偽りのフーリア(契約者) ── 転生特典『愛され』少女は世界の中心で微笑む──

水野森 千

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第1章 マーセイン家

第2話 初めての友だちとペット

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 前書き

もごっとしてるのは大体言葉がわからないからだと思ってください。あとセリフを脳内再生する時はカタコトで考えながら、舌ったらずな方がらしいと思います。
舌ったらずなのをリアルな感じで文字にしたら流石に読みにくいし、音ならともかく文字だと何言ってるかわからなかった……。本当はちゃんと文字にしたかったけど断念。


◇◆◇


 この世界の朝は早い。朝日が登ると同時に起き、父さんと母さんは基本一日2食の文化のため朝食も食べずに仕事へ行く。
 けれど何もできない3歳児(もうすぐ4歳になるけど)の私にはすることがない。支度をして出て行く両親と兄を見送って家の中で寝たり、外に遊びに行ったり。

 魔蝕種という脅威はあるけれど、随分と平和な国だ。

「いってきまーす!」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「いってりゃっしゃい」

 ご飯を食べ終わった1つ上のテノ兄さんが父さんに連れられ、楽しげに家を出て行く。
 行き先は前世で言う学校のようなところだ。年齢で言うなら、幼稚園と言った方が正しいのかもしれない。バスの代わりに牛車(もちろん“私”がイメージしやすい日本の平安時代のものではなく、荷台に乗せられるような簡素なものだ)で行くので、その停留所まで父さんが送っていくのだ。

 町の様子や文明の発展から中世ヨーロッパあたり──どちらかと言えば近世に近いのかもしれない──と見当をつけたけれど、それよりも発展していたり、あるいは進んでいなかったりする部分もある。世界史は詳しくないのであまりわからないのだけど。
 その発展している部分の1つが学舎だ。4歳から6歳まで一般教養を学ぶらしい。私も来年になれば、テノ兄さんと同じユーテルク学舎へ通うことになる。

 ちなみに私にはもう1人兄がいる。5つ上のエルト兄さんは既にユーテルク学舎を卒業して、聖力があったので聖騎士学舎へ進んだ。
 聖騎士学舎は国に7つのみで、近くの町の聖力を持つ者を集めて寮で育成している。この町には聖騎士学舎はなく、エルト兄さんは大きな隣町の学舎に通っていた。

 だからエルト兄さんは去年から家におらず、全く会えない。前世のことを思い出す両親よりも前世にはいなかった兄に構ってもらいに行っていたからか、エルト兄さんのことを考えると胸が少しすうすうとする。

「レネア、食べ終わったなら着替えなさーい」
「はぁい」

 なんて、いない人のことを考えていても仕方がない。まずは着替えなくちゃ。

 兄さんの「自分でできるもん」期がこれくらいだったな、と真似をして自分で身の回りのことをするようになってから、両親は急いでいない限り服などの手伝いをしなくなった。
 それに安堵して、ゆっくりながらも自分で着替えるようにしている。

 白のワンピース型の下着を少し手間取りながら着て、その上に褐色のスカートを履く。
 寒くなってきて厚手のものに変えたそれは、今の気候にちょうどいい。今日はいい天気のようだから、重ね着の必要はなさそうだ。

 着替えを終え、さて今日は何をして過ごそうかと考える。
 昨日は寒く、1日中家にいた。2日続けて家にいたら、母さんが外に行くよう促すかもしれない。それなら、と朝から遊びに出かけることにした。

「きょおは、あそんでくる」
「お昼には帰ってくるのよ」
「うん」

 1人で歩けるようになった頃からお外で遊んでらっしゃいと言われることが増えて、それに従って遊ぶようにしていた。
 いくつかの約束事をさせられるのみで送り出すのだから、本当にこの世界の危機管理能力は大丈夫なのかと疑問に思う。この世界は前世と比べると体の発達が少し早いような気がするので、怪我とかの不安はあまりないのかもしれない。とはいえ、犯罪などの危ない目にはあったことも話を聞いたこともないけども、そちらの心配は特にするべきじゃないかと思うけれど。


 今日も舌足らずに遊びに行くことを告げれば、いつも通り快諾された。そして母さんはいくつかのリボンを手に持って私の方へやって来る。

「今日はどの色にする?」
「んー……、みどり」
「はーい、じゃあ後ろ向いてね」

 母さんに言われると同時に後ろを向いた。すると少し癖のある髪が持ち上げられ、軽く手櫛で梳かれながら結われていく。
 そうして下の方で横に2つ結びにすると、刺繍のあしらわれたリボンをカチューシャのように結い始めた。

