異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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百七十八話

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 終末が訪れる。ミチルシィの予見通りに……。

 キィイイイ―――ンと、つんざく耳鳴りこそ、魔笛本来の音色。
 悪魔では、決して奏でられない不協和音は他種族によって完成される。

 大気を揺れ動かす音に、シルクエッタたちは身を低くしたまま耳を塞いでいた。
 ――以前、エリエ地区で聴いた、あの音にそっくりだ……心の中でそう思いながらシルクエッタは薄目を開いた。

「あっああ……」
 一遍する景色に彼女は言葉を失った。
 神の加護を持つ者。
 その瞳に映る世界には、真っ赤に染まった空を背に街の上空を飛び交う蟲の大群がいた。
 路面では黒いヘドロが蔓延はびこり人々の足元に絡みつこうとしている。
 色濃くなってヒシヒシと伝う、悪魔の気配にシルクエッタは身震いが止まらなくなっていた。
 誤算だった……最初から悪魔は群れでやって来ていた。
 脆弱な個体でも、数が多ければ穢れを生み、より強固な存在へと進化する。

 悪魔たちは呼び掛ける。
 人々の内に眠る、同胞に……羽化する前の悪の種に、直接、呼びかけ目覚めさせる。
 これにより、悪の種に人格を乗っ取られた人々は自我をを保てなくなる。
 特に犠牲となる者はナズィール地区の住人たちだ。
 この最終フェーズに至る為にキンバリーが薬という別のカタチで、このタネを共和国内に流通させていた。

 すべては父の夢を叶えるためでもあり、ガルベナールのから研究費を出資してもらうためでもある。
 生来、道徳観が欠如しているキンバリーには、人々の犠牲など、何てことのない実験データ一つにすぎない。

 華やぐパレードが行われる中、悲劇が突然、降りかかってきた。
 人々の歓声に混じり、銃の発砲音が反響した。
 祭りの幻想的な雰囲気を撃ち抜くような音に、一旦は場が静まりかえった。
 しかし、その程度では祭りの勢いは止まらない。何事なかったように、すぐに活気を取り戻してゆく。

 どこかの酔っ払いがバカ騒ぎしているのだろう。
 適当な理由づけをして民衆は深く考えないように努めていた。
 誰しも、心のそこから愉しんでいる、今を逃したくはない。
 些細なことで大騒ぎしてしまったら、それこそ気分がぶち壊しになる。そう考えるのが心情だ。

 けれど、運命は彼らの想いを聞き入れてくれるほど寛容ではない。
 あざけるようにして現実を、突きつけてくる。

 山車に乗っていた演者の一人が突如、地面へと落下した。
 周囲が駆け寄ると額から血を流し、すでに息絶えていた。

 悲鳴という名の導線に火がつくと、あとは早い。民衆の恐怖を瞬時に扇ぎ燃焼させてゆく。
 平常心を欠いた人々が、山車から離れようとするも、人の海を抜け出すことは叶わない。
 ドミノのように倒れだす、そこへ追加の鉛玉が撃ち込まれる。

 悪意は着実に蓄えられてきた。
 殻に閉じこめられたまま、加熱した蒸気のように膨張し、ずっとその時を待ちわびていた。
 周辺の建屋に仕掛けられていた爆弾が一斉に爆破した。
 倒壊する建屋の瓦礫が飛散し民衆の身体を打ち付けてくる。

 被害は、目に見えて甚大だった。
 対策を講じなければ、拡大してゆく一方だ。

 表情のない暴徒たちが街中に炎を放っていた。
 辺りに燃料を撒き散らしながら、奇声を発していた。

 交通網は、すでに機能不全に陥っていた。
 停車中の列車が、悪意に意識を乗ったられた集団に占拠され、ナズィール地区から分断された。

 もはや、ナズィール地区にいる者たちに逃げ場はない。
 北に拡がる荒野に向かっても、その先にあるのは軍の施設ぐらいだ。
 とてもじゃないが、避難してきた者たちを受け入れられるほどの準備は整っていない。
 行っても追い返されるのが関の山だろう。

「神よ、どうか我に力をお貸しください」
 祈りを捧げるシルクエッタの前でフローレンスが倒れ込んだ。
 急いで、彼女を介抱し、龍番の笛を回収しようとするも、様子がおかしい。
 手にした途端、笛は砂となり崩れさってしまった。

「シルクン……あの男がいなくなっているよ!」

 シゼルの言うとおり、男がいたはずの場所にはホーリーチェーンのみが残されている状態だった。
 魔法を解除しながら、シルクエッタは苦悩していた。

「フローレンスさんを頼めますか? シゼルさん」

「どういうこと? あの悪魔を追うつもり……?」

「それは難しいかな。悪魔には、まんまとしてやられた、魔力の気配すら絶っている……それよりも、今は笛の効果だ。この状態を無効化する方が先決だよ」

「無効化できるとは、到底思えないし、厳しいんじゃないの?」

 この局面をくつがえせるほどの一手など、言うまでもなく見当たらない。
 無理だとしても、ここで悪魔に屈したらこの街は滅んでしまう。
 それを避けるためにも、聖職者である者が路を照らさないといけない。
 自分のできることを精一杯にやる、それが彼女の揺るがぬ想いだ。
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