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第1話 店員募集の張り紙
しおりを挟む僕が店頭の花や木々にお水をあげていた時だった。
「お主が店主か。」
背後から声がしたので振り向くと、そこに彼女がたっていた。
僕はあやうくじょうろを落としかけた。
なぜって、その美しさときたら…僕の貧弱な語彙では説明できそうになかった。
「は、はい。なにかお探しですか?」
僕はなんとか声をだすことができた。あまり彼女のほうを見ないようにして、僕は今が季節の花の説明をしようとしたけど相手は首をふった。
「ちがう。花を買いにきたのではない。」
「し、失礼しました。なにか不手際がありましたか?」
相手は軽装の革鎧にロングマント、腰には細身の剣(レイピアというらしい)、背には弓矢を背負っていた。
長い金髪はキラキラと輝いていて、商品のどの花にも負けず綺麗だった。
そう、彼女はエルフだった。
その綺麗さと武装がちぐはぐなような気がしたけど、どの武器も装備も優美な装飾がほどこされていて高そうだった。
(旅の戦士かな? 冒険者には見えないけど…。)
どこかの貴族かお城に売ったお花に問題があったのかなと、僕は心底不安になった。でも、彼女はとがった耳をピクッと動かすと僕に紙を差し出してきた。
「それもちがう。これを読んだから来たのだ。」
彼女が持っている紙にはこう書いてあった。
『小さいけれど、街いちばんの知識と品ぞろえのお花屋さん、アオイ生花店。事業拡大につきただいま店員さん募集中! 経験不問、食事つき住み込み可。面接はこちらの住所へ…』
あたりまえだけど、僕はその張り紙に見覚えがあった。僕が作ってあちこちに貼ったものだったからだ。
「あの…つまり、応募しに来られたのですか?」
「そうだ。なにか問題か?」
彼女はうなずいた後に胸を逸らした。僕はこの相手が人間の文字を正しく理解しているのか少し不安になってきた。
「お花屋さんの店員募集ですけど、大丈夫ですか?」
「くどい。人間族の文字くらい読める。お主は私を愚弄するのか。」
怒っても美しい顔だったけど、彼女が腰の剣に手をやるそぶりを見せたので僕は慌てた。
「し、失礼しました。中へどうぞ。」
僕は中に相手を招きいれて、事務室のテーブルの前で向かい合った。
「どうぞ座ってください。今、お茶をいれますね。」
「お主、名をなんという。」
「はい、ハナヤ・アオイといいます。」
彼女は猫舌なのか、お茶をふうふうしてからクンクンと香りをかいだ。
「その若さで店主とは殊勝なことだ。まだ子どもではないか。褒めてやろう。私が来たからには安心するがいい。」
「は、はあ。」
「今まで苦労したであろう。開店したのはいつだ。」
「あの…僕があなたを面接するんですけど。」
僕は遠慮がちにいったつもりだったけど、またそれが彼女のかんにさわったらしかった。
「妙なことを言うな。面接だと? 私を雇わない理由がどこにある?」
「今まで、花屋に限らずどこかで働かれたご経験は?」
「あるわけなかろう。経験とわずと書いてあるではないか。」
彼女は紙を指差してまた体を逸らした。僕が思い描いていたエルフのイメージとはかけ離れたもの言いだったので、僕は段々とこの人…じゃなくってエルフに苦手意識を持ち始めていた。
「私を雇えばこの店は大繁盛間違いなしだ。ところで、給料はいくらだ?」
「だから、まだ雇うって決めて…」
次の瞬間、僕は何が起きたのかわからなかった。ひとつ言えるのは、僕は壁ぎわに押しつけられて首に剣を突きつけられている体勢という事だった。
「な、なにをするんですか!? 強盗ですか?」
「うるさい。雇うのか雇わないのか、早く決めよ。」
「雇うわけないでしょう!」
解放された僕は咳きこんで床にしゃがんでしまった。見上げると、彼女は絶望的な顔になって頭を抱えていた。
「なんということだ! これで11軒めだ! なぜ人間どもには私の価値がわからぬのだ…。」
垂れさがった耳が遠ざかり、部屋を出ていこうとする彼女の背中がものすごく寂しそうに見えた。
(この役たたずが…!)
(お前なんか必要ないんだ!)
僕の頭の中でいくつもの言葉が響き渡り、僕も頭を抱えこんでしまった。全身から吹き出す冷や汗を深呼吸でなんとかおさえこむと、僕は通りに飛び出した。
「待ってください!」
トボトボと街路を歩いていた彼女は不思議そうな顔をして振り返った。
「なんだ。何か用か? 忘れ物はしてはおらぬが。」
「お名前をまだお聞きしてなかったので。」
「なぜ聞くのだ。必要なかろう。」
僕は首を振り、相手に微笑みかけた。
「いいえ、名前がわからないと雇えませんから。」
彼女は一瞬ポカンとした表情になり、すぐにそれは満面の笑みに変わった。
「私は…そうだな。ジェシカ…ジェシカ・チェンバレンだ。よろしく頼む。」
なんだか一瞬、考えてから答えたような気がしたけど、ジェシカさんは僕に丁寧に頭を下げた。
意外ときちんとした人…じゃなくってエルフだと僕はひと安心したけど、すぐにそれが大きな間違いだったと僕はすぐに知ることになるのだった。
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