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四百七話
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あの丘の咲く紅い花が好きだった。
小さな花だが、色鮮やかで他のどの花よりも自分を主張していた。
まるで、あの子のようだ…………主張こそ激しいが、彼女は周りをも引き立ててしまう。
自分にない才能に嫉妬することもあったが、それ以上に惹かれる物があった。
愛情ではない。
それがどういう物なのか、理解できない。
誰も教えてくれなかったから。
彼女は西の蓬莱渠から突然やってきた。
なんでも、父親が北の守護代として任命されたそうだ。
赤髪が目立つ彼女に対する第一印象は、期待外れもいいところだった。
お役人様の娘なら、もっと品と教養が備わっていると思い込んでいたんだ。
ガサツで喧嘩早い性格は、まさにガキ大将そのものだ。
自分とは水と油、相容れない仲だと信じて疑わなかった。
そんな想いを踏みつけるがごとく、彼女は彼の前で腕を組みながら立っていた。
少年の名はセイサイ。
少女の名はアビィ。
才能を持つ者同士が互いに興味を持たないわけがない。
「アンタがセイサイか? ふぅ~ん」
「あの……僕に何か用ですか?」
「用は済んだよ。弱々しい奴がいるから気になって声をかけただけさ」
笑えない冗談だった。
興味本位で他者を挑発してくるなんて、嫌な性格をしている。
「能ある奴は、自分を明かさない。それだけ相手との距離を重要視しているからだ。
とんだくわせ者だよ。アンタは……」
一発で本心見抜かれた。
考えている以上にアビィの目は物事の本質を見抜く力がある。
その時から彼女への評価が一変した。
他者の目を欺くことに関しては自分よりもアビィの方が長けていた。
彼女から学ぶことは多かった。
学問こそ苦手であっても、武術において彼女は同年代の中でもトップクラスの実力を持っていた。
性別など関係なく、誰よりも頼もしく輝いて見える。
道理からはずれる悪を許さず、皆を正しき方向へと導こうとする。
その様を見て確信したんだ。
アビィこそが、世界の不浄を取り除く光のだと。
季節が一巡する頃には、行動を共にするようになった。
互いに嫌い合いながらも認めている。
奇妙な交友関係は続いていた。
いつだったろうか?
切磋琢磨し、自身を鍛え上げようとする私を見たアビィが気怠そう口を挟んできた。
「そんなに一生懸命やるもんかねぇ~。このままだと、いつしか心が千切れてしまうんじゃない?」
「そうならないように鍛えているんだ。心身ともに」
「まぁ、自由にやれば? そのかし、現実に失望し打ち負かされても自己責任にしかならないけどね」
思えばここが分岐点だったのかもしれない。
アビィの忠告を素直に受け取っておけば引き返せた。
学術院を卒業する頃には、世間から脚光を浴びていた。
練功を巧みに操る私に、いかなる者も敵わなかった。
稀代の天才ともてはやされ、勢いを得た。
次期三大導士として名乗りを上げるまでに、そう時間はかからなかった――――
*
「夢……なのか? 君がここにいるなんて……」
走馬灯のように過ぎ去る記憶、その旅路の果てにアビィが待っていた。
「どうやら間に合ったみたいだ、腐れ縁だからね。
最期ぐらい私が面倒みてやらないとアンタも楽になれないだろう?」
傷つき倒れる大元の傍にアビィがいた。
クドが切り拓いた次元の道からやってきたようだ。
その姿を目にすると安心しきったように大元は笑みを浮かべた。
力の無い笑みは、彼自身の寂しさを強調しているようにも見えてしまう。
「思えば、君はいつも私の隣にいた。
先に進んだつもりでも、知らぬ間に真横にいる。
本当の天才とは君のことだ」
「良く言うよ。わずらわしいかったんだろう?
