異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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神器争奪編

四百四十九話

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 ここまで共に歩んできた友は、かつてはギデオン自身の一部だった。
 聖歌隊が解散したあの日、その心にポッカリと空洞ができた。
 空洞の名は【破壊衝動】
 世界を照らす陽の光を飲み込もうする怒りが、悪魔の種によりスコルという存在に変化した。
 本質的には危険な魔獣だが、ギデオンの精神が成長するにつれて、次第に自我を持つようになった。
 心根穏やかな狼として主のピンチを幾度となく救ってくれた。

 ラモードに乗っ取られた現状、スコルは理性をコントロールできずにいる。
 狂暴性の塊となった黒き獣は見境なく人を襲う。
 ギデオンにおおい被ってきたのは、本体ではなくスコルの力そのものだ。
 どういうわけか、ラモードからスコルの匂いがしている。

 鋭い牙で噛みついてきた霧を闘気で押さえつけながら、ギデオンは瞳を閉じた。
 そろそろ自身の過去に向き合う時がきたのだと自覚し、思い耽っていた。

 あの日、完璧だと信じて止まなかった組織は自分たちの班を残して突如、壊滅してしまった。

 すべては聖歌隊を指揮していたエゼックト司教を貶める策略だった。
 犯人はおおよそ見当がつく。
 身分も素性も関係なく将来性のある若者たちを育て上げ、次世代の柱に置こうとする司教のやり方に不服を唱える為政者や権力者たちだ。
 連中は頭が回るし鼻も利く。
 ここで選定された数多くの有望な人材が世に出てくれば、やがて自分たちに影響を及ぼす。
 自分の地位のみならず、国政自体がエゼックトに奪われてしまうのではないかと、あらぬ妄想に憑りつかれていた。

 それゆえ、実力と人望だけで出世してきた恩師の周りには多くの敵がいた。
 連中は聖王から一目買われている神父の有能さを妬み蔑み、地位をはく奪しようと機会を窺っていた。
 聖歌隊は、まさにその標的となってしまった。

 王国の平穏を保持するために、日夜活動していた聖歌隊だが、彼らによっていつしかあらぬ噂を立てられるようになっていた。
 聖歌隊のメンバーの中には素行の悪い者も多くいた。
 ギデオンたちのような貴族層だけではなく、移民やスラムの子供たちも恩師は隊に迎えたからだ。

 差別や軋轢あつれきが生じないわけがなかった。

 しかし、それは子供たちの間では起こらず世間の風評というカタチでもたらされた。
 生まれは異なれど全員、エゼックトによって見出された者たちだ。
 恩師の想いを理解した上で踏みにじる真似はできないと判断していた。
 誰に教わったわけでもなく、ましてや強要されたわけでもない。
 聖歌隊の子供たちは、日々を共に過ごす中で自然と互いに絆を深めていった。

 いつだか、クドがこんなことを話してきた。

「なぁ、ギデオン。俺らの力で、この国を争いがなく、人々の笑顔が絶えない国に変えてゆこうぜ」

「できなかったらどうするんだ?」

 他愛もない、それでいて熱情的な友らしい意見に頷きながらも素っ気なく答える。
 てっきりクドに怒られるかと思ったが意外にも彼は笑っていた。

「ご機嫌だな? 怒らないのか?」

「否定するってことはマジでそうしようとしている奴の意見だからな。
普通なら適当に流す。やっぱ、お前は変わっているな」

「褒め言葉にもならないんだが……僕は実の無い話をするのが嫌いなだけだ」

「まっ、別にいいけどさ。
いざとなったら俺たちで新しい国を創ろうぜ! 約束な」

 冗談をほのめかしているように聞こえるが、クドが本気でそう考えているのは匂いで伝わってくる。
 あえて気づかないフリをしていたが、それすら見透かされている気がした。
 頭の良いクドが荒唐無稽なことを言うわけがない……現時点でそれなりのビジョンが描けているのだろう。

「こりゃあ……大人になったら、忙しくなりそうだな」


 今となっては思い出話でしかないが、聖歌隊が壊滅しなければ世界がここまで歪むことはなかった。
 シルクエッタ、クド、ラスキュイ、エルビアンカと一緒に聖王国で暮らす未来もあったのかもしれない。
 どちらによ、もうあの頃は戻ってこない。

 スコルは過去を追いかけている自分であり、いつしか乗り越えないといけない問題でもあった。

「心配するな、スコル。僕はいつもお前と共にある。
たとえ離れ離れになっても僕たちの想いの距離は変わらない。
だから、自身を取り戻すんだ。
こんな術師に心を操られてはダメだ!」

「…………あれ? あれあれ? 消えちゃった」

 ギデオンを包んでいた黒い霧が晴れてゆくのを見てラモードが狼狽えていた。
 想いが通じたようだ、スコルは主を護るために自身を消滅させる選択をした。

「――――スコル」

 言葉のない別れは、胸が張り裂けそうなほど辛い。
 元は自分の一部であっても、スコルは確かに傍にいて自身の心を持っていた。
 手のひらには、微弱な光を帯びた雫が残されていた。
 スコルの涙なのかもしれない、綿毛よりも軽いソレはすぐに手に吸い込まれ蒸発した。
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