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3巻
3-3
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「ルート! 他の子供達と一緒にこのスラムに居る人達をこの場所に集めてくれ!」
「分かった! あつめる!」
ルートは井戸に集まっている子供達の所に走って行く。
その間に、俺はチャイに作ってもらった焼き台を三つ並べる。
一号と三号に焼くのを手伝ってもらい、二号と人化したスバルは焼いた肉を渡す係だ。
『主~、我のお手伝いの係がないのだ! これだと我はご褒美が貰えないのだ!』
『ティアもないの! 係!』
「ワシもじゃ! 手伝えば……甘味のご褒美があるんじゃろ? じゅるり」
銀太は大き過ぎて……下手に動くと邪魔になるだけだから何もしてもらうことがないんだよな。
ティアは小さ過ぎるし、人化しても役に立ちそうにない。
パールに至っては猫だ! 特別種って言っても……猫は猫だしな。
うーん……困ったな。
三匹がキラキラした瞳で俺を見てくる。うっ……何もないとか言えない。
「そうだ! 銀太とパールは警備係! 変な奴が来たら懲らしめてくれ!」
『ほっほう。我は警備係か……中々カッコイイのう。この祭りを邪魔する者は全て、我が懲らしめてやるのだ!』
「ワシに任せておくのじゃ! 邪魔する者など排除してやるのじゃ。その代わりティーゴよ。ご褒美は頼んだぞ? ご褒美はパイが良いのじゃ!」
銀太とパールが張り切ってる……大丈夫かな?
『ティアは? ティアだけ係がないの!』
「ティアはだな、一番重要だぞ? その名も癒し係! その可愛い姿でこのスラムの人達を癒してあげてくれ」
『可愛い姿! むっふーっ、ティアは可愛いの! 癒し係頑張るの!』
何だろう……三匹が張り切り過ぎて何かやらかさないか不安になってきた……。
おっ……何が起こってるのかと、ドンドン人が集まって来た。
この場所が綺麗に変わってるから、まずそのことにみんなビックリしている。
「なっ何でこんなに綺麗なんだ? 地面が……壁も⁉」
そして井戸に気づいて走って行く。
「水だー!」
水って大事だな。もう一つくらい井戸があっても良いかもだな……この地下の底は、直径三百メートルくらいあるからなぁ。
まぁ上を見上げたら……もっと広いんだが。
この大きな穴は、円錐形を逆さにしたみたいな形だな。
下に行く程に穴が小さくなる。
「あんたが俺達を集めて来いって子供達に言った人か?」
ボーっと考え事をしていたら、いつの間にか目の前には人集りが出来ていた。
スラムのリーダーっぽい人が話しかけてくる。
「はっ……はい! 初めまして。俺はティーゴだ、よろしくな。今日は美味い肉をみんなと一緒に食べようと思って、集まってもらったんだ!」
「そうか、俺はこのスラムを纏めてるボルトだ。よろしくなティーゴ! それで……肉ったって何もねーぞ?」
ボルトがコイツは何を言ってるんだとでも言いたげに、怪訝そうに見てくる。
「あー……肉ですね。今から出しますね!」
俺はアイテムボックスから肉を出し、焼き台の上にドンドン並べていく。ボルトは突然現れた豪華な肉に驚き固まってしまった。
数分もするとジュワァー……ジュッ! っと弾ける肉の楽しい音楽が広がっていく。
この音に引き寄せられたスラムの人達が、焼き台の周りに集まって来た。
「はぁ……肉の焼ける音が……堪らん!」
辺り一面に、肉の焼ける良い匂いが充満する。
「ほっ本当に良いのか? 俺達はみんなお金なんて持ってないぜ?」
ボルトが口元を手で押さえながら話す。どうやら垂れ流しているヨダレを手で隠しているみたいだが……隠し切れてないぞ? もう待てないよな?
