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蝉の声 3
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山稜に囲われた盆地に央街はある。
それだけ聞くと田舎の風景を連想するが、実際目にするN市は都会の色合いが濃いようにも思える。
東方面には高層ビル群が立ち並び、西に向かうほど昔ながらの情緒ある下町の風景に遷移していく。
「悪くはない、街並みだ」
普段なら景色など気にもかけないのに、遠出した時に限って魅入ってしまう。
おそらく、心にゆとりがあるから視野が広くなるのだろう。
車を駐車し、早速と商店街へと向かった。
オフィス街が近いこともあってか、わりと人通りが多い。
この通りの一角に先輩が働いてる喫茶店がある。
カラン、カラン――――
ドアを開けると懐かしい鈴の音がした。
チャイムでない所が、喫茶店に来た気分にさせてくれる。
店内もまた、クラッシックな雰囲気で統一されている。
アンティク調のテーブル席と観葉植物のコントラストが絶妙なバランスを取っている。
それだけで、この店のマスターがどれだけ場の配置にこだわっているのか、窺える。
持論だが、客の目につかないところでも些細な気配りがある店は正解だ。
近頃は、こうした心安らぐ場もめっきり減った。
猫など小動物と一緒にくつろげるコンセプトカフェもあるが、猫アレルギーの自分には決死の覚悟がいる。
やはり、その場所の空気だけで落着けるところが望ましい。
「いらっしゃいませ」
店内に猫がいた……。
いや、本物ではない。
メインク―ンだったか、猫の着ぐるみを着た人物が客相手に注文を取っていた。
「開いている席にどうぞ」
入口の傍で呆然と立ち尽くしていると、カウンターから老紳士が顔を覗かせていた。
彼がこの店のマスターなのだろう。
黒の蝶ネクタイにベスト、無駄のないエプロン姿がとても板についている。
軽く会釈を返し彼に尋ねた。
「すみません。皆藤さんに用がありまして……」
「ああ、皆藤君なら――――「違う! これじゃない」
話の途中で、何やら賑やか声が飛んできた。
デリカシーや品性に欠けた、その声の主はカウンター席の奥で額に手をあてながら呻いていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
本心では、こういう輩に関わりたくないのに、つい癖で言葉にしてしまった。
とはいえ、本当に苦しそうだし、ここで呼びかけた方が自然な流れだとも言える。
「君も分かってくれるのか! この重要さを」
共感どころか、理由すら知らない。
長スプーンを片手に、パフェ相手にぶつくさと言っている中年は大人としてどうかと思う。少なくとも、しょうもない類の人種だ。
「それほどのことですかぁー?」
わざとらしく、間延びした声を出した。
小馬鹿にしているわけでない。
まともに返答したら、向こうにロックオンされてしまいそうだからだ。
「だって、そうだろう! パフェにウエハースは常識だろう。
二枚あれば、なお良し。
マスター、このWベリーパフェには必須だと思うんだけど」
コチラの意図など組もうとはしない。
自由奔放というか、単に鈍いだけなのか。
スーツ姿の彼は、距離を置こうする俺に対してグイグイと話かけてくる。
「もう、その辺にしたらどうだい? 翔ちゃん。
お客さんも困っているようだし」
マスターが目を細めながら止めるように促すと、男性は後頭部を手で掻いていた。
パッと見、歳は40前後といったところか。
やや垂れ目で、いかにも頼りなさそうなカンジがする。
どこにでもいそうなビジネスマン。
そう見えなくもないが、外見だけで判断してはいけない。
この店の常連だと思われる男には、一般的な肉薄さがない。
人間、誰しも自分の弱さをひた隠しにしようとするものだ。
相手が初対面なら特に、その傾向が強まる。
彼にはそれがない……。
自身の駄目さをあえて露呈してきている気がする。
その真下に忍ばせてあるのは、絶対なる自信か。
はたまた、人を欺く才能なのか。
