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百四十七話
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シルクエッタが駅に向かう最中、軽快な笛の音が流れてきた。
道ゆく人々にとって、その音色は心地よく、聴けば真っ先に小躍りしたくなるほどだった。
気分が晴れやかになる演奏に、皆こぞって集まってゆく。
楽師の後を追うように列をなす光景は奇妙としか言いようがない。
まるで、ハーメルン笛吹が子供たちを連れ去ってゆくようだ。
「皆を引き連れて、どこへ向かうの?」
楽師一団の行く手を遮るように、シルクエッタが聖杖をたずさえ構えていた。
その愛らしい姿を目の当たりにし、男は演奏を中断した。
途端、彼の演奏に魅了され同行していた者たちは正気に戻る。
自身の不可解な行動に首をかしげながら、皆、一斉に解散してゆく。
「いや~あ、お嬢ちゃん。オジサンを誘拐犯みたいに言わないでおくれ、みんな僕の演奏を聴きたいだけなんだ」
「貴方からいやな気配を感じます……っ! その笛、ただならぬ魔力を感じますが……魔道具ですよね」
「うん? これね、知人から譲り受けた一品なんだ。綺麗な音だったでしょ、僕はね、一流の音楽家として世界を渡り歩くことが夢なんだ」
訊いてもいない将来設計を一方的に語る男に対して、手にした杖を強く握りしめる。
シルクエッタにとって、それはトラウマでしかない。
彼女の実父であるクリーン伯爵が、それであったように自分語りをする男性は恐怖の対象になってしまう。
クリーン卿は典型的なペシミスト(悲観主義者)で常日頃から周囲に対する不満や不服を漏らす人物だった。
彼は、時間さえあればシルクエッタに自身の希望、願望を交えた将来を語って聞かせた。
そうすることで、根拠のない不安を打ち消そうとしていたらしい。
もっとも、欲望に塗れたソレは、聞かされる方にとっては拷問に近しいものだった……。
シルクエッタは伯爵が高齢になって、ようやく授かった待望の一子だ。
夫人に似て生まれた時から、男児とは思えぬほど整った顔立ちをしていた。
特に愛くるしいほどの瑠璃色の瞳は、彼にとって何物にも代えられないほどの宝だった。
美麗という言葉をカタチにしたような我が子を前に、お産に立ち会った父親は息を飲んだ。
――――天使だ
産声をあげる姿に、そう呟かずにはいられないほど感動が伯爵自身を満たした。
悲観者である男が、この時ばかりは涙し歓喜に震えていた。
父としてのシルクエッタに対する彼の寵愛は凄まじいモノがあった。
執着と置き換えてもいい。
まず、見た目が美しすぎるという理由から嫡男ではなく嫡女としての生き方を強要した。
唯一の救いは、シルクエッタ自身がそれを受け入れることができたという点だ。
物心つく時から、そう育てられたのだ。
彼女にとって自分が女子であることは、至極当然のことだった。
ただ、父は生き方を制限するだけに留まらず、彼女のすべてを支配しようとしていた。
家族、親族以外との接触は可能な限り避けるように言い聞かされていた。
外出する時は常に父同伴でなければ許されなかった。
常に観察し、こまめに手入れをする。
まるで着せ替え人形のごとく扱ってくる。
自身の要望は、意に介さなければ一切、受けつけてもらない。
この様な生活を送りつつも、彼女は父親を敬愛していた。
やがて、その異常性に気づくと恐怖や心的疲労に見舞われることが度々、起きた。
病床に伏せる母を頼って、抱きつくもシルクエッタは泣き言一つ言わない。
ワガママを言ったところで負担になるだけだと知っていたからだ。
母は彼女を気遣い「父は人に愛情を向けるのが苦手なのだ。決して、アナタを傷つけようとはしていない」と優しく頭を撫でてくれた。
幼いながらも、気づいていた―――父を狂わせたのは愛情だと。
ここに逃げ場などない……父がいる限り、この時間は延々に続く。
失意の底に落とされる娘に母は告げた。
「誰かを頼りななさい、相手をスキになりなさい、その人を大事なさい。愛を疎ましく思うのなら、そうなさい。独りで生きていけたとしても、それは解決ではないわ。特にアナタはまだ、恋さえ知らない、それが本当に不要なモノなのか? 決めるのは、それからでも遅くはないわ」
当時のシルクエッタには母の言葉は重く感じられた。
過度な愛情が自分を苦しめているのに、愛がそこから救い出してくれるなど、にわかには信じられなかった――――
「ボクはね、オジサンの夢を否定するつもりはないよ。でも、それはボクには関係のない話だ」
派手な道化姿の男に凄む法衣服の少女。
物珍しい光景ではあるのせよ、道行く者たちからすれば、単なる痴話ゲンカにしか映らない。
「おや? おやおうあ! いけないな~、聖職者たるモノ、悩める子羊の告白を聞くのが仕事ではありませんか~」
「貴方がそうあるなら、そう致しましょう。けれど、悪魔の懺悔まで聞くつもりはありません」