俺はスラムのみんなに声をかける。
「みんなで楽しく肉を食べよう! お金なんて要らないよ! 今日は肉祭りだー!」
「「「「ワアァァァー‼」」」」
「「「「肉祭りだー! 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪」」」」
肉の大歓声だ。
『先に子供と年配の人からだよ』
二号とスバルが肉を配ってくれる。
「おいちぃ……」
「――もう……わしゃ思い残すことはない」
「ウメェー、こんな美味い肉初めて食べたー、ありがてぇー」
みんな……泣きながら肉を口いっぱいに頬張って食べている。
「ティーゴ! お言葉に甘えて来たよ!」
聞き覚えのある声がして、俺は振り返る。
「チャイさん! この焼き台大活躍だよ!」
「良かった!」
「ところでさぁ? このスラムってこんなに綺麗だったっけ? 壁に綺麗なタイルが張り巡らされ、地面はレンガブロックが敷き詰められてる……こんな……あれは井戸? 水が溢れてる井戸なんて初めて見た。スラムに何が起こってるの?」
「何が……かぁ」
全ては二号がやったことなんだけど……どう説明しようかな。
チャイさんが落ち着きなくキョロキョロしている。
「いや……だってね? 今のスラムが、昨日までの私の記憶とあまりにも違い過ぎて……」
「ええとだな? 俺の使い獣がしてくれたんだよ。土魔法が得意らしくて!」
俺が正直に話すと、チャイさんが目を剥く。
「コココッこれッ⁉ 全て?」
「ブッ……コココッってそうだよ!」
「いやいやいや! あのねティーゴ、これは土魔法とかのレベルじゃないよ! 次元が違う! こんなのを一瞬で作るとか! だってスラムに水場は出来てるし、清潔になってるし」
チャイさんが、綺麗になったスラムを慌ただしく歩き回りながら見ている。
そうだった。いつも凄いから何も思わなかったけど、確かにあり得ないよな、これ……でも、説明するとなると長くなるし。
とりあえずチャイさんに肉を勧めとくか。
「まぁ、まずは美味い肉を食べてくれ。美味いぞー!」
焼けたばかりの肉をチャイさんに渡す。
「ありがとう。もぐっ……なっ! 何このお肉! 今まで食べたお肉の中で一番美味しい……焼いただけなのに」
チャイさんは夢中になって肉を頬張っている。
「じゃあチャイさんには特別に、俺の作った特製タレをあげよう。これにつけて食べてみて?」
「はぁ! タレをつけて食べるとさらに美味しい。凄いわ……ところでこれは何の肉なの?」
「これか? ワイバーンだな! あとはオークキングとか……」
「ワワワワッ……ワイバーンって! 超高級レストランで一切れ金貨五枚はする……幻のレア食材を惜しみなく無料で配給するなんて……信じられない!」
チャイさんは皿に載っている肉を、マジマジと凝視する。
「ゴクリッ……こんなレア食材を、スラムのみんなに無料で食べさせてあげるとか。もぎゅっ、アンタはハムっ何者よ」
チャイさんよ? 質問するか食べるか、どっちかに決めたらどうだ?
「俺は普通だよ。ただ……ほら、使い獣達が強過ぎて」
「あっそうか! 伝説のフェンリルが使い獣だもんね。ワイバーンなんて余裕だよね」
チャイさんはそーだったとパンッと手を叩く。
「そーいうこと。さぁ、ドンドン食べてくれ」
「ありがとー、では遠慮なく! 次はロックバードの肉にしよー」
ワイバーンの肉をもう食べたのか、空っぽのお皿を持って三号の受け持つ焼き台の前に並んだ。よく食べるなぁ。
ん? 奥の……一番下に下りるための橋の辺りか? 何だ? 騒がしいな。
「一号、三号! ちょっと焼くの任せるな! 俺は気になるので向こうを見てくる!」
『『了解!』』
ザワザワと騒がしい所に走って行くと、黒焦げの塊が見えてきた。
銀太とパールもそこに居るな。
『主~、ちょうど良かったのだ! いま呼びに行こうと思ってたところなのだ!』
「そうじゃ! 祭りを邪魔する奴らが下りてきたのでな、我等が炭にしてやったのじゃ!」
二匹はふんぞり返り、物凄いドヤ顔してるけど。
ちょっと待ってくれ……何があったんだ?
よく見ると、黒焦げの塊に見えていたのは、焼け焦げた騎士達だった。高そうな鎧をつけているのが分かる。
おいおい……銀太達は余程のことがないと、こんな真似はしない。この人達、一体何をやって二匹を怒らせたんだ……?
「ほれ! お主等が何をしようとしたのか話すのじゃ!」
真っ青で震えが止まらない一人の騎士が、パールに連れられて歩いてきた。猫に完全にビビっている。
見えない何かで拘束されている?
「ほれ! さっさと話すのじゃ! お主も炭にされたいのじゃな?」
「ヒィッ! わわっ我々は領主様と共にこのスラムのクズっ、あや……人達を全て排除しに来たのです。すみませんでした!」
えっ……何て言った?
スラムの人達を排除……だと? 領主様と共に……?
「りょっ、領主だって? どっ、何処に……」
『領主だと威張ってた奴はムカついたから、一番に炭にしてやったのだ!』
銀太が鼻先で地面を指す。えーっと……これは。
ああ……アレか。鎧を着ていない真っ黒な人らしい塊が、領主か……。
『主! ご褒美のパイ♪ パイ♪』
「ワシはトウカパイが良いのう……」
銀太とパールはキラキラした瞳で俺を見てくる。
いやいやいや?
ご褒美パイじゃないでしょ!
確かに邪魔する奴は懲らしめてとは言ったけど、ここまでしてとは言ってないよ?
