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百四十八話
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「オーダー! セイクリッドチェーン」
聖法を強制発動させる祈りに合わせ浄化の光が鎖となる。
杖の先端から一直線に伸びる鎖は悪しき者を捕縛しょうと加速する。
「おひょっ!」驚きにも、おふざけにも取れる声をを漏らし楽師は笛を手にした。
シルクエッタの言葉通り、男が本物の悪魔だとするとナズィール地区は未曾有の危機にさらされることになる。
悪魔は基本、魔界に生息し、地上に出て来ることは滅多にない。
地上は、女神と眷属神の監視下におかれているからだ。
活動し辛いはずの地上界で、人の姿を借りて自由に行動できているというのは異例だった。
おそらく、女神が不在になってしまっている今、連中を浄化する力が弱まっているのだろう。
笛の調べにのせて、楽師の魔力が解放される。
空気を振動させるだけのモノが、魔力の影響で荒れ狂う風となり聖なる鎖を打ち消してゆく。
「チェーンよ、弾き飛ばせ!」
聖杖の頭を足下に傾ける。
伸び続ける鎖が地面へと打ち当たってくの字を描く。
その反動を利用しシルクエッタは斜め後方へと飛翔した。
彼女の背後には丁度、街灯が位置していた。
その柱を足場にして、今度は前方にむかって大きく跳躍する。
間髪入れずグシャリと折れ曲がる街灯。
楽師の生み出す魔力の風圧は凄まじい。
こんなモノを生身で受けたら一溜まりもない。
最下級の悪魔でも、魔術師十人に匹敵するほどの魔力を有している。
もしも、シルクエッタが悪魔の強さを見誤っていたら最初の一撃で絶命していた。
ホーリーチェーンを解除すると、彼女は続け様に詠唱を開始した。
「――――かの者の心に癒しと安らぎを与え給え、ディスティンクションライト!」
聖法では、相手の悪しき力を封じることはできない。
ならば、穢れ浄化する魔法で楽師を弱体化させるしかない。
それがシルクエッタの狙いだった。
楽師の頭上から不浄を取り祓う光が降り注ぐ。
邪悪なる存在に対し、善の感情を強化するのは、ある意味、博打に近い。
その肉体が人のものであり、なおかつ精神が悪魔に支配されきっていない状態でなければ効果は零だ。
「ふわああああああ――――!」
光を全身に浴びた道化が大口を開いて、叫び始める。
「ふわわあ~、お日様の匂いがするね。キンモヂイイ―――!!」
―――かと思いきや、欠伸を噛み殺しながら、背筋を伸ばしている。
その様子に戦慄が走る。
それが意味することは一つ、男が完全な悪魔だということだ。
最悪なことに下級種ではない……少なくともグレーターデーモン級から上位の大悪魔だ。
自力で人間に成りすますことができるのだから、間違えないだろう。
悪魔を祓うだけなら、単独で行動した方が被害は少ない。
祓える聖職者が自分の他にはいないのだから仕方ない。
そう考えて、楽観視してしまったことが、結果として仇となった。
シルクエッタの顔面を狙い笛が振り下ろされた。
赤と青、二匹の龍が身を巻き付けた魔道具の笛。
こともあろうか、道化は希少なモノを平然と鈍器として扱ってきた。
賢者の聖杖で攻撃を受け止めると、急激な負荷が全身を襲う。
悪魔の腕力は人のそれとはケタ違いだった。
あまりにも重い一撃に耐えきれず、シルクエッタは自身の杖を手放すカタチで、弾き飛ばされた。
二転、三転と宙を転がる。
勢いは、なおも止まらず、彼女は表通り沿いに止めてあった荷馬車に激突した。
「うぅぅっ……キュア」
崩れた荷の中に埋もれながらも、彼女は治癒魔法を唱えた。
いつもなら、ものの数秒で癒せるが今回は、ほぼ全身を負傷している。
回復させるのに、しばらくは身動きが取れない。
状況が不利になるばかりの中で、長い影がシルクエッタの傍に迫ってくる。
「あんた、いきなり飛んできたけど……大丈夫なのか?」
声をかけてきたのは、馬車の持ち主と思われる年輩の男性だった。
突如、自分の馬車に突っ込んできた傷だらけの少女に、彼は困惑した表情を浮かべている。
「に……逃げてください。早く! でないと貴方まで巻き込まれてしまう」
「もう、いいかい? もう、いいよね!」
年輩の男性が視界から消えた。
代わりに道化師が冷笑していた。
その手に握られていた双龍の笛が半分真っ赤に染まっていた。
真下に落ちる紅き実は、地に触れると池となる。
凄惨な大合唱が周囲から聴こえてくる。
「やはり、近代音楽は観客を引きつけるインパクトがないとね~。お次は、君の番だよ」
「何が音楽なの……? 楽師なら、自分の楽器ぐらい大事にしなよ」
