アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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えび餃子、翡翠餃子(4)

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「そうだな……。確かに、お前の言うとおり、むしろ食材のロスが気になるってユーザーは少なくなさそうだ。が、お前と2日過ごしてる俺の感想としては、たぶん、執事システムと一緒に食卓を囲みたいってユーザーも、少なからず出てきそうだ」
 うん、うん、と頷くイグニスの瞳はごく真剣だ。
「そうですね。どちらの可能性も、低いとは言い切れません」
 だな、と肩を竦めてみせ。
「それならこの場合、議論すべきは飲食機能は要るか要らないかじゃなく、搭載するとしたら、それをどう処理するか、かな」
「なるほど……」
 感嘆の息を大きくつく様子は予想外で、少し咽せそうになったのを、拳で口を押さえて耐えた。
 息を整えようとする間に早速水色の点滅が考え込んでいて、最後に咳払いひとつでよじれた息を収める。
「アイディア出しとシミュレーションなら、HGB023に投げとけよ」
「わかりました」
 応を返しながら、まだ点滅が続いているのは、HGB023との通信のためだろう。
 考えてみたんだが、と言いかけたのを、レンゲで運ぶ中華粥と一緒に飲み込んだ。
「イグニス」
「はい」
「今後の計画は?」
「はい。スマートホームを導入しない家庭における、執事システムのシミュレーションを完成させます」
 うん、と相槌を打ちながら使うレンゲが、うつわの底を鳴らし始める。
「この家はほとんど完成されたスマートホームといえます。ですから、家事技能の習得と入れ替えにスマートホーム機能をオフにして、家事機能の全てを担うことが、当面の目標となります」
 うん、と再び簡単に頷く、胸の内は明るい。考えてみたんだがと、切り出さなくて正解だったというカタルシスも、小さな快感だ。
「また、執事という呼称の内容を考えれば、他にもユーザーのアシストを担う範囲はいくつも想定されます。家事技能の習得を目指しながら、現在のユーザーである万理と生活をともにする中で、どのような役割を担えるか、あるいは担う必要がないのかを選択していきたいと考えています」
「いいね」
 満足、という言葉がピッタリくる心地だ。
「まあ、俺みたいな仕事も家で済む独身男だと、選択肢は限られるっちゃ限られるが……。範囲を広げたベータテストまでは、おいおい考えながらやろう」
「はい。起動から現在まででも、膨大な学習データと想定される課題が増え続けています。しばらくの間は、これを整理しながら現在のプロジェクトの完成に専念します」
 ごちそうさま、と空になった器の前に手を合わせ。
「何ができるようになった?」
 食洗機は調理道具を洗浄するのに忙しい。
 これひとつ洗っちまおうと立ち上がったところで、ほとんど同時に追うようにして腰を上げるイグニスに、ン? と目を向け。
「家事技能の向上のため、皿洗いを試行したいです」
「ああ、なるほど。そうだな」
 任せる、と手渡した器を受け取り、シンクに向かうイグニスを見送りながら、再び椅子に腰を下ろした。
「徒歩での移動は問題ありません。条件が違っても、多少の差であればクリアできると思います」
 相槌を打ち。見た目だけは器用そうな指が、食器の汚れを落とし、探るよう確かめながら流すのに目を留め。
 立ち上がって布巾ふきんを出し、洗い終えた皿を拭けるように渡してやる。
「扉や窓の開け閉めもできるようになりました」
 濡れた食器と受け取りたい布巾をどうさばくのか迷ったのだろう、一秒の間を置いて無事に手渡すことができ、また腰を下ろした。
「ああ。へえ。けどそれ、割と厄介そうだな。戸のたぐいはHGB023が先に開けたり閉めたりしちまうだろ」
「はい」
 一旦声を区切って、イグニスが食器を収納に戻す。返事を再開するために、こちらに身を向け直すのは、自分よりよほど優秀かもしれない。
