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央街での出会い
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央街の景観が紅葉色に染まる、晴れた日の午後。
翔馬は一心不乱に駆けていた。
商店街を通り抜け、スクランブル交差点の方へと向かってゆく、その背を追っていた。
黒のキャップ帽を深々とかぶる不信者。
上着のジャンパーを、はためかせながら逃走する男は、数分前に老婦人からバッグをひったくった。
戸惑いの声は誰にも届かず、気づく者はいないかと思われた。
その中で翔馬だけは犯行現場を見逃さなかった。
お天道様が雲で隠れたとしても、この漢には見て見ぬふりなどできない。
誰かが困っている場面に遭遇したら、どうしても助けないと身体が疼いて仕方がないのだ。
知人は重度のお人好しだと呆れられるが、決して善意などではない。
自分が困った時に救ってくれる誰かがいる。
それを知っているからこそ、翔馬も自身の気持ちに従う。
先行する犯人は、思っていた以上に足が速い。
走るのは得意だが、今は走るのに都合が悪い。
央街の商店街に来ていたのは宮塚と待ち合わせしていたからだ。
待ち合わせ場所に指定した甘味処はとうに通過してしまった。
後ろ髪を引かれる思いだが、宮塚には後で事情を説明するしかない。
「待てェェ――――!」
大声で叫ぶと、犯人がチラリと振り向いた。
マスクをしているせいで素顔が見えないが、ダボついたダメージジーンズを着用している点から、若年層だと推測できる。
額から汗がとめどなく垂れてくる。
体力自慢の翔馬でも、年齢には勝てない。
今年で40を迎える身は、若きころのような軽快さを感じない。
運動不足と体力の衰えに足搔きながらも走り続けた。
このままスクランブル交差点に出られてしまったら、犯人を見失ってしまう。
何としても阻止しなければと意地になって手を前に伸ばす。
すると、動物を模した着ぐるみの姿が視界に飛び込んできた。
「ソイツを止めてくれ! ひったくり犯だ」
商店街の入り口で通行人にビラ配りをしている猫の着ぐるみに向かって翔馬は叫んだ。
必死さが功を奏したのか、気づいた猫が両手を広げて犯人の進路を塞いでくれた。
「退けよ。オラァ――」
マスクの下から怒声を漏らし、犯人が着ぐるみの頭部を殴打した。
その場で横転する相手に懐に忍ばせていた刃物をチラつかせて突き刺そうとしている。
「お前の相手はコッチだろうが」
瞬間、犯人の全身が激しく痙攣した。
背後で翔馬の強烈な膝蹴りが炸裂していた。
全体重をのせた鉄鎚に耐えきれず、犯人は数メートル先にまで吹っ飛んでいく。
荒事は好まない翔助だが、取っ組み合いには慣れている。
人体の何処を押さえれば相手の動きを封じることができるかも熟知していた。
相手が大人しくなったところでマウントを取り、サブミッション(関節技)をきめた。
犯人は抵抗することなく、口から泡を吹いていた。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
翔馬が問うと猫は手を振りサムズアップしてきた。
どうやら問題ないらしい。
起き上がると同時に着ぐるみに付着した土埃を払っている。
「今庭さーん!」
フリルブラウスを揺らしながら、駆けてきたのは宮塚だった。
後方には、バッグを取られた老婦人の姿もある。
「悪いけど、後の事を任せてもいいかな?
