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3 学園祭前
しおりを挟むその3 学園祭前
学園祭が近付いた秋の時期、放課後の校内はどこか浮き足だっていた。いつもは人の出入りの少ない旧校舎も、資材置き場や立て看板などの作業場として慌ただしい足音が響いている。
リクは部活動でクラスの学園祭準備を早抜けすることもあり、資材をまとめて倉庫に運ぶ役目をかって出た。運動部に所属していることもあり、力仕事は得意なのだ。
身長よりも高く積み上げた資材をうまくバランスをとりつつ、旧校舎の一室に運び込む。引戸を器用に足で引っ掛けて人気のない薄暗い室内に入室した瞬間、中にいた先客にぶつかってバランスを崩してしまった。
「うわぁっ!?っんだよ、誰か居たなら明かりくらいつけてろよ!?」
「っ痛………、リク?」
「え?カナメ!?何してんだよこんなところで」
ぶつかった拍子に資材は音を立ててあたりに散らばっていた。その真ん中で尻餅をついているのがカナメだと気付き、リクは驚いて彼女を助け起こそうとする。
「こんな暗いところで危ない………てか、え?何その………え???」
なぜこんな場所に一人で佇んでいるのだとか、怪我はないかとか、色々言いたい言葉はあったのだが、カナメの姿を認識した途端リクの脳は正常な働きをやめていた。
リクの疑問に顔を背ける彼女はいつもの制服姿ではなく、フリルのたっぷりあしらわれた可愛らしいカフェメイド衣装を纏っているのだ。ほんの少しブラウンを垂らした落ち着いた赤色のミニスカートワンピース。スカートの裾からは幾重にも重なったパニエが覗いていて、ふんわりとしたボリューム感を出している。胸元にレースの飾られた可愛らしいエプロンにも、これでもかと言うくらいフリルが飾られていた。白いニーハイソックスはパニエから伸びるガーターベルトで止められていて、そこはかとないセクシーさも感じさせる。
異常事態である。そもそも制服以外は基本的にパンツルックを選ぶカナメがメイド服など好んで着るわけがない。しっかりカチューシャも着けているし、胸元のリボンタイとお揃いの飾りリボンもついている。彼女の表情には屈辱が浮かんではいたが、いつものクールさとのギャップも相まって可愛らしさが際立っている。
「えああああああ!?」
脳が情報を処理しきれなくなったリクは、遅れて驚愕の叫びをあげていた。
「叫ぶな馬鹿………!」
咄嗟にリクの口を塞ぐカナメ。するとさっきの資材の散らばる音と、リクの叫びを聞きつけた数人がどよめきながら二人のいる教室の方へ向かってくる気配がする。
カナメはリクを押さえたまま、素早く部屋の扉を閉めて息を殺していた。数人の人影は何事かと口にしながら明かりの消えたままのこの部屋の前を素通りしていく。しばらくして気配が完全に去ってしまうと、ようやくカナメはリクを解放してくれた。
「行ったか……」
「いや、行ったかじゃねえだろ!どうしたんだよその格好……、めちゃくちゃ可愛い!!」
混乱と興奮で血圧の上がっているリクを諌めながら、カナメは苦々しく口を開いた。
「声が高い落ち着け。………今度の学園祭、私のクラスではカフェの真似事をするとは言ったな」
リクは何度も首を縦に振る。
「今になってメイドカフェに方向転換をしたらしく、いきなり衣装合わせと接客の練習をさせられていたのだが……」
「なんでそれでこんなとこに………?」
リクの疑問にカナメは神妙な面持ちで答える。
「それがあまりに耐え堅く、精神を殺して練習をしていたつもりが無意識のうちに脱走をはかっていたというわけだ」
「いやというわけだじゃなくないか?大丈夫なのかそれ?」
すでにカナメにとってはトラウマにでもなりそうな事態である。無意識でこんなところまで逃げてきたとは相当だ。カナメのメイド姿に興奮していたリクも、彼女の精神状態の方を心配してしまうくらいだった。