3 ハプニングの発生源
時は少し遡る。
肉祭りが穴の底で始まった頃、領主のゲスイー伯爵は騎士団を集めていた。
「今日はスラムの奴等を排除する! 皆分かっておるな!」
騎士団が武器と鎧を鳴らしてそれに応える。
ゲスイーはそれを見て満足そうに頷いた。
(我が領地にスラムがあるなど、国王様に見つかり色々と調べられるとまずい……早く排除しないと)
スラムの民を排除する。それはつまり、皆殺しにした上で、スラムそのものを埋め立ててしまうということだった。
騎士を連れて街を歩くゲスイーだったが、ふと鼻をひくひくさせる。
「むっ? 何だ? スラムから物凄く良い匂いがする! いつもはヘドロのような臭いが漂っておるのに」
ゲスイーは鼻息荒く穴の淵に駆け寄ると、下を覗き見る。
目の良い騎士がその隣で底を見て、声を張り上げた。
「ゲスイー伯爵様! スラムの地下で人が多数集まって、何かをしている様子」
「何か? この美味そうな匂いに関係することか?」
「下りてみないと分かりませんが、そうではないかと」
「ワシも一緒に地下に下りて確認する!」
そう答えながらも、ゲスイーの頭の中は底から香る匂いのことでいっぱいだった。
(この、食欲をそそる匂いが気になって仕方ない)
穴の淵には街の人間も集まって来ており、ゲスイーは舌打ちした。
地下への通路に足をかけながら騎士の一部に指示を飛ばす。
「お前達はこの集まった者達をどうにかしろ! ワシは残りの騎士達と一緒に下り、匂いの原因を確認する!」
「はっ」
底に近付くごとに、食欲をそそる良い匂いが強くなる。
「皆の者! 急いで下に下りるのだ!」
地下に辿り着くと、見張りをしていた銀太が、ゲスイー伯爵達目掛けて走って来た!
「ギャァ! フェンリル! 騎士団よ、ワシを守るのだ!」
それを見たゲスイーは、そそくさと騎士の後ろに隠れる。自分のことしか考えていない勝手な男だ。そんなゲスイーに、銀太が話しかける。
『お主等は何故ここに、そのような武装をして来たのだ?』
「なななっ? 何でって、スラムのクズを排除するためですよ! フェンリル様なら分かってくれますよね?」
『何でスラムの住人等がクズなのだ?』
「そっ……それは、納税しないし、街にとって何の役にも立たないからです! だからこんなゴミ連中は死んだ方が街のため。私達は害虫を駆除しに来ただけです! フェンリル様のご迷惑になるようなことはしませんのでご安心ください」
媚び諂うように笑うゲスイー。
『ほう……では聞くが、お主は何の役に立っておるのだ?』
銀太が冷めた目で睨む。
その内心を汲み取れないゲスイーは、何でそんな質問をするのだと首を傾げた。
「はっ? 私をスラムのクズ達と一緒にしてもらったら困りますな? ゲスイー伯爵とスラムのクズでは立場が違いますからねぇ? 見て分かりますでしょう?」
『この場所にはスラムの者でないのもおるが、其奴等はどうするのだ?』
「スラムのクズ達と一緒に居る人間など、クズ同然! 一緒に駆除ですよ! 考える価値なし」
「よし、銀太、此奴はクズじゃ! 排除するのじゃ!」
突然足元から声がして、ゲスイーは咄嗟に下を見る。そこに居たのは一匹の猫――パールであった。
状況が吞み込めないでいるゲスイーをよそに、銀太はパールの声に答える。
『分かったのだ!』
大きな雷がゲスイーの頭めがけて落ちる。
ゲスイー伯爵は、一瞬で炭になった……。
それを見た騎士団が慌てて逃げ惑う。
「銀太! 彼奴等も五月蝿いのじゃ! 一人残して排除するのじゃ!」
銀太の背中に乗ったパールが指示を出す。
『一人残して? 分かったのだ!』
パールの指示通り一人を残し、騎士団全てに、炎を纏った雷が落ちる。
生き残った騎士をパールが魔法で拘束して脅しをかける。
「おい? 何故こんなことになったのか、お前達の悪行を、今から連れて来る人族に全て話すのじゃ! 分かったな?」
「はっはいい!」
「もし、その時に、お前達の悪行をちゃんと話さなかったら、お前も此奴等と同じく、炭にしてやるのじゃ!」
「ヒョッ……!」
恐怖で男の喉が詰まる。
★ ★ ★
泣きながら白状する騎士の話を聞いて、俺は大体の事情を理解した。
「パール! 銀太! いくらスラムの人達を皆殺しにしようとしたからって、領主様達を炭にしたらダメだよ!」
「此奴等を懲らしめるんじゃろ? 安心せい、後でリザレクションで生き返らせてやるわい。そうすれば、体が死の恐怖を覚えておるはずじゃ! この糞領主はスラムの人間達を殺して排除するのを、虫を殺すような感覚で話しておった。じゃからこそ、自分が一度ゴミ屑のように排除されてみたら、分かると思ったのじゃ」
なるほど……パールはそんな風に考えてたのか。天才的な考えだな。……猫だけど。
「でもやり過ぎだからね!」
「じゃから、すぐにワシがリザっ……ゲフンゲフンッ! さっ、三号にリザレクションしてもらうかの!」
「えっ……何で三号がリザレクションを使えることをパールが知ってるの? ってか、そもそも何でリザレクションのことを知ってるんだ」
「ワシが知らん訳な……あっ! そっ、その……三号がリザレクションのことを自慢してたのじゃ! そうそうっ」
「三号が? そっか、なるほどな! でも三号には今、肉を焼いてもらってるから銀太にお願いするよ」
三号も自慢とかするんだな……意外だな。
『ぬ? 何で生き返らせるのだ? 此奴等はここにいるみんなを殺しに来ておったのだ! 主のことだって……そんな奴に魔法を使うのは嫌じゃ!』
「えっ……銀太⁉ 嫌って……頼むよ!」
銀太はそっぽを向いたまま俺の方を見ようとしない。自慢の尻尾も元気なく垂れ下がっている。
『…………』
もしかして、領主が俺まで殺そうとしたと思って怒ってるのか?
