異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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百七十九話

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 街の異変に、いち早く気づいたのは、シルクエッタだけではなかった。

「はっ! そういう事かよ」
 歩みを止め、空を見上げる彼もまた悪魔の存在を視認できる者の一人だった。

「な、何を……よそ見している……の?」
 目標に到達する前に、障害となる少女が立ちはだかる。
 素性は知らないが、邪魔立てするのなら誰でも一緒だ。
 たとえ、か弱き乙女でも、弱りきった老人であろうとも何人たりとも赦しはしない。
 同情も、慈悲も、愛情だとしても与えるだけ無駄だ、相手はずっと自分を敵視し、妨害してくる。
 だからこそ、排除して道を切り拓く……そうすることで己の正しさを証明する。

 力をさらに強い力で押さえつけるそれがファルゴのやり方だった。
 ギデオンを庇うようにして前へと出てきたクォリスは、すでにボロボロだった。
 退ける必要すらかんじないほどに憔悴しょうすいしきっている。
 フラフラと身を揺らしながら、辛うじて立っているが限界は近いだろう。

「どうした? 魔力も残っていない魔術師が壁になっても意味はないぞ」
 ファルゴが挑発の意を込めて言葉を投げつける。

「これ以上……あなたの好きにさせはしない。彼には指一本たりとも触れさせはしない……」
 怯むことなく返すクォリスに彼は肩を揺らす。
 関心などではなく、諦めといった感じの微笑を浮かべて声を荒げた。

「出来もしない。御託を並べて何になるという。さっさとそこを退けぃ!!」

 ファルゴの剛腕が唸った。
 魔法も神威も使用できない状態となっている彼女は、己が身を呈してギデオンを守ることぐらいしかできなかった。

「ぐぬぅうううううう! クォリス殿、お待たせしましたな」

「ブロッサム君! 無事だったんだ……」

「まだ、いやがったのか? 往生際の悪い奴らめ」

 クォリスを狙った一撃をブロッサムが身体を張って食い止めた。
 ようやく仲間たちと合流することに成功したブロッサムだが、彼とて手負いだ、このまま連戦に持ち込んでも不利なのは目に見えている。

「ごはっ……、なんたる不覚。今の攻撃だけで、アバラがいかれるとは……」
 それに、ファルゴの拳は、狂暴の塊そのものだ。
 真っ向から受け止めて、無傷で済む者はほとんどいない。
 一撃でブロッサムも片膝をつくこととなった。

「弱い、弱いなぁー。テメェ、ごときじゃ話にならねぇ! もう一発喰らって沈んでおけ」

「手に追えぬとはまさに、このこと……悪童よ……そこまで言うのなら、我の掌破千獄連鎖を受けてみよ!」

 全力を込めた掌底が、ファルゴのみぞおちに食い込んだ。
 そこから大量の衝撃破が放たれると、ファルゴの肉体の中に浸透し、容赦なく内側から暴れ出した。

「ほう、練功の亜種か。これなら、俺にダメージを与えられると踏んだか……読みは悪かぁーねえが、テメェよりも俺の方が練功の扱いには長けている。こんなモノで、俺をどうにかできると思うなよ!」

「と、届いていないというのか? 違う……我の渾身の奥義が無効化されてしまっているのか?」

「これで分かったろう!? テメェらの足掻きなんざ、端から無駄だってことがぁ!」

「そんなことはない! ギデ殿は、まだ敗北しておらぬ。必ず、目を覚ます!!」

「そう思いたいだけだろうがぁああああああああああ!」

 爆撃のような蹴りをあびたブロッサムが真横に向かって飛び去ってゆく。
 理不尽そのものの武力が、人の想い打ち砕いてゆく。
 願うだけでは叶わないモノがある。死力を尽くしてもつかめないモノがある。
 そこにあるのは過酷な現実だ。弱者は強者に蹂躙される。

「ああっ!! んっく……ギデ……君」

 襟首をつかまれたクォリスの足が地から離れた。
 呼吸もままならず、もがく彼女をファルゴは空かさず投げ飛ばした。  

「これで二人目……で、オマエはどうすんだ? バージェニル・ミリムス。そこで指を加えて静観するのなら、そうしておいた方が賢明だぞ」

「み、見くびらないで!!」
 バージェニルがファルゴに銃を向けた。
 携帯用の小型銃では、相手に致命傷を負わせるのは無理があった。
 それでも、構えずにいられなかったのは、バージェニルの見栄みえだ。
 自分の恐怖心を見透かされた彼女の悪足搔きだった。

「ふっ、オマエにはできまい。結果、無理だと分かっているからな。せいぜい、その性格を呪うがいい。所詮、オマエは俺たち側の人間だ。その呪縛は解けやしない」

 いつしか、銃を握る手が震えて止まらなくなっていた。
 強敵に対して、投降するのは、生物の生存本能だ。
 決して他者から咎められることも恨まれることもないが、自身が持つ良心の呵責には耐えられない。
 バージェニルはその場にしゃがみ込んでしまった。拭いきれない恐怖は未だ、彼女を苦しめ続けている。

「ゴメン……ごめんなさい、皆!」

 息を詰まらせながら絞りだした謝罪の言葉。
 その言葉は、誰の耳にも入らない。
 たった一人を除いては……。
 バージェニルは知らなかった。
 この窮地の中で、再び彼の指先がピクリと反応したことを。
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