178 / 545
百七十八話
しおりを挟む
終末が訪れる。ミチルシィの予見通りに……。
キィイイイ―――ンと、つんざく耳鳴りこそ、魔笛本来の音色。
悪魔では、決して奏でられない不協和音は他種族によって完成される。
大気を揺れ動かす音に、シルクエッタたちは身を低くしたまま耳を塞いでいた。
――以前、エリエ地区で聴いた、あの音にそっくりだ……心の中でそう思いながらシルクエッタは薄目を開いた。
「あっああ……」
一遍する景色に彼女は言葉を失った。
神の加護を持つ者。
その瞳に映る世界には、真っ赤に染まった空を背に街の上空を飛び交う蟲の大群がいた。
路面では黒いヘドロが蔓延り人々の足元に絡みつこうとしている。
色濃くなってヒシヒシと伝う、悪魔の気配にシルクエッタは身震いが止まらなくなっていた。
誤算だった……最初から悪魔は群れでやって来ていた。
脆弱な個体でも、数が多ければ穢れを生み、より強固な存在へと進化する。
悪魔たちは呼び掛ける。
人々の内に眠る、同胞に……羽化する前の悪の種に、直接、呼びかけ目覚めさせる。
これにより、悪の種に人格を乗っ取られた人々は自我をを保てなくなる。
特に犠牲となる者はナズィール地区の住人たちだ。
この最終フェーズに至る為にキンバリーが薬という別のカタチで、このタネを共和国内に流通させていた。
すべては父の夢を叶えるためでもあり、ガルベナールのから研究費を出資してもらうためでもある。
生来、道徳観が欠如しているキンバリーには、人々の犠牲など、何てことのない実験データ一つにすぎない。
華やぐパレードが行われる中、悲劇が突然、降りかかってきた。
人々の歓声に混じり、銃の発砲音が反響した。
祭りの幻想的な雰囲気を撃ち抜くような音に、一旦は場が静まりかえった。
しかし、その程度では祭りの勢いは止まらない。何事なかったように、すぐに活気を取り戻してゆく。
どこかの酔っ払いがバカ騒ぎしているのだろう。
適当な理由づけをして民衆は深く考えないように努めていた。
誰しも、心のそこから愉しんでいる、今を逃したくはない。
些細なことで大騒ぎしてしまったら、それこそ気分がぶち壊しになる。そう考えるのが心情だ。
けれど、運命は彼らの想いを聞き入れてくれるほど寛容ではない。
嘲るようにして現実を、突きつけてくる。
山車に乗っていた演者の一人が突如、地面へと落下した。
周囲が駆け寄ると額から血を流し、すでに息絶えていた。
悲鳴という名の導線に火がつくと、あとは早い。民衆の恐怖を瞬時に扇ぎ燃焼させてゆく。
平常心を欠いた人々が、山車から離れようとするも、人の海を抜け出すことは叶わない。
ドミノのように倒れだす、そこへ追加の鉛玉が撃ち込まれる。
悪意は着実に蓄えられてきた。
殻に閉じこめられたまま、加熱した蒸気のように膨張し、ずっとその時を待ちわびていた。
周辺の建屋に仕掛けられていた爆弾が一斉に爆破した。
倒壊する建屋の瓦礫が飛散し民衆の身体を打ち付けてくる。
被害は、目に見えて甚大だった。
対策を講じなければ、拡大してゆく一方だ。
表情のない暴徒たちが街中に炎を放っていた。
辺りに燃料を撒き散らしながら、奇声を発していた。
交通網は、すでに機能不全に陥っていた。
停車中の列車が、悪意に意識を乗ったられた集団に占拠され、ナズィール地区から分断された。
もはや、ナズィール地区にいる者たちに逃げ場はない。
北に拡がる荒野に向かっても、その先にあるのは軍の施設ぐらいだ。
とてもじゃないが、避難してきた者たちを受け入れられるほどの準備は整っていない。
行っても追い返されるのが関の山だろう。
「神よ、どうか我に力をお貸しください」
祈りを捧げるシルクエッタの前でフローレンスが倒れ込んだ。
急いで、彼女を介抱し、龍番の笛を回収しようとするも、様子がおかしい。
手にした途端、笛は砂となり崩れさってしまった。
「シルクン……あの男がいなくなっているよ!」
シゼルの言うとおり、男がいたはずの場所にはホーリーチェーンのみが残されている状態だった。
魔法を解除しながら、シルクエッタは苦悩していた。
「フローレンスさんを頼めますか? シゼルさん」
「どういうこと? あの悪魔を追うつもり……?」
「それは難しいかな。悪魔には、まんまとしてやられた、魔力の気配すら絶っている……それよりも、今は笛の効果だ。この状態を無効化する方が先決だよ」
「無効化できるとは、到底思えないし、厳しいんじゃないの?」
この局面をくつがえせるほどの一手など、言うまでもなく見当たらない。
無理だとしても、ここで悪魔に屈したらこの街は滅んでしまう。
それを避けるためにも、聖職者である者が路を照らさないといけない。
自分のできることを精一杯にやる、それが彼女の揺るがぬ想いだ。
キィイイイ―――ンと、つんざく耳鳴りこそ、魔笛本来の音色。
悪魔では、決して奏でられない不協和音は他種族によって完成される。
大気を揺れ動かす音に、シルクエッタたちは身を低くしたまま耳を塞いでいた。
――以前、エリエ地区で聴いた、あの音にそっくりだ……心の中でそう思いながらシルクエッタは薄目を開いた。
