女神のために

タクナ

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私を助けて

第一話 その少女は走る

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 少女は走っていた。

 正確に言うのならば、追いかけてくる
 ただ、ひたすらに自分の両の足を交互に動かす。疲れて震え、崩れ落ちそうになる膝を叱咤しながら走る。

 真新しい住宅が建ち並ぶ一角を、自転車と同じほどの速度で走り抜ける。玄関前の植え込みを横目で見て、その奥にいるであろう家主を探す。そして、弱々しい人の気配を感じては諦めて先に進む。
 もう、何時間しているだろうか。走るという意識よりも、両の足をリズムよく交互に動かすという意識をしないと今にも倒れてしまいそうだ。
 親切な人が近くにいれば助けてくれるのかもしれないが、あいにく周囲に人影はない。
 時間は朝の通勤通学時間帯を若干過ぎたころで、町の方へ逃げてきたというのに運悪く人気があまりない時間帯にあたってしまったのだ。

 もし、人が多くいたのなら彼女は少なからず人目を集めただろう。
 その少女は、胸の辺りまで伸びるカールのかかった金髪に碧眼そして黒を基調としたゴスロリのドレスというとても目立つ容姿をしている。
 そんな服に身を包んでいる割には、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる女性らしい体つきなので実に目に毒である。更に言えば、そこらのアイドルが裸足で逃げ出すほどの見目麗しいルックスも併せ持っている。
 もっとも、それだけではなく彼女の細くしなやかな左手にはハンドガンのベレッタが握られている。左手に握られているそれは、途中で敵から奪ったものである。
 見たところ武器であるようなので護身用に持っているのだ。……使い方は知らないが。

 だが、今はそれが仇となり、その目立つ容姿で敵に自分の居場所を知らせているようなものである。敵は隠密にことを済ませたいらしく、先程から姿だけは全く見えない。しかし、少女の本能が告げているのだ。何者かが追いかけてきていると。
 そのため、少女は町に入ってからというもの、入り組んだ町を右へ左へと逃げ回っているが、なにぶん敵が多くいるので振り切れずにいる。
 彼女が自らの持ちうる権能チカラを使えば、彼女を追い回している敵共を葬り去ることは容易い。しかし、今それを使うと周りにいる一般庶民まで犠牲にしてしまうので使うに使えないのだ。
 どういうわけか、敵はエレノアを追い回しはするが、一般庶民には全く手出しをしていない。本気で捕まえようと思えば、大人数で周囲を包囲して中の人間をしらみつぶしに捕まえていけばいいのに、そんな素振りはない。
 女の子を追い回すような輩がやっていないことを、私がやるわけにはいかないと、少女は考えていた。権能を使うのは、本当に危なくなってからでいいだろうと。

 逃げ回っているうちに大きな建物が見えてきた。近辺には2階建てかせいぜい3階建ての個人住宅ばかりなので、遠目からでも目立つのだ。周囲を金属の柵で囲まれ、鉄の門扉と無骨で頑強そうな建造物だ。中から拍手やなにやら音楽も聞こえてくる。 
 ここに逃げ込めば、姿を隠しているヤツらのことだ、追いかけては来ないだろう。もし、追いかけてきたとしても、建物に侵入し、自分からパニックを起こせば時間稼ぎになるだろうと考え、4メートル近くある柵を疲れた身体をもろともせずに華麗に飛び越え見事に着地した。

 「クソっ! はやくアイツを捕まえろ!」

 頑なに姿を隠していたが、建物内に入るとは思ってもみなかったのか悪態をつき、姿を現す。全身が黒ずくめの、いかにもといった様相の男どもだ。少女の見えている範囲で5人いる。

 「わたしの名前はアイツじゃなくてエレノアよっ!」

 少女はどうでもいいことを訂正し、疲れた身体に鞭を打って全速力で駆けていった。
 その速度は凄まじく、とても人間に出せるような速度ではなく、すぐに追手たちの視界から消え去る。

 「クソっ! なんて速さだ!」

 敵はそう喚いたが、生憎エレノアは手頃な入り口を見つけ、すでに建物のなかに消えたあとだった。
 少女、エレノアは小さな箱を規則正しく何個も積み重ねた棚のようなものが何列かになっている大きなホールを抜け、なるべく壁のある外から見えないような廊下を選び、先に進む。
 少し歩くと、天井が吹き抜けになっており、周囲は灰色の壁で囲まれ、ベンチが置いてあるホールに出た。

 「…………ここまでくれば流石に大丈夫よね」

 そう言って銃の構えを解く。
 銃の構えを解くと言っても、見様見真似(みようみまね)で使っていたので勝手がよくわからないので適切な行動かは知らない。
 このまま、ここのベンチで休んでいきたいのだが、そんなに悠長なことも言ってられない。いくら人の多い場所に逃げ込んだからといって、いつまた敵が仕掛けてくるかわからないのだ。
 そんなことを考えつつ、大勢のヒトがいる広間の方へと足を向けた。

 エレノアが言った言葉を俗に「フラグ」というのだが、それを指摘することのできる人物はここにはいない。
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