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三百八十話
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外の空気に触れた途端、砂埃が目や口に入りかけた。
コートの袖を砂除けにしながら、前方に目をやると砂嵐の中に薄っすらと沙漠が浮かんで見える。
紅葉豊かな、ドルゲニアにも植物が育たたない場所がある。
ゼナンの砂海――――
この地方で有名な神話の主人公を名を冠する沙漠は、人々が暮らすには過酷な土地だった。
炎天下に焼かれ、寒さに凍えるだけでは済まされない。
鬼龍殺しのゼナンによって屠られた数千、数万ほどの龍の死骸が火葬され灰となり、この砂として地上に積層した。
その怨念は凄まじく、今もこの地を訪れた者に疫病をばら撒くと伝えられている。
正直、馬鹿げている迷信だ。
滅びた者が何を訴えようとしても、それは生者の観点からとなる。
死人に口はなし。原因は、突風が運んでくる植物の胞子だ。
短時間では、然程影響がでないが保護マスクもなしに沙漠をうろつくのは、命取りである。
このまま、移動するのはキケンだ。ハンターとしての直感が冴えていた。
先にここに出たはずのシゼルとファルゴの姿は見えない。
仮にこの場から離れていたとしても、あの二人なら上手く対処できているはずだ。
問題は自分だ、八方塞がりの状態を蒼穹に打破しないといけない。
一人考えこみながら、洞窟に戻ろうとするとギデオンは足を止めた。吹き荒んだ風の音に混じり地鳴りが響いている。そう遠くない場所で、動物の大移動が始まっている。
生態系を脅かすのは常に自然災害と戦争だ。
大戦の気配が粛々と近づいている。
おおよそ、二十五万から成る大群が北部の都、閑泉を陥落させようと攻め込んでいる真っただ中だ。
「ん? 何だ? 人影が―――」
一瞬のスキを突いて陸龍に騎乗する兵士を失神させた。
前進する陸龍の前に飛び出し動きを止めた。怯んだ、その合間に国王軍の兵士一人を投げ飛ばし、防塵マスクやマントを奪い取ると洞窟へと放った。
「悪いがこんな所でもたついていられない……恨むなよ」
龍に騎乗し、さりげなく本体に合流し紛れ込む。
マスクは顔を隠すのにおあつらえ向きだ。
分母が多い分、指揮官を見つけ出すのは一苦労である。
運良く発見したとしても、途中離脱できないほどに辺りは兵士で埋めつくされていた。
――――このまま、流れに乗ってゆけば北軍と共に相手を挟み込むことができる。
そう考えるのが、ギデオンからすると当たり前に思えた。
だが、実際にはそうもいかない。この大群は北に都に近づこうとするも一定のラインを越えようとはしない。
前後に回転移動しながら陣形を崩さないようにしている。
この動きを察知してから、敵の群れに飛び込んだのは不正解だったと悟った。
この軍団は主力部隊ではない。あくまで予備、補充要員からなる後続支援の部隊だ。
「どうにかして、この輪から抜け出さないと」
巧みに手綱を操作して陸龍を外側へと押し出す。
体感だが、少しずつは動けている。その矢先のことだった。
前方で、落雷が落ちた。絶えず動いていた集団は、激しい雷音に恐れおののき停止した。
流れが遮断されている内に、脱出すると後続部隊から一気に離れる。
ギデオンだけではない王国軍の兵士でさえも一部は耐えかねず逃走をしていた。
デスパレードと呼ぶべきか、離脱者を出さないために心理的に兵士たちを必要以上に追い込み思考を奪っていた。
簡単に解決することも、連帯責任という重責により縛られ身動きが取れないようにしている。
こんなことを思いつくのは、策士というよりも下衆さが際立つ人種だ。
他者を道具としか見ていないからこそ、平気で相手を傷つけることができる。
その人物は、長い黒髪を一括りにまとめていた。
水色の軍服をまとう、細身の身体は決して華奢ではなく男たちを虜にするような程好い肉づきをしていた。
濡れたような唇にキリリとした目元。いくら目立つのを嫌っても、隠しきれない色香が特徴的だ。
「悪いな、ここから先は通行止めだ!」
敵将と思われる彼女の前にファルゴが立ちはだかっていた。
理由は定かではないが、一悶着ありそうだ。
「ファルゴ・エンブリオンだ!」
「国王軍参謀を務めます、ミューティス・エステイトです。して私に要件でも?」
「隠すなよ。ここいらから嫌な気配がだだ漏れになってんだよ」
ファルゴから指摘を受けたミューティスは無表情のまま腕を振りかざし兵士たちに合図を送る。
敵を攻撃せよ! 命を受けた者たちは陸龍から降りて、武器を片手に襲い掛かってくる。