どちらにしても、癖が強い相手だ。
それだけ聞くと田舎の風景を連想するが、実際目にするN市は都会の色合いが濃いようにも思える。
東方面には高層ビル群が立ち並び、西に向かうほど昔ながらの情緒ある下町の風景に遷移していく。
「悪くはない、街並みだ」
普段なら景色など気にもかけないのに、遠出した時に限って魅入ってしまう。
おそらく、心にゆとりがあるから視野が広くなるのだろう。
車を駐車し、早速と商店街へと向かった。
オフィス街が近いこともあってか、わりと人通りが多い。
この通りの一角に先輩が働いてる喫茶店がある。
カラン、カラン――――
ドアを開けると懐かしい鈴の音がした。
チャイムでない所が、喫茶店に来た気分にさせてくれる。
店内もまた、クラッシックな雰囲気で統一されている。
アンティク調のテーブル席と観葉植物のコントラストが絶妙なバランスを取っている。
それだけで、この店のマスターがどれだけ場の配置にこだわっているのか、窺える。
持論だが、客の目につかないところでも些細な気配りがある店は正解だ。
近頃は、こうした心安らぐ場もめっきり減った。
猫など小動物と一緒にくつろげるコンセプトカフェもあるが、猫アレルギーの自分には決死の覚悟がいる。
やはり、その場所の空気だけで落着けるところが望ましい。
「いらっしゃいませ」
店内に猫がいた……。
いや、本物ではない。
メインク―ンだったか、猫の着ぐるみを着た人物が客相手に注文を取っていた。
「開いている席にどうぞ」
入口の傍で呆然と立ち尽くしていると、カウンターから老紳士が顔を覗かせていた。
彼がこの店のマスターなのだろう。
黒の蝶ネクタイにベスト、無駄のないエプロン姿がとても板についている。
軽く会釈を返し彼に尋ねた。
「すみません。皆藤さんに用がありまして……」
「ああ、皆藤君なら――――「違う! これじゃない」
話の途中で、何やら賑やか声が飛んできた。
デリカシーや品性に欠けた、その声の主はカウンター席の奥で額に手をあてながら呻いていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
本心では、こういう輩に関わりたくないのに、つい癖で言葉にしてしまった。
とはいえ、本当に苦しそうだし、ここで呼びかけた方が自然な流れだとも言える。
「君も分かってくれるのか! この重要さを」
共感どころか、理由すら知らない。
長スプーンを片手に、パフェ相手にぶつくさと言っている中年は大人としてどうかと思う。少なくとも、しょうもない類の人種だ。
「それほどのことですかぁー?」
わざとらしく、間延びした声を出した。
小馬鹿にしているわけでない。
まともに返答したら、向こうにロックオンされてしまいそうだからだ。
「だって、そうだろう! パフェにウエハースは常識だろう。
二枚あれば、なお良し。
マスター、このWベリーパフェには必須だと思うんだけど」
コチラの意図など組もうとはしない。
自由奔放というか、単に鈍いだけなのか。
スーツ姿の彼は、距離を置こうする俺に対してグイグイと話かけてくる。
「もう、その辺にしたらどうだい? 翔ちゃん。
お客さんも困っているようだし」
マスターが目を細めながら止めるように促すと、男性は後頭部を手で掻いていた。
パッと見、歳は40前後といったところか。
やや垂れ目で、いかにも頼りなさそうなカンジがする。
どこにでもいそうなビジネスマン。
そう見えなくもないが、外見だけで判断してはいけない。
この店の常連だと思われる男には、一般的な肉薄さがない。
人間、誰しも自分の弱さをひた隠しにしようとするものだ。
相手が初対面なら特に、その傾向が強まる。
彼にはそれがない……。
自身の駄目さをあえて露呈してきている気がする。
その真下に忍ばせてあるのは、絶対なる自信か。
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どちらにしても、癖が強い相手だ。
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