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第8話 ジンから離れたい俺
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上等な宿屋って、ソファも高級なんだ…
俺は、ごくあたりまえのことを身をもって実感していた。ここはカサブランカの街の中心部にある、見た目からして宿泊料金が高そうな高級宿屋だった。その一室で、ジンは夕食も食べずにベッドに突っ伏して完全に眠りこんでいた。
俺はといえば、もう身体中の節々のすみずみまで痛くて痛くて疲労困憊で、やわらかいソファの上から一歩も動けず、フワフワの毛布にくるまって息を潜めていた。
ジンと一戦まじえたあとだろう?
「ち、ちがう!」
あの白衣の神さまのからかうような声が聞こえたような気がして、俺はつい叫び声をあげてしまった。ジンが反応して身じろぎをしたような気がして、俺は慌てて再び毛布の中にもぐった。ジンをあれだけ落ちこませたことに、俺は自分自身がなさけなくて許せなくて、唇の端をかんだ。
そうだ、あの神さまが悪いのだ。
もっと俺が強い体だったら、ジンの役にたてるのに。
よりによって、なぜこんなに弱々しい少年の体を神さまは勝手に俺に選んだのだろう?
弱々しい?
いや、俺の今の体にはあの得体の知れない怪力があった。ジンが俺に言ったのはただ、その怪力を使って恩をかえせという意味だったのだ。
カフェでの休息のあと、俺はそのことを身をもって叩き込まれたのだった。
「ほら、どうしたコロ! もう一度、全力で打ちこんでこい!」
細身の長剣を持って悠々と立つジンは、汗ひとつかいていない様子だった。まだ始まったばかりなのに、俺はといえば早くも全身汗まみれでフラフラだった。しかもおそらく俺の体はアザだらけに違いなかった。
「無理ですよ。」
「私は無理ではない。貴様がこないならこちらからいくぞ!」
説明が遅れたが、俺たちがなにをしているのかと言うと、これはただのジンによるパワハラだった。いや、正確にいえば剣術の稽古というやつだった。ではなぜ、こんな一方的な暴行まがいのことを俺がされているのか、それを説明する前に、この世界のことから話しておこうと思う。
ジンは本当に物知りで、この街への道中に、この異世界について様々なことを一から俺に教えてくれた。あまりにも俺がこの世界のことをなにも知らないので、かなり不審に思われたかもしれないが。
ジンの話を聞けば聞くほど、この世界は本当によくあるファンタジー風の異世界らしかった。
文明のレベルは俺の生きていた世界の中世から近世くらいだと思うが、俺の貧しい歴史の知識では申し訳ないがその程度の理解しかできないし表現もできない。
とにかく、俺たちが今いるこの大陸には王国やら帝国とやらがたくさんあって、王がいて貴族がいて騎士団があって、庶民は大半が農民で、あとは城壁に囲まれた城下町に暮らす商人やら町人がいて、なんといっても俺の世界と最も違うのは人間以外の種族があたりまえに存在しているということだった。
余談だが俺は旅の途中、エルフやドワーフを初めて見て驚愕してしまったが、あまりにも凝視しすぎておもいきり不審者みたいに見られてジンに怒られてしまった。
この異世界を構成しているのはいちばん数が多い普通の人間族と、あとはエルフやドワーフ、ハーフリングなどのいわゆるデミヒューマン、それから、下はゴブリンから上はドラゴンまでのモンスターたち、最後にこれがまた厄介な存在らしいのだが「魔族」、という主に四つの勢力だった。
