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二百五十四話
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「そういえば、貴様は何用でここに来たのだ……? こ、ギデ」
「……話の途中で、止めるなよ! 僕はクラスチェンジのことで寺院に向かおうとしていたところだ」
ナンダは、短くそろった顎鬚をさすりながら「運が良かったな」と堀の対面を指さした。
そこには五人組のひとだかりができており、時折、歓声ような雄たけびがあがっていた。
「あそこで竹芋のウマ煮物を食いながら、サイコロを振っているハゲがおるだろう。あれが、この街でたった一人しかいない僧侶だ」
「ああ、確かに坊主だな……というか、あれ絶対に違法賭博だよな?」
聖王国では見ることすらなかった光景に、ギデオンは目を細めていた。
「くっははぁ」と隣にいたナンダが小さく笑う。
「変わりモンだが、悪い奴ではないぞ。まずは、その要件とやらを済ませてきたらどうだ? ワシの話など、後からでも良かろうよ」
「はぁ……教会で神学を学んだ身としては、嘆かわしくも思えるが……そうだな、話をしてくる」
季節感を無視した半そでに短パン姿の坊さん。
サングラスで眼元は見えないが、どう見ても僧侶というよりは街角にいるチンピラにしか見えない。
早くも意気消沈しかけているのか? ギデオンの足取りは決して軽やかなモノではなかった。
「ほら! サンチョ、サンチョ、サンチョ―――!! ミョンはミョンはぁ!? どいつだ? この一番で飛んだらファッ〇ンゴッドだぜぃいいい」
近づけば近づくほど、異様な熱気を感じた。
禍々しい呪文のような掛け声とともに、四つん這いになって項垂れる輩が続出した。
何の賭けをしているのか、ギデオンにはサッパリ理解できなかった……。
ルールとしては、サイコロを振って最後まで数字の書かれた手札を持つ者が勝者となるらしい。
残っているのは二人。
例の坊さんと酒臭いオヤジの一騎打ちだ。
「悪いがサンチョは、俺がいただくぜぃ~」
今にも酔いつぶれそうな、オヤジが上半身をフラフラとさせ小躍りしている。
「わりぃーな! 今日の俺は冴えまくているから勝ちは譲れねぇーぞ」
余程、自信があるようだ。坊さんは怯むことなく、軽快にサイを手で転がしている。
勝敗の行方が気になるもの分からなくはない……。
ただし、度が過ぎるのも考えモノだろう。
周囲にいる者たちが、あまりにも賭けに没頭しすぎているせいで、ギデオンが入り込む余地がまったくない。
どうにもこうにも、この一戦が終わらないと、話すらまともに出来そうにない雰囲気だ。
困り果てた表情を浮かべるギデオンを遠目で見ながら、ナンダは話の続きを思い出していた。
彼にとって、自身の過去は誰かに打ち明けるものではない。
特に、ここから先は迂闊に話はいけない内容だ。
本当に信ある者、未来を託せる者だけが語るに値する、過ちの結末……理由こそ不明ではあるも、ナンダはギデという若い勇士にだけには伝えなければいけないと直感していた。
今のギデオンの姿に、かつての自分が重なる。
先代のモンドロトもよく民衆と一緒になって賭けごとに興じていた。
当時、主の護衛を務めていたナンダは、いつになっても終わらないギャンブルに、困り果てながらも待っていた。
あの頃のモンドは、まだまともだった。
いや……おかしくなる前兆はあったはず……それを、みすみす逃してしまったのはナンダ自身の怠慢と言えよう。
「ナンダよ、大王から勅命を賜った。これより、我々は寧彙方面に赴き魔獣殲滅戦を開始する」
何の相談もなしに、飛び出てきたモンドの一言にナンダは目を丸くした。
近年、北の最果て南陽から魔物の群れが出没していた。
これまで、幾度となく討伐に挑んだが……魔物が増える勢いは一向に収束する気配がない。
今でもさえも、閑泉への進行を食い止めるのに必死になっているのに……こともあろうか、大王は北東方面の防衛に回れと言い出してきたのだ。
「モンド様、恐れながら進言致します。現在、我が北の軍は国境からの敵の進入を防ぐのに手一杯で他に軍を回せる状況ではございません」
「問題はなかろう。北東へ向かうのはワタシも含めた少数精鋭部隊だ。幸い、今回の作戦においては南のガリュウ軍が全面支持してくれるそうだ。兵力が足りず苦しいのは分かるが……民の為だ。ここで、一旗あげれば大王様からも厚い信頼を得ることになるだろう」
「南ですか……確かにガリュウの軍は白兵戦を得意とします。ですが、相手の兵力は未だ……未知数、ここは時間を割いてでも敵情視察から行うべきです。その上で、どう動くべきか取り決めるのが得策かと……」
「ナンダよ。ワタシは、大王様に吉報をお待ちくださいと既に伝えている。今更、それを覆そうなど万死に値する! 帝に逆らえば、どうなるのか……知らない、お前では無かろう。頼む! お前の知略あれば、どんな逆境でも乗り越えられる! ワタシはそう確信しているのだ」
背丈に合わない自信は身を滅ぼす……甘言による同調圧力は人の判断力を狂わせる。