「ふふ、レネアは緑が好きねぇ」

 母さんの言葉に、ぱちりと瞬きをする。
 好き? 好きなのかな。わからない。

 確かに、数種類の色の中から好きな色を選ぶように言われると、緑を選ぶことが多い。でもそれは、色合いを考えてのつもりだった。

 今世の私は、母さんと同じ薄い茶色の髪に、両親のどちらとも違う緑の目を持っている、らしい。
 前世からお洒落に興味がなかったからこのセンスが正しいのかはわからないけど、この髪と目の色に合うのが緑だと思ったから、緑のリボンを選ぶことが多かった。

 なんて、そんなことをわざわざ言うつもりはないけど。でも同じ色を選ぶってことは、客観的に見ればその色が好きってことになるのか。
 確かに、好きと言われれば好きなのかもしれない。

 なるほど、どうやら私は緑が好きらしい。

「よし、完成! 今日も可愛いわよ」
「ありがと」

 語尾にハートマークでもつきそうな甘い声はいまだに慣れない。ぞわぞわとして、つい視線を逸らしてしまう。

「じゃあ遊びに行く前に確認」

 けれどさっきまでの優しい声はどこへやら、真剣な声音になった母さんに向き直る。
 いつもの確認。この世界で生き残るために重要なこと。

「自分の名前は?」
「おしえちゃだめ」
「知らない人や動物には?」
「ついていかない」
「遠くには?」
「いかない」

 この3つの約束事を絶対に守るよう、厳しく言われる。
 特に1つ目は、言葉が話せるようになった頃から口酸っぱく言われてきた。前世でも言われる「知らない人に名前を教えてはいけない」と同じように感じるけれど、そうではない。

『絶対に自分の名前を教えては駄目よ。他人ひとに訊くのも駄目。他の人が呼んでるのを聞いて、覚えなさい。人や動物に変身した悪魔に教えてしまったら、連れて行かれてこわーい目に合うからね』

 いつかの日、目を吊り上げて恐ろしさを伝えようとする母さんの言葉は隣にいたテノ兄さんには効果覿面だったようで、飛び上がってぎゅっと私の手を握ってきた。私はと言えば想像上の生き物がいるなんて不思議な世界だ、とまだこの世界に慣れていなくてぼーっとしていた。
 名前を教えてはいけないのは、知らない人に対してではなく悪魔への対策のため。それが、1つ目の約束事。

 そんな世界のくせに外で遊ぶよう促すのだからよくわからない。本当に危機管理はどうなっているんだろう?

「じゃあ、いってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけるのよ」

 母さんに手を振って家を出る。行き先は決まっている。いつも友達と遊ぶあの場所。
 初めてできた友達の顔を思い浮かべて、歩く足が自然と速くなった。



「あ、レネアちゃん!」
「おはよ!」

 ブタがたまに闊歩する通りを歩いて2分ほど。手製の遊具が置いてある小さな公園に着くと、そこには既に友達がいた。
 癖のある緑の髪をした女の子がイェナ、青い髪をした男の子がコディだ。

 この世界の特徴として、髪や瞳の色がある。どうもこの世界はアニメのような色とりどりの髪や瞳を持つ人が多い。この世界が異世界であると感じられる一番わかりやすい特徴だ。
 家族は黒髪か明るい茶髪、瞳は私以外は茶目か青目と前世でもあった色だったので、初めて外に出て町の人を見た時はとても驚いた。いや、驚いたどころかぎょっとしたと言っていい。それでも似合わないカツラを被っているような不自然さはなかったから不思議だ。

「みんなは?」
「きてない!」
「アルくんは、きょおこないよ」

 他にもここで遊ぶ子はたくさんいるけれど、今日はまだ2人しかいないらしい。
 さて、今日は何をするのだろうと尋ねると元気な返事が返ってくる。

「かくれんぼ!」
「いぇなもするー!」

 かくれんぼか。精神年齢が19違う子どもと遊ぶのはとても疲れるし、合わせられているとは言えず浮いているのが現状だ。けど、その点かくれんぼは一緒にいる時間が少なくていい。みんな1人は嫌なのか私と一緒に隠れたがるけど、効率的でないのさえ毎回うまく説明できればかなりの時間を潰せた。

「おに、やるさいしょ、したい?」
「おれかくれる!」
「いぇなも!」
「じゃあ、ぁたしやるわね。10かぞえる、したらしゃがすいくよ」

 頑張って話そうとするけど、きちんと覚えられていないからたぶん間違っていると自分でも自覚している。何がどう違うかはあまりわからないけど。ちなみに舌ったらずなのはもう諦めている。
 今回は意味は通じたみたいでよかったけど、やっぱり日本語が基礎にあるせいなのかな。文字もわからないし、単語を覚えるのも文法も難しい。

