朱のゆりかご

久画嵜ミロ

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第一章

6.寄り添う手(2)

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 ハザルは寝台の脇に腰を下ろしたまま、ふと視線を調理場の方へ向ける。薬草の匂いがまだ微かにこの部屋にも残っている気がした。

(――ファロナの葉と、グラドの実)

 興奮剤にも用いられるファロナの葉を少量煎じ、筋肉の張りと持久力を高めるグラドの実を砕いて加える。分量さえ誤らなければ疲労回復にもなる、長丁場の仕事には重宝する配合だ。

(どっちかが体質に合わないのかもしれねえな)

 そう当たりをつけると、ハザルは「ちょっと待ってろ」と告げて寝台から離れた。調理場に戻り、鍋に蓋をしっかり被せる。それから家中の窓を開けて回った。冷たい夕風にさらわれるように、薬草の残り香が外へと流れ出していく。
 寝室へ戻ると、さきほどまで強張っていたフィノの表情が、幾らか和らいでいるのが分かった。ハザルは安堵の息を吐き、再び寝台の縁に腰を下ろす。上体を起こしたままのフィノの背に、そっと掌を添えた。上から下へゆっくりと何度かさすってやると、その身体がぴくりと跳ねる。

「まだ辛いか」

「ありがとうございます。だいぶ楽になりました」

 問いかけに、フィノは笑みを浮かべて答えた。声にはまだ頼りなさが残っていたが、表情はいつもの柔らかさが戻りつつある。

「ハザルさん、随分手慣れていて……頼りきってしまいました」

 不意に向けられた言葉にハザルは一瞬、返す言葉を失った。気恥ずかしさをやり過ごすように、「ああ」と素っ気なく返す。

「…………妹が、いる」

 つい口をついて出た。村の人間に話すつもりはなかったが、この流れでわざわざ隠す理由もないように思えた。

「妹さん?」

「脚が悪いんだ。小さい頃は、俺が介助をしていた」

 言葉にしながら、遠い記憶の光景が脳裏を掠める。就寝のたびに妹を抱き上げて寝台に横たえ、熱に浮かされれば、その背を撫でながら一晩中付き添う。――さきほどまでの介抱と重なるところはいくつもあった。

「それで多少は、慣れてるのかもな」

 伏し目がちに告げると、フィノは「そう、なんですね」と相槌を打ったきり、黙り込んだ。口許をきゅっと引き結んだままの様子は、かける言葉を選んでいるようにも見える。やがてフィノが、躊躇いがちに口を開いた。

「妹さんとは……一緒に暮らしていないんですか?」

 フィノの問いかけに、ハザルは一言「ああ」と頷く。

「たまに帰るだけだ。治療費や生活費を稼ぐには、故郷の仕事だけじゃ、とてもじゃないが足りない」

「それで、傭兵団に?」

「そうだ。……まあ、色々あって辞めちまったが」

 答えたあとで、再び沈黙が二人を包む。そこで初めて、今日は随分と舌が回っていることにハザルは気づいた。
 傭兵団にいた頃も、護衛の任を請けるようになってからも、自分の素性まで踏み込もうとする者は殆どいなかったし、ハザルもそれを望んではこなかった。それなのに、フィノの無垢な眼差しを前にここまで話してしまった自分に、らしくないと戸惑わずにはいられない。

「やさしいんですね」

「……は?」

 静寂の中に落とされたフィノの言葉に、ハザルは僅かに目を見開いた。――やさしい? 誰が? 意味がすぐには呑み込めず、思わず間の抜けた声が漏れる。そんなハザルの顔を見て、フィノは柔らかく目許を緩めた。

「ハザルさん。やさしいなって」

 漸く自分のことを言われているのだと理解する。しかし、その言葉はどうしても自身と結びつかない。ハザルは少し言い淀んでから、口を開いた。

「やさしくなんかない。妹のことなら、俺がやるしかなかったからで――」

「妹さんのこともですけど。僕にも……背中を」

 フィノはそう言って、ちらりと視線を自分の背へと落とした。その仕草を目で追って、自分の掌がまだフィノの背に添えられたままだったことに気づく。慌てて手を離し、膝の上へと引き戻した。

「……これは、無意識だ」

「そういうところ」
 
 咄嗟に弁解するハザルに、フィノがくすりと笑う。もうすっかり、いつもの笑顔だった。

「それに……ハザルさんのこと、少し知れて嬉しいです」

 真っ直ぐに向けられた翡翠の眼差しから、ハザルは反射的に目を逸らした。

(……話しすぎた)

 胸の内で吐き捨てるように思いながらも、そのむず痒い感覚を完全に不快だと言い切ることもできない自分がいる。

「もうそれだけ元気なら、持ってきた飯も食えるんじゃねえか」

「そうですね」

 気恥ずかしさを紛らわせるように話題を変えると、フィノがこくりと頷く。寝台から脚を下ろそうとする身体に、ハザルは思わずまた手を伸ばし、支えてしまった。自分でも意識するより先に伸びた手に、ハザルは小さく息を呑む。けれどフィノはその手を振り払うことなく、静かに体重を預けてきた。
 ハザルはフィノを支えながら立ち上がり、そのまま二人で居間へと歩き出した。卓の上の料理はすっかり冷めてしまっていたが、鼻先を掠める匂いは、穏やかな食卓を約束しているようだった。
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