じきにパトカーも到着するはずだし。
俺もこれから、都内に用事があって行かないならないから」
翔馬が両手を合わせ懇願すると、猫は自身の胸元を叩いてみせた。
頭をさげる老婦人にバッグを手渡すと宮塚の手を引いて、そそくさと商店街を後にした。
「良いんですか? 私なら、今日じゃなくても問題ありませんが」
「別に誰かに感謝されようとした事ではないよ。それに、犯行に気づいたのは俺じゃないから」
歩道の向こう側を見つめながら翔馬は答えた。
穏やかな風が二人を包むようにして吹き抜けてくる。
「にしても、よく分かったね。俺がひったくり犯を追っているって」
「あのお婆さんから聞いたんですよ。
男の人が自分からバッグを奪った犯人を追かけているって。
そしたら、今庭さんの事が頭に浮かんできたんですよ」
微弱に笑う宮塚に「そっか」と短く返した。
素っ気なく装っているが、翔馬の指先は掴む場所を求めていた。
沼田の言った通りだった。
緑のブローチには何か力が働いている気がしてならない。
オカルト染みて信じたくないが、今のところ否定に至る材料もない。
柏博が手掛けた作品のいくつかは、引き寄せの魔法を持つ。
業界関係者たちの間でも、そう囁かれている。
翔馬は一心不乱に駆けていた。
商店街を通り抜け、スクランブル交差点の方へと向かってゆく、その背を追っていた。
黒のキャップ帽を深々とかぶる不信者。
上着のジャンパーを、はためかせながら逃走する男は、数分前に老婦人からバッグをひったくった。
戸惑いの声は誰にも届かず、気づく者はいないかと思われた。
その中で翔馬だけは犯行現場を見逃さなかった。
お天道様が雲で隠れたとしても、この漢には見て見ぬふりなどできない。
誰かが困っている場面に遭遇したら、どうしても助けないと身体が疼いて仕方がないのだ。
知人は重度のお人好しだと呆れられるが、決して善意などではない。
自分が困った時に救ってくれる誰かがいる。
それを知っているからこそ、翔馬も自身の気持ちに従う。
先行する犯人は、思っていた以上に足が速い。
走るのは得意だが、今は走るのに都合が悪い。
央街の商店街に来ていたのは宮塚と待ち合わせしていたからだ。
待ち合わせ場所に指定した甘味処はとうに通過してしまった。
後ろ髪を引かれる思いだが、宮塚には後で事情を説明するしかない。
「待てェェ――――!」
大声で叫ぶと、犯人がチラリと振り向いた。
マスクをしているせいで素顔が見えないが、ダボついたダメージジーンズを着用している点から、若年層だと推測できる。
額から汗がとめどなく垂れてくる。
体力自慢の翔馬でも、年齢には勝てない。
今年で40を迎える身は、若きころのような軽快さを感じない。
運動不足と体力の衰えに足搔きながらも走り続けた。
このままスクランブル交差点に出られてしまったら、犯人を見失ってしまう。
何としても阻止しなければと意地になって手を前に伸ばす。
すると、動物を模した着ぐるみの姿が視界に飛び込んできた。
「ソイツを止めてくれ! ひったくり犯だ」
商店街の入り口で通行人にビラ配りをしている猫の着ぐるみに向かって翔馬は叫んだ。
必死さが功を奏したのか、気づいた猫が両手を広げて犯人の進路を塞いでくれた。
「退けよ。オラァ――」
マスクの下から怒声を漏らし、犯人が着ぐるみの頭部を殴打した。
その場で横転する相手に懐に忍ばせていた刃物をチラつかせて突き刺そうとしている。
「お前の相手はコッチだろうが」
瞬間、犯人の全身が激しく痙攣した。
背後で翔馬の強烈な膝蹴りが炸裂していた。
全体重をのせた鉄鎚に耐えきれず、犯人は数メートル先にまで吹っ飛んでいく。
荒事は好まない翔助だが、取っ組み合いには慣れている。
人体の何処を押さえれば相手の動きを封じることができるかも熟知していた。
相手が大人しくなったところでマウントを取り、サブミッション(関節技)をきめた。
犯人は抵抗することなく、口から泡を吹いていた。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
翔馬が問うと猫は手を振りサムズアップしてきた。
どうやら問題ないらしい。
起き上がると同時に着ぐるみに付着した土埃を払っている。
「今庭さーん!」
フリルブラウスを揺らしながら、駆けてきたのは宮塚だった。
後方には、バッグを取られた老婦人の姿もある。
「悪いけど、後の事を任せてもいいかな?
じきにパトカーも到着するはずだし。
俺もこれから、都内に用事があって行かないならないから」
翔馬が両手を合わせ懇願すると、猫は自身の胸元を叩いてみせた。
頭をさげる老婦人にバッグを手渡すと宮塚の手を引いて、そそくさと商店街を後にした。
「良いんですか? 私なら、今日じゃなくても問題ありませんが」
「別に誰かに感謝されようとした事ではないよ。それに、犯行に気づいたのは俺じゃないから」
歩道の向こう側を見つめながら翔馬は答えた。
穏やかな風が二人を包むようにして吹き抜けてくる。
「にしても、よく分かったね。俺がひったくり犯を追っているって」
「あのお婆さんから聞いたんですよ。
男の人が自分からバッグを奪った犯人を追かけているって。
そしたら、今庭さんの事が頭に浮かんできたんですよ」
微弱に笑う宮塚に「そっか」と短く返した。
素っ気なく装っているが、翔馬の指先は掴む場所を求めていた。
沼田の言った通りだった。
緑のブローチには何か力が働いている気がしてならない。
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業界関係者たちの間でも、そう囁かれている。
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