「あっああ……」
一遍する景色に彼女は言葉を失った。
神の加護を持つ者。
その瞳に映る世界には、真っ赤に染まった空を背に街の上空を飛び交う蟲の大群がいた。
路面では黒いヘドロが蔓延り人々の足元に絡みつこうとしている。
色濃くなってヒシヒシと伝う、悪魔の気配にシルクエッタは身震いが止まらなくなっていた。
誤算だった……最初から悪魔は群れでやって来ていた。
脆弱な個体でも、数が多ければ穢れを生み、より強固な存在へと進化する。
悪魔たちは呼び掛ける。
人々の内に眠る、同胞に……羽化する前の悪の種に、直接、呼びかけ目覚めさせる。
これにより、悪の種に人格を乗っ取られた人々は自我をを保てなくなる。
特に犠牲となる者はナズィール地区の住人たちだ。
この最終フェーズに至る為にキンバリーが薬という別のカタチで、このタネを共和国内に流通させていた。
すべては父の夢を叶えるためでもあり、ガルベナールのから研究費を出資してもらうためでもある。
生来、道徳観が欠如しているキンバリーには、人々の犠牲など、何てことのない実験データ一つにすぎない。
華やぐパレードが行われる中、悲劇が突然、降りかかってきた。
人々の歓声に混じり、銃の発砲音が反響した。
祭りの幻想的な雰囲気を撃ち抜くような音に、一旦は場が静まりかえった。
しかし、その程度では祭りの勢いは止まらない。何事なかったように、すぐに活気を取り戻してゆく。
どこかの酔っ払いがバカ騒ぎしているのだろう。
適当な理由づけをして民衆は深く考えないように努めていた。
誰しも、心のそこから愉しんでいる、今を逃したくはない。
些細なことで大騒ぎしてしまったら、それこそ気分がぶち壊しになる。そう考えるのが心情だ。
けれど、運命は彼らの想いを聞き入れてくれるほど寛容ではない。
嘲るようにして現実を、突きつけてくる。
山車に乗っていた演者の一人が突如、地面へと落下した。
周囲が駆け寄ると額から血を流し、すでに息絶えていた。
悲鳴という名の導線に火がつくと、あとは早い。民衆の恐怖を瞬時に扇ぎ燃焼させてゆく。
平常心を欠いた人々が、山車から離れようとするも、人の海を抜け出すことは叶わない。
ドミノのように倒れだす、そこへ追加の鉛玉が撃ち込まれる。
悪意は着実に蓄えられてきた。
殻に閉じこめられたまま、加熱した蒸気のように膨張し、ずっとその時を待ちわびていた。
周辺の建屋に仕掛けられていた爆弾が一斉に爆破した。
倒壊する建屋の瓦礫が飛散し民衆の身体を打ち付けてくる。
被害は、目に見えて甚大だった。
対策を講じなければ、拡大してゆく一方だ。
表情のない暴徒たちが街中に炎を放っていた。
辺りに燃料を撒き散らしながら、奇声を発していた。
交通網は、すでに機能不全に陥っていた。
停車中の列車が、悪意に意識を乗ったられた集団に占拠され、ナズィール地区から分断された。
もはや、ナズィール地区にいる者たちに逃げ場はない。
北に拡がる荒野に向かっても、その先にあるのは軍の施設ぐらいだ。
とてもじゃないが、避難してきた者たちを受け入れられるほどの準備は整っていない。
行っても追い返されるのが関の山だろう。
「神よ、どうか我に力をお貸しください」
祈りを捧げるシルクエッタの前でフローレンスが倒れ込んだ。
急いで、彼女を介抱し、龍番の笛を回収しようとするも、様子がおかしい。
手にした途端、笛は砂となり崩れさってしまった。
「シルクン……あの男がいなくなっているよ!」
シゼルの言うとおり、男がいたはずの場所にはホーリーチェーンのみが残されている状態だった。
魔法を解除しながら、シルクエッタは苦悩していた。
「フローレンスさんを頼めますか? シゼルさん」
「どういうこと? あの悪魔を追うつもり……?」
「それは難しいかな。悪魔には、まんまとしてやられた、魔力の気配すら絶っている……それよりも、今は笛の効果だ。この状態を無効化する方が先決だよ」
「無効化できるとは、到底思えないし、厳しいんじゃないの?」
この局面をくつがえせるほどの一手など、言うまでもなく見当たらない。
無理だとしても、ここで悪魔に屈したらこの街は滅んでしまう。
それを避けるためにも、聖職者である者が路を照らさないといけない。
自分のできることを精一杯にやる、それが彼女の揺るがぬ想いだ。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
修学旅行のはずが突然異世界に!?
中澤 亮
ファンタジー
高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。
しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。
修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!?
乗客たちはどこへ行ったのか?
主人公は森の中で一人の精霊と出会う。
主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる