18 / 18
第18話 風呂場で襲われる俺、ふたたび
しおりを挟む「うわわわわわっ!?」
反射的に、俺は自分の前を手でかくし、脚を閉じて下半身をひねった。だが、時すでに遅しで効果はあまり無さそうだった。
「遅いわよ。ばっちり見たもんねー。」
湯煙の中から人影がヌッと現れて、俺の目の前に立ち塞がった。小柄で、頭にバスタオルに巻いたこの人はたしか…サブなんとかさん?
「あんたね、あたしの名前も覚えてないでしょ?」
「そ、そんなことはありません!」
「サブレナ・シュクレクールよ。覚えておきなさい。」
生まれたままの姿だというのに、サブレナさんは背筋をのばしたまま、片足をななめうしろの内側にひき、貴族のあいさつをしてきた。たしかカーテシーとかいうやつか?
こんな状況でも作法を守る貴族に俺は感心したが、返礼のしかたがわからなかった。
そんなことよりも、これは一大事だった。というのも、サブレナさんは恥ずかしくないのか、体を全く隠そうとせずにむしろ俺に見せつけるかのような態度だったのだ。
俺はサブレナさんを直視できなかったが、一瞬見えた限りでは、少年の体である俺よりもスリムであまり凹凸のない感じだった。
そういえば、サブレナさんは年齢はいくつなんだろう?
今の俺と同じかすこし上くらいだろうか?
「今、あたしのこと見たでしょ。」
「見てない! いえ、見ていません!」
「まあ、美しいあたしに見とれるのも無理はないわ。」
正直に言えば、ぜんぜん見とれるような感じではないのだが、そんなことを言ったらなにをされるかわからないので俺は黙っていた。サブレナさんは俺に近づいてきて、まわりを何周もしながら無遠慮に俺をジロジロと観察してきた。視線がからみついてくるようで、こんなに居心地のわるい風呂ははじめてだった。
「まったく、みっともないものをおっ立ててんじゃないわよ、なにを想像していたのよ。」
「あ、あなたを見て縮みました。」
認めたくはないが、サブレナさんが言ったとおり、ジンのことを思っただけで俺自身は反応してしまっていた。俺は恥ずかしさで一杯だったが、早くジンのもとに駆けつけたくて精一杯の嫌味を言ったのだったが、意外にもサブレナさんは腹をかかえて笑い出した。
「きゃははっ。あんた、意外と言うじゃない。」
「そこをどいて頂けますか。もう僕はあがります。」
俺はサブレナさんを避けて湯船から出ようと一歩を踏み出したが、次の瞬間、なぜか俺の頭は湯の中にあった。
「がぼっ。な、なにをす…がっポッ…」
「これくらいでじたばたするんじゃないわよ。あんた、ジンとかいうやつの所に行きたいのでしょ? 今ごろ、ベルニカにこってり絞られてるわ。いい気味だっての。」
俺がなんとか理解した今の状況は、サブレナさんが俺をつっ転ばしたあげく、湯の中に俺の頭を沈めて手で押さえつけている、ということだった。俺は焦った。なんで貴族のご令嬢はみんなこんなに力が強いのだろう?
良いものを食べているからか、あるいは魔法か。のんきにそんなことを考えている場合ではなかった。
「がぱっ、がぽっ、や、やめ…」
「あんたね、あたしらの側につくならもっと真剣にやりなさいよ。なんでいきなりドジってんのよ。」
まるでギャング映画みたいな口ぶりに、俺はサブレナさんを甘く見ていたと後悔した。反論しようにも俺がミスをおかしたのは事実だし、この状況では返事すらできなかった。いや、それ以前に、俺は殺されるのでは?
俺は腹の底から恐怖を感じた。
「こちとらね、ベルニカと同じ年に生まれて以来のつきあいなの。だからね、あいつの為なら命もはれるし、どんなことだってできるわ。それなのに、なんであんた達みたいなパッと出の連中にあいつが頼ろうとするのか、まったくもってあたしは理解できないし、我慢がならないの。わかる?」
サブレナさんがひと息で早口に告白した内容に俺は内心驚いた。
「この人、ベルニカさんと同い年なのか。」
いや、そっちではなかった。そうか、俺たちは歓迎されるどころかこんな風に思われていたのだ。ジンにも知らせないといけないが、俺の意識は遠くなりかけていた。まさか異世界の大浴場で再び死ぬなんて。
俺があきらめかけた時、サブレナさんの手の力がゆるんだ。
ザパァッ!!
