女神のために

タクナ

文字の大きさ
3 / 12
私を助けて

第二話 その少年は走る

しおりを挟む
 普段と装いを変えた大きな四角形の建物では、大勢の人間が詰め込まれていた。側面の壁には紅白の暖簾が飾られており、なにか祝い事が開かれていることを主張している。
 壇上には大きな演説台と、その脇には華やかな花が生けられている。その演説台で話を進める人物の顔には笑顔が張り付いており、うっすらと光る首筋の汗から少しばかりの緊張が伺える。

 建物の床面のフローリングの上には老緑おいみどりのシートが敷かれ、汚れや傷からフローリングの床を保護している。
 そのシートの上には、数少ない出番であるパイプ椅子が整然と並べられている。パイプ椅子は建物内で大きく二つに別れて並べられている。座る場所が二つの団体で別れているようで、前半分には同じような格好をした若い男女が、後ろ半分は老若男女、統一感のない服装をした集団が座っている。
 そして、座っている者たちはほとんどが、緊張と期待の入り混じった表情で壇上で挨拶などをする人物を見ている。

 そんな中、既に退屈で死にそうな目をした少年が前半分の一番後ろの一番入り口に近い席に座っている。
 この少年、名を冬 深夜(ふゆ しんや)という。
 体つきは細身であるが、真っ直ぐにブレないその座り方からも、しっかりと鍛えられていることがわかる。
 特徴的なのは、背中の中ほどまで伸びる、よく手入れされていそうな長い髪を後ろで一纏めにしていることだろうか。その長い髪のせいで顔は隠れており、周りからは目がほとんど見えないほどだ。
 そのためかこれほどの特徴があるのにも関わらず、存在感が薄い。パッとしないといったほうが的確かもしれない。それに本人も静かな性格をしている(少なくとも本人はそう思っている)ので尚のことだ。
 もっとも、長い髪の下には控えめに形容しても美形と言わざるを得ない、整った中性的な顔立ちが隠れているのだが、そんな気配は微塵もない。
 本人のやる気のなさそうなオーラが、そんな気配を上手く隠しているのかもしれない。

 存在感の薄い深夜だが、今では退屈そうにしているのが周りの人間に筒抜けになっている。長髪の奥から時折見せる瞳には、面倒そうな光が灯っており、小さくため息をついているからだ。
 高校の入学式という、この程度の年齢の少年少女にとっては晴れの舞台の一つであるはずなのに、この有様なのだ。
 高校入学初日に周りから浮いていることを、彼はまだ知らない。

 そして、そんな深夜の運命を変える出来事が近づいているのだが、本人には知る由もない。
 たまたま、入り口に近い席に座っただけであんなことになるとは……なぜ、俺はこの日に学校なんて行ったんだ、と深夜は後々、大いに嘆くことになる。



 校長のありがたいお話もそろそろ終わろうかというとき、ある匂いが深夜の鼻腔をくすぐったのに気付いた。常人には到底わかるはずもないほど微かな匂いだったが、他人より五感が優れている深夜は気付くことができた。その匂いが正確に何の匂いかも判別した。それが、およそ学校には不釣合いな匂いであることも。

 判別した瞬間に、自分の嗅覚を総動員して、すぐさま匂いのもとを探る。匂いは体育館の外から流れてきているようだ。深夜と入口の間には生徒はおらず、職員もいないので別の匂いが混ざることもなく正確に方向を把握できた。
 そして、耳を澄ませ金属と金属を打ち合わせるような特徴的な音……つまり撃鉄を起こす音を探り、考えを巡らす。

 深夜は短い思考のすえ、恐らくどこかのお姫様が世界的なテロリストに追われて逃げ込んできたのだろうと結論を出した。
 普段からそういう本ばかりを読んでいるため、そんなぶっ飛んだ考えをしても、自分の考えがオカシイとは思っていない。

 そんな恐ろしくヘンな結論を出したことを、深夜はだれにも告げずにひとりで小さく微笑していた。傍から見たら、ただのヤバい奴である。
 (一体、どんなヤツが銃をもっているんだろう。なんの銃かな?)などと恐ろしい考えをしていると、外から足音が聞こえてきた。
 
(俺の聴力で聞こえ始めるということはここから50mぐらいか)

 幸い、自分は入り口が近いので、お姫様が見えた瞬間に飛び出せばいいだろうと思い、身構えておいた。不用意に飛び出しては攻撃を受ける可能性もあるので、そんな無用心なことはしない。もちろん、飛び出すのは助けるためである。決して問答無用で卒倒させるわけではない。

 歩行音があまり響かないウレタン樹脂系の塗装材を使われた床なので、静かに擦るような独特の足音が聞こえる。
 その足音がだんだんと近くなり、そろそろ常人にも聞こえるのではないかと予想した途端に足音が止まった。なにかを躊躇うように止まったのではなく、唐突に止まったのだ。それに加え、何か金属製のモノが床を転がる音が聞こえる。

(何か大切なモノを落として驚いて止まったのか? そんな感じはしないけどな……)

深夜は不審を覚え、いつでも飛び出せるように、周囲に気取られないように身構えながら、さらに耳を澄ます。

 耳を澄ませてから30秒ほど経ち、やっと音が聞こえた。
 しかし、聞こえてきた音は息切れをしているような音。さっきまでは息切れが聞こえるような素振りは全くなかったので、いきなり聞こえたことに疑問を覚える。
 足音が唐突に止まったことと不自然に音が途切れたことから、どうやら一人ではないらしい。この状況からみて二人は味方同士ではなかろう。助けにいくかどうか迷っていると、深夜を決意させる一言が聞こえた。

 「……た、助け……て……」

 掠れていて深夜の聴力をもってしても、ちゃんと聞こえなかったがソプラノの女性の声だった。
 ヤロウだったら深夜は助けるかどうか相当に迷っただろうが、女の子(声高からそう判断した)だったら話は別だ。

 深夜はパイプ椅子を音を立てて倒しながら、生徒の座っている場所から飛び出す。呆気にとられたような、動揺したような周囲の空気に脇目をふらずに外に向かい駆けていった。

 「ど、どうした、深夜?」

 そのとき隣に座っていた中学時代の数少ない友達の一人、藤崎太一ふじさきたいちが狼狽の声をあげる。しかし、深夜はそちらにも目もくれず一目散に走った。
 このことで深夜は入学式を途中退場した猛者として学校中の人間に認識されることになり一躍有名人となるのだが、それはまた別の話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

処理中です...