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私を助けて
第二話 その少年は走る
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普段と装いを変えた大きな四角形の建物では、大勢の人間が詰め込まれていた。側面の壁には紅白の暖簾が飾られており、なにか祝い事が開かれていることを主張している。
壇上には大きな演説台と、その脇には華やかな花が生けられている。その演説台で話を進める人物の顔には笑顔が張り付いており、うっすらと光る首筋の汗から少しばかりの緊張が伺える。
建物の床面のフローリングの上には老緑のシートが敷かれ、汚れや傷からフローリングの床を保護している。
そのシートの上には、数少ない出番であるパイプ椅子が整然と並べられている。パイプ椅子は建物内で大きく二つに別れて並べられている。座る場所が二つの団体で別れているようで、前半分には同じような格好をした若い男女が、後ろ半分は老若男女、統一感のない服装をした集団が座っている。
そして、座っている者たちはほとんどが、緊張と期待の入り混じった表情で壇上で挨拶などをする人物を見ている。
そんな中、既に退屈で死にそうな目をした少年が前半分の一番後ろの一番入り口に近い席に座っている。
この少年、名を冬 深夜(ふゆ しんや)という。
体つきは細身であるが、真っ直ぐにブレないその座り方からも、しっかりと鍛えられていることがわかる。
特徴的なのは、背中の中ほどまで伸びる、よく手入れされていそうな長い髪を後ろで一纏めにしていることだろうか。その長い髪のせいで顔は隠れており、周りからは目がほとんど見えないほどだ。
そのためかこれほどの特徴があるのにも関わらず、存在感が薄い。パッとしないといったほうが的確かもしれない。それに本人も静かな性格をしている(少なくとも本人はそう思っている)ので尚のことだ。
もっとも、長い髪の下には控えめに形容しても美形と言わざるを得ない、整った中性的な顔立ちが隠れているのだが、そんな気配は微塵もない。
本人のやる気のなさそうなオーラが、そんな気配を上手く隠しているのかもしれない。
存在感の薄い深夜だが、今では退屈そうにしているのが周りの人間に筒抜けになっている。長髪の奥から時折見せる瞳には、面倒そうな光が灯っており、小さくため息をついているからだ。
高校の入学式という、この程度の年齢の少年少女にとっては晴れの舞台の一つであるはずなのに、この有様なのだ。
高校入学初日に周りから浮いていることを、彼はまだ知らない。
そして、そんな深夜の運命を変える出来事が近づいているのだが、本人には知る由もない。
たまたま、入り口に近い席に座っただけであんなことになるとは……なぜ、俺はこの日に学校なんて行ったんだ、と深夜は後々、大いに嘆くことになる。
校長のありがたいお話もそろそろ終わろうかというとき、ある匂いが深夜の鼻腔をくすぐったのに気付いた。常人には到底わかるはずもないほど微かな匂いだったが、他人より五感が優れている深夜は気付くことができた。その匂いが正確に何の匂いかも判別した。それが、およそ学校には不釣合いな匂いであることも。
判別した瞬間に、自分の嗅覚を総動員して、すぐさま匂いのもとを探る。匂いは体育館の外から流れてきているようだ。深夜と入口の間には生徒はおらず、職員もいないので別の匂いが混ざることもなく正確に方向を把握できた。
そして、耳を澄ませ金属と金属を打ち合わせるような特徴的な音……つまり撃鉄を起こす音を探り、考えを巡らす。
深夜は短い思考のすえ、恐らくどこかのお姫様が世界的なテロリストに追われて逃げ込んできたのだろうと結論を出した。
普段からそういう本ばかりを読んでいるため、そんなぶっ飛んだ考えをしても、自分の考えがオカシイとは思っていない。
そんな恐ろしくヘンな結論を出したことを、深夜はだれにも告げずにひとりで小さく微笑していた。傍から見たら、ただのヤバい奴である。