「クラスでちゃんと話した方がいいと思うぜ。いやでも………」
「でも?」
「お前にそれを着せたクラスメイトには感謝を贈りたい!」
力強く宣言するリクに、カナメは頭を抱えるしかなかった。
「とりあえず撮影していいか?しまったスマホ置いて来ちまった!」
呆れるカナメの前でリクは慌てて扉に手を掛ける。
「ちゃんと説明すればカナメのクラスの奴も無理にはさせねーだろ。でもその前に一枚だけでいいから記念に撮らせてくれ!すぐ戻るから!」
リクはそう言いながらガタガタと扉を引いている。しかし一向にそれは動かない。
「………?なんだリク、ふざけているのか?」
訝しんだカナメがそう声を掛けるが、彼がふざけてなどいないのは明らかだった。嫌な予感に汗が伝う。さっきリクがばら撒いてしまった資材以外にもこの部屋は多くのクラスが保管用にあらゆるものを仮置きしていた。それは部屋の外の廊下にも一部積み上がっていて、何かの拍子に引戸の戸袋に挟まってしまっても不思議ではない。
「やべえ、開かねえんだけど」
「そんなことがあるか」
カナメは努めて冷静にリクに代わって扉を開けようとするが、それは1センチの隙間なく閉じたままびくともしない。
まずい。リクもカナメもちょうど外への連絡手段を持っていない。このままでは誰かに気付かれるまでここから動けない。
二人は顔を見合わせると、数秒の沈黙が訪れる。
「おーい!誰か!開けてくれ!!!」
次の瞬間にはリクが大声で扉を叩きながら外へ助けを求めていた。
「やめろ騒ぐな……!」
そしてすぐにカナメに取り押さえられる。
「なんで止めるんだよ!?助け呼ばねえと出られねえだろ」
「誰とも知れないやつに今の姿を見られて堪るか」
キッパリと言い切ったカナメの意思は固い。助けを呼ぶよりもプライドを優先する、それが彼女である。
「じゃあどうすんだよ。偶然誰か来るまで待ってるってのか?」
リクの言葉にカナメは徐に蛍光灯のスイッチを入れる。倉庫がわりの部屋であるためか、寿命間近のその明かりはチラチラと明滅を繰り返していた。明るくなった室内でカナメはすっと右手を掲げ扉の上部を指差した。
「あそこに明かり取り用の小窓があるな」
「マジで言ってんの!?」
こんなときにカナメが冗談など発するわけもなく、どこまでも彼女は本気だった。
二人は中身の詰まった段ボールなど足場になりそうなものを慎重に積み上げるが、やはりそれだけでは届かない。不安定な足場の上でつま先立ちになっているカナメに、リクは慌ててぐらつく足場を押さえた。
「くっ、ようやく指先がかかるくらいか。もう一段何かあれば………」
「カナメ、無茶するなよ?」
そう言って足場を押さえたまま心配そうに顔を上げるリク。するとちょうど彼の目の前にはフリフリのフレアミニスカートに包まれたカナメのお尻があった。彼女がつま先立ちでプルプルと手を伸ばすたびそれは上下に揺れ、パニエとニーハイソックスで形作られた魅惑の太もも絶対領域がチラチラと見え隠れする。
「うっ」
リクは小さく呻くと反射的に内股になり、さらに前屈みとなっていた。そんな背後の状況に気付いていないカナメは、リクに声を掛ける。
「リク、悪いが支えが欲しい。バランスさえ保てればもう少しで窓が開けられそうだ」
カナメの指先は窓のロックに届くか届かないかの絶妙な位置にあった。爪先立ちの足場は危うく見える。
「お、おう、わかった任せろ!」
頼もしく応えた彼は目の前でふよふよ上下しているお尻を両手で鷲掴みにしてがっちり支えてやった。
「ひゃあ!?」
クールなカナメらしからぬ可愛らしい悲鳴が聞こえたかと思う間もなく、リクの顔面に後ろ蹴りが直撃する。
「この馬鹿!こんな時に何を考えてる!?」