「がポッ、ゲホッ、ゲホッ…。な、なにをするのですか! し、死にかけましたよ!」
「あたりまえでしょ。殺すつもりだったんだからさ。あんた、怪力少年なんじゃないの? ベルニカに聞いたのにさ。」
俺は痛いところを突かれて、抗議する勢いもしぼんでしまった。たしかに、俺には怪力という能力があるのに、なぜかいまだにうまく使いこなせていなかった。今だって、サブレナさんの手をはらいのけることすらできなかった。こんなことでこの先、俺はジンの役にたてるのだろうか。
俺はまた気が重くなり、ネガティブ思考のスパイラルに陥った。
「あんた、ベルニカの役にたちたい?」
そんな俺を見おろしているサブレさんの問いかけに、本当は俺が力になりたいのはジンだったが、俺は頷いた。
「うん…いや、はい。」
「じゃあ今日から毎日、夕の刻にあたしの屋敷に来て。動きやすい格好でね。」
サブレナさんは俺の背中をポン、とたたくとジャブジャブと水音をたてながら出ていってしまった。
あとに残された俺はしばらく呆然としていたが、ジンのことを思い出して猛然と立ち上がった。俺はジンのいるところへ一刻も早くいきたかった。あの恐ろしいベルニカ姫が、初回の任務に失敗した俺たちをそう簡単にゆるすはずがないからだ。
「遅くなりました! 僕が悪かったのです! 謝りますからどうかジンさんを…」
俺は叫びながら、ベルニカ姫の部屋の扉をバン!と開けたが、目にとびこんできたのは和やかな光景だった。ジンとベルニカ姫はソファに座って談笑しており、座卓の上にはポットやティーカップに、皿にはクッキーが置いてあった。
「どうした、コロ? 血相を変えて。」
「あなたもお茶とお菓子をいかが?」
「あ、あのう…?」
拍子抜けした俺がのろのろとソファの隅に座ると、手際よく姫が紅茶を淹れてくれた。俺は一口飲んで落ちつこうとしたが、茶が熱すぎたのでふうふうふいた。
「まあ。猫舌なのまで似ておられるのですね。ジンさんとコロさんはご兄弟なのですか?」
「き、兄弟ぃ!?」
俺は茶を吹き出しかけて、慌ててティーカップを置いた。ジンはなぜか渋い顔でクッキーをかじっていた。
「姫、兄弟だから似ているとは限らない。コロは私の相棒であり、弟ではない。」
「そうですか。」
ベルニカ姫はカップを持ってニコニコしながら聞いていた。俺が口を開こうとすると、ジンが鋭く手でさえぎった。
「コロ。話はもうついた。今回の件はお咎めなしだ。」
「ええっ!?」
この部屋で俺は驚かされてばかりだったが、あんなミスを犯したのに不問とは正直、俺はホッとした。だが、安心したのもつかの間だった。なぜなら、姫が俺にこう言ったからだ。
「コロさん。あなたをしばらく、わたくしの護衛の任務からときます。」
「えええっ!?」
姫のことばに反応して、ジンの目が鋭く細くなった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~
夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が転生時に願ったのは、たった一つ。「誰にも邪魔されず、絶対に安全な家で引きこもりたい!」
その切実な願いを聞き入れた神は、ユニークスキル『絶対安全領域(マイホーム)』を授けてくれた。この家の中にいれば、神の干渉すら無効化する究極の無敵空間だ!
「これで理想の怠惰な生活が送れる!」と喜んだのも束の間、追われる王女様が俺の庭に逃げ込んできて……? 面倒だが仕方なく、庭いじりのついでに追手を撃退したら、なぜかここが「聖域」だと勘違いされ、獣人の娘やエルフの学者まで押しかけてきた!
俺は家から出ずに快適なスローライフを送りたいだけなのに! 知らぬ間に世界を救う、無自覚最強の引きこもりファンタジー、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる