17 / 18

第17話 任務失敗の俺

しおりを挟む
 俺は、かかしみたいにその場につっ立っていた。

 ダメだ、矢が俺の胸に刺さる。
 そう思ったその時。

 室内なのにふわりと風が動いたかと思うと、なぜか矢を撃ったほうの人がパタンと倒れた。

「ぼうっとするな。いくぞ。」

 ジンに声をかけられた俺は我にかえり、床には数本の折れた矢が落ちていた。どうやらジンが飛んできた矢を剣で斬り落としたようだった。さすがジン、神業だ。

 そうだ、俺にはジンがいる。

 いつまでもこわがって、ジンに頼ってばかりいるわけにはいかなかった。俺は自分に気合いをいれなおすと、倒れたテーブルでできたバリケードに突撃した。

「わあああああ!」

 ジンに習った拳法の構えかたのかけらもなく、俺は両腕をふり回しながら突進した。だがその効果はすごかった。俺が少しふれただけで、重そうなテーブルはふきとび、隠れていた人もろとも壁に激突して轟音をたてた。

「ぐはあっ。」

「ひいいっ。」

 悲鳴が聞こえて、俺は目を背けた。ふたたび派手な悲鳴があがったかと思うと、俺の目の前で、肩のあたりを衣服ごとざっくり斬られた人が床の上をころげまわっていた。

「戦場でよそ見をするな。」

「ごめんなさい。でも、僕を守ってくれてありがとう。」

 俺が素直に礼を言うと、ジンはすこし戸惑うようにして顔を背けてしまった。


 しばらくして、室内では俺たち以外に動く者はいなくなった様子だった。ジンは優美な所作で細剣を鞘におさめ、破壊されたテーブルを見てから俺に向かってふりむいた。

「おいおい、殺すなって言っていたのは貴様だぞ。」

「えええっ!?」

 異世界とはいえ、ついに俺も人を殺めてしまったのか。俺はジンの言葉に絶望を感じてその場にへたりこんだ。

「冗談だ。みんな生きてるぞ。まあ、ひどい有様だがな。」

「こんなときにからかうのはやめて下さい!」

 あっという間に俺たちの任務は終わっていて、あたりには累々と破壊された家具や人が横たわっていてまさに修羅場だった。俺は動悸はおさまったが、夕飯に食べたものを全て吐きそうになり、なんとか自分をおさえこんだ。

「ちょっと押しただけなのに。」

「気にするな。さあ、さっさと引きあげるぞ。」

 ジンは冷静、いや冷酷に言い放つと俺の腕をひっぱり立たせてくれようとしたのだが。

「どうした。まさか?」

「はい、腰がぬけました。」

 ジンはきっと、覆面の下で大いに呆れた顔をしているに違いなかった。俺はもう、自分が恥ずかしくて情けなくてどこかに隠れてしまいたかった。厳しく叱られるかと思ったが、ジンは俺の隣にしゃがみこむとそっと肩に手を置いてきた。

「初陣だからな、無理もない。よくやったぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

「今、褒美をやろうか。」

 ジンが意味不明なことを言ったと思ったら、ぱっとためらいなく自分の覆面を取ってしまった。俺はあわてた。

「ジ…、なにをするのですか! 顔を見られてしまいますよ!」

「大丈夫だ。貴様も覆面をとれ。」

 そう言われて、俺はぐずぐずと覆面をはずした。ジンはまっすぐに俺を見てきていて、急速に俺のドキドキが再開した。

「ほ、褒美って?」

「黙れ。」

 いきなり抱き寄せられた俺に、ジンの美貌がぐんぐんと俺に迫ってきて、俺の鼓動はさらにはやくなり、早鐘のようだった。ジンが目を閉じたので、俺も目をつむった。


 コトリ。


 音が聞こえて、俺たちは動きをとめた。ジンの手が一閃し、どこからかうめきのような声が聞こえた。俺がその方向を見ると、壁際に白いタキシードのような立派な服を着た人がいて、ナイフが刺さり真っ赤に染まった肩を押さえていた。
 俺たちと目があったその人は、まるでとんでもなくこわい怪物に出くわしたかのように顔をゆがめると、壁に開いた空間に消えた。

