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第16話 俺は2度死ぬ? の俺

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 カサブランカの街、真夜中。


 大通りの脇には松明のような灯が等間隔で設置されていたが、裏通りは暗くてまるで墨汁の中を泳いでいるようだった。

 俺は夜目がほとんどきかなくて、まとわりつく闇がうす気味悪くて仕方がなかったが、俺の前を歩く人物は行く先が見えているのか早足で俺にかまわずどんどん進むのだった。

「ねえ、待ってよジンさん。はやすぎるよ。ジンさんてば。」

「シッ! 大きな声を出すな。極秘任務中だぞ。」

 ジンは俺を叱ると、手近な建物のかげに身をひそめた。慌てて俺もついていき、ジンの隣で息を押し殺した。俺は慣れない覆面を被っているから息がしにくくて困ったが、ジンは覆面をしていてもなぜかかっこよかった。

 この異世界の夜は月あかりもなくて、天には弱々しい星の輝きはいくつか見えたが、俺の視界のたしにはならなかった。気がつくと俺の体はガタガタと震えていて、おさえようとすればするほど震えはとまらなくなった。

「どうした、コロ。こわいか?」

「ちっともって言いたいけど…。」

 
 ジンが言った、人死にが出るという言葉に俺はひどくおびえていた。元の世界では俺はケンカすらしたことがないし、ましてや身近で殺人なんて、テレビのニュースで見るくらいしかなかったからだ。俺は、こんな野蛮な異世界に来たことをふたたび後悔していた。


 そもそも俺たちは今、どこに向かっていてなにをしようとしているのか?

 それを説明するには、この異世界の歴史にもふれなければならない。すべてジンの受け売りだが。


 今は平和そうに見えるこの異世界だが、そう遠くない昔には大きな戦争があって大変だったらしい。
 いったいなにが発端だったのかはもうわからないというが、世界は人間を中心としたヒューマノイド勢力の同盟国と、姿形は人によく似ている魔族にモンスターが加わった連合国にわかれて長い間、戦いにあけくれていたそうだ。

 結局、お互いにはげしく疲弊しただけで決着はつかず、継戦能力を失った双方から厭戦派の代表が現れて交渉し、今後はお互いに一切干渉しないという盟約をかわして戦いは終わったと言われている。

 ところが最近になり、大陸のあちこちでなぜかふたたび両勢力の小競り合いが頻繁に起きるようになってきたらしい。そして、人間の国々の王侯貴族いわゆる指導者層の中で、積極的に魔族との戦争を再開しようと主張する「主戦派」と、全面戦争を避けようとする「反戦派」が激しく対立するようになっているそうだ。

 俺たちがいるこの王国も例外ではなく、貴族は主戦派と反戦派がそれぞれ味方を増やそうと躍起になっているらしい。
 主戦派の代表はベルニカ姫の父、つまり大貴族グラジオラス家の当主だ。対する反戦派のリーダーは…。


「ねえ、ジンさん。やっぱりやめようよ。こんな任務なんて。」

「今のは悪質な冗談ととらえておくぞ。」


 ジンは、俺のことばにまったく耳をかす雰囲気はなかった。自分と意見が異なる人たちに暴力をふるうなんて、ましてや命を奪うなど、俺にはさっぱり理解ができなかった。

「まさか殺したりしないよね?」

「それは場合によりけりだな。」

 物騒なことを言いながら、ジンは微笑を浮かべて更に俺を不安にさせた。俺は深いため息をつくしかなかった。 


 俺たちは、あのサブなんとかさんの言っていた主戦派の秘密集会を襲撃せよ、とベルニカ姫に命じられたのだった。それ以外に具体的な指示はなかったのだが要するに、ほどほどに痛めつけてこいということらしかった。

 貴族同士の争いとはもっと優雅なものと思っていたが、どうやらギャング同士の抗争とたいしてかわらないように俺には思えた。

 そんなことを考えて、いつまでも震えている俺の手を、ジンは手袋を外してそっと握ってきた。そのか細いジンの手は、これから蛮行をはたらくようにはぜんぜん見えなかった。

「ジンさん…。」

「どうだ、こわくなくなったか?」

 不思議と俺の手の震えはとまり、なんとかなるんじゃないかと俺は思った。

「あ、ありがとう…ございます。」

「いつまでも貴様は他人行儀なやつだな。そうだ、コロ。もしこの任務がうまくいったら、褒美をやろう。」

「え?」

「いくぞ!」


 褒美ってなんだろう?


 俺は首を傾げながらジンのあとを追った。建物の黒い輪郭が見えて、かすかに人の話し声が聞こえたような気がした。ジンはそっと様子をうかがい、俺に小さく頷いてから路地に沿って建物に近づいていった。薄汚れた石造りの建物の入口には扉があり、松明がかかげられていて、長い棒を持ったでかい男がヒマそうに立っていた。
 もの陰から飛び出したジンは、あっという間に男を昏倒させると壁によりかけさせた。

「まさか、殺しちゃったの?」

「ちがう。いくぞ。」

 扉の向こうはすぐに地下におりる階段になっていた。松明のおかげで俺にも奥が見えはするが、薄暗くて気味が悪かった。

「ジンさん。あの人、あのままでいいの?」

「どうせすぐにバレる。さっさと終わらせて帰るぞ。ここからは名を呼ぶなよ。」

 ジンにとってはこれは簡単な任務みたいだった。俺はジンのマントの裾をつかみ、うしろから階段をこわごわ降りた。すぐにまたドアに行き着いて、扉ごしに話し声がまる聞こえだった。

「…つまり諸君! 反戦派の主張は児戯にひとしいのだ! 我々主戦派は…」

「もう聞き飽きたぞ! 酒をもってこい!」

 部屋の中は貴族のあつまりのはずだが、なんだかあまり品がよくなさそうだった。ジンは俺に頷くと、ひと蹴りでドアをぶち破った。ふみこむと、中は意外と広いが薄暗くて、なにかよからぬものを吸っていたみたいなくさい淀んだ空気だった。

 その場は一瞬しずまりかえったが、俺たちが来た意味をようやく悟ったのか、部屋の中の人たちは荒々しく椅子から立ち上がった。防御のためにテーブルを蹴倒したり、短剣を抜く人やボウガンみたいなものを構えたりする人が見えた。

 と思ったら、俺めがけてまっすぐに矢が何本か飛んできた。


 えっ?
 また俺は死ぬのか?
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