欠け神の宵契り

種田遠雷

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15、袖寄屋の祭

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「少し荒くやる」
 耐えられなければ言え。と、先んじて労うよう頬と額に唇を捺され、笑む目を閉じた。
 腕を伸ばし、波打つ髪を掻い潜るようにナルヌイの首を抱き寄せ、頬を擦り寄せる。
「お授けください……」
 レナン、と、溜息は少し、困ったようにも聞こえた。
「っ、はあぁぁ――」
 濡れた腹筒に怒張した熱が引き抜けていくと、声とともに身から力が抜けるように感じる。
「あっ、ああ、」
 くちを捲るように雁首が引っ掛け、けれど抜かずに押し込まれて、甘い熱が目眩のように巡る。
 粘るような動きがそれを脱ぐようにじわりと速くなり、レニを歓ばせるためではなく慣れさせるためだと知れて昂揚する。
「は、あ、あ、は」
 ハ、ハ、と耳元で喘ぐナルヌイの吐息から潮風の香りが遠く届いて、胸を甘く締めつけた。
 数十年かと思うほど長く、淫らな波に揉まれたゆたって、雪の寒さを忘れてしまうような気がする。
 出すぞ、と、獣のように低く唸る声が聞こえて、腕にもつれそうな黒髪を抱き寄せた。
「――ッ」
「……ぁ、」
 くらくらするような熱と力と、互いの抱えたものが混じり合って奔流して。
 いかせて、と、言葉の意味も解らないままねだると、ドン! と、奥を突かれて絶頂した。


 珍しく帳場まで出てきたシュカが、顔を上げたヨウエンに向けて口を開きかけてから、はたと待合いの隅の寝椅子に目をやった。
「海さん、海さん、ちょっといいですか」
 うん? と、大いにはみ出しながら寝転んでいたナルヌイが目を上げる。
 のそりと身を起こすと、頭の後ろで束ねられた黒髪が揺れた。見苦しいので、と口さがないレニに問答無用で毎朝結われているのだ。
 緩慢とした仕草で袖に腕を入れ、早足に寄ってくるシュカに向き合った。
「なんだ」
「これ。匂い袋みたいなんですけど、お客様はどなたもご存知ないそうなんです」
 ああ、と皆まで聞かずナルヌイが差し出す手に預け、よろしくお願いします、とシュカは満面の笑みを見せた。
 のしりのしりと見た目には億劫そうに、けれど面倒がる素振りもなく使われるナルヌイの背を見送ってから、ヨウエンは苦笑した。
「仮にも守り神さまにお使いを頼むんじゃありませんよ」
 えへへ、とシュカが悪びれず肩を竦める。
「レニさんが厨房の片付けをなさってるので申し訳なくて。というか、」
 ナルヌイが姿を消した方を見やって、シュカは小首を傾げた。
「あの無一文顔だった海さんが守り神なんて、ですねえ」
 表情も変えず、むしろ眉間は曇らせながらヨウエンが宿帳と帳簿を整え、入れ替える。
「気に入るんじゃないよ、無一文顔。実際に引き切り無しの客入りですからね。一応のところ口を挟む余地がない」
「忙しいですよねっ。そりゃ守り神さまの手も借りたくなりますよっ」
 押し切ろうとするシュカにヨウエンは小さく噴き出した。
「二度に分けて宿代を引き上げて、人を増やしたいってレニさんが言ってましたから。まあ、ここを超えればなんとかなるんじゃないですかね」
「ね……値上げですか……レニさんは確信があるんですね……」
 賭けますね、と自分で腕を抱いて震え上がるシュカに、まあ、と、ヨウエンは頬を緩める。
「商売繁盛のご利益があてにならなくても、多少の値上げは悪くないですよ。袖寄屋は料理も湯も評判ですし、給仕のはつらつ娘も人気者です」
 最後でヨウエンに笑みを向けられ、えっと肩を跳ねさせ、シュカは顔を赤くした。
「もー、何も出ませんよ、ヨウエンさんたら」
 言いながら、飴食べます? と、懐から差し出される包みを受け取って、くくくっと、ヨウエンは笑いを噛み殺した。
「でも人が増えたら嬉しいですねえ……!」
「勝るものなしですね」

 二人が頷き合う帳場から離れ、匂い袋の落とし主を見つけたナルヌイは、戻る足を止めて厨房の閉じた戸を見つめた。
 計ったように、その戸が開いてレニが出てくる。
「じゃあ、すみません。夕の膳の支度には戻りますので」
 お気を付けて、とハイウの送る声がする戸を閉じ、ナルヌイに気がついてレニは笑みを浮かべた。
「海さん。どうしました、探し物ですか」
 儀を真似るよう、人前ではと二人で申し合わせた名を呼ばれ、ナルヌイも頬を緩めた。
「お前以外にはない」
「俺はいつもいますよ」
 最後の神告を探すかとレニが尋ねた時、ナルヌイはあっさりと首を横に振った。民の心を集める神告はすでに要らず、探さないことをレニへの証としたいのだと。
 私室に足を向けるレニの隣に、ナルヌイが並ぶ。
「出掛けるのか」
「ええ。上手く時間ができたんで、宿代にいただいたお品を目利きで見てもらったり、買い出しやら、今の内にと思いまして」
「珍しくいなくなるようだ」
 寂しいんですか、とレニが笑いながら着替えるのを手伝い、いいやとナルヌイは肩を竦めた。
「ああそうだ。お暇なら一緒にいかがですか」
「荷物持ちか?」
 それもあるんですけど、と、レニはナルヌイの顔を改めて見上げる。
「膳と杯、特別に仕舞ってたのを使ってたんですが、改めて揃えようかと」
 首を捻るナルヌイに頬を和らげ、水差しも、とレニは声を小さくした。
 ああ、と合点する様子に、頷く。
「祭のか。改めて買い揃えるようなものか」
「ええ。こうなるとほとんど俺の私物も同然ですし、あなたのお好みもこの際に取り入れたいです」
 ふむと顎をさすり、出たくない気分ですか、と笑いながら部屋を後にするレニから、だがナルヌイは離れない。
「いいや。器の好みなど考えたことがないなと」
「急ぎませんので、ゆっくり決めましょう。――長く使うものですから」
 足を止め、半身に振り返るレニの笑みは綻ぶようで。
 眦を崩れさせながら、手を伸ばしてレニの手を捉え、ナルヌイは懐を割って着物の内に触れさせた。
「なら、この度は今の杯を使うしかないだろうな」
 ザラリ、とわずかに砂を固めたような感触を知って顔を曇らせ、それからレニは少し目を逸らした。わずかに額を俯け、染まった目尻を隠す。
「……戻ったら、支度をいたしますから、」
「三日も待てんぞ」
 遮るようなナルヌイにひとつ言葉を詰まらせ、目を上げないまま頷いた。
「一日でいたしますから、お許しください」
「承知した」
 離された手を引き、ほう……とレニは息をつく。すぐそうやって、と、ぶつぶつぼやくのに、今度はナルヌイの方がしれと目を逸らしている。
 行きましょう、行きませんか? と、見返りに誘いながら歩き出すレニに、行くと鷹揚に頷いて、ナルヌイが後を追った。


                 おわり
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