それは嬉しいけど……。
「銀太! 頼むよお願い!」
『……嫌なのだ!』
俺の方を見ずに断る銀太。これは大分ご機嫌斜めだぞ。
困ったな。悪人でも一応領主様だからな。それに罪を償ってもらわないとだし。これは奥の手を使うしかないか。
「あー……っ! 生き返らせてくれたらなぁ。銀太にだけ特別な甘味をあげようと思ってたんだけどなぁ。そっかぁ、銀太はいらないのか……」
下がっていた銀太の尻尾がピクリと動く。
『特別な……甘味?』
耳もピンッと立ち、俺の次の言葉に集中している。
「そうだなぁ……フルーツパイにトウカの蜜漬け載せ!」
「なっ何じゃ! その美味そうな魅惑のパイは! ワシもそれが良い! 絶対にそれじゃ!」
おいおい、先にパールが反応しちゃった。俺の足元に飛んで来て、肉球でポムポムと膝を叩いてくる。
「分かったよパール! ちゃんとお前の分もあるから」
『そのパイは……いっぱいくれるかの?』
銀太はチラッと横目で俺を見ると、我慢の利かない尻尾が、ご機嫌に揺れ出した……ぷぷっ、もう一息だ。
「もちろん。いっぱいだ!」
『分かったのだ! 約束じゃ』
《リザレクション》
銀太は辺り一帯に魔法を放つ。
すると……炭になっていた騎士達の姿が、傷一つない姿で蘇る。鎧などは焼け焦げているため、自分達に何が起こったのかと、まだ理解が追いつかないようだ。
「おいそこのお前! 早く説明せんか! 何のために生かしておったと思うとるのじゃ!」
パールが生かしておいた騎士に、この場の説明をしろと言っている。
だから一人だけ生かしていたのか。ほんと賢いな。
「我々は一度、全員皆殺しにされたが! このフェンリル様が生き返らせてくれた」
その言葉に、静まり返っていた現場が騒然となる。
「……一度死んだ?」
「生き返らせ……?」
「何を言って……⁉」
「「「「あっ!!!」」」」
皆、自分達の焼け焦げた鉄の臭いのする鎧を見て理解する。ただ一人を除いて。
「こっ、このっ、ゲスイー様にこのような仕打ち! 許されることではない! 皆、此奴を……この主犯の男を捕まえるのだ! フェンリルには関わりたくないからな、この男で鬱憤を晴らしてくれる」
えっ? 主犯の男って俺のことか?
それに領主様。心の声が全開でダダ漏れになってますよ?
『ほう……我の主を捕まえるだと? どうやらお主は、もう一度炭になりたいらしいのう?』
「ヒィッ! ああっコチラのお方は、フェンリル様のご主人様でしたか! とんだ失礼を!」
銀太の言葉に震え上がる領主。
「おい領主よ! もう二度とこのスラムに関わるでない! もしこのスラムの人間達に何かしたら、お主の住んでおる伯爵邸ごと! 消してやるのじゃ!」
さらにパールが追い打ちをかけるように脅す。見た目は可愛い猫なのに、この場にいるみんながその迫力にビビっている。
「にっ、二度とスラムには手を出しません!」
ゲスイーは地面に頭を擦り付ける。
「分かったらさっさと帰れ! お主の汚い尻など見たくないのじゃ!」
「えっ……尻? ぎゃわっ! 服が!」
やっと自分が全裸なことに気づいたのか、慌てている。
領主だけ鎧を着ていなかったので、衣類は焼け焦げ消失し、リザレクションを掛けられた時に一人全裸で蘇った。
散々裸で喋っといて、今更なんだが。
「おいお前! その鎧を寄越せ!」
「えっ! いや……私も服が焼け、鎧の中は裸で……」
「いいから寄越せ!」
全裸のおっさんが騎士の鎧を必死に奪おうとしている。
「ブッッあははははっ」
ヤバイ……面白過ぎる。
「ぐっ……ぐぬう。ワシを笑うとは……早く帰るぞ!」
騎士から奪ったツギハギの鎧を着たゲスイー伯爵は、黒焦げの騎士団を引き連れ帰って行った。
「「「「ワァァーーーー‼」」」」
ゲスイー達が立ち去ると、スラムの中で大歓声が巻き起こった。
「ザマァ見やがれ! ゲスイーの奴めっ!」
「ぷっ……全裸で走り回って……ククッ」
「あーっスッキリした!」
気が付くと俺達の周りには、スラムの人達が全員集合していた。
「ありがとうティーゴ! 俺達のスラムを守ってくれて!」
リーダーのボルトが深々と頭を下げて、俺達にお礼を言う。
「いやっ、俺は何もしてないんだ。お礼はこの、銀太とパールに言ってくれ!」
「そうか! ありがとうございます」
スラムの人達が銀太とパールの前に集まりお礼を言う。中には泣いている人も居る。
銀太は尻尾ブンブンで嬉しそうだな。
パールは照れ臭いのかちょっと困っているのが分かる。
とりあえず、スラム街を守れて良かった。
「分かった! あつめる!」
ルートは井戸に集まっている子供達の所に走って行く。
その間に、俺はチャイに作ってもらった焼き台を三つ並べる。
一号と三号に焼くのを手伝ってもらい、二号と人化したスバルは焼いた肉を渡す係だ。
『主~、我のお手伝いの係がないのだ! これだと我はご褒美が貰えないのだ!』
『ティアもないの! 係!』
「ワシもじゃ! 手伝えば……甘味のご褒美があるんじゃろ? じゅるり」
銀太は大き過ぎて……下手に動くと邪魔になるだけだから何もしてもらうことがないんだよな。
ティアは小さ過ぎるし、人化しても役に立ちそうにない。
パールに至っては猫だ! 特別種って言っても……猫は猫だしな。
うーん……困ったな。
三匹がキラキラした瞳で俺を見てくる。うっ……何もないとか言えない。
「そうだ! 銀太とパールは警備係! 変な奴が来たら懲らしめてくれ!」
『ほっほう。我は警備係か……中々カッコイイのう。この祭りを邪魔する者は全て、我が懲らしめてやるのだ!』
「ワシに任せておくのじゃ! 邪魔する者など排除してやるのじゃ。その代わりティーゴよ。ご褒美は頼んだぞ? ご褒美はパイが良いのじゃ!」
銀太とパールが張り切ってる……大丈夫かな?