(一体、どんなヤツが銃をもっているんだろう。なんの銃かな?)などと恐ろしい考えをしていると、外から足音が聞こえてきた。
(俺の聴力で聞こえ始めるということはここから50mぐらいか)
幸い、自分は入り口が近いので、お姫様が見えた瞬間に飛び出せばいいだろうと思い、身構えておいた。不用意に飛び出しては攻撃を受ける可能性もあるので、そんな無用心なことはしない。もちろん、飛び出すのは助けるためである。決して問答無用で卒倒させるわけではない。
歩行音があまり響かないウレタン樹脂系の塗装材を使われた床なので、静かに擦るような独特の足音が聞こえる。
その足音がだんだんと近くなり、そろそろ常人にも聞こえるのではないかと予想した途端に足音が止まった。なにかを躊躇うように止まったのではなく、唐突に止まったのだ。それに加え、何か金属製のモノが床を転がる音が聞こえる。
(何か大切なモノを落として驚いて止まったのか? そんな感じはしないけどな……)
深夜は不審を覚え、いつでも飛び出せるように、周囲に気取られないように身構えながら、さらに耳を澄ます。
耳を澄ませてから30秒ほど経ち、やっと音が聞こえた。
しかし、聞こえてきた音は息切れをしているような音。さっきまでは息切れが聞こえるような素振りは全くなかったので、いきなり聞こえたことに疑問を覚える。
足音が唐突に止まったことと不自然に音が途切れたことから、どうやら一人ではないらしい。この状況からみて二人は味方同士ではなかろう。助けにいくかどうか迷っていると、深夜を決意させる一言が聞こえた。
「……た、助け……て……」
掠れていて深夜の聴力をもってしても、ちゃんと聞こえなかったがソプラノの女性の声だった。
ヤロウだったら深夜は助けるかどうか相当に迷っただろうが、女の子(声高からそう判断した)だったら話は別だ。
深夜はパイプ椅子を音を立てて倒しながら、生徒の座っている場所から飛び出す。呆気にとられたような、動揺したような周囲の空気に脇目をふらずに外に向かい駆けていった。
「ど、どうした、深夜?」
そのとき隣に座っていた中学時代の数少ない友達の一人、藤崎太一が狼狽の声をあげる。しかし、深夜はそちらにも目もくれず一目散に走った。
このことで深夜は入学式を途中退場した猛者として学校中の人間に認識されることになり一躍有名人となるのだが、それはまた別の話。
壇上には大きな演説台と、その脇には華やかな花が生けられている。その演説台で話を進める人物の顔には笑顔が張り付いており、うっすらと光る首筋の汗から少しばかりの緊張が伺える。
建物の床面のフローリングの上には老緑のシートが敷かれ、汚れや傷からフローリングの床を保護している。
そのシートの上には、数少ない出番であるパイプ椅子が整然と並べられている。パイプ椅子は建物内で大きく二つに別れて並べられている。座る場所が二つの団体で別れているようで、前半分には同じような格好をした若い男女が、後ろ半分は老若男女、統一感のない服装をした集団が座っている。
そして、座っている者たちはほとんどが、緊張と期待の入り混じった表情で壇上で挨拶などをする人物を見ている。
そんな中、既に退屈で死にそうな目をした少年が前半分の一番後ろの一番入り口に近い席に座っている。
この少年、名を冬 深夜(ふゆ しんや)という。
体つきは細身であるが、真っ直ぐにブレないその座り方からも、しっかりと鍛えられていることがわかる。
特徴的なのは、背中の中ほどまで伸びる、よく手入れされていそうな長い髪を後ろで一纏めにしていることだろうか。その長い髪のせいで顔は隠れており、周りからは目がほとんど見えないほどだ。
そのためかこれほどの特徴があるのにも関わらず、存在感が薄い。パッとしないといったほうが的確かもしれない。それに本人も静かな性格をしている(少なくとも本人はそう思っている)ので尚のことだ。
もっとも、長い髪の下には控えめに形容しても美形と言わざるを得ない、整った中性的な顔立ちが隠れているのだが、そんな気配は微塵もない。
本人のやる気のなさそうなオーラが、そんな気配を上手く隠しているのかもしれない。
