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百八十話
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「ギデオン……」
混濁した意識の中で、自身を呼びとめる者がいた。
「ここだよ。ほら、コッチ!」
この手に触れる小さな手。その温もりに、もう一つの意識が覚醒した。
普段は眠り続けている深層心理。
思考の95パーセントを支配する潜在意識の中から、過去に顕在した己の意識が顔を覘かせていた。
靄がかった、その世界でギデオンは茫然と立ち尽くしていた。
傍らでは、十も満たない少女が彼の手を引いていた。
急かすような、その仕草にギデオンはハッとした。
それは幼い時分に、よく目にした光景だった。
王都の祝祭日がある度に必ず屋敷にやってくる。
一緒に街中を見て回ろうと誘う、少女は……。
「シルクエッタ……」
彼の幼馴染だった。
どうして過去を思い返しているのか? 皆目見当もつかないが、事実とは多少なりとも変化する。
幼少期のシルクエッタの傍には絶えず、厳格な父親が付き添っていた。
父親の監視が外れるのは、修道会の集いがある時か、草木も眠静まる真夜中ぐらいだ。
ゆえに、この過去は正確ではないモノだ。
彼女と、二人だけで祝祭日を回れるようになったのは、もう少し経ってからである。
誘われるままに、靄の中を突き進むと、やがて穏やかな光が射す夜空が見えてきた。
星々の明るい輝きに照らされた空は、青く澄んだ大海にも見える。
「ボクのせいで、悪魔の笛が奪われ鳴り響いてしまったんだ……そのせいで、ナズィールの街は今、大混乱が起きている」
流れ星が斜線を描いて消えてゆく。
夜空のキャンバスの背に振り向くシルクエッタ。
その容姿は成長した、今のモノへと早変わりしていた。
彼女が物寂し気に語る、その内容はナズィールの危機を告げる物だった。
何が起こっているのか? 詳しく聞こうとすると上手く言葉にできない。
シルクエッタが話しているのを聞くことでしか、話の全貌が見えてこない。
「ギデオン、ボクはこれから笛の呪いを解く。混乱を鎮めるために、ボクにしかできないことやる。だから、君の力を貸して欲しい」
「勿論だとも、僕はどうすればいい?」
「人々が暴徒と化してしまったのは、体内を蝕む悪意が原因だ。これを取り除くためには、魔笛がもたらした狂気をどうにかしないといけない。ファルゴ・エンブリオン、彼の持つ能力が鍵だ! 今回のようなイレギュラーを制御するために魔笛と対なる力を、ガルベナールは孫を使って生み出していたんだ!」
「分かった……要はアイツをブッ倒して、笛の効果を解除させればいいんだな」
「うん、君にならそれができるはず……だって君は聖騎士だから」
「……になるはずだった。偽物さ」
自虐的に笑うギデオンを、彼女は無言で見詰めていた。
怒っているようにも見える強い眼差しに、ギデオンは内心、罰の悪さを感じていた。
「ボクは信じている。例え、適性がなくても関係ない。ボクにとっての聖騎士とは、どんな逆境でも立ち向かっていける強い意志を持つ人のことなんだ! だから、君自身が聖騎士でありたいと望む限り、君はボクの知っている聖騎士なんだ!!」
シルクエッタの切なる願いと純粋なる魂の叫びが、ギデオンの心を震撼させた。
それまで、ずっと曇りがかっていた世界が急に明るく開けてゆく。
諦めていたはずなのに、すでに手放したのに、その想いは色あせることなく、ずっと心の奥底で燻っていた。
「まだ、可能性があるのなら、こんな所でつまずいているわけにはいかないな。アリガトな、シルクエッタ……」
地面に両膝をつけたまま、気を失っていた身体が、徐々に感覚を取り戻し始めた。
全身が痺れるほど痛むが、気にしてはいられない。
敵は、すぐそこにまで来ている……仲間が身を持って庇ってくれたおかげで間に合った。
「……おいおい、マジかよ。本当に立ちやがった! 最高だ……最高にイカレてやがるぞ、ギデ!!」
「いってぇ……やってくれたな。ファルゴ、お前は異常なまでに強い。だが、もう終いだ! これ以上は好きにはさせない! 今度こそ、お前を倒して狂気に侵された人々を元に戻す!」
「ほう、テメェも気づいていたのか? この異常な現象に」
「ああ、友が教えてくれた」
ギデオンは懐から通信機を取り出してみせた。
ひび割れ、若干壊れかけているが機能自体は生きているようだ。
「バージェニル、頼みがある」
「ギデ……私は、何もできなかった。貴方が、瀕死になっているのに……何も」