『ティアは? ティアだけ係がないの!』
「ティアはだな、一番重要だぞ? その名も癒し係! その可愛い姿でこのスラムの人達を癒してあげてくれ」
『可愛い姿! むっふーっ、ティアは可愛いの! 癒し係頑張るの!』
何だろう……三匹が張り切り過ぎて何かやらかさないか不安になってきた……。
おっ……何が起こってるのかと、ドンドン人が集まって来た。
この場所が綺麗に変わってるから、まずそのことにみんなビックリしている。
「なっ何でこんなに綺麗なんだ? 地面が……壁も⁉」
そして井戸に気づいて走って行く。
「水だー!」
水って大事だな。もう一つくらい井戸があっても良いかもだな……この地下の底は、直径三百メートルくらいあるからなぁ。
まぁ上を見上げたら……もっと広いんだが。
この大きな穴は、円錐形を逆さにしたみたいな形だな。
下に行く程に穴が小さくなる。
「あんたが俺達を集めて来いって子供達に言った人か?」
ボーっと考え事をしていたら、いつの間にか目の前には人集りが出来ていた。
スラムのリーダーっぽい人が話しかけてくる。
「はっ……はい! 初めまして。俺はティーゴだ、よろしくな。今日は美味い肉をみんなと一緒に食べようと思って、集まってもらったんだ!」
「そうか、俺はこのスラムを纏めてるボルトだ。よろしくなティーゴ! それで……肉ったって何もねーぞ?」
ボルトがコイツは何を言ってるんだとでも言いたげに、怪訝そうに見てくる。
「あー……肉ですね。今から出しますね!」
俺はアイテムボックスから肉を出し、焼き台の上にドンドン並べていく。ボルトは突然現れた豪華な肉に驚き固まってしまった。
数分もするとジュワァー……ジュッ! っと弾ける肉の楽しい音楽が広がっていく。
この音に引き寄せられたスラムの人達が、焼き台の周りに集まって来た。
「はぁ……肉の焼ける音が……堪らん!」
辺り一面に、肉の焼ける良い匂いが充満する。
「ほっ本当に良いのか? 俺達はみんなお金なんて持ってないぜ?」
ボルトが口元を手で押さえながら話す。どうやら垂れ流しているヨダレを手で隠しているみたいだが……隠し切れてないぞ? もう待てないよな?
