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三百十一話
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チリリンと鈴の音が、どこからともなく鳴っていた。
鼓膜を振動させる音色は、物悲しくも澄みきっていた。
傍に横たわる悪鬼は、もう動かない。
勝負は決したはずなのに、不穏な空気が辺りに充満している。
胸やけしそうな感覚にギデオンは、胸元を押さえた。
それでどうなるわけでもないが、そうせずにはいられない。
心を掻き乱す鈴の音は彼にとって鬼門だ……嫌な思いでしかない。
乾いた秋風が吹き荒び、視界をかすめる。
ほんの僅かな瞬きの先に、その少年はいた。
自分と同年代ぐらいの赤髪の男。
背丈はさほど変わらないが、血色の良い肌をしていて煌びやかな橙色の胴着の下に藍色の袴をはいている。
いかにも、武術家のような出で立ちをした少年にギデオンは緊張を走らせる。
対峙しただけでも分かってしまうほどに隙が見あたらない。
「そう、カリカリすんなよ。相変わらず絹のように繊細な奴だな。まぁ、お前さんのそういうトコロはキライではないがな」
「お前……まさか!? 東軍所属の兵士か?」
「そうさ、兵士ではなく東軍の将軍だ。オメデトー、俺も倒せばこの戦は終結するぞ」
左耳の三連ピアスをチリンと鳴らし、赤髪の少年はギデオンへと冷ややかに笑ってみせた。
名をクドといい、この若さで東軍の将軍として前線で戦っている。
「いつか予見した通り、星の巡り合わせが俺たちを引寄せたようだな。お前さんとの約束を果たしたいのは山々だが、その前に一仕事しないと……まずは、そのクズを回収させてもらおうっか」
パシッ! クドが平手を打つとそれまで横たわっていたガイサイの身体が跡形もなく消えた。
姿だけではない、闘気も気配も完全に絶たれている。
「どうんな手品を使ったんだ?」
「手品ね。それはお互い様だろう? おいそれと口を滑らせるわけにはいかない。タネを明かさないからこそ、手品は価値があるのさ」
「だったら、シルクエッタの話ならどうだ? 彼女を連れ去ったのはお前の差し金か?」
「連れ去るなんて人聞きの悪い。シルキィは、ゲストとして丁重にもてなしているよ」
クドの言葉がどこまで真実なのか? 見極めるのは難しい。
聖歌隊時代の彼を知るギデオンはそれを良く知っている。
嘘と真を巧みに使い分け相手を翻弄させるのはクドの特技だ。
それで何人もの神官たちが痛い目を見たことか。
彼は人を欺く天才だ。それは良い意味でも悪い意味でもだ。
特にクドの発言は真に受けてはならない。その奥に隠れている本心は何人も覗き見ることは不可能だ。
「それじゃな、ギデオン。これから急ぎの用があるから失礼する」
「待って! ガリュウの命を狙うために進軍してきたのに、何故、急ピッチでことを進ませようとする。そうまでして急ぐ理由があるのか?」
「ギデオン、戦によって一秒間にどれほどの命が奪われているのか、想像できるか? ドルゲニアも然り、王位継承戦が長引けば、長引くほど犠牲は増える一方だ。俺が求める理想は昔とまったく変わらない……お前さんはどうだ?」
「ご立派な考えだが、あいにく自分の身の周りで手一杯でね」
「……無駄話は終わりだ。今から俺はガリュウの下へと向かうぞ。止めたければ、やってみな」
もう一度、手を叩くと、今度はクドの姿が忽然と消えた。
コハクやアゲットもように瞬間移動する能力でもあるというのか……?