躊躇いもしない、愚かな敵勢にファルゴは舌なめずりをした。
コートの袖を砂除けにしながら、前方に目をやると砂嵐の中に薄っすらと沙漠が浮かんで見える。
紅葉豊かな、ドルゲニアにも植物が育たたない場所がある。
ゼナンの砂海――――
この地方で有名な神話の主人公を名を冠する沙漠は、人々が暮らすには過酷な土地だった。
炎天下に焼かれ、寒さに凍えるだけでは済まされない。
鬼龍殺しのゼナンによって屠られた数千、数万ほどの龍の死骸が火葬され灰となり、この砂として地上に積層した。
その怨念は凄まじく、今もこの地を訪れた者に疫病をばら撒くと伝えられている。
正直、馬鹿げている迷信だ。
滅びた者が何を訴えようとしても、それは生者の観点からとなる。
死人に口はなし。原因は、突風が運んでくる植物の胞子だ。
短時間では、然程影響がでないが保護マスクもなしに沙漠をうろつくのは、命取りである。
このまま、移動するのはキケンだ。ハンターとしての直感が冴えていた。
先にここに出たはずのシゼルとファルゴの姿は見えない。
仮にこの場から離れていたとしても、あの二人なら上手く対処できているはずだ。
問題は自分だ、八方塞がりの状態を蒼穹に打破しないといけない。
一人考えこみながら、洞窟に戻ろうとするとギデオンは足を止めた。吹き荒んだ風の音に混じり地鳴りが響いている。そう遠くない場所で、動物の大移動が始まっている。
生態系を脅かすのは常に自然災害と戦争だ。
大戦の気配が粛々と近づいている。
おおよそ、二十五万から成る大群が北部の都、閑泉を陥落させようと攻め込んでいる真っただ中だ。
「ん? 何だ? 人影が―――」
一瞬のスキを突いて陸龍に騎乗する兵士を失神させた。
前進する陸龍の前に飛び出し動きを止めた。怯んだ、その合間に国王軍の兵士一人を投げ飛ばし、防塵マスクやマントを奪い取ると洞窟へと放った。
「悪いがこんな所でもたついていられない……恨むなよ」
龍に騎乗し、さりげなく本体に合流し紛れ込む。
マスクは顔を隠すのにおあつらえ向きだ。
分母が多い分、指揮官を見つけ出すのは一苦労である。
運良く発見したとしても、途中離脱できないほどに辺りは兵士で埋めつくされていた。
――――このまま、流れに乗ってゆけば北軍と共に相手を挟み込むことができる。
そう考えるのが、ギデオンからすると当たり前に思えた。
だが、実際にはそうもいかない。この大群は北に都に近づこうとするも一定のラインを越えようとはしない。
前後に回転移動しながら陣形を崩さないようにしている。
この動きを察知してから、敵の群れに飛び込んだのは不正解だったと悟った。
この軍団は主力部隊ではない。あくまで予備、補充要員からなる後続支援の部隊だ。
「どうにかして、この輪から抜け出さないと」
巧みに手綱を操作して陸龍を外側へと押し出す。
体感だが、少しずつは動けている。その矢先のことだった。
前方で、落雷が落ちた。絶えず動いていた集団は、激しい雷音に恐れおののき停止した。
流れが遮断されている内に、脱出すると後続部隊から一気に離れる。
ギデオンだけではない王国軍の兵士でさえも一部は耐えかねず逃走をしていた。
デスパレードと呼ぶべきか、離脱者を出さないために心理的に兵士たちを必要以上に追い込み思考を奪っていた。
簡単に解決することも、連帯責任という重責により縛られ身動きが取れないようにしている。
こんなことを思いつくのは、策士というよりも下衆さが際立つ人種だ。
他者を道具としか見ていないからこそ、平気で相手を傷つけることができる。
その人物は、長い黒髪を一括りにまとめていた。
水色の軍服をまとう、細身の身体は決して華奢ではなく男たちを虜にするような程好い肉づきをしていた。
濡れたような唇にキリリとした目元。いくら目立つのを嫌っても、隠しきれない色香が特徴的だ。
「悪いな、ここから先は通行止めだ!」
敵将と思われる彼女の前にファルゴが立ちはだかっていた。
理由は定かではないが、一悶着ありそうだ。
「ファルゴ・エンブリオンだ!」
「国王軍参謀を務めます、ミューティス・エステイトです。して私に要件でも?」
「隠すなよ。ここいらから嫌な気配がだだ漏れになってんだよ」
ファルゴから指摘を受けたミューティスは無表情のまま腕を振りかざし兵士たちに合図を送る。
敵を攻撃せよ! 命を受けた者たちは陸龍から降りて、武器を片手に襲い掛かってくる。
躊躇いもしない、愚かな敵勢にファルゴは舌なめずりをした。
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