俺はスラムのみんなに声をかける。
「みんなで楽しく肉を食べよう! お金なんて要らないよ! 今日は肉祭りだー!」
「「「「ワアァァァー‼」」」」
「「「「肉祭りだー! 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪ 肉ー♪」」」」
肉の大歓声だ。
『先に子供と年配の人からだよ』
二号とスバルが肉を配ってくれる。
「おいちぃ……」
「――もう……わしゃ思い残すことはない」
「ウメェー、こんな美味い肉初めて食べたー、ありがてぇー」
みんな……泣きながら肉を口いっぱいに頬張って食べている。
「ティーゴ! お言葉に甘えて来たよ!」
聞き覚えのある声がして、俺は振り返る。
「チャイさん! この焼き台大活躍だよ!」
「良かった!」
「ところでさぁ? このスラムってこんなに綺麗だったっけ? 壁に綺麗なタイルが張り巡らされ、地面はレンガブロックが敷き詰められてる……こんな……あれは井戸? 水が溢れてる井戸なんて初めて見た。スラムに何が起こってるの?」
「何が……かぁ」
全ては二号がやったことなんだけど……どう説明しようかな。
チャイさんが落ち着きなくキョロキョロしている。
「いや……だってね? 今のスラムが、昨日までの私の記憶とあまりにも違い過ぎて……」
「ええとだな? 俺の使い獣がしてくれたんだよ。土魔法が得意らしくて!」
俺が正直に話すと、チャイさんが目を剥く。
「コココッこれッ⁉ 全て?」
「ブッ……コココッってそうだよ!」
「いやいやいや! あのねティーゴ、これは土魔法とかのレベルじゃないよ! 次元が違う! こんなのを一瞬で作るとか! だってスラムに水場は出来てるし、清潔になってるし」
チャイさんが、綺麗になったスラムを慌ただしく歩き回りながら見ている。
そうだった。いつも凄いから何も思わなかったけど、確かにあり得ないよな、これ……でも、説明するとなると長くなるし。
とりあえずチャイさんに肉を勧めとくか。
「まぁ、まずは美味い肉を食べてくれ。美味いぞー!」
焼けたばかりの肉をチャイさんに渡す。
「ありがとう。もぐっ……なっ! 何このお肉! 今まで食べたお肉の中で一番美味しい……焼いただけなのに」
チャイさんは夢中になって肉を頬張っている。
「じゃあチャイさんには特別に、俺の作った特製タレをあげよう。これにつけて食べてみて?」
「はぁ! タレをつけて食べるとさらに美味しい。凄いわ……ところでこれは何の肉なの?」
「これか? ワイバーンだな! あとはオークキングとか……」
「ワワワワッ……ワイバーンって! 超高級レストランで一切れ金貨五枚はする……幻のレア食材を惜しみなく無料で配給するなんて……信じられない!」
チャイさんは皿に載っている肉を、マジマジと凝視する。
「ゴクリッ……こんなレア食材を、スラムのみんなに無料で食べさせてあげるとか。もぎゅっ、アンタはハムっ何者よ」
チャイさんよ? 質問するか食べるか、どっちかに決めたらどうだ?
「俺は普通だよ。ただ……ほら、使い獣達が強過ぎて」
「あっそうか! 伝説のフェンリルが使い獣だもんね。ワイバーンなんて余裕だよね」
チャイさんはそーだったとパンッと手を叩く。
「そーいうこと。さぁ、ドンドン食べてくれ」
「ありがとー、では遠慮なく! 次はロックバードの肉にしよー」
ワイバーンの肉をもう食べたのか、空っぽのお皿を持って三号の受け持つ焼き台の前に並んだ。よく食べるなぁ。
ん? 奥の……一番下に下りるための橋の辺りか? 何だ? 騒がしいな。
「一号、三号! ちょっと焼くの任せるな! 俺は気になるので向こうを見てくる!」
『『了解!』』
ザワザワと騒がしい所に走って行くと、黒焦げの塊が見えてきた。
銀太とパールもそこに居るな。
『主~、ちょうど良かったのだ! いま呼びに行こうと思ってたところなのだ!』
「そうじゃ! 祭りを邪魔する奴らが下りてきたのでな、我等が炭にしてやったのじゃ!」
二匹はふんぞり返り、物凄いドヤ顔してるけど。
ちょっと待ってくれ……何があったんだ?
よく見ると、黒焦げの塊に見えていたのは、焼け焦げた騎士達だった。高そうな鎧をつけているのが分かる。
おいおい……銀太達は余程のことがないと、こんな真似はしない。この人達、一体何をやって二匹を怒らせたんだ……?
「ほれ! お主等が何をしようとしたのか話すのじゃ!」
真っ青で震えが止まらない一人の騎士が、パールに連れられて歩いてきた。猫に完全にビビっている。
見えない何かで拘束されている?
「ほれ! さっさと話すのじゃ! お主も炭にされたいのじゃな?」
「ヒィッ! わわっ我々は領主様と共にこのスラムのクズっ、あや……人達を全て排除しに来たのです。すみませんでした!」
えっ……何て言った?
スラムの人達を排除……だと? 領主様と共に……?
「りょっ、領主だって? どっ、何処に……」
『領主だと威張ってた奴はムカついたから、一番に炭にしてやったのだ!』
銀太が鼻先で地面を指す。えーっと……これは。
ああ……アレか。鎧を着ていない真っ黒な人らしい塊が、領主か……。
『主! ご褒美のパイ♪ パイ♪』
「ワシはトウカパイが良いのう……」
銀太とパールはキラキラした瞳で俺を見てくる。
いやいやいや?
ご褒美パイじゃないでしょ!
確かに邪魔する奴は懲らしめてとは言ったけど、ここまでしてとは言ってないよ?