私は私で父親の汚名をそそぐことで手一杯だったんだよ」
「まったく。他者の……ために三大導士の称号を獲得した君は理解に苦しむ。
私も軍医として……多くの戦士の命を救おうとしたが、そんな物は自己満足にすぎなかった。
治療しても彼らは結局……死ぬまで戦わされるんだ。
分かるか……命を弄んでしまう恐怖が、救いより死を望む声を聞く辛さが……」
「分かるか、分かってたまるか! アンタは本当バカだよ。
禁呪法に頼らなくても、誰かを頼ることはできたはずなのに……。
独りで抱え込みやがって。この……馬鹿セイサイ」
ベシュトック――――
それは大元聖斎の弱さにつけ入り精神と記憶を乗っ取った悪魔のことである。
その身をゆだねることで、大元は現実逃避をはかった。
おかげで恐怖することはなくなった。
代わりに大事な物も失ってしまった。
紅い花が好きだった。
風に揺れ動く様子は今も鮮明に記憶している。
けれど、どうして好きだったのか長い間、忘れてしまっていた。
練功の刃が額を貫く瞬間……ようやく思い出せた。
「ああ……」彼女が大好きな花だから、愛して止まなかったんだと。
小さな花だが、色鮮やかで他のどの花よりも自分を主張していた。
まるで、あの子のようだ…………主張こそ激しいが、彼女は周りをも引き立ててしまう。
自分にない才能に嫉妬することもあったが、それ以上に惹かれる物があった。
愛情ではない。
それがどういう物なのか、理解できない。
誰も教えてくれなかったから。
彼女は西の蓬莱渠から突然やってきた。
なんでも、父親が北の守護代として任命されたそうだ。
赤髪が目立つ彼女に対する第一印象は、期待外れもいいところだった。
お役人様の娘なら、もっと品と教養が備わっていると思い込んでいたんだ。
ガサツで喧嘩早い性格は、まさにガキ大将そのものだ。
自分とは水と油、相容れない仲だと信じて疑わなかった。
そんな想いを踏みつけるがごとく、彼女は彼の前で腕を組みながら立っていた。
少年の名はセイサイ。
少女の名はアビィ。
才能を持つ者同士が互いに興味を持たないわけがない。
「アンタがセイサイか? ふぅ~ん」
「あの……僕に何か用ですか?」
「用は済んだよ。弱々しい奴がいるから気になって声をかけただけさ」
笑えない冗談だった。
興味本位で他者を挑発してくるなんて、嫌な性格をしている。
「能ある奴は、自分を明かさない。それだけ相手との距離を重要視しているからだ。
とんだくわせ者だよ。アンタは……」
一発で本心見抜かれた。
考えている以上にアビィの目は物事の本質を見抜く力がある。
その時から彼女への評価が一変した。
他者の目を欺くことに関しては自分よりもアビィの方が長けていた。
彼女から学ぶことは多かった。
学問こそ苦手であっても、武術において彼女は同年代の中でもトップクラスの実力を持っていた。
性別など関係なく、誰よりも頼もしく輝いて見える。
道理からはずれる悪を許さず、皆を正しき方向へと導こうとする。
その様を見て確信したんだ。
アビィこそが、世界の不浄を取り除く光のだと。
季節が一巡する頃には、行動を共にするようになった。
互いに嫌い合いながらも認めている。
奇妙な交友関係は続いていた。
いつだったろうか?
切磋琢磨し、自身を鍛え上げようとする私を見たアビィが気怠そう口を挟んできた。
「そんなに一生懸命やるもんかねぇ~。このままだと、いつしか心が千切れてしまうんじゃない?」
「そうならないように鍛えているんだ。心身ともに」
「まぁ、自由にやれば? そのかし、現実に失望し打ち負かされても自己責任にしかならないけどね」
思えばここが分岐点だったのかもしれない。
アビィの忠告を素直に受け取っておけば引き返せた。
学術院を卒業する頃には、世間から脚光を浴びていた。
練功を巧みに操る私に、いかなる者も敵わなかった。
稀代の天才ともてはやされ、勢いを得た。
次期三大導士として名乗りを上げるまでに、そう時間はかからなかった――――
*
「夢……なのか? 君がここにいるなんて……」
走馬灯のように過ぎ去る記憶、その旅路の果てにアビィが待っていた。
「どうやら間に合ったみたいだ、腐れ縁だからね。
最期ぐらい私が面倒みてやらないとアンタも楽になれないだろう?」
傷つき倒れる大元の傍にアビィがいた。
クドが切り拓いた次元の道からやってきたようだ。
その姿を目にすると安心しきったように大元は笑みを浮かべた。
力の無い笑みは、彼自身の寂しさを強調しているようにも見えてしまう。
「思えば、君はいつも私の隣にいた。
先に進んだつもりでも、知らぬ間に真横にいる。
本当の天才とは君のことだ」
「良く言うよ。わずらわしいかったんだろう?
私は私で父親の汚名をそそぐことで手一杯だったんだよ」
「まったく。他者の……ために三大導士の称号を獲得した君は理解に苦しむ。
私も軍医として……多くの戦士の命を救おうとしたが、そんな物は自己満足にすぎなかった。
治療しても彼らは結局……死ぬまで戦わされるんだ。
分かるか……命を弄んでしまう恐怖が、救いより死を望む声を聞く辛さが……」
「分かるか、分かってたまるか! アンタは本当バカだよ。
禁呪法に頼らなくても、誰かを頼ることはできたはずなのに……。
独りで抱え込みやがって。この……馬鹿セイサイ」
ベシュトック――――
それは大元聖斎の弱さにつけ入り精神と記憶を乗っ取った悪魔のことである。
その身をゆだねることで、大元は現実逃避をはかった。
おかげで恐怖することはなくなった。
代わりに大事な物も失ってしまった。
紅い花が好きだった。
風に揺れ動く様子は今も鮮明に記憶している。
けれど、どうして好きだったのか長い間、忘れてしまっていた。
練功の刃が額を貫く瞬間……ようやく思い出せた。
「ああ……」彼女が大好きな花だから、愛して止まなかったんだと。
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