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第四章
10.
あれから私たちは近くをうろついていた馬を見つけ出し、再び隣領へ向かった。
人里が近くなってきたからか、山賊も狼ももう出てはこなかった。
けれど、セドリックは私と目を合わせたがらなくて、無言で馬を走らせる。
暫くすると、街の明かりが見えて、ようやく隣領へ到着した。
「一泊、二部屋で」
セドリックがカウンターに銀貨を置き、宿屋の女将さんに伝えると、女将さんが首を横に振った。
「今、用意できるのは一部屋だけさ。二人同じ部屋じゃ駄目かい」
セドリックは、銀貨を回収しようと手を伸ばす。
「それなら、違う宿を探――」
「同じ部屋でいいです!」
私は大きな声でそう言って、セドリックの腕を掴んで止めた。触れられた腕が、わずかに強張る。
「お嬢様っ! いけません!」
セドリックは、厳しい表情で、私を見つめるが、引くわけにはいかない。
むしろ、こんな状況の彼を放っておくことはできないと思っていたので、一部屋しか空いていないというこの現状は渡りに船だった。
「駄目よ。私も、セドリックも、体力の限界だわ。
今は空いているか分からない宿屋巡りをするよりも、ここで休んだほうがいい」
なんとか理由を付けて、セドリックを説得しようとする。
「し、しかし……!」
「お願いよ、セドリック」
絶対に今夜だけは、セドリックを一人にしちゃいけない……!
私の懇願するような視線に、彼は眉間に皺を寄せて、迷っている。
その時カウンターの向かい側から援護射撃が届いた。
「うちの宿屋のベッドは、大きめに作ってあるから大丈夫さ。
二人で寝ても、そこまで狭くはないだろうよ。はいよっ!」
おかみさんはカウンター上の銀貨をさっと回収し、私に鍵を放り投げる。私は慌ててそれをキャッチした。
「わわっ。ありがとうございます、女将さん!」
「部屋は二階の一番奥だよ」
そう言って、女将さんは私に意味ありげなウインクを飛ばした。
私は熱くなった顔をセドリックに気付かれないよう、足早に部屋へ向かった。
* * *
部屋に入ると真ん中に大きなベッドが置かれていた。セドリックはベッド横のテーブルに、荷物を取り外しておいていく。
部屋の中にはそれを置く音だけが静かに響いている。
セドリックの背中からは、何も話したくないという気持ちが感じられて、うまく話しかけられない。
「私……身体を拭くためのお湯を貰ってくるわ……」
「お嬢様、それは私が――」
セドリックがそう言っているのが聞こえたが、私は部屋を飛び出した。
廊下をとぼとぼと歩きながら、私は大きくため息を吐いた。
普段は微笑みを絶やさないセドリックがあんなり辛そうなのに、何もできない自分が情けない。
「……でも、私にやれることをやるしかないよね」
いつもセドリックは私を楽しく幸せな気持ちにしてくれるんだから、次は私の番だ。
私はぐっと顔を上げて、女将さんのところに向かった。
「セドリック、お湯を持ってきたよ」
「ありがとうございます。……お嬢様からどうぞ」
ベッドに腰かけながら、頭を抱えるようにセドリックは座っていた。
「そういうわけにはいかないわ。ここまで来れたのはセドリックのおかげなんだから、セドリックから」
私は、桶を持って、セドリックの前に座った。桶から出したタオルを絞る。
「え……いや、そんなっ。私などが先に使うわけには……」
「駄目よ。セドリックは私の護衛なんだから、おとなしく言うことを聞きなさい」
セドリックが私を止めようと出した手に、私はそっと触れた。
手に触れた瞬間、彼は一瞬泣きそうな顔をして、口を噤んだ。
人里が近くなってきたからか、山賊も狼ももう出てはこなかった。
けれど、セドリックは私と目を合わせたがらなくて、無言で馬を走らせる。
暫くすると、街の明かりが見えて、ようやく隣領へ到着した。
「一泊、二部屋で」
セドリックがカウンターに銀貨を置き、宿屋の女将さんに伝えると、女将さんが首を横に振った。
「今、用意できるのは一部屋だけさ。二人同じ部屋じゃ駄目かい」
セドリックは、銀貨を回収しようと手を伸ばす。
「それなら、違う宿を探――」
「同じ部屋でいいです!」
私は大きな声でそう言って、セドリックの腕を掴んで止めた。触れられた腕が、わずかに強張る。
「お嬢様っ! いけません!」
セドリックは、厳しい表情で、私を見つめるが、引くわけにはいかない。
むしろ、こんな状況の彼を放っておくことはできないと思っていたので、一部屋しか空いていないというこの現状は渡りに船だった。
「駄目よ。私も、セドリックも、体力の限界だわ。
今は空いているか分からない宿屋巡りをするよりも、ここで休んだほうがいい」
なんとか理由を付けて、セドリックを説得しようとする。
「し、しかし……!」
「お願いよ、セドリック」
絶対に今夜だけは、セドリックを一人にしちゃいけない……!
私の懇願するような視線に、彼は眉間に皺を寄せて、迷っている。
その時カウンターの向かい側から援護射撃が届いた。
「うちの宿屋のベッドは、大きめに作ってあるから大丈夫さ。
二人で寝ても、そこまで狭くはないだろうよ。はいよっ!」
おかみさんはカウンター上の銀貨をさっと回収し、私に鍵を放り投げる。私は慌ててそれをキャッチした。
「わわっ。ありがとうございます、女将さん!」
「部屋は二階の一番奥だよ」
そう言って、女将さんは私に意味ありげなウインクを飛ばした。
私は熱くなった顔をセドリックに気付かれないよう、足早に部屋へ向かった。
* * *
部屋に入ると真ん中に大きなベッドが置かれていた。セドリックはベッド横のテーブルに、荷物を取り外しておいていく。
部屋の中にはそれを置く音だけが静かに響いている。
セドリックの背中からは、何も話したくないという気持ちが感じられて、うまく話しかけられない。
「私……身体を拭くためのお湯を貰ってくるわ……」
「お嬢様、それは私が――」
セドリックがそう言っているのが聞こえたが、私は部屋を飛び出した。
廊下をとぼとぼと歩きながら、私は大きくため息を吐いた。
普段は微笑みを絶やさないセドリックがあんなり辛そうなのに、何もできない自分が情けない。
「……でも、私にやれることをやるしかないよね」
いつもセドリックは私を楽しく幸せな気持ちにしてくれるんだから、次は私の番だ。
私はぐっと顔を上げて、女将さんのところに向かった。
「セドリック、お湯を持ってきたよ」
「ありがとうございます。……お嬢様からどうぞ」
ベッドに腰かけながら、頭を抱えるようにセドリックは座っていた。
「そういうわけにはいかないわ。ここまで来れたのはセドリックのおかげなんだから、セドリックから」
私は、桶を持って、セドリックの前に座った。桶から出したタオルを絞る。
「え……いや、そんなっ。私などが先に使うわけには……」
「駄目よ。セドリックは私の護衛なんだから、おとなしく言うことを聞きなさい」
セドリックが私を止めようと出した手に、私はそっと触れた。
手に触れた瞬間、彼は一瞬泣きそうな顔をして、口を噤んだ。
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