3 ハプニングの発生源
時は少し遡る。
肉祭りが穴の底で始まった頃、領主のゲスイー伯爵は騎士団を集めていた。
「今日はスラムの奴等を排除する! 皆分かっておるな!」
騎士団が武器と鎧を鳴らしてそれに応える。
ゲスイーはそれを見て満足そうに頷いた。
(我が領地にスラムがあるなど、国王様に見つかり色々と調べられるとまずい……早く排除しないと)
スラムの民を排除する。それはつまり、皆殺しにした上で、スラムそのものを埋め立ててしまうということだった。
騎士を連れて街を歩くゲスイーだったが、ふと鼻をひくひくさせる。
「むっ? 何だ? スラムから物凄く良い匂いがする! いつもはヘドロのような臭いが漂っておるのに」
ゲスイーは鼻息荒く穴の淵に駆け寄ると、下を覗き見る。
目の良い騎士がその隣で底を見て、声を張り上げた。
「ゲスイー伯爵様! スラムの地下で人が多数集まって、何かをしている様子」
「何か? この美味そうな匂いに関係することか?」
「下りてみないと分かりませんが、そうではないかと」
「ワシも一緒に地下に下りて確認する!」
そう答えながらも、ゲスイーの頭の中は底から香る匂いのことでいっぱいだった。
(この、食欲をそそる匂いが気になって仕方ない)
穴の淵には街の人間も集まって来ており、ゲスイーは舌打ちした。
地下への通路に足をかけながら騎士の一部に指示を飛ばす。
「お前達はこの集まった者達をどうにかしろ! ワシは残りの騎士達と一緒に下り、匂いの原因を確認する!」
「はっ」
底に近付くごとに、食欲をそそる良い匂いが強くなる。
「皆の者! 急いで下に下りるのだ!」
地下に辿り着くと、見張りをしていた銀太が、ゲスイー伯爵達目掛けて走って来た!
「ギャァ! フェンリル! 騎士団よ、ワシを守るのだ!」
それを見たゲスイーは、そそくさと騎士の後ろに隠れる。自分のことしか考えていない勝手な男だ。そんなゲスイーに、銀太が話しかける。
『お主等は何故ここに、そのような武装をして来たのだ?』
「なななっ? 何でって、スラムのクズを排除するためですよ! フェンリル様なら分かってくれますよね?」
『何でスラムの住人等がクズなのだ?』
「そっ……それは、納税しないし、街にとって何の役にも立たないからです! だからこんなゴミ連中は死んだ方が街のため。私達は害虫を駆除しに来ただけです! フェンリル様のご迷惑になるようなことはしませんのでご安心ください」
媚び諂うように笑うゲスイー。
『ほう……では聞くが、お主は何の役に立っておるのだ?』
銀太が冷めた目で睨む。
その内心を汲み取れないゲスイーは、何でそんな質問をするのだと首を傾げた。
「はっ? 私をスラムのクズ達と一緒にしてもらったら困りますな? ゲスイー伯爵とスラムのクズでは立場が違いますからねぇ? 見て分かりますでしょう?」
『この場所にはスラムの者でないのもおるが、其奴等はどうするのだ?』
「スラムのクズ達と一緒に居る人間など、クズ同然! 一緒に駆除ですよ! 考える価値なし」
「よし、銀太、此奴はクズじゃ! 排除するのじゃ!」
突然足元から声がして、ゲスイーは咄嗟に下を見る。そこに居たのは一匹の猫――パールであった。
状況が吞み込めないでいるゲスイーをよそに、銀太はパールの声に答える。
『分かったのだ!』
大きな雷がゲスイーの頭めがけて落ちる。
ゲスイー伯爵は、一瞬で炭になった……。
それを見た騎士団が慌てて逃げ惑う。
「銀太! 彼奴等も五月蝿いのじゃ! 一人残して排除するのじゃ!」
銀太の背中に乗ったパールが指示を出す。
『一人残して? 分かったのだ!』
パールの指示通り一人を残し、騎士団全てに、炎を纏った雷が落ちる。
生き残った騎士をパールが魔法で拘束して脅しをかける。
「おい? 何故こんなことになったのか、お前達の悪行を、今から連れて来る人族に全て話すのじゃ! 分かったな?」
「はっはいい!」
「もし、その時に、お前達の悪行をちゃんと話さなかったら、お前も此奴等と同じく、炭にしてやるのじゃ!」
「ヒョッ……!」
恐怖で男の喉が詰まる。
★ ★ ★
泣きながら白状する騎士の話を聞いて、俺は大体の事情を理解した。
「パール! 銀太! いくらスラムの人達を皆殺しにしようとしたからって、領主様達を炭にしたらダメだよ!」
「此奴等を懲らしめるんじゃろ? 安心せい、後でリザレクションで生き返らせてやるわい。そうすれば、体が死の恐怖を覚えておるはずじゃ! この糞領主はスラムの人間達を殺して排除するのを、虫を殺すような感覚で話しておった。じゃからこそ、自分が一度ゴミ屑のように排除されてみたら、分かると思ったのじゃ」
なるほど……パールはそんな風に考えてたのか。天才的な考えだな。……猫だけど。
「でもやり過ぎだからね!」
「じゃから、すぐにワシがリザっ……ゲフンゲフンッ! さっ、三号にリザレクションしてもらうかの!」
「えっ……何で三号がリザレクションを使えることをパールが知ってるの? ってか、そもそも何でリザレクションのことを知ってるんだ」
「ワシが知らん訳な……あっ! そっ、その……三号がリザレクションのことを自慢してたのじゃ! そうそうっ」
「三号が? そっか、なるほどな! でも三号には今、肉を焼いてもらってるから銀太にお願いするよ」
三号も自慢とかするんだな……意外だな。
『ぬ? 何で生き返らせるのだ? 此奴等はここにいるみんなを殺しに来ておったのだ! 主のことだって……そんな奴に魔法を使うのは嫌じゃ!』
「えっ……銀太⁉ 嫌って……頼むよ!」
銀太はそっぽを向いたまま俺の方を見ようとしない。自慢の尻尾も元気なく垂れ下がっている。
『…………』
もしかして、領主が俺まで殺そうとしたと思って怒ってるのか?