「しまった! かくし扉か!」

 ジンは壁に駆け寄りあちこち調べていたが、不思議なことに壁には人が入れるような隙間はなく、俺は手品を見せられた気がした。

「追跡したいところだが…。」

 ジンは動けない俺のところに戻って来て、俺に背中を向けてしゃがみこんだ。

「ジンさん?」

「早くしろ。貴様を背負い、撤収する。」

 おいおい、この歳で誰かにおんぶされるなんて!? しかも相手はジンだ。俺は渋ったが、ジンに激しく促されてしかたなくその背中に身をあずけた。
 ジンはまるで空気を背負っているかのようにかろやかに立ち上がった。

「軽いな。ちゃんと食べているのか? なんだこのうすい尻は。」

「ほっといてください。それに、変な持ち方をしないでください。」

「ふふっ、大丈夫そうだな。」

 俺は耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。しがみつく俺にジンの背の体温が伝わってきて、気が変になりそうだった。俺は拳法の訓練で習った深呼吸をして自分を静めようとしたが、失敗したらしかった。

「ジンさん。顔を見られてしまったけど大丈夫かな?」

「うむ。まずいな。」

 ジンは俺をおぶったままかろやかに階段をかけのぼり、建物から出ると夜の闇にまぎれた。俺は焦っていた。初仕事で正体がバレる失態なんて、あの厳しそうなベルニカ姫が怒り狂うにちがいないと思うとげっそりだ。

「そんな。ひとごとみたいに。」

「心配するな。私にまかせておけ。貴様はなにも話さなくて良い。」

 ジンも俺と同じくベルニカ姫のことを考えていた様子だった。俺は、自分の失敗なのに結局はジンに頼りきりで本当に情けなかったし、悔しかった。ジンは逃げた主戦派のひとりを追いたかったはずだが、俺を置いて行けなかったのだ。
 足をひっぱるばかりの自分にまた涙が出そうになったが、ジンに勘づかれたらしかったので俺は身を縮めた。

「気を落とすな。初陣にしてはよくやった。それに。」

「それに?」

「私の背中にさっきからなにかが当たっている。元気な証拠だ。」

 こんな時に俺は!?

 俺はもう塵になって消えてしまいたくなり、ジンの背中でさらに縮こまったのだった。


 
 俺はひとり、湯に浸かりながら堂々巡りの考えごとをしていた。もう明け方に近いが不思議と眠気はなくて、あとは任せておけと言うジンに甘えて、俺は屋敷の大浴場で初任務の汗を流していた。広い湯舟を独占状態だ。

「やっぱり俺は、こんな荒事には向いていないのかなあ。」

「でも、ジンの役にはたちたいし…。」

 このままこの仕事を続けることなんて俺にはできるのか、そもそも辞めることなんかできるのか。
 今回の失敗に、あの恐ろしいベルニカ姫はどんな裁きを下すのか。考えれば考えるほど俺は気持ちがなえまくった。自分を元気づけるために、俺はジンのことを思い浮かべた。

「ジンさんの戦っている姿、かっこよかったよなあ。」

 ジンの強さは本当に別格で、相手が複数だろうと大きかろうと関係なかった。ジンが戦う姿はまるで映画か漫画を見ているようで、戦っているというよりも舞っていると表現する方が正しいかもしれない。

 ジンのことを思っていたら、自然と俺はあの宿屋での夜のことまで思いだしてしまった。なんだかいてもたってもいられなくなり、俺は湯舟の中でざばりと立ち上がった。そうだ、俺はジンといっしょにベルニカ姫に謝るべきだ。

「のんきに風呂に入っている場合じゃない!」

 俺はジンのもとへ駆けつけるために慌てて浴場を出ようとした。そして気がついた。大浴場には俺しかいないと思っていたのだが。

 湯煙の中に、俺を見つめる誰かの瞳が見えたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...