後から思えば、ここが最初で最後の分岐点だった。
北東の寧彙への行軍は、まさしくデスマーチと呼べる悲惨なモノだった。
「……話の途中で、止めるなよ! 僕はクラスチェンジのことで寺院に向かおうとしていたところだ」
ナンダは、短くそろった顎鬚をさすりながら「運が良かったな」と堀の対面を指さした。
そこには五人組のひとだかりができており、時折、歓声ような雄たけびがあがっていた。
「あそこで竹芋のウマ煮物を食いながら、サイコロを振っているハゲがおるだろう。あれが、この街でたった一人しかいない僧侶だ」
「ああ、確かに坊主だな……というか、あれ絶対に違法賭博だよな?」
聖王国では見ることすらなかった光景に、ギデオンは目を細めていた。
「くっははぁ」と隣にいたナンダが小さく笑う。
「変わりモンだが、悪い奴ではないぞ。まずは、その要件とやらを済ませてきたらどうだ? ワシの話など、後からでも良かろうよ」
「はぁ……教会で神学を学んだ身としては、嘆かわしくも思えるが……そうだな、話をしてくる」
季節感を無視した半そでに短パン姿の坊さん。
サングラスで眼元は見えないが、どう見ても僧侶というよりは街角にいるチンピラにしか見えない。
早くも意気消沈しかけているのか? ギデオンの足取りは決して軽やかなモノではなかった。
「ほら! サンチョ、サンチョ、サンチョ―――!! ミョンはミョンはぁ!? どいつだ? この一番で飛んだらファッ〇ンゴッドだぜぃいいい」
近づけば近づくほど、異様な熱気を感じた。
禍々しい呪文のような掛け声とともに、四つん這いになって項垂れる輩が続出した。
何の賭けをしているのか、ギデオンにはサッパリ理解できなかった……。
ルールとしては、サイコロを振って最後まで数字の書かれた手札を持つ者が勝者となるらしい。
残っているのは二人。
例の坊さんと酒臭いオヤジの一騎打ちだ。
「悪いがサンチョは、俺がいただくぜぃ~」
今にも酔いつぶれそうな、オヤジが上半身をフラフラとさせ小躍りしている。
「わりぃーな! 今日の俺は冴えまくているから勝ちは譲れねぇーぞ」
余程、自信があるようだ。坊さんは怯むことなく、軽快にサイを手で転がしている。
勝敗の行方が気になるもの分からなくはない……。
ただし、度が過ぎるのも考えモノだろう。
周囲にいる者たちが、あまりにも賭けに没頭しすぎているせいで、ギデオンが入り込む余地がまったくない。
どうにもこうにも、この一戦が終わらないと、話すらまともに出来そうにない雰囲気だ。
困り果てた表情を浮かべるギデオンを遠目で見ながら、ナンダは話の続きを思い出していた。
彼にとって、自身の過去は誰かに打ち明けるものではない。
特に、ここから先は迂闊に話はいけない内容だ。
本当に信ある者、未来を託せる者だけが語るに値する、過ちの結末……理由こそ不明ではあるも、ナンダはギデという若い勇士にだけには伝えなければいけないと直感していた。
今のギデオンの姿に、かつての自分が重なる。
先代のモンドロトもよく民衆と一緒になって賭けごとに興じていた。
当時、主の護衛を務めていたナンダは、いつになっても終わらないギャンブルに、困り果てながらも待っていた。
あの頃のモンドは、まだまともだった。
いや……おかしくなる前兆はあったはず……それを、みすみす逃してしまったのはナンダ自身の怠慢と言えよう。
「ナンダよ、大王から勅命を賜った。これより、我々は寧彙方面に赴き魔獣殲滅戦を開始する」
何の相談もなしに、飛び出てきたモンドの一言にナンダは目を丸くした。
近年、北の最果て南陽から魔物の群れが出没していた。
これまで、幾度となく討伐に挑んだが……魔物が増える勢いは一向に収束する気配がない。
今でもさえも、閑泉への進行を食い止めるのに必死になっているのに……こともあろうか、大王は北東方面の防衛に回れと言い出してきたのだ。
「モンド様、恐れながら進言致します。現在、我が北の軍は国境からの敵の進入を防ぐのに手一杯で他に軍を回せる状況ではございません」
「問題はなかろう。北東へ向かうのはワタシも含めた少数精鋭部隊だ。幸い、今回の作戦においては南のガリュウ軍が全面支持してくれるそうだ。兵力が足りず苦しいのは分かるが……民の為だ。ここで、一旗あげれば大王様からも厚い信頼を得ることになるだろう」
「南ですか……確かにガリュウの軍は白兵戦を得意とします。ですが、相手の兵力は未だ……未知数、ここは時間を割いてでも敵情視察から行うべきです。その上で、どう動くべきか取り決めるのが得策かと……」
「ナンダよ。ワタシは、大王様に吉報をお待ちくださいと既に伝えている。今更、それを覆そうなど万死に値する! 帝に逆らえば、どうなるのか……知らない、お前では無かろう。頼む! お前の知略あれば、どんな逆境でも乗り越えられる! ワタシはそう確信しているのだ」
背丈に合わない自信は身を滅ぼす……甘言による同調圧力は人の判断力を狂わせる。
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