それは嬉しいけど……。
「銀太! 頼むよお願い!」
『……嫌なのだ!』
俺の方を見ずに断る銀太。これは大分ご機嫌斜めだぞ。
困ったな。悪人でも一応領主様だからな。それに罪を償ってもらわないとだし。これは奥の手を使うしかないか。
「あー……っ! 生き返らせてくれたらなぁ。銀太にだけ特別な甘味をあげようと思ってたんだけどなぁ。そっかぁ、銀太はいらないのか……」
下がっていた銀太の尻尾がピクリと動く。
『特別な……甘味?』
耳もピンッと立ち、俺の次の言葉に集中している。
「そうだなぁ……フルーツパイにトウカの蜜漬け載せ!」
「なっ何じゃ! その美味そうな魅惑のパイは! ワシもそれが良い! 絶対にそれじゃ!」
おいおい、先にパールが反応しちゃった。俺の足元に飛んで来て、肉球でポムポムと膝を叩いてくる。
「分かったよパール! ちゃんとお前の分もあるから」
『そのパイは……いっぱいくれるかの?』
銀太はチラッと横目で俺を見ると、我慢の利かない尻尾が、ご機嫌に揺れ出した……ぷぷっ、もう一息だ。
「もちろん。いっぱいだ!」
『分かったのだ! 約束じゃ』
《リザレクション》
銀太は辺り一帯に魔法を放つ。
すると……炭になっていた騎士達の姿が、傷一つない姿で蘇る。鎧などは焼け焦げているため、自分達に何が起こったのかと、まだ理解が追いつかないようだ。
「おいそこのお前! 早く説明せんか! 何のために生かしておったと思うとるのじゃ!」
パールが生かしておいた騎士に、この場の説明をしろと言っている。
だから一人だけ生かしていたのか。ほんと賢いな。
「我々は一度、全員皆殺しにされたが! このフェンリル様が生き返らせてくれた」
その言葉に、静まり返っていた現場が騒然となる。
「……一度死んだ?」
「生き返らせ……?」
「何を言って……⁉」
「「「「あっ!!!」」」」
皆、自分達の焼け焦げた鉄の臭いのする鎧を見て理解する。ただ一人を除いて。
「こっ、このっ、ゲスイー様にこのような仕打ち! 許されることではない! 皆、此奴を……この主犯の男を捕まえるのだ! フェンリルには関わりたくないからな、この男で鬱憤を晴らしてくれる」
えっ? 主犯の男って俺のことか?
それに領主様。心の声が全開でダダ漏れになってますよ?
『ほう……我の主を捕まえるだと? どうやらお主は、もう一度炭になりたいらしいのう?』
「ヒィッ! ああっコチラのお方は、フェンリル様のご主人様でしたか! とんだ失礼を!」
銀太の言葉に震え上がる領主。
「おい領主よ! もう二度とこのスラムに関わるでない! もしこのスラムの人間達に何かしたら、お主の住んでおる伯爵邸ごと! 消してやるのじゃ!」
さらにパールが追い打ちをかけるように脅す。見た目は可愛い猫なのに、この場にいるみんながその迫力にビビっている。
「にっ、二度とスラムには手を出しません!」
ゲスイーは地面に頭を擦り付ける。
「分かったらさっさと帰れ! お主の汚い尻など見たくないのじゃ!」
「えっ……尻? ぎゃわっ! 服が!」
やっと自分が全裸なことに気づいたのか、慌てている。
領主だけ鎧を着ていなかったので、衣類は焼け焦げ消失し、リザレクションを掛けられた時に一人全裸で蘇った。
散々裸で喋っといて、今更なんだが。
「おいお前! その鎧を寄越せ!」
「えっ! いや……私も服が焼け、鎧の中は裸で……」
「いいから寄越せ!」
全裸のおっさんが騎士の鎧を必死に奪おうとしている。
「ブッッあははははっ」
ヤバイ……面白過ぎる。
「ぐっ……ぐぬう。ワシを笑うとは……早く帰るぞ!」
騎士から奪ったツギハギの鎧を着たゲスイー伯爵は、黒焦げの騎士団を引き連れ帰って行った。
「「「「ワァァーーーー‼」」」」
ゲスイー達が立ち去ると、スラムの中で大歓声が巻き起こった。
「ザマァ見やがれ! ゲスイーの奴めっ!」
「ぷっ……全裸で走り回って……ククッ」
「あーっスッキリした!」
気が付くと俺達の周りには、スラムの人達が全員集合していた。
「ありがとうティーゴ! 俺達のスラムを守ってくれて!」
リーダーのボルトが深々と頭を下げて、俺達にお礼を言う。
「いやっ、俺は何もしてないんだ。お礼はこの、銀太とパールに言ってくれ!」
「そうか! ありがとうございます」
スラムの人達が銀太とパールの前に集まりお礼を言う。中には泣いている人も居る。
銀太は尻尾ブンブンで嬉しそうだな。
パールは照れ臭いのかちょっと困っているのが分かる。
とりあえず、スラム街を守れて良かった。
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