたヒグマが立ち上がり稀世に襲いかかってきた。
「なんじゃい!2対1かい!それ反則とちゃうんかい!そっちがそのつもりやったら私も「やらせて」もらうで!」
と言うなり、美咲は母乳の哺育で使用していたパイプ椅子を手に取った。
ヒグマの繰り出す左右のパンチをパイプ椅子のパーリングでいなすたびに「ゴリッ!」、「ボクッ!」と鈍い骨折音が響いた。それでも攻撃を止めないヒグマの肩口に電光石火でパイプ椅子が食い込み、4度鈍い音がこだました。ヒグマの腕はだらりと垂れ下がり、「ギャオーッス!」と悲鳴とも捉えられる雄叫びを上げ、大きな口を開けヒグマが稀世に噛みつこうと体を預けて来た。
稀世は体を左にかわすと同時に、体重の載ったヒグマの右足の脛にパイプ椅子をたたきこんだ。パイプ椅子が大きく変形すると同時にヒグマの膝は逆「く」の字に曲がり、地面に崩れ落ちた。
「うちの大事なメンバーに「お痛」する奴は私が許せへんぞ!止めやーっ!」
稀世は曲がったパイプ椅子を頭上に振り上げると上段の構えからうつぶせに倒れたヒグマの頭頂部に叩きこむと、ヒグマは数秒痙攣をおこし動かなくなった。最初のドロップキックからわずか3分の出来事だった。
稀世の後ろで腰を抜かしている美咲への「ケガはあれへんか?」の問いに美咲が頷くと、稀世は5メートル先で仰向けに倒れた真一のもとに走った。脈を取り、顔に耳を近づけ呼吸がある事を確認すると真一の身体を抱き起こし背後にまわると「活」を入れた。
コンマ数秒後、真一は意識を取り戻し、横に立つ稀世の姿と地面に倒れた2頭のヒグマの屍と涙でぐじゃぐじゃの顔でこちらを見つめる美咲に気が付いた。
美咲は意識を取り戻した真一に駆け寄ると、一気に押し倒し真一に熱いキスをした。そこに騒ぎに気付いた直が薙刀を持って駆け出してきて「ヒグマはどこじゃい?あれ?この熊、2匹とも稀世ちゃんがやっつけたんか?」と尋ねた。稀世は黙って頷いた。
直と稀世が見守る中、美咲の「ペロペロ」でないキスは続いていた。「真一君、好き!大好き!」と重なったままの2人を放っておいて直は一度、母屋に戻り100均の雨合羽を前後逆に着て、万能包丁を持って出直してきた。
「ジビエは「血抜き」が命じゃでな!」と言うなり、ヒグマの首の下を真一文字に横に切り裂いた。吹き出る血しぶきを受けつつ、肋骨に手を添えると包丁を差し込み、心臓と肺を繋ぐ血管を切り裂いた。あっという間に2つの大きな血の水たまりができた。
「さすがにヒグマはわしらでは捌かれんでな、ここはプロに任せるのが一番じゃい。」
とスマホを取り出すと、ジビエも扱う精肉会社に電話を入れた。後にわかる事だが稀世が投げ飛ばしたヒグマは血抜き後の体重で240キロあった。
ようやく落ち着きを取り戻した美咲と真一が改めて稀世に礼を言いに来た。真一は美咲から気を失っている間にあった3分間について聞いたようで、「稀世姉さん、すみません。僕、男なのに何もできなくて…。」としょぼくれていたが、「真一君が稼いでくれた数分のおかげで今みんな生きてるんやで。美咲ちゃんを守ってくれてありがとうな。それよりも「ペロペロ」でない「本物のキス」は良かったか。くすくす。あと、この事は他のメンバーには内緒にしといてな。「クマ殺し」の二つ名がついたらそれこそ「私」が結婚できへんようになってしまうからな。ケラケラ。」と茶化して笑ったが、そうはいかなかった。
精肉業者が地元新聞社に連絡を入れたため、その日の昼には新聞社と地元テレビ局の取材が来た。道内に限らず、夕方のニュースで稀世の熊退治は報道された。直がテレビ局に10万円で売った畜舎前の防犯カメラの生動画が繰り返しニュースで流され稀世は一躍時の人となった。
さっそく夏子と陽菜が「令和の「クマ殺し」安稀世!」とタイトルをつけてドロップキックからバックドロップまでの1頭目とパイプ椅子乱舞での瞬殺の2頭目に分けられた「ショート動画」が「X」、「TikTok」、「インスタグラム」、フルサイズの3分の動画が「ユーチューブ」にアップした為、海外のプロレス団体の「WWE」からも再参戦の依頼が舞い込み、地上波テレビのバラエティーからも複数の出演依頼が入って来た為、数日はその対応に追われ仕事にならなかった。
神標津に戻って来たメンバーたちで、防犯カメラに残された格闘シーンを「アテ」に、熊鍋、熊シチュー、熊の唐揚げ、熊ステーキ、熊ジンギスカンのフルコース宴会が開かれると共に、今後の用心のため、札幌に出ていた健司からお土産にアメリカ最強の「灰色熊」対策用の熊撃退スプレー「UDAP18CP」が各メンバーに配られた。
直の口から稀世がバックドロップを決めたヒグマは血抜き前なら250キロはあった事が語られ、「稀世ちゃんなら現役時代の人間山脈「アンドレ・ザ・ジャイアント」も投げ飛ばせたって事じゃな!」と呟くと、新根室プロレスの「アンドレザ・ジャイアントパンダ」と勘違いした夏子と陽菜が「稀世姉さん、次は新根室プロレスに参戦して、体重500キロの「アンドレザ・ジャイアントパンダ」にジャーマンスー・プレックスを決めたって下さいよ!」、「いやいや、トータルで高さ4.5メートルのブレンバスターの方が絵になりますよ!」と宴会は大いに盛り上がったが、近日訪れる蝦夷鹿、ヒグマ以上の「招かれざる客」により、アグリ神標津が「厄災」に遭い、経営危機に陥ることになるとは誰も思っていなかった。
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