疑問を並べても解を知ることはできない。
さきほど、クド言っていた通りのことが真実であるとすれば、ガリュウの身に危険が迫っている。
「どうやら、もたついている場合ではなさそうだな……スコル!!」
ギデオンが叫ぶと黒い魔獣が街道奥から風を切り裂いて駆けてきた。
その背後から出てきた人影に思わず絶句したが、しきりに何かを訴えている様子からしてスコルを追いかけているようだ。
よく見るとその口元には軍旗が咥えられていた。
自軍の旗を敵に奪われることなど軍人としてあってはならない。
スコルからすれば、追いかけっこしているつもりだが東軍の兵士にとっては一大事である。
取り返さなければ、この後、自分がどうなるのかも分からない。
敵でありながらも、必死の形相。あまりに不憫すぎて同情を禁じ得ない。
しかし、敵は敵だ。
ギデオンがどう思っていても、刃を向け合うことになる。
それに、魔獣相手に一歩も引けを取らない兵士は、信じらないほど走るのが素早い。
突き放されるどころか、スコルとの距離は縮まっている。
「聞こえているか!? そこの奴! 降伏するのなら身の安全は保証する」
鼓膜を振動させる音色は、物悲しくも澄みきっていた。
傍に横たわる悪鬼は、もう動かない。
勝負は決したはずなのに、不穏な空気が辺りに充満している。
胸やけしそうな感覚にギデオンは、胸元を押さえた。
それでどうなるわけでもないが、そうせずにはいられない。
心を掻き乱す鈴の音は彼にとって鬼門だ……嫌な思いでしかない。
乾いた秋風が吹き荒び、視界をかすめる。
ほんの僅かな瞬きの先に、その少年はいた。
自分と同年代ぐらいの赤髪の男。
背丈はさほど変わらないが、血色の良い肌をしていて煌びやかな橙色の胴着の下に藍色の袴をはいている。
いかにも、武術家のような出で立ちをした少年にギデオンは緊張を走らせる。
対峙しただけでも分かってしまうほどに隙が見あたらない。
「そう、カリカリすんなよ。相変わらず絹のように繊細な奴だな。まぁ、お前さんのそういうトコロはキライではないがな」
「お前……まさか!? 東軍所属の兵士か?」
「そうさ、兵士ではなく東軍の将軍だ。オメデトー、俺も倒せばこの戦は終結するぞ」
左耳の三連ピアスをチリンと鳴らし、赤髪の少年はギデオンへと冷ややかに笑ってみせた。
名をクドといい、この若さで東軍の将軍として前線で戦っている。
「いつか予見した通り、星の巡り合わせが俺たちを引寄せたようだな。お前さんとの約束を果たしたいのは山々だが、その前に一仕事しないと……まずは、そのクズを回収させてもらおうっか」
パシッ! クドが平手を打つとそれまで横たわっていたガイサイの身体が跡形もなく消えた。
姿だけではない、闘気も気配も完全に絶たれている。
「どうんな手品を使ったんだ?」
「手品ね。それはお互い様だろう? おいそれと口を滑らせるわけにはいかない。タネを明かさないからこそ、手品は価値があるのさ」
「だったら、シルクエッタの話ならどうだ? 彼女を連れ去ったのはお前の差し金か?」
「連れ去るなんて人聞きの悪い。シルキィは、ゲストとして丁重にもてなしているよ」
クドの言葉がどこまで真実なのか? 見極めるのは難しい。
聖歌隊時代の彼を知るギデオンはそれを良く知っている。
嘘と真を巧みに使い分け相手を翻弄させるのはクドの特技だ。
それで何人もの神官たちが痛い目を見たことか。
彼は人を欺く天才だ。それは良い意味でも悪い意味でもだ。
特にクドの発言は真に受けてはならない。その奥に隠れている本心は何人も覗き見ることは不可能だ。
「それじゃな、ギデオン。これから急ぎの用があるから失礼する」
「待って! ガリュウの命を狙うために進軍してきたのに、何故、急ピッチでことを進ませようとする。そうまでして急ぐ理由があるのか?」
「ギデオン、戦によって一秒間にどれほどの命が奪われているのか、想像できるか? ドルゲニアも然り、王位継承戦が長引けば、長引くほど犠牲は増える一方だ。俺が求める理想は昔とまったく変わらない……お前さんはどうだ?」
「ご立派な考えだが、あいにく自分の身の周りで手一杯でね」
「……無駄話は終わりだ。今から俺はガリュウの下へと向かうぞ。止めたければ、やってみな」
もう一度、手を叩くと、今度はクドの姿が忽然と消えた。
コハクやアゲットもように瞬間移動する能力でもあるというのか……?
疑問を並べても解を知ることはできない。
さきほど、クド言っていた通りのことが真実であるとすれば、ガリュウの身に危険が迫っている。
「どうやら、もたついている場合ではなさそうだな……スコル!!」
ギデオンが叫ぶと黒い魔獣が街道奥から風を切り裂いて駆けてきた。
その背後から出てきた人影に思わず絶句したが、しきりに何かを訴えている様子からしてスコルを追いかけているようだ。
よく見るとその口元には軍旗が咥えられていた。
自軍の旗を敵に奪われることなど軍人としてあってはならない。
スコルからすれば、追いかけっこしているつもりだが東軍の兵士にとっては一大事である。
取り返さなければ、この後、自分がどうなるのかも分からない。
敵でありながらも、必死の形相。あまりに不憫すぎて同情を禁じ得ない。
しかし、敵は敵だ。
ギデオンがどう思っていても、刃を向け合うことになる。
それに、魔獣相手に一歩も引けを取らない兵士は、信じらないほど走るのが素早い。
突き放されるどころか、スコルとの距離は縮まっている。
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