「バージェニル・ミリムス!! 君の判断は間違ってはいない。君の役目はここからだ、バージェニル。ブロッサムとクォリスを安全な場所まで運んで手当してやってくれ」
混濁した意識の中で、自身を呼びとめる者がいた。
「ここだよ。ほら、コッチ!」
この手に触れる小さな手。その温もりに、もう一つの意識が覚醒した。
普段は眠り続けている深層心理。
思考の95パーセントを支配する潜在意識の中から、過去に顕在した己の意識が顔を覘かせていた。
靄がかった、その世界でギデオンは茫然と立ち尽くしていた。
傍らでは、十も満たない少女が彼の手を引いていた。
急かすような、その仕草にギデオンはハッとした。
それは幼い時分に、よく目にした光景だった。
王都の祝祭日がある度に必ず屋敷にやってくる。
一緒に街中を見て回ろうと誘う、少女は……。
「シルクエッタ……」
彼の幼馴染だった。
どうして過去を思い返しているのか? 皆目見当もつかないが、事実とは多少なりとも変化する。
幼少期のシルクエッタの傍には絶えず、厳格な父親が付き添っていた。
父親の監視が外れるのは、修道会の集いがある時か、草木も眠静まる真夜中ぐらいだ。
ゆえに、この過去は正確ではないモノだ。
彼女と、二人だけで祝祭日を回れるようになったのは、もう少し経ってからである。
誘われるままに、靄の中を突き進むと、やがて穏やかな光が射す夜空が見えてきた。
星々の明るい輝きに照らされた空は、青く澄んだ大海にも見える。
「ボクのせいで、悪魔の笛が奪われ鳴り響いてしまったんだ……そのせいで、ナズィールの街は今、大混乱が起きている」
流れ星が斜線を描いて消えてゆく。
夜空のキャンバスの背に振り向くシルクエッタ。
その容姿は成長した、今のモノへと早変わりしていた。
彼女が物寂し気に語る、その内容はナズィールの危機を告げる物だった。
何が起こっているのか? 詳しく聞こうとすると上手く言葉にできない。
シルクエッタが話しているのを聞くことでしか、話の全貌が見えてこない。
「ギデオン、ボクはこれから笛の呪いを解く。混乱を鎮めるために、ボクにしかできないことやる。だから、君の力を貸して欲しい」
「勿論だとも、僕はどうすればいい?」
「人々が暴徒と化してしまったのは、体内を蝕む悪意が原因だ。これを取り除くためには、魔笛がもたらした狂気をどうにかしないといけない。ファルゴ・エンブリオン、彼の持つ能力が鍵だ! 今回のようなイレギュラーを制御するために魔笛と対なる力を、ガルベナールは孫を使って生み出していたんだ!」
「分かった……要はアイツをブッ倒して、笛の効果を解除させればいいんだな」
「うん、君にならそれができるはず……だって君は聖騎士だから」
「……になるはずだった。偽物さ」
自虐的に笑うギデオンを、彼女は無言で見詰めていた。
怒っているようにも見える強い眼差しに、ギデオンは内心、罰の悪さを感じていた。
「ボクは信じている。例え、適性がなくても関係ない。ボクにとっての聖騎士とは、どんな逆境でも立ち向かっていける強い意志を持つ人のことなんだ! だから、君自身が聖騎士でありたいと望む限り、君はボクの知っている聖騎士なんだ!!」
シルクエッタの切なる願いと純粋なる魂の叫びが、ギデオンの心を震撼させた。
それまで、ずっと曇りがかっていた世界が急に明るく開けてゆく。
諦めていたはずなのに、すでに手放したのに、その想いは色あせることなく、ずっと心の奥底で燻っていた。
「まだ、可能性があるのなら、こんな所でつまずいているわけにはいかないな。アリガトな、シルクエッタ……」
地面に両膝をつけたまま、気を失っていた身体が、徐々に感覚を取り戻し始めた。
全身が痺れるほど痛むが、気にしてはいられない。
敵は、すぐそこにまで来ている……仲間が身を持って庇ってくれたおかげで間に合った。
「……おいおい、マジかよ。本当に立ちやがった! 最高だ……最高にイカレてやがるぞ、ギデ!!」
「いってぇ……やってくれたな。ファルゴ、お前は異常なまでに強い。だが、もう終いだ! これ以上は好きにはさせない! 今度こそ、お前を倒して狂気に侵された人々を元に戻す!」
「ほう、テメェも気づいていたのか? この異常な現象に」
「ああ、友が教えてくれた」
ギデオンは懐から通信機を取り出してみせた。
ひび割れ、若干壊れかけているが機能自体は生きているようだ。
「バージェニル、頼みがある」
「ギデ……私は、何もできなかった。貴方が、瀕死になっているのに……何も」
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