アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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えび餃子、翡翠餃子(5)

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 イグニス本人いわく、起動してから膨大になっているという情報ログをチェックすべく、HGB023にホログラフィのモニターを出させる。
「あー、確かにこりゃ多いな」
 画面をスワイプしてスクロールし、疑似感情プログラムのログを別のモニターに出させ、興味の赴くままに行動と思考と感情のリンクを確かめ、納得したり感心したりして。
「このままだとすぐにパンクしちまうな。対策は?」
『はい。ご覧いただいているログは言語化されていますので、実際のログ情報は四分の一程度です。それでも多いので、イグニスの夜間休止中に情報を統合、圧縮、簡略化して最適化します。現在は新しい情報が多く、統合や簡略化する割合が低いですが、情報が累積されれば、情報量の増加は最適化によって次第に少なくなると考えられます』
「ああ。まだ赤ん坊だから覚えることが多いわけだ。大人になっていけば、新しく知ること自体は減るには減るな」
『はい。イグニスは人工知能ですので年齢はありませんが、そのように比喩的に表現することもできます』
「そりゃそうだな」
 今のところツッコミどころはなさそうだと見て、手で滑らせるようホログラフィを横に退け、書きかけの社内用レポートと別の論文を表示させた。
 視界の端にチラつく程度に動画サイトを適当に流し、ときおり休憩がてら思いつきの調べ物をして、ついでに外部カメラの映像付きの時刻表示も出しておく。
 増えていく画面以上にごちゃごちゃと行ったり来たりする頭を、走るだけ走らせ、時折立ち止まってHGB023に整理を手伝わせる。
 しばらくそうして没頭する耳に、扉の開く音が聞こえて顔を上げた。
「万理、園内博士と連絡が取れました。空港で合流し、ここへお連れします」
「おっ? おォ……」
 開いた扉から入ってきたイグニスに、一瞬反応が遅れた。
「お前が言いにくると思ってなかった……」
 HGB023に投げた用件だから、HGB023が報告するかと思ったのも、あるが。
 自動開閉の音と、扉を手で開け閉めできるようになったと言っていたイグニスと、秘書然とした、いや執事か。イグニスの、穏やかだが淡々とした表情。
 一気にごちゃつく頭に手をやり、髪を掻き回す。好き放題に、マルチタスクに脳を浸していたせいかもしれない。
 目をやれば、外部カメラには暗くなりはじめの景色が映り、時刻も充分に夕方といえる。
「はい。動作の試行よりも優先順位が高いタスクだったので、HGB023から権限を移動しました」
「なるほど……?」
 こっちの仕事がしたかったからした、ように思えなくもないが、プロジェクトの完成に向けて取り組んでいるイグニスの選択としては違和感はない。
「俺のコンピュータ、ハッキングしないでくれる……」
 めきめきと上がる腕利きぶりを、少し面白くてからかってしまう。
「すみません。スタンドアロン単独稼働が可能なので、権限の一部移動は元から組み込まれています。濫用らんようにあたるようでしたら、使用条件を組み直します」
「知ってるよ。冗談だ」
 報告ありがとう、と立ち上がりながら笑えば、イグニスの頬が緩み。こちらもつられてしまう。
「わかりました。交通状況にもよりますが、園内博士は40分程度でお着きになる予定です」
「はいよ。着替えてくっから皿出しといてくれ」
 一応、仕事らしい格好をするようにしているが、お披露目の練習と思って多少小綺麗にするかと、制御室を後に寝室へ足を向け。
「わかりました。昨夜検索したレシピの四品を、お二人で召し上がるように用意します。ダイニングを使われますか? また、食器のご指定があれば教えてください」
 半歩後ろについて、話しながら歩くのがなかなか様になっている。
「んや、リビング。食器は用途に合ってさえいればいいよ」
