百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第81話 強制契約の解除方法

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椿は目を開けた。森の地面に横たわり、草木の香りと土の感触が鼻と肌に触れる。幻じゃない。現実だ。

「…っ!」  

ガバッと起き上がると、目の前には屋毒がいた。手に怪しく光る刻印器を握り、驚いた顔で椿を振り返る。  

「な…!? なんでお前がもう起きやがった!?」

椿の視線が周囲を捉える。レイチェル、玲子、そしてもう一人の仲間が地面に倒れている。首元には淡く光る印――奴隷の証。  

「貴様…!」  

椿の胸に怒りが燃えた。拳が震え、身体が熱くなる。

屋毒がニヤリと笑う。  

「へえ、まるで晩飯のメニューでも決めたみたいにあっさり目を覚ましやがって。何なんだ、お前?」

「…何のことだ?」  

椿は混乱しながらも、屋毒を睨みつける。すると、背後から別の声が割り込んできた。  

「ふむ、説明してやろう」  

黒いマントを翻した悪魔の商人が、ゆっくりと姿を現す。  

「屋毒の刻印器は、毒を使って相手を支配する。その毒は心に幻を見せ、最近のもやもやした気持ち――後悔や怒り、迷いに葛藤、悲しみなんかを掘り起こす。普通の奴なら、『自分が弱いからだ』『あいつのせいだ』と自分や他人を責め続けるか、現実から逃げる。すると毒が心を蝕み、理性を奪う。最後には、奴隷として従うしかなくなる」

椿は黙って聞く。頭では理解しようとするが、胸の怒りがそれを邪魔する。  

「つまり…自分と向き合い、自分を受け入れなければ、毒に負けて奴隷になるってことか?」  

屋毒が舌打ちする。  

「ちっ、商人、ペラペラ喋りすぎだ。まあ、知ったところで無駄だ。誰も弱い自分を受け入れるなんてできねえよ。それと、受け入れるだけじゃダメだ。何かを決心するところまで行って初めて契約は解除される」  

彼は椿を指差す。  

「奴隷解放をするのはお前の勝手だ。だが、気安く他人を助けられると思うなよ?」

「なんでこんなことを…?」  

椿の声は低く、怒りに震える。  

屋毒が肩をすくめる。  

「俺はな、人間が苦しむ姿を見るのが好きなんだよ。困難にぶち当たると、みんな自分や他人を責めるか、現実から逃げて心を閉ざす。きちんと向き合って対処すればいいものの、勝手に心の鎖で自分を縛って、苦しむ。それを見るのが面白いんだ」  

椿は言葉を失う。そんな理由で…?  

悪魔の商人が口を開く。  

「屋毒、西の荒地へ向かうぞ。俺の仲間がお前に会いたがってる」  

「は!? あそこは一歩踏み入れたら狙撃されるぜ!」  

「問題ない。行くぞ!」  

光が揺らめき、二人の姿が消えた。椿は倒れた仲間たちを見つめる。  

「自分を受け入れる、か」  

毒に苦しむ三人を見る椿。どうやら進行の遅い毒のようだ。恐らく、刻印されてしばらくはこのように幻術に悩まされる。未整理の感情と向き合っているうちは、奴隷にはならないが、背けた時から奴隷になり、徐々に理性を失う。

龍之介執行官はまだ理性が保たれていた。命令に従うだけの奴隷たちは、おそらくもう助からないのかもしれない。

そんな不安に駆られていると、レイチェル、玲子、そしてもうしばらくして綾香が目を覚ました。

三人ともあざのような契約印が消えていた。

「よかった…。みんな」

「私は、これまで何を…?」

「まだ意識が曖昧なんだと思う。僕もさっきまではそうだった」

そうして椿は二人の商人から聞いた話を共有した。

「自分を受け入れ、一歩踏み出すことで解除される契約…」

「なんだか変わった奴隷契約…」

「しかも私たちは戦場に送られなければ、売り飛ばされてもいない…。なんでだろう?」

レイチェル、玲子、綾香が順につぶやいた。

「この戦さそのものは雷雨大名のもの。あの二人はあくまで利益を得たいだけ。わざわざ四人も連れてここを去るメリットは少ないんじゃないかな」

「…いずれにしろ、解除方法がわかったのなら早く龍之介様たちを」

「うん、ワイバーン!」

椿の呼びかけにすぐさまやってくるワイバーン。四人はワイバーンの背中に乗ってこの森を去ろうとすると唯の使い魔アッシュもやってきた。

「アッシュだ」

『椿たちが誓約に興味を持ってくれて嬉しい!やっぱり思うんだよ、誓約が世界を救うってね!考えてみて?契約書の穴を狙って人を騙す世界。人を信頼できない、人を尊重しないそんな世界。身勝手で卑怯な奴らの蔓延る世界。そんなの許せないよね!?誓約による助け合いの世界が必要なんだよ!はー、椿たちにもっと誓約の素晴らしさ。契約の悪さを教えておけばよかった。今私は誓約の素晴らしさを新しい友と語り合ってるの!皆んなにもこの子を紹介したいよ~』

「相変わらず丸みがあって可愛らしい字ね」

レイチェルはふふっと微笑む。

「ありがとう、アッシュ。疲れているようだけど、少し休んでいくかい?」

「お、お言葉に甘えて…」

こうして僕らはワイバーンの背中に乗って自警団の拠点へと戻ることにした。

「そういえば、なんでこのワイバーンは椿に懐いてるの?」

玲子の質問に、誰もが頷いた。するとアッシュとワイバーンが何やら会話を始めた。

「椿様の魔力が、彼のかつての主人のものに似ているからだそうです。懐かしい気持ちなんだとか」

ワイバーンが嬉しそうに話し、アッシュは得意げに通訳してくれた。

ワイバーンの名前はヴァルカン。はるか昔、人間につかえ、人間にもらった名前だと自慢する。主人が亡くらと共に契約が失効。以来、この地域で暮らすことにしたようだ。彼には大きな家族がいて、この地域のワイバーンは皆彼の仲間。助けが必要な時はいつでも呼んでくれと嬉しそうに言ってくれた。

自警団の拠点が近づくと、人が蠢いているのが空からよく見えた。

「奴隷兵たちはもう山々を越えていたか。涼様、龍之介様…!どうかご無事で!」
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