存在感の薄い深夜だが、今では退屈そうにしているのが周りの人間に筒抜けになっている。長髪の奥から時折見せる瞳には、面倒そうな光が灯っており、小さくため息をついているからだ。
高校の入学式という、この程度の年齢の少年少女にとっては晴れの舞台の一つであるはずなのに、この有様なのだ。
高校入学初日に周りから浮いていることを、彼はまだ知らない。
そして、そんな深夜の運命を変える出来事が近づいているのだが、本人には知る由もない。
たまたま、入り口に近い席に座っただけであんなことになるとは……なぜ、俺はこの日に学校なんて行ったんだ、と深夜は後々、大いに嘆くことになる。
校長のありがたいお話もそろそろ終わろうかというとき、ある匂いが深夜の鼻腔をくすぐったのに気付いた。常人には到底わかるはずもないほど微かな匂いだったが、他人より五感が優れている深夜は気付くことができた。その匂いが正確に何の匂いかも判別した。それが、およそ学校には不釣合いな匂いであることも。
判別した瞬間に、自分の嗅覚を総動員して、すぐさま匂いのもとを探る。匂いは体育館の外から流れてきているようだ。深夜と入口の間には生徒はおらず、職員もいないので別の匂いが混ざることもなく正確に方向を把握できた。
そして、耳を澄ませ金属と金属を打ち合わせるような特徴的な音……つまり撃鉄を起こす音を探り、考えを巡らす。
深夜は短い思考のすえ、恐らくどこかのお姫様が世界的なテロリストに追われて逃げ込んできたのだろうと結論を出した。
普段からそういう本ばかりを読んでいるため、そんなぶっ飛んだ考えをしても、自分の考えがオカシイとは思っていない。
そんな恐ろしくヘンな結論を出したことを、深夜はだれにも告げずにひとりで小さく微笑していた。傍から見たら、ただのヤバい奴である。
(一体、どんなヤツが銃をもっているんだろう。なんの銃かな?)などと恐ろしい考えをしていると、外から足音が聞こえてきた。
(俺の聴力で聞こえ始めるということはここから50mぐらいか)
幸い、自分は入り口が近いので、お姫様が見えた瞬間に飛び出せばいいだろうと思い、身構えておいた。不用意に飛び出しては攻撃を受ける可能性もあるので、そんな無用心なことはしない。もちろん、飛び出すのは助けるためである。決して問答無用で卒倒させるわけではない。
歩行音があまり響かないウレタン樹脂系の塗装材を使われた床なので、静かに擦るような独特の足音が聞こえる。
その足音がだんだんと近くなり、そろそろ常人にも聞こえるのではないかと予想した途端に足音が止まった。なにかを躊躇うように止まったのではなく、唐突に止まったのだ。それに加え、何か金属製のモノが床を転がる音が聞こえる。
(何か大切なモノを落として驚いて止まったのか? そんな感じはしないけどな……)
深夜は不審を覚え、いつでも飛び出せるように、周囲に気取られないように身構えながら、さらに耳を澄ます。
耳を澄ませてから30秒ほど経ち、やっと音が聞こえた。
しかし、聞こえてきた音は息切れをしているような音。さっきまでは息切れが聞こえるような素振りは全くなかったので、いきなり聞こえたことに疑問を覚える。
足音が唐突に止まったことと不自然に音が途切れたことから、どうやら一人ではないらしい。この状況からみて二人は味方同士ではなかろう。助けにいくかどうか迷っていると、深夜を決意させる一言が聞こえた。
「……た、助け……て……」
掠れていて深夜の聴力をもってしても、ちゃんと聞こえなかったがソプラノの女性の声だった。
ヤロウだったら深夜は助けるかどうか相当に迷っただろうが、女の子(声高からそう判断した)だったら話は別だ。
深夜はパイプ椅子を音を立てて倒しながら、生徒の座っている場所から飛び出す。呆気にとられたような、動揺したような周囲の空気に脇目をふらずに外に向かい駆けていった。
「ど、どうした、深夜?」
そのとき隣に座っていた中学時代の数少ない友達の一人、藤崎太一が狼狽の声をあげる。しかし、深夜はそちらにも目もくれず一目散に走った。
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