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三百八十二話
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砂塵をまき上げ衝突したのは二匹のケダモノだった。
思考するよりも先に、相手の筋肉の動きを察知し純粋に殴り合う。
ステゴロ(素手)に小細工や策など不要。読み違えても急所さえ避けられればいい。
瀬戸際の対峙は、いつだって興奮と快感をもたらしてくれる。
肉を叩く音と小刻みな振動が拳に伝わる度に生を実感できる。
今、この瞬間だけが嘘偽りのない自分をさらけ出すことができる。
しばらくの間、牢に閉じ込められていたファルゴにとって外に出れたことは幸運だった。
狭い牢獄暮らしは、息が詰まりそうになるほど退屈で死にそうだった。
脱獄することも考えなかったわけではない。
実際、何度も鉄格子を破壊しようと思った。
けれど、あえてそうしなかった。
初めて、他者から明確な敗北を手渡されて王としての彼は解放された。
他の誰でもない自身が課した勝者の称号。
いつしか重荷となってしまい、勝利に固執するあまり純粋に戦いを愉しめなかった。
強者に出会い死闘を繰り広げれば、それなりの満足感は得られる。
それも悪くはないが、ファルゴが求めているものとは微妙に違う。
壊れないモノが欲しかった。
ほんのわずか間でも、隣に並ぶ同等の相手が欲しかった。
今になって分かる。ギデという存在は元から対等にはなり得ない。
人の枠組みを超越しても、なお成長を続けている。
このままでは差が開く一方だ。同格でなくとも自分を負かした相手にリベンジしなければ、拳闘士としてのプライドが傷ついたままだ。
プライドが高いだけの奴はロクデナシだが、低すぎる奴はヒトデナシだ。
何事にも適切なバランス、調和というモノが存在する。
敗北を知り、ファルゴは一回り成長した。どうすれば、今より高みに昇れるのか初めて真剣に考えていた。
そして導き出した結論は、自分を限界まで追い込むことであった。
子供ころ、祖父であるガルベナールがよく口にしていた言葉がある。
「懸命になろうとするのは、適性がない証拠だ。人の生きる価値はどれだけイージーに過ごせるかだ。努力や苦労、忍耐? どれも所詮自己満足でしかないし、いくらでも捏造できる。本当に頑張ったとしても頑張ったにしかならなく、それ以上にならない。自分の真の価値を知る者はこの世に自分しかいない」
ガルベナールの言っていることは概ね正しかった。はずなのに……敗者になった挙句、惨たらしく散っていった。
イージー、楽して生きることも何ら価値のない世界観の中ある理の一つでしかない。
今のファルゴにはそれらを断ち切る覚悟があった。
苦楽など関係なく、本能が赴くままに拳を振り回す。なのに――――――
「てめぇぇっぇえ……どうして無粋な真似をしやがるんだ!!」
タオティエを殴る度に闘気と魔力が減ってゆく。消耗や疲労ではない、明らかに吸われている。
すぐ、そのことに気づいたが、もっと厄介なことが起きようとしていた。
吸い取った分のエネルギーを饕餮、タオティエは蓄えていた。
その際、光背の輪っかが虹のように色づいてゆく。
外側に拡がってゆくにつれ、溜め込む限界が近づいていた。
「撃てるもんなら撃ってみろよ!!」
六層に分けてある光背がすべて点灯すると胴体にある空洞からエネルギーが流れ出し集約してゆく。
ほどなくして、高圧縮のエネルギーが球体になると敵を狙って無慈悲な反撃が放出される。
直撃すれば、生身であるファルゴとって致命傷になりかねない。
攻撃の規模こそ小さいが被弾すれば、周囲を火の海にするほどの大爆発を引き起こす。
自分を護るために他を犠牲にするしか、回避方法は見当たらない。
やるか、やらないかの二択を迫られるファルゴだったが天才とは意図も容易く常識を覆してくれる。
「何も理解していねぇようだな。俺が何故、闘気を圧縮しないで使用しているのか? 考えたことはあるのかよ」
ファルゴは手のひらから発現する雷撃をねじり紐状に引き伸ばすと、飛んできたエネルギー球を絡め取った。
遠心力で回転させると、なんとタオティエにむかって投げ返してしまった。
あわや炸裂する寸前で、再度吸収が始まる。
そのタイミングに合わせ追撃の雷光が獣人の身体を挟み込む。
「クロノクロッサー!!」
両腕を這わせるように雷牙を流し、腕を交差したままスライドさせる。
放出された雷撃がカマイタチの刃ように飛び出て対象を襲う。
鋏ごとき動きで敵を切裂くのが、この技の真骨頂である。
むろん、攻撃を吸収する相手には効果がない。
だが、それは吸収できるエネルギーが限界に達していない場合である。
飽和したエネルギーを逃すことができないタオティエはそのまま被弾した。
光背もろとも打ち砕かれて雷光に押し潰されそうになっていた。
「ちっ! 予想以上に硬かったか」
土壇場で防御練功である硬壁を発動させ、タオティエはクロノクロッサーを粉砕してみせた。