魔族についてはまた時間があるときに説明する。
あと、これも俺の元いた世界との大きな違いだが、この異世界には火薬や銃器はないが魔法という力ががごくあたりまえに存在していた。魔法についてもまた時間がある時に…。
あのいい加減な神さまにしては、ここはありきたりだがまあまあよくできた異世界だと俺は思った。それにしても俺はいったい、この異世界でなにをすればいいのだろうか。
ジンと出会ってからもずっとそのことが俺の頭の片隅から離れることはなかった。
話が脱線しかけたので戻すが、ジンの言う応募とは、どうもこういうことらしい。
このあたり一帯を治める偉い貴族が、ある人物を護衛する仕事の募集をしていて、その仕事は種族や性別は不問でかなりの高給で高待遇という話だった。
ただ、理由は不明だが応募はひとりではダメで、2人一組でしか受け付けない決まりがあるらしい。
そして、当然だが応募者全員が採用されるはずもなく、選抜のための採用試験とやらがあり、その採用試験に合格するために、俺はジンにしごかれているのだった。
ただ、お金には困っていない様子のジンが、なぜその仕事にそこまで執着するのか、その理由がまだこの時の俺にはわからなかった。
「なんということだ! ここまで剣術の才能がないとは、あきれるよりも逆にすごいな。」
「あはは、それはどうも。」
「ほめているのではない!」
ジンは細剣を鞘におさめると、両手で頭を抱えてうずくまってしまった。いつも自信タップリのジンがここまで落ち込むなんて、ジンが言うとおり、俺はある意味すごいんじゃないだろうかと思った。
「まさか、この私がみたてをまちがうなんて…こんなことでは採用試験に受からんぞ。さて、どうするか。いっそのこと…いや、それはまずいな…」
ジンはひとりでブツブツ言い始めて、こうなると俺のことは眼中になくなるみたいだった。俺はジンの肩を指でつついた。
「ジンさん、採用試験ってそんなに大事なのですか?」
「あたりまえだろう! そのために、貴様とわざわざこんな所まできたのだからな。」
そう言われて俺は納得した。ジンは計算高そうな人物だし、俺に親切にしてくれるのもなにか目的があるにちがいないからだ。いくらにぶい俺でもそれはよくわかっていたし、こんな異世界で生きていくには、他人の力を利用するのはあたりまえのことなのだろうと俺は思った。
だが俺は、急になぜか寂しいような悲しいような、表現しがたい気持ちにおそわれた。頭をかかえたままのジンを見ながら俺はそっと後ずさると、まわれ右をして全速力で駆け出した。
今はただ、俺はジンのそばから離れたかった。
俺は、ごくあたりまえのことを身をもって実感していた。ここはカサブランカの街の中心部にある、見た目からして宿泊料金が高そうな高級宿屋だった。その一室で、ジンは夕食も食べずにベッドに突っ伏して完全に眠りこんでいた。
俺はといえば、もう身体中の節々のすみずみまで痛くて痛くて疲労困憊で、やわらかいソファの上から一歩も動けず、フワフワの毛布にくるまって息を潜めていた。
ジンと一戦まじえたあとだろう?
「ち、ちがう!」
あの白衣の神さまのからかうような声が聞こえたような気がして、俺はつい叫び声をあげてしまった。ジンが反応して身じろぎをしたような気がして、俺は慌てて再び毛布の中にもぐった。ジンをあれだけ落ちこませたことに、俺は自分自身がなさけなくて許せなくて、唇の端をかんだ。
そうだ、あの神さまが悪いのだ。
もっと俺が強い体だったら、ジンの役にたてるのに。
よりによって、なぜこんなに弱々しい少年の体を神さまは勝手に俺に選んだのだろう?
弱々しい?