 なんて思いながら、きゃーと叫びながら散らばった2人に背を向けて数えはじめる。
 今までやったとき鬼になった子は、数え間違えることや、早く探しに行きたいと気持ちが急くのか数えるのが少し早かったけど、さすがにそんなことはしない。

「──きゅー、じゅう! いくよぉー!」

 ぱっと振り向いて歩き出す。かなりゆっくり数えたとはいえ、3歳児の足(この世界基準)で行ける範囲は限られてるし、頭隠して尻隠さずなことが多い。
 案の定、すぐに樽からはみ出ているコディのお尻が目に入り、ゆっくり近づいていく。足音に気づいているのかぶるぶると震える体に数秒立ち止まって、それからわっ! と声を上げた。

「コディみっけ」
「きゃー!!」

 みつかったー! と笑いながらコディが顔を上げる。今まで見ていた限り、こういう見つけ方が楽しいらしい。
 そしてすぐに鬼になったコディもイェナを見つけに走り出す。その後を追う途中でやって来た3人も新たに入って、イェナの大捜索が行われた。


 鬼を交代でかくれんぼを続けること5戦目、子どもの人数も増えてきてひとり隠れる時間も長くなってきた。見つかった時と見つける時の反応が疲れるのでいい休憩時間ではある。

 とはいえさすがに疲れが溜まってきた。水分補給もしてないし、この1戦が終わったら帰るべきかもしれない。時計がないからわからないけど、そろそろ正午の鐘も鳴る頃だろう。

 わざと足を1本ベンチの陰から出して、ぼんやりと空を眺める。帰ったらお昼ご飯だ。今日の昼は何だろう。食べ終わった後は昼寝をして、その後は家にいるとしても何をしていよう。

「ん?」

 取り留めもないことを考えていたら、視界の端で小さな黒い球体がふわふわと浮かぶのが映った。それはだんだん高度を下げて、私の方に寄ってくる。

 このままだと私にぶつかるから、避けておこう。

「っえ、なに」

 突然降ってきたこの世界の不思議生物を避けようと立ち上がったのに、風でふわりと浮き上がったそれは、向きを変えてまた私の方に向かってきた。
 なに? どうして?

 そして忘れていたけど、今は絶賛かくれんぼ中であり。

「あーっ!! レネアちゃんみっけ!!」
「いたー!!」
「あっ」

 立てば見つかり、すでに見つかった5人以上の子どもたちが一斉に私の方に向かってくる。

「ちょ、ちょっとまって!」

 子どもたちもこの不思議生物も、同時に処理はさすがに厳しい。この子どもたちの圧を感じて逃げてくれないかな、とちらりと見てもそれは相変わらず私の方に向かってくるし、子どもたちが止まるはずもない。

「わー! なんかいる!」
「あっ!! ほこ!!」
「えっなに!? どこ!?」

 そして案の定黒い綿毛みたいな生き物、フォコを見つけた子どもたちは、かくれんぼをしていることを忘れてそちらに夢中になり始めた。
 みんな頭よりも上にある毛玉に手を伸ばして捕まえようとするけど、フォコはふわふわと重力に逆らっており、落ちてくるスピードは止まっているのかと思うほど遅い。

 そもそも、野生動物は汚いから触らない方がいいと思うのだけど。だからさっきも、私が触りたくなくてさっきは避けたのだ。
 なのに今もそれは私の方に向かってくるのだから困ってしまう。

 どうしよう。
 興奮した子どもたちを無理矢理解散させることはできないし、触るのを引き留めなくて彼らが病気になっても収まりが悪い。別にどうでもいいかとも思ったけど、精神年齢的には子どもたちを監督すべき立場だろうかと倫理観がぎる。

 考えた末に、みんな! と耳が聞こえにくくなっている子どもたちにも通るように声を張り上げた。

「こわい、なってるだから、やめるよう。かなしいよ」

 母さんが子どもをコントロールしている様子や、お喋りの多い子を思い出しながら真似をする。
 だけど適した言葉が咄嗟に出てこないし、「かわいそう」という言葉もこっちの言語じゃ学んでいなくて、うまくいかなかった。

 それでもそんな私の言葉に納得したのか、みんな手を伸ばすのをやめてじっと動かなくなる。そしてフォコに「こわい?」と声をかけたり、刺激しないためか隣同士でこそこそと話しだした。

 フォコはといえば向かってくる手がなくなったことに安心したのか、ずっと保っていた高度を徐々に下げていく。
 そしてやはりと言うべきか私の方に向かってきたので、諦めて両手を差し出すことにした。