「分からないのかい? 今まさに、狂気と悲劇に満ちたオーケストラが始まったことを!」
悪魔は天を見上げ歓喜した。
聖法を強制発動させる祈りに合わせ浄化の光が鎖となる。
杖の先端から一直線に伸びる鎖は悪しき者を捕縛しょうと加速する。
「おひょっ!」驚きにも、おふざけにも取れる声をを漏らし楽師は笛を手にした。
シルクエッタの言葉通り、男が本物の悪魔だとするとナズィール地区は未曾有の危機にさらされることになる。
悪魔は基本、魔界に生息し、地上に出て来ることは滅多にない。
地上は、女神と眷属神の監視下におかれているからだ。
活動し辛いはずの地上界で、人の姿を借りて自由に行動できているというのは異例だった。
おそらく、女神が不在になってしまっている今、連中を浄化する力が弱まっているのだろう。
笛の調べにのせて、楽師の魔力が解放される。
空気を振動させるだけのモノが、魔力の影響で荒れ狂う風となり聖なる鎖を打ち消してゆく。
「チェーンよ、弾き飛ばせ!」
聖杖の頭を足下に傾ける。
伸び続ける鎖が地面へと打ち当たってくの字を描く。
その反動を利用しシルクエッタは斜め後方へと飛翔した。
彼女の背後には丁度、街灯が位置していた。
その柱を足場にして、今度は前方にむかって大きく跳躍する。
間髪入れずグシャリと折れ曲がる街灯。
楽師の生み出す魔力の風圧は凄まじい。
こんなモノを生身で受けたら一溜まりもない。
最下級の悪魔でも、魔術師十人に匹敵するほどの魔力を有している。
もしも、シルクエッタが悪魔の強さを見誤っていたら最初の一撃で絶命していた。
ホーリーチェーンを解除すると、彼女は続け様に詠唱を開始した。
「――――かの者の心に癒しと安らぎを与え給え、ディスティンクションライト!」
聖法では、相手の悪しき力を封じることはできない。
ならば、穢れ浄化する魔法で楽師を弱体化させるしかない。
それがシルクエッタの狙いだった。
楽師の頭上から不浄を取り祓う光が降り注ぐ。
邪悪なる存在に対し、善の感情を強化するのは、ある意味、博打に近い。
その肉体が人のものであり、なおかつ精神が悪魔に支配されきっていない状態でなければ効果は零だ。
「ふわああああああ――――!」
光を全身に浴びた道化が大口を開いて、叫び始める。
「ふわわあ~、お日様の匂いがするね。キンモヂイイ―――!!」
―――かと思いきや、欠伸を噛み殺しながら、背筋を伸ばしている。
その様子に戦慄が走る。
それが意味することは一つ、男が完全な悪魔だということだ。
最悪なことに下級種ではない……少なくともグレーターデーモン級から上位の大悪魔だ。
自力で人間に成りすますことができるのだから、間違えないだろう。
悪魔を祓うだけなら、単独で行動した方が被害は少ない。
祓える聖職者が自分の他にはいないのだから仕方ない。
そう考えて、楽観視してしまったことが、結果として仇となった。
シルクエッタの顔面を狙い笛が振り下ろされた。
赤と青、二匹の龍が身を巻き付けた魔道具の笛。
こともあろうか、道化は希少なモノを平然と鈍器として扱ってきた。
賢者の聖杖で攻撃を受け止めると、急激な負荷が全身を襲う。
悪魔の腕力は人のそれとはケタ違いだった。
あまりにも重い一撃に耐えきれず、シルクエッタは自身の杖を手放すカタチで、弾き飛ばされた。
二転、三転と宙を転がる。
勢いは、なおも止まらず、彼女は表通り沿いに止めてあった荷馬車に激突した。
「うぅぅっ……キュア」
崩れた荷の中に埋もれながらも、彼女は治癒魔法を唱えた。
いつもなら、ものの数秒で癒せるが今回は、ほぼ全身を負傷している。
回復させるのに、しばらくは身動きが取れない。
状況が不利になるばかりの中で、長い影がシルクエッタの傍に迫ってくる。
「あんた、いきなり飛んできたけど……大丈夫なのか?」
声をかけてきたのは、馬車の持ち主と思われる年輩の男性だった。
突如、自分の馬車に突っ込んできた傷だらけの少女に、彼は困惑した表情を浮かべている。
「に……逃げてください。早く! でないと貴方まで巻き込まれてしまう」
「もう、いいかい? もう、いいよね!」
年輩の男性が視界から消えた。
代わりに道化師が冷笑していた。
その手に握られていた双龍の笛が半分真っ赤に染まっていた。
真下に落ちる紅き実は、地に触れると池となる。
凄惨な大合唱が周囲から聴こえてくる。
「やはり、近代音楽は観客を引きつけるインパクトがないとね~。お次は、君の番だよ」
「何が音楽なの……? 楽師なら、自分の楽器ぐらい大事にしなよ」
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