賢者の聖杖が光輝く。
治癒師の魔力に満たされたその力が、楽師に向けられる。
道ゆく人々にとって、その音色は心地よく、聴けば真っ先に小躍りしたくなるほどだった。
気分が晴れやかになる演奏に、皆こぞって集まってゆく。
楽師の後を追うように列をなす光景は奇妙としか言いようがない。
まるで、ハーメルン笛吹が子供たちを連れ去ってゆくようだ。
「皆を引き連れて、どこへ向かうの?」
楽師一団の行く手を遮るように、シルクエッタが聖杖をたずさえ構えていた。
その愛らしい姿を目の当たりにし、男は演奏を中断した。
途端、彼の演奏に魅了され同行していた者たちは正気に戻る。
自身の不可解な行動に首をかしげながら、皆、一斉に解散してゆく。
「いや~あ、お嬢ちゃん。オジサンを誘拐犯みたいに言わないでおくれ、みんな僕の演奏を聴きたいだけなんだ」
「貴方からいやな気配を感じます……っ! その笛、ただならぬ魔力を感じますが……魔道具ですよね」
「うん? これね、知人から譲り受けた一品なんだ。綺麗な音だったでしょ、僕はね、一流の音楽家として世界を渡り歩くことが夢なんだ」
訊いてもいない将来設計を一方的に語る男に対して、手にした杖を強く握りしめる。
シルクエッタにとって、それはトラウマでしかない。
彼女の実父であるクリーン伯爵が、それであったように自分語りをする男性は恐怖の対象になってしまう。
クリーン卿は典型的なペシミスト(悲観主義者)で常日頃から周囲に対する不満や不服を漏らす人物だった。
彼は、時間さえあればシルクエッタに自身の希望、願望を交えた将来を語って聞かせた。
そうすることで、根拠のない不安を打ち消そうとしていたらしい。
もっとも、欲望に塗れたソレは、聞かされる方にとっては拷問に近しいものだった……。
シルクエッタは伯爵が高齢になって、ようやく授かった待望の一子だ。
夫人に似て生まれた時から、男児とは思えぬほど整った顔立ちをしていた。
特に愛くるしいほどの瑠璃色の瞳は、彼にとって何物にも代えられないほどの宝だった。
美麗という言葉をカタチにしたような我が子を前に、お産に立ち会った父親は息を飲んだ。
――――天使だ
産声をあげる姿に、そう呟かずにはいられないほど感動が伯爵自身を満たした。
悲観者である男が、この時ばかりは涙し歓喜に震えていた。
父としてのシルクエッタに対する彼の寵愛は凄まじいモノがあった。
執着と置き換えてもいい。
まず、見た目が美しすぎるという理由から嫡男ではなく嫡女としての生き方を強要した。
唯一の救いは、シルクエッタ自身がそれを受け入れることができたという点だ。
物心つく時から、そう育てられたのだ。
彼女にとって自分が女子であることは、至極当然のことだった。
ただ、父は生き方を制限するだけに留まらず、彼女のすべてを支配しようとしていた。
家族、親族以外との接触は可能な限り避けるように言い聞かされていた。
外出する時は常に父同伴でなければ許されなかった。
常に観察し、こまめに手入れをする。
まるで着せ替え人形のごとく扱ってくる。
自身の要望は、意に介さなければ一切、受けつけてもらない。
この様な生活を送りつつも、彼女は父親を敬愛していた。
やがて、その異常性に気づくと恐怖や心的疲労に見舞われることが度々、起きた。
病床に伏せる母を頼って、抱きつくもシルクエッタは泣き言一つ言わない。
ワガママを言ったところで負担になるだけだと知っていたからだ。
母は彼女を気遣い「父は人に愛情を向けるのが苦手なのだ。決して、アナタを傷つけようとはしていない」と優しく頭を撫でてくれた。
幼いながらも、気づいていた―――父を狂わせたのは愛情だと。
ここに逃げ場などない……父がいる限り、この時間は延々に続く。
失意の底に落とされる娘に母は告げた。
「誰かを頼りななさい、相手をスキになりなさい、その人を大事なさい。愛を疎ましく思うのなら、そうなさい。独りで生きていけたとしても、それは解決ではないわ。特にアナタはまだ、恋さえ知らない、それが本当に不要なモノなのか? 決めるのは、それからでも遅くはないわ」
当時のシルクエッタには母の言葉は重く感じられた。
過度な愛情が自分を苦しめているのに、愛がそこから救い出してくれるなど、にわかには信じられなかった――――
「ボクはね、オジサンの夢を否定するつもりはないよ。でも、それはボクには関係のない話だ」
派手な道化姿の男に凄む法衣服の少女。
物珍しい光景ではあるのせよ、道行く者たちからすれば、単なる痴話ゲンカにしか映らない。
「おや? おやおうあ! いけないな~、聖職者たるモノ、悩める子羊の告白を聞くのが仕事ではありませんか~」
「貴方がそうあるなら、そう致しましょう。けれど、悪魔の懺悔まで聞くつもりはありません」
賢者の聖杖が光輝く。
治癒師の魔力に満たされたその力が、楽師に向けられる。
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