「この建物の中でしたら、構造を把握しています。開閉する予定の扉や窓に辿り着く前に、HGB023を通して、自動開閉をオフにしてから、手動で開閉してみました」
 ああー……と、納得と感心が二重に声に乗った。
「賢いな。失敗はしなかったか? 先に開けられちまうとか」
 建物内の扉は、自分の歩行速度を計算の上で、前もって開くようになっている。街の中の施設の、開くのを立ち止まって待つ自動扉より、かなり早いタイミングのはずだ。
「最初の二度はタイミングを誤りました。問題なく切り替えのできるタイミングを見つけたので、それ以降は上手くいっています」
「他には? 餃子の包み方と、皿洗いと?」
 答えようとする項目を先に言ってしまったか、少し、イグニスの唇が空回りしたように見えた。水色の点滅は、見逃しそうな一瞬。
「HGB023本体の機能の中でも、音声会話で成立する機能は多くが同じようにご利用いただけます」
 ああ、と頷く。それは確かにそうだ。
「メッセージの送受信はやったな。ホログラフィの立ち上げなんかも……HGB023と通信して実行できるか」
 HGB023が束ねる形で、家の中にある全ての家電が繋がっているが、セキュリティのこともあって、外部と通信するのは基本的にHGB023だけだ。
 だが、イグニスは家電と違って、HGB023本体へ向けて発信することもでき、非常用に外部通信の機能も備えている。図に描けばHGB023が本体で、イグニスが端末だが、仕様でいえば、イグニスが本体でHGB023が実行端末であるかのような振る舞いも可能なわけだ。
 はい、と今度はイグニスの方が相槌を打った。
「スペックと、その利用目的が異なりますので、HGB023の代わりにシステムの頭脳部を担うにはロスが多いですが、例えばそのような使用方法もありえます」
「そうだな。じゃあ、……つっても、できると分かってんのに本体と取り次いでもらうのもなんだしなあ。天気予報とか、検索、金回りの管理、ニュースの読み上げとかなら、実機になった時も利用がありそうか」
「ニューストピックを読み上げますか?」
 おう、と返事しながら、コーヒーをいれるために席を立つ。
 ドリンクマシンにカップをセットしながら、イグニスにやらせればよかったか、と手を止めかけ。次回でいいかと、ついそのまま自分でやってしまう。
「24時間以内に更新されたニュースは、97件です」
 マシンの内部で湯の沸騰する音が耳に快い。
「ファクトチェックして絞り込んでくれ」
「わかりました。信頼度をいくつに設定しますか?」
「70%」
「24時間以内に更新されたニュースを、信頼度70%以上のものに絞り込みます。少しお待ちください」
 水面を薄く泡立てながら、コーヒーがカップに満ちていく。
 揺らぐ湯気から少し目を離して、水色の点滅を見守った。
「信頼度70%以上のニュースは4件です」
「少なッ。60%まで落としてくれ」
「はい。信頼度60%以上のニュースは38件です」
「なるほど? 統計が見たくなるな」
 総数97、60で38、70で4、と、頭の中で分布をイメージしながら笑う。
「グラフ化しますか?」
「いや、今はいい。その中で、産業ジャンルの最新は?」
「はい。産業ジャンルのニュースで最新のトピックは“農産物の地域ブランド化に自治体が補助”です。信頼度68%」
 カップを持って再び椅子に腰を下ろした。
 水色の点滅を灯らせたまま視線を寄越す、灰色の瞳を見つめる。なんだか忙しそうで頬がゆるんだ。
「内容は? あー、要約してくれ」
「はい」
 ほとんどタイトル通りのニュースの内容を聞き、関連の記事をいくつか追って、事件事故のニュース、スポーツ、自分の研究ジャンルのチェックへと手を伸ばし。
 コーヒーをすすりながら、文字で読むのが速いか、それとも作業なり食事なりしながら読み上げてもらえばタイムパフォーマンスがいいかと、なんとなし考えてみたりして。
 手動で飲み物を作ってみたいと申し出るイグニスに、ドリンクマシンの使い方を教えるために、再び立ち上がり。
 二杯目のコーヒーを手に、巣に戻る動物よろしく制御室へと足を向けた。
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