 大人の握り拳大の黒い綿毛が、私の手のひらの上にふわりと落ちる。重さはほとんどなく、風に吹かれれば飛んでいってしまいそうだった。いや、実際飛んでいくだろう。

「わー! レネアちゃんずるい!」
「だめだよ! こわがっちゃう!」
「そうだよ。それにばっちぃだから、ほんとうは……あー、さわるっちゃだめ、だよ」

 案の定ずるいと騒ぎ始めた子がいたけど、諫めてくれた子もいたので助かった。それに便乗して、私自身も痛がってるような、怖がってるような顔を作ってフォコをできる限り遠ざけるようにする。

 ……できてるかな。基本無表情だから、表情を作り慣れてなくて正しい表情ができているかわからない。
 でも痛そうな、怖がった様子の子どもたちを見る限りたぶん伝わっているのだろう。

「いたい?」
「いまは、だいじょーぶ。でもさわるのだめ、みんなは、だからね」
「うん、うん」
「ばいばいする?」

 うーん、お別れしたいのは私の本意でもあるのだけれど、なぜかフォコは動かない。

 フォコ。顔も体もない綿毛のような見た目だが、歴とした動物だ。風に吹かれて飛んでおり、意図した移動は全身の綿毛を動かすことでしかできず、その移動距離は微々たるものである。
 風で飛ばされているだけの人畜無害な動物、それがフォコだ。

 比較的よくいる動物で、窓で休んでいる(飛んできただけ)のに家族で餌をやったこともある。その時も警戒心はなく、かといって懐くわけでもなく(若干寄ってきてはいたけれどそもそも移動できないので、懐いているのかの確認もできない)、知能があるかどうかも怪しかったのだけど。

 それに対してこれはどうなのだろう。風がないから飛んで行かないのかと思って宙に放っても、微動だにせず私の手の中へ戻ってくる。手を差し出すのをやめれば、ふわふわと綿毛を動かして私の方へ寄ってくるので手を出さざるをえない。
 綿毛を指に埋めてくる様子は、まるで離れないようにしがみつこうとしてるようだった。残念ながら掴めてはいないけど。

「かわいいね」
「レネアちゃんはこわくないのかな」
「おうちいっしょにかえる?」
「おれしってる! ペットでしょ!」

 可愛いかどうかはよくわからないけど、なるほどペットか。確かに食べるものはパンくずで十分だし、散歩も世話も必要ないから手間にはならない。
 と納得しかけたものの、別にペットが欲しいわけじゃないし衛生的によくない。

「ううん、いらない」
「いらない? ほこちゃ、かわいそう」
「ぺっとしよ?」

 ペットするって何だ。ペットにはしないし。

 と思っていたのだけど、この人数に詰め寄られれば強く否定できない。
 ……まぁいいか。適当なところできっと飛んでいくだろうし、ずっといても家の前で母さんを呼べばやめなさいって言われるだろう。

「……わかった。いっしょにかえる」
「いぇなにもみせてね!」
「ペットみたい!」
「かぁさんが、ゆるす、してくれたらね」

 叶えられないと知りながら約束をして、そのままかくれんぼは終わって解散になった。
 1分ほどの帰り道は残念ながら風もなく、無理に振り解くのも気が引ける。結局フォコは逃げることなく、扉の前で母さんを呼ぶことになった。

 平日のため一日仕事のある両親だけど、どういう社会の仕組みなのか、母さんは私の食事時は帰ってくる。
 行儀が悪いけど足で扉をノックして母さんを呼ぶと、今日も遅れることなくすでに帰宅していた母さんの声が返ってくる。そしてすぐにガチャリと扉が開いた。

「お帰り、レネア。……あら? どうしたの? そのフォコ」
「なんか、あー……はなれる? しないの」

 案の定目を丸くした母さんに答える。
 このまま駄目だと言ってくれれば予定通り、友達への義理は果たしたことになる。そうしたら手を洗って、と思っていたのだけど。

「あら、本当ね。じゃあペットにする? きちんと洗って、父さんに『テオシーナ』をかけてもらえば大丈夫よ」
「えっ」
「フォコに好かれるなんて珍しいわね! いっぱい可愛がってあげてね」
「えっ、まっ、」

 じゃあまずは洗わなきゃ! と上機嫌で家の中へ入っていった母さんの背中を呆然と見送る。まさか、母さんからペットにすると言ってくるとは……。

 ていうか「テオシーナ」ってなに……? 確か、「テオ」がお祈りのときとかにも言う「加護」だったはずだけど、「シーナ」とは……。
 聖導士の父さんが何かするってことは、聖力を使った魔法か何かかな? 魔法があるとかはよくわかってないけども。

 何にせよ、どうやら家族が増えるらしい。
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