「わかりました。では、リビングでお食事されるように用意しておきます」
 よろしく、と声を返して廊下で別れ。
 自分も寝室へと足を向けながら、LDKの扉へと消えていく背を少しだけ見送った。

 コンロでスープの鍋を煮立て、蒸し籠に餃子を並べて調理器に突っ込みながら、炒飯の具材を刻む。
「イグニス、ザルからキクラゲ上げて細切りにしてくれ」
「はい。スープに入れる具材ですね」
「そうそ」
「わかりました」
 まな板と包丁の場所はわかるか? わかります。などと、忙しない会話と、包丁の音、様々な食材の香りがキッチンに立ちこめる。
 ポン、と、電子音が弾んだ。
『園内博士をお連れしました』
 割って入るような合成音声に、うん? と、思わずスピーカーの位置を見上げ、イグニスを見た。
 真剣な顔でスープ作りに取り組んでいる様子に、そりゃそうかと頬を緩め。
「はいよ。中に入れてLDKに誘導頼む」
『はい。ご案内します』
 作業を止めて手を洗い、普段はあまりしない気合いのエプロンを外してスツールに引っ掛け、廊下へと足を向けた。
「バーンー、おーい」
「へいへい、ここだよ」
 呼ばれる機会の減ったあだ名で呼ぶ声が、玄関の方から聞こえて、少し大股になる。
「あ! いた! おっすおっす」
「おう、おかえり。大荷物だな」
 大きな荷物を担いだ絢人あやとと廊下で出会い、足を止めて、日焼けした顔や髪を眺め回した。
 絢人は元々は、やや痩せ型で色素が濃くなく、焦げ茶に近い黒髪と、同じ色の瞳をしている。丸みのあるアーモンドアイでやや小作りの現代的なイケメンなのだが、常に日焼けしていて、今もそうだが、大抵砂っぽい。
「そうそう、今回ちょっとなー。ついでだからあちこち寄りたくて、ってたら、思ったより過密スケジュールでさ」
「そういや長かったか? 飯作ってんだが、風呂入るのが先か?」
 荷物を半分運んでやりながら、長旅でよれよれの、けれど相変わらず機嫌良く明るい様子の男をLDKへと案内し。
「いーや飯めしめしめし。腹減ったわー、日本の贅沢料理食いてえー」
「和食のがいいかと思ったんだけど」
 お前が言ったんだからなと暗に仄めかして笑う。
「バンの餃子は本格中華の部類だろうけど、日本の贅沢料理には違いねーな」
 海外に出れば長く帰ってこないことも多い、絢人の主張に、そういうもんか、と頷いたりして。
「つかなんだここ。なんでこんなゴーストタウンみたいなとこに豪邸構えてんの。都内にいてくれた方が便利なんだけど」
 シュークロークがめちゃくちゃかっこいいな! とか、自動扉を見ては、豪邸! と、いちいち声を上げているのに笑いながら、リビングのソファに大荷物ごと放り出すべく、先に立って。
「家から出ねえで研究したくて、工房つきの家建てようと思ったら地価が、」
「えっ」
 リビングに数歩入ったところで、声を上げた絢人の目線を追って、キッチンを振り返る。
「園内博士、お久しぶりです」
 ああ、と口を開くよりも絢人の方が早い。
「おっ? えっ、なにお前、新しい彼氏紹介するために俺を空港から拉致らちったの」
「あン?」
「いや、ちょっと待って。……どっかで会ってる?」
 人の顔は忘れない方なんだけど、とまじまじイグニスを見ている絢人の、その忙しない様子と、突然の賑やかさにくすぐられるようで、思わず笑いを堪え。
「絢人、緑茶でいいか? イグニス、自己紹介してやってくれ」
 まだイグニスを凝視して首をひねっている絢人から寄越される、熱いやつというリクエストに、はいはいと引き受け、もう一度手を洗って。
「はい。はじめまして、園内博士」
「えっウッソさっきお久しぶりっつったじゃん」
「絢人ツッコミが速すぎる。聞いてやって」
「よし聞く」
「――。ありがとうございます」
 ドリンクマシンの設定のために背を向けているので見えないが、絢人は早速イグニスの瞳孔を点滅させたに違いない。想像して、頬が緩む。
「僕は、現在進行中のプロジェクトのヒューマノイド人型デバイス端末です。識別番号はHGB023―H型003。呼称はイグニスです。イグニスとお呼びください」
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