魔王のパン屋

心絵マシテ

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番外編 異邦者から愛を込めて

EX 05

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 突如として村を襲った災害は暴風雨よりも凄まじかった。
 家屋の屋根板は吹き飛ばされそうになり、窓ガラスは粉々に砕けていた。
 外に置いてある家畜の藁が空へと舞う。
 腐った木片やら農具、外干しの洗濯物などがいたる所に散乱していた。

 朝が早い村人たちは懸命に物陰に隠れ、やり過ごしていた。
 中には非難し損ねて飛ばされた老人もいた。

 彼らの窮地を救ったのはパンの仮面をつけた怪人だった。
 一人で、村人を安全な場所へと運び彼らの安否を確認していた。

「これで全員だわい。負傷者もカスリ傷程度で済んだのが幸いだったな」

「そうでもありませんよ。この気配……僕を追う連中が到着したということです。
そうでしょう? ガレット卿!」

 仮面の怪人が一喝すると巻き上げる粉塵の中から足音が響いてきた。

「不味いぞ、クレス。取り敢えず、お前は逃げた方がいい」

 ベックが忠告するも怪人はそれを拒んだ。

「相手が相手です……逃げきることはできません。
ベックさんこそ、村人を安全な場所へ誘導させてあげて下さい。
大丈夫、僕にはがありますから」

「そ、そうか。あの力があるなら問題はないな。
分かった、お前さんも気をつけて――――!!」

 その場から立ち去ろうとするベックの前を人影が遮った。
 革のコーデをまとう見知らぬ男が地面に横たわっていた。
 まだ息はあるが、微動だに動こうとはしない。

「来たか……」仮面越しの声に緊張が伝わる。

 砂埃の中、颯爽と現れたガレットは怪人を見るなり深く息をついた。
 なで肩の華奢な身体つき。
 目の前にいる怪人の容姿はクレスとは明らか異なっていた。

「ようやく見つけたぞ。
逃亡しておきながら、わざわざクレス殿の名を語るとはな。
これでは見つけてくれと言っているのも同じだ」

「何を言っているのか? 分かりませんが、逃げた覚えはありませんよ。
僕は、ただ自分を排した者たちに僕のパンの素晴らしさを伝える。
そのためだけに、帝国に戻ってきたんです」

「もはや、なりきりではく……当人と錯覚しているのか。
宜しい、ならば貴様が誰なのか教えてやろう」

「一々、ごちゃごちゃと……っるさいなぁ。」

 嘆く姿勢が、よほどかんにさわったようだ。
 憤慨したパンの怪人は、素早く両腕に鉤爪手甲を装着した。

「そんな玩具が、このガレットに通じるとでも?」

「通じるさ!」

 クレスと同様のアスターレア、マッド・Oで強化された肉体は人の限界を超える。
 予想以上の速度にガレットも驚きを隠せなかった。
 突き上げた初撃の爪が、わずかに頬をかすめる。
 切れた皮膚から微かな血がにじんでくる。

「フン!」

 ガレットの蹴りが怪人の脚を薙ぎ払った。
 いかに機敏であろうとも、近距離で避けられるほど偽クレスの身体能力は高くはない。
 身体が宙に浮いたところに四魔皇の鉄拳が叩き込まれた。

「芸がないですね。まさか、肉弾戦で僕を取り押さえようとしているんですか?」

 胸元で腕を交差させた怪人は完全にガレットの攻撃を防ぎきった。
 ケロリとした様子で鉤爪の先にメギドを集中させてきた。

「ファンタズムバレット!」

 三連の刃から閃光が放出された。
 咄嗟に半身の態勢となり偽クレスの攻撃を回避しようとするも……突然、軌道を変えた閃光が肩に直撃する。

「クッ……姑息な技を」

「四魔皇なら、あれぐらいで驚かないでくださいよ。
そろそろ、背徳の闇輪ヘルニンブスを発動させたらどうです?」

 傷口を手で庇うガレットを挑発する偽物。
 手傷を与えたことに対する慢心があらわになっていた。

 本物なら、相手が魔族であっても絶対に見下すような態度を取らない。
 クレスの戦いは自分のためではなく、常に誰かのためにあった。
 その重みこそが魔族たちの心を惹きつけてきた。