「すまんつい……ケツしか目に入ってなくて………。でも妙なことは考えてない!誓って!」
単細胞すぎるリクの言うことなので嘘ではないだろう。そうは思いつつも身の危険を感じてカナメはミニスカートを押さえながら足場を降りる。
「本当にお前は………」
「いやマジで悪かったごめん。登る役は代わるからカナメは待っててくれ」
リクはカナメと交代でぐらつく足場の上に立つ。年齢的には先輩でもあるカナメの方が身長は高かったりするが、体幹と筋力はトレーニングで鍛えているので自信があった。
先程の一悶着の最中でも、カナメはしっかり窓のロックを外している。さすができる彼女だと、リクは脳内で勝手に彼女扱いしている。
リクはバランスをとりつつ足を溜めて大きくジャンプすると、天井近くの窓の縁に手を掛ける。そして懸垂の要領で身体を引き上げ、小さな窓を開けることに成功した。片手で身体を支えた状態で振り返ると、カナメは感心した様子でリクを見上げている。
「へへっ、どうよ」
「さすが、伊達に鍛えていないな。そのまま窓から出られそうか?」
窓は小さめではあるが頭も肩も余裕で通るだけの大きさはある。リクはもう一度懸垂運動で身を乗り出そうと挑戦してみた。
「せーの……っ、ぐぅっ…!もう少しでいけそうなんだけどな………」
三度チャレンジしてあと少し、というところまでは行くのだが、天井が近いこともあり動ける範囲が制限されなかなか難しい。次第に掴まっている腕も痺れてきた。
「何とかならないか?お前がそこを通れたらさっきのセクハラは帳消しにしてやるから」
「マジ!?じゃあもっかいケツ揉んで良いってことか!?」
「は、はあ?誰もそんなことは言ってない………」
「うおおおおおおおお!!!」
謎の気合いに満ちたリクは、カナメの言葉を遮るように雄叫びを上げると、懸垂どころか前回りでもするようにニュルンと窓に上半身を通して、そのまま向こう側へ落下していった。
「グアアアアア!!」
リクの叫びと同時に、扉の向こうで盛大に何かが崩れて四散する音が響く。一拍置いて金属質な物が転がっていく音が聞こえ、静寂が訪れる。
「リク!?大丈夫か!?」
カナメは慌てて扉に取り付く。すると今の衝撃でつっかえていた何かが外れたのか、扉が動きそうな気配がある。カナメは勢いをつけて叩きつけるように引いた。すると向こう側で挟まってつっかえ棒になっていたモップが弾け飛ぶ。
「リク!しっかりしろ、どこをやった!?」
カナメは目を回しているリクに慌てて駆け寄る。まずい、頭など打っていないか?無闇に動かすのは危険だろうか。
「うう……、だ、大丈夫だ……打身は肩と背中ぐらい………」
とりあえず頭は無事らしい。裂傷なども特に見当たらないが、打身の程度はいかほどか。
「そうか、だが保健室へは行った方がいい。歩けるか?」
心配するカナメに、しかしリクはこう言い放つ。
「保健室の前に、なあほらカナメ、約束通りほら、一揉みさせてくれるって」
「そんな場合じゃないだろう馬鹿か!?」
「馬鹿でいい!さっきの感触が忘れられねーんだ!こう…ふわっとしてちょっとあったかい感じ………頼むもう一回だけ!」
「なっ、ばっ、こ………この………!」
カナメは羞恥と怒りで真っ赤になっている。そして二人がそんなやり取りをしている間に、リクの叫びと荷物の崩れる音を聞きつけた生徒や教師が集まって来ていたのだった。
リクに変態的に迫られている場面を大勢に目撃され、普通に助けを呼んだ方がどれだけマシだったかとカナメは大変悔やむのでした。
あとお尻を揉ませるのは断固拒否なので、代わりにメイド服のまま保健室まで付き添いました。それでもリクは嬉しそうだったので、彼は身体を張った甲斐があったね。
おしまい
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