後光を失った四凶は、もう無敵ではない。
もう一匹の獣によって着実に追い込まれていた。
思考するよりも先に、相手の筋肉の動きを察知し純粋に殴り合う。
ステゴロ(素手)に小細工や策など不要。読み違えても急所さえ避けられればいい。
瀬戸際の対峙は、いつだって興奮と快感をもたらしてくれる。
肉を叩く音と小刻みな振動が拳に伝わる度に生を実感できる。
今、この瞬間だけが嘘偽りのない自分をさらけ出すことができる。
しばらくの間、牢に閉じ込められていたファルゴにとって外に出れたことは幸運だった。
狭い牢獄暮らしは、息が詰まりそうになるほど退屈で死にそうだった。
脱獄することも考えなかったわけではない。
実際、何度も鉄格子を破壊しようと思った。
けれど、あえてそうしなかった。
初めて、他者から明確な敗北を手渡されて王としての彼は解放された。
他の誰でもない自身が課した勝者の称号。
いつしか重荷となってしまい、勝利に固執するあまり純粋に戦いを愉しめなかった。
強者に出会い死闘を繰り広げれば、それなりの満足感は得られる。
それも悪くはないが、ファルゴが求めているものとは微妙に違う。
壊れないモノが欲しかった。
ほんのわずか間でも、隣に並ぶ同等の相手が欲しかった。
今になって分かる。ギデという存在は元から対等にはなり得ない。
人の枠組みを超越しても、なお成長を続けている。
このままでは差が開く一方だ。同格でなくとも自分を負かした相手にリベンジしなければ、拳闘士としてのプライドが傷ついたままだ。
プライドが高いだけの奴はロクデナシだが、低すぎる奴はヒトデナシだ。
何事にも適切なバランス、調和というモノが存在する。
敗北を知り、ファルゴは一回り成長した。どうすれば、今より高みに昇れるのか初めて真剣に考えていた。
そして導き出した結論は、自分を限界まで追い込むことであった。
子供ころ、祖父であるガルベナールがよく口にしていた言葉がある。
「懸命になろうとするのは、適性がない証拠だ。人の生きる価値はどれだけイージーに過ごせるかだ。努力や苦労、忍耐? どれも所詮自己満足でしかないし、いくらでも捏造できる。本当に頑張ったとしても頑張ったにしかならなく、それ以上にならない。自分の真の価値を知る者はこの世に自分しかいない」
ガルベナールの言っていることは概ね正しかった。はずなのに……敗者になった挙句、惨たらしく散っていった。
イージー、楽して生きることも何ら価値のない世界観の中ある理の一つでしかない。
今のファルゴにはそれらを断ち切る覚悟があった。
苦楽など関係なく、本能が赴くままに拳を振り回す。なのに――――――
「てめぇぇっぇえ……どうして無粋な真似をしやがるんだ!!」
タオティエを殴る度に闘気と魔力が減ってゆく。消耗や疲労ではない、明らかに吸われている。
すぐ、そのことに気づいたが、もっと厄介なことが起きようとしていた。
吸い取った分のエネルギーを饕餮、タオティエは蓄えていた。
その際、光背の輪っかが虹のように色づいてゆく。
外側に拡がってゆくにつれ、溜め込む限界が近づいていた。
「撃てるもんなら撃ってみろよ!!」
六層に分けてある光背がすべて点灯すると胴体にある空洞からエネルギーが流れ出し集約してゆく。
ほどなくして、高圧縮のエネルギーが球体になると敵を狙って無慈悲な反撃が放出される。
直撃すれば、生身であるファルゴとって致命傷になりかねない。
攻撃の規模こそ小さいが被弾すれば、周囲を火の海にするほどの大爆発を引き起こす。
自分を護るために他を犠牲にするしか、回避方法は見当たらない。
やるか、やらないかの二択を迫られるファルゴだったが天才とは意図も容易く常識を覆してくれる。
「何も理解していねぇようだな。俺が何故、闘気を圧縮しないで使用しているのか? 考えたことはあるのかよ」
ファルゴは手のひらから発現する雷撃をねじり紐状に引き伸ばすと、飛んできたエネルギー球を絡め取った。
遠心力で回転させると、なんとタオティエにむかって投げ返してしまった。
あわや炸裂する寸前で、再度吸収が始まる。
そのタイミングに合わせ追撃の雷光が獣人の身体を挟み込む。
「クロノクロッサー!!」
両腕を這わせるように雷牙を流し、腕を交差したままスライドさせる。
放出された雷撃がカマイタチの刃ように飛び出て対象を襲う。
鋏ごとき動きで敵を切裂くのが、この技の真骨頂である。
むろん、攻撃を吸収する相手には効果がない。
だが、それは吸収できるエネルギーが限界に達していない場合である。
飽和したエネルギーを逃すことができないタオティエはそのまま被弾した。
光背もろとも打ち砕かれて雷光に押し潰されそうになっていた。
「ちっ! 予想以上に硬かったか」
土壇場で防御練功である硬壁を発動させ、タオティエはクロノクロッサーを粉砕してみせた。
後光を失った四凶は、もう無敵ではない。
もう一匹の獣によって着実に追い込まれていた。
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