『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第2部 エピソード2024

「厄介者」

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「厄介者」

 4月末、神標津村にも遅い春がやって来た。例年よりも2週間早く根雪が解けたので「一番草」の為の耕耘こううんが始まった。広い放牧用地をトラクターで掘り起こし、昨年秋から作っていた牛糞と米粉糊と燻炭を混ぜて、薄く圧延し、50センチ角でカットして乾燥させた通称「バクシート」と名付けた濡らすことでバクテリアを一気に繁殖させ、牛糞、米粉糊を養分化することができるシートも一緒に耕していく。
 「バクシート」は乾燥工程が入っているため、従来の牛糞肥料より軽量で済むために持ち運びが楽になっていて高齢者や女性でも肥料散布ができるようにしている。村内では農協が扱う「従来式堆肥」とバッティングする為、販売は控えているが「アグリ神標津」の業務に関わっている組合員はこっそりと購入して使用している。

 一番草の成長具合を観察し、従来式堆肥と牧草の生育にメリットがあれば商品化する予定である。牧草地だけでなく、露地栽培、ビニールハウス栽培でも実験的に採用を考えている。野菜果物の成長にも効果が実証できれば夏を目途に内地のホームセンターやアグリ神標津のネットショップでも販売を開始する計画にもなっている。
 燻炭を入れ、乾燥させている事で牛糞独特の臭いが出ない為、都心部のマンションのベランダでの家庭菜園等での使用モニター結果も良好だった。夏子と陽菜は既に皮算用に入り、牛の着ぐるみを着た自分たちの写真を基に、2次元の女の子キャラクターを著作権フリーの画像生成AIで作成し、「なつ&陽菜のバクシート」と勝手に商品名を入れたパッケージの試作に入っている。

 バクシートの効果は早々に発揮された。従来のイネ科、ワラ科の牧草と牛糞を混ぜた堆肥より、米粉糊が入り栄養価が高く、混ぜた燻炭の保水力も効果を発揮し一番草の若芽は対比用に従来堆肥で耕作したエリアより生育が早かった。
 他の酪農家の牧草地より早くに芽吹いたアグリ神標津のメンバーの牧草地に招かれざるが集まるようになった。最初に気が付いたのは直の裏山手前の牧草地で凜と蘭を遊ばせていたガイルと健司だった。裏山の雑木林から現れた蝦夷鹿を発見したのだった。
「ぎゃお、せっかくの新芽がみんな蝦夷鹿に食べられちゃったやんか。あんなにでかい角の生えた鹿が居ったら、子牛ちゃんもゆっくり放牧もできへんしサイネージづくりにも影響が出てしまいかねへんし、何かいい手はあれへんの?」
 ガイルがすっかり仲良くなった健司に問いかけると、その日のうちに「電気柵」を裏山に張り渡らせた。他のメンバーの牧草地で山と隣接しているところには健司がガイルと共に全て電気柵を設置し若芽が蝦夷鹿によりついばまれることはなくなった。

 時を同じくして、降雪期の重要な牛の栄養源であるデントコーンの種まき「播種はしゅ」作業が始まった。今までは典史しか作付けしていなかったのだが、昨今の輸入飼料の高騰と抗生物質、防腐剤の使用や遺伝子組み換え作物等のネガティブな要因を取り除き「自然派」を売りにする「アグリ神標津牛」のブランド化のために、農協組合員の休耕地をアグリ神標津で借り上げてデントコーンの作付けを従来の5倍に増やすことにした。
 基本的に播種から約2週間で発芽すれば、お盆前後から9月の収穫期まで放ったらかしで良いとされ、デントコーンをサイネージに混ぜ込むだけでサイネージの付加価値が上がる。龍二は典史に専用のトラクターの動かし方を教えてもらうと、借り受けた休耕地を耕し、整地し、種を蒔いた。
 昨年まではのんびりしたゴールデンウイークであったが、今年は男性メンバーはフル稼働で本格的な春を迎える事になったが、メンバー全員がその忙しさを楽しんでいた。女性陣は初の越冬を終え、1週間の特別休暇として、道東、札幌・小樽、富良野、函館と思い思いの場所に旅行に出かけるものが多かった。

 多くの女性陣が出かけて寂しくなった神標津村に招かねざるが再度現れた。直の家にはゴールデンウイーク中も「私は無休でいいですから!」と元気に出産立ち合いと哺育に勤しむ美咲とすっかり「ペット」としてラブラブな関係の真一と稀世、直だけが残っていた。
 健司が張り巡らせた蝦夷鹿対策の電気柵の支柱が根元から折られ、壊されているのに真一が気付いたが健司はガイルと2人の娘と一緒に札幌に遊びに行っているので、修理方法が分からなかった。健司に電話をしたが繋がらなかった為、漏電事故があっても困るので電源を落とし、畜舎に戻り美咲と一緒に搾乳作業に入っていた。天気が良いのでシャッターを全開にして生まれてひと月の子牛はそうそう草を食むことは無いので裏山に放し、生まれて最初の屋外で運動をさせた。
 美咲は一頭ずつ子牛を捕まえては畜舎の前でパイプ椅子に腰かけ、大きな哺乳瓶を持ってその母親の乳で哺育をしている時に裏山の異変に気が付いた。
 大きな黒い塊が裏山から近づいてきているのが見えた美咲は「ポチ君、あれって何やろか?」と指さした先には冬眠から目覚めたばかりと思われる2頭のヒグマが畜舎の牛を睨んでいた。

 「美咲さん、ヒグマです。早く畜舎の中に退避してください!」
裏山に響いた真一の声に母屋にいた稀世が気付いた。真一の大きな声に驚いた子牛の一匹が畜舎の反対の裏山方向に走り出した。ヒグマの恐ろしさを知らない子牛は黒い2つの塊の方向に駆けていくのを見て美咲は追いかけた。稀世はジャージ姿のまま部屋を飛び出し畜舎に走った。
 自らに近づいてくる子牛と美咲を「敵」と認識したヒグマは注意を払いつつ、ゆっくりと畜舎を向いて近づいてきた。ヒグマまで100メートルを残し、美咲は子牛を捕まえると首輪に手をかけ畜舎の方向に引っ張るが体重50キロを超えた子牛はなかなか言う事を聞かない。ダッシュで駆け付けた真一が子牛を小脇に抱えると「美咲さん、逃げて!」と叫ぶと2人は畜舎に向かって走り出した。

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