「やはり……器の違いか」

 あらためて、クレスの凄さを実感したガレットは我がことのように微笑した。

「余裕じゃないですか? そうでなければ、僕としても張り合いがない」

「当然だ。この小粋な伊達男ことガレットが貴様なんぞに遅れをとるか!
ヘルニンブスを使った方がいいのは、そちらの方だろう?」

「いいでしょう……お望みとあらば、お見せしましょう」

 偽クレスのメギドが増大してゆく。
 そこから生じるのは…………そこから出るのは……。

「ふんぬぅぅぅ――――。ふんぬぬぬぬぅ――――」

 怪人の気張った声だけだった。

「ふざけているのかぁ?」ガレットチョップが偽物の頭に炸裂した。

「あいたっぁぁぁぁ――――! 何故だ? どうして発動できない?」

「発動できないというか……そもそもクレス殿はヘルニンブスが使えないのでは?」

「あっ……」

 あっ……ではない。
 ガレットの指摘こそ正解だった。
 偽物は、クレスがヘルニンブスを使用できると思い込んでいたようだ。
 そのカン違いのせいで状況が一気に傾いてゆく。

『ガレット、うけとれ』

 民家から出てきたクーデールがケトルを投げ渡した。

「感謝しますぞ。これさえあればマーガに金棒! 黄昏る亡霊たちが復活する、D・スペクター」

 メギド・アスターレアが発する黄金の輝きをまといし三体の亡霊が出現した。
 降り注ぐ光りがガレットの衣服に付着していたカビ菌たちを取り除いてゆく。

「おおっ! いつの間に。どうりで動き辛いと思ったわ」 

「つっ、厄介な能力だ……ストライクイーグル」

 両腕合わせたまま前方へと鉤爪を向けて構える。
 六本の刃から一斉に解き放たれたメギド(魔力)が一塊と化し低空を滑走した。
 まさに、獲物を捕獲しようとする猛禽類もうきんるいのような高速度で接近してくる。

「小賢しいわ、もう追尾はさせんぞ」

 亡霊たちが三方へと飛び発ちながら空間を金色に染め上げる。
 強烈な目くらましを食らい、パンの怪人は一瞬だけ顔をそらした。
 その隙をついてガレットは亡霊たちに指示を送った。

「二号と三号はでマジックドレインをかませ。なんとしても取り逃がすな。
一号は……うん、応援でもしていろ」

 覆い被さってくる亡霊は体内に囲った者の精気を吸い取ることができた。
 精気とは、生命エネルギーでありメギドもそこに含まれている。
 大声でネタばらしをするガレットのせいで、偽物は躊躇なく逃走しだした。

 それでも、時すでに遅く進行方向にはガレットとクーデールが先回りしていた。

「終わりだ、神妙にお縄につけ! ブロート」

「違う、チガウチガウチガウチガウ。
僕はクレスだ! 僕こそが本物だぁぁぁ――――!! トライバルエンド……」

 他者の記憶操作する偽クレスこと、ブロートのアスターレアが牙を向いた。
 発動時に一定の距離にいる者の記憶を意図して書き換えることができる。
 ガレットたちの立ち位置は彼にとって好条件だった。
 トライバルエンドにより追跡していたゴーストたちは消え去ってしまった。

「僕が誰か? 分かるかい? ガレット卿」

 呆然自失となり立ち尽くす四魔皇の肩に手を沿える。
 苦痛で顔をしかめる様子を満足気に眺めながら、ブロートは問う。
 記憶の改ざんにより、ガレットたちは彼こそがクレスだという認識を植えつけられていた。

 聞くまでない、答えはすでに決まっている。

「よし、今だ。一号よ、この馬鹿を鹵獲ろかくせい!」

「へっ……?」

 気の抜けた声を出しながら、足下から出現したゴーストによりブロートは捕まった。
 懸命に足掻くも、金縛りで身動きが取れない。

「ありない……僕のトライバルエンドが利かないなんて」

 狼狽えることしかできない彼の下にクーデールが近づく。
 精霊であるがゆえに表情に変化は見られないが物寂しげにブロートを見詰めていた。

『チカラにおぼれたな。セイレイには、つうじないチカラだとマナんでおくべきダッタナ』

「君の仕業か……ガレット卿が無事だったのは!」

『チガウぞ、あれは。たんに、ワスれているだけだ。
オマエが、カキかえたキオクはガレットのキョウミをひかなかったようだ』
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