いや、俺の今の体にはあの得体の知れない怪力があった。ジンが俺に言ったのはただ、その怪力を使って恩をかえせという意味だったのだ。
カフェでの休息のあと、俺はそのことを身をもって叩き込まれたのだった。
「ほら、どうしたコロ! もう一度、全力で打ちこんでこい!」
細身の長剣を持って悠々と立つジンは、汗ひとつかいていない様子だった。まだ始まったばかりなのに、俺はといえば早くも全身汗まみれでフラフラだった。しかもおそらく俺の体はアザだらけに違いなかった。
「無理ですよ。」
「私は無理ではない。貴様がこないならこちらからいくぞ!」
説明が遅れたが、俺たちがなにをしているのかと言うと、これはただのジンによるパワハラだった。いや、正確にいえば剣術の稽古というやつだった。ではなぜ、こんな一方的な暴行まがいのことを俺がされているのか、それを説明する前に、この世界のことから話しておこうと思う。
ジンは本当に物知りで、この街への道中に、この異世界について様々なことを一から俺に教えてくれた。あまりにも俺がこの世界のことをなにも知らないので、かなり不審に思われたかもしれないが。
ジンの話を聞けば聞くほど、この世界は本当によくあるファンタジー風の異世界らしかった。
文明のレベルは俺の生きていた世界の中世から近世くらいだと思うが、俺の貧しい歴史の知識では申し訳ないがその程度の理解しかできないし表現もできない。
とにかく、俺たちが今いるこの大陸には王国やら帝国とやらがたくさんあって、王がいて貴族がいて騎士団があって、庶民は大半が農民で、あとは城壁に囲まれた城下町に暮らす商人やら町人がいて、なんといっても俺の世界と最も違うのは人間以外の種族があたりまえに存在しているということだった。
余談だが俺は旅の途中、エルフやドワーフを初めて見て驚愕してしまったが、あまりにも凝視しすぎておもいきり不審者みたいに見られてジンに怒られてしまった。
この異世界を構成しているのはいちばん数が多い普通の人間族と、あとはエルフやドワーフ、ハーフリングなどのいわゆるデミヒューマン、それから、下はゴブリンから上はドラゴンまでのモンスターたち、最後にこれがまた厄介な存在らしいのだが「魔族」、という主に四つの勢力だった。
魔族についてはまた時間があるときに説明する。
あと、これも俺の元いた世界との大きな違いだが、この異世界には火薬や銃器はないが魔法という力ががごくあたりまえに存在していた。魔法についてもまた時間がある時に…。
あのいい加減な神さまにしては、ここはありきたりだがまあまあよくできた異世界だと俺は思った。それにしても俺はいったい、この異世界でなにをすればいいのだろうか。
ジンと出会ってからもずっとそのことが俺の頭の片隅から離れることはなかった。
話が脱線しかけたので戻すが、ジンの言う応募とは、どうもこういうことらしい。
このあたり一帯を治める偉い貴族が、ある人物を護衛する仕事の募集をしていて、その仕事は種族や性別は不問でかなりの高給で高待遇という話だった。
ただ、理由は不明だが応募はひとりではダメで、2人一組でしか受け付けない決まりがあるらしい。
そして、当然だが応募者全員が採用されるはずもなく、選抜のための採用試験とやらがあり、その採用試験に合格するために、俺はジンにしごかれているのだった。
ただ、お金には困っていない様子のジンが、なぜその仕事にそこまで執着するのか、その理由がまだこの時の俺にはわからなかった。
「なんということだ! ここまで剣術の才能がないとは、あきれるよりも逆にすごいな。」
「あはは、それはどうも。」
「ほめているのではない!」
ジンは細剣を鞘におさめると、両手で頭を抱えてうずくまってしまった。いつも自信タップリのジンがここまで落ち込むなんて、ジンが言うとおり、俺はある意味すごいんじゃないだろうかと思った。
「まさか、この私がみたてをまちがうなんて…こんなことでは採用試験に受からんぞ。さて、どうするか。いっそのこと…いや、それはまずいな…」
ジンはひとりでブツブツ言い始めて、こうなると俺のことは眼中になくなるみたいだった。俺はジンの肩を指でつついた。
「ジンさん、採用試験ってそんなに大事なのですか?」
「あたりまえだろう! そのために、貴様とわざわざこんな所まできたのだからな。」
そう言われて俺は納得した。ジンは計算高そうな人物だし、俺に親切にしてくれるのもなにか目的があるにちがいないからだ。いくらにぶい俺でもそれはよくわかっていたし、こんな異世界で生きていくには、他人の力を利用するのはあたりまえのことなのだろうと俺は思った。
だが俺は、急になぜか寂しいような悲しいような、表現しがたい気持ちにおそわれた。頭をかかえたままのジンを見ながら俺はそっと後ずさると、まわれ右をして全速力で駆け出した。
今はただ、俺はジンのそばから離れたかった。
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