15 / 18

第15話 ファーストミッションの俺

しおりを挟む
 この大貴族の屋敷で過ごしているうちに、俺には少しずつ色々なことがわかってきた。

 俺とジンが滞在しているこの屋敷は、ここカサブランカの街の中心部にあった。ベルニカ姫はほとんど外出せずに屋敷内にいて、他に家族がいるらしいが姿をみかけることはなかった。その代わり、俺たち以外にも使用人が数えきれないほどいて、ウスターさんがそれらを仕切っているようだった。

 屋敷の広大な敷地は全容がわからないくらいで、俺たちがいる本館以外にも大小さまざまな棟がたち並んでいた。散策してみたいが、たぶん迷子になるのでやめた。それに、俺たちには重要な任務があった。そう、ベルニカ姫を敵から守るという重要な任務が。

 そう言えば、敵って誰なのだろうか?



「ねえ、ジンさん。」

「…。」

「ジンさんてば。」

「うるさい。話しかけるな。仕事中だ。」


 朝食のあと、ジンはなぜか急に不機嫌になって、完全に仕事モードになっていた。俺はただでさえ初仕事で戸惑うことばかりだし、ジンの意地悪が恨めしかった。すっかりしょげている俺を見かねたのか、ジンがスッとさりげなく俺のそばに寄ってきた。

「ジンさん?」

「コロはまわりをよく見ておけ。それだけで十分だ。」

「わかりました。」

「あと…。」

 ジンは少し言うのをためらうような様子をみせてから、かがみこんで俺の耳に赤い唇をギリまでよせてきた。

「ベルニカ姫には必要以上に近づくな。特に、いっしょに風呂にはいるなど論外だ。わかったか?」

 俺は首をはげしく縦に振ってよくわかったことをアピールした。ジンはうすく笑みを浮かべると俺から離れていった。

 とっくにバレてたんだ! 

 冷や汗を感じながら、後で必ず言い訳しようと俺は心に決めた。

 そういえば、ジンは風呂はどうしているのだろう。俺はぼんやりとそんなことを考えて、すぐに慌てて首をふった。ジンがなぜ性別を隠しているのか、俺には謎だったがたとえ理由を聞いても教えてくれなさそうだし、もし聞いたとしたら、ジンは俺から離れていってしまうような気がした。


 ためいきをついてから俺はまわりを改めて見まわした。ここは広大な敷地内にある庭園の一角で、丁寧に管理された植栽や芝生が青々と広がっていた。そこに高そうな敷物をしいて座っているのはベルニカ姫と、今日の客人だった。たしか、その客は姫の幼なじみの親友とかで、かなり親しい様子だった。

 姿が見える護衛は俺とジンだけだったが、草木のかげや茂みの中に人の気配がするとジンは言っていた。俺はなるべく目立たないようにしながら、ベルニカ姫と客の会話に興味津々で聞き耳をたてていた。貴族のお姫さまたちはいったいどんな会話をするのだろう。

「…でね、あの野郎、ぶっ殺してやりたかったんだけどさ、兄貴がとめにはいってきたもんだから余計にややこしくなっちゃってさ…」

「そうだったのですね。で、結局、ぶっ殺したのですか?」

「うん、それなんだけどさ…」

 俺は会話の内容を聞いて後悔し、さりげなく向こうに立っているジンを見ると、退屈そうにあくびをしていた。本当にあの人たちは貴族のお嬢さまなのだろうか。

「…でね、ゴウモンしたら主戦派のやつらが街で秘密集会をやるって吐いたの。どう? やっちゃう?」

「そうですねえ。」

 意味がよくわからないが、なんだか物騒な話みたいだった。ベルニカ姫はあごにかるく手をあてて考えている様子で、そのお友だちは待つあいだにキョロキョロとあたりをみまわし、不運なことに俺と目があってしまった。

「ねえ! そこのあんた、そんなとこにつったてないで、こっちにくれば?」

「ええっ? いや、あの、その、ぼ、僕はただの護衛ですから。」

「んじゃ、こっちにきてあたしを守ってよ。」


 ベルニカ姫の幼なじみというその人は姫よりかなり歳下っぽいが、姫と互角ではりあえるくらい可愛いかった。しかし口調やそぶりはガラがわるそうで、どうやら俺は目をつけられてしまったらしい。俺はジンに目で助けを乞うたが、無視された。

「すみません、仕事中ですから。」

「いいから! こっちに来なさいよ!」

 俺が視線を向けるとベルニカ姫がかるくうなずいたので、俺はしぶしぶふたりに近づいた。かわいいけどガラのわるそうな人は、敷物をバンバンと手でたたいた。

「ほら。あたしの横に座れって! 遠慮すんなよ。」

「はあ。」

「あんた、名前は? どこから来たの?」

 そばで見れば見るほどその人は本当にかわいらしくて、かなり小柄で、ツヤツヤに輝く栗色のツインテールで、粗暴な口調とのギャップが激しかった。

「僕はコロです。遠くから来ました。」

「ふうん、変なの。ねえベルニカ。こいつ、使えんの?」

「ふふ。サブレナはどう思いますか?」

 ベルニカ姫はにっこり笑ってティーカップをかたむけた。サブなんとかさんは俺をジロジロと品定めするように無遠慮に見てきた。

「ふん。ま、あっちに立ってるスカした奴のほうが腕はたちそうね。ねえベルニカ、こいつ、あたしがもらっていい?」

「はあ?」

 思わず叫んだ俺はツインテールに睨みつけられて、蛙になった気分だった。会話を聞いているに違いないジンはそしらぬ顔だった。救いの神はベルニカ姫だった。

「だめです。いくらサブレナの頼みでも。」

「ベルニカのケチ! まさかあんたたち、そーゆー関係?」

 俺は首をふり激しく否定した。この異世界では、貴族の機嫌を損ねたらいつ首をはねられてもおかしくないのではないだろうかと俺は思った。ベルニカ姫はニコニコしながらお茶を飲むばかりで、肯定も否定もしなかったが、ティーカップを置くと立ちあがった。

「そんなことより、ジンさんにコロさん。新しい任務をあたえます。詳細はウスターにお聞きなさい。」

「はあ?」

 俺はさっきからはあとしか言ってないような気がした。質問しようとした俺を、ジンがさえぎった。

「貴族王族には質問するな。だまって従え。」

「はあ。」

「ふふ。ジンとやら、あなたはいろいろとよくわかっているようですね。」

 ベルニカ姫とサブレナさんはクスクス笑い、普通ならほほえましい光景だが、俺は怖気しか感じなかった。任務って、姫を護衛する以外にいったいなにがあるのだろう?

 

「ねえ、ジンさん。任務って…」

 無言で俺の先をコツコツあるくジンに、俺は説明をもとめようとした。ふりむいたジンは、冷ややかな目で俺をみおろしてきた。

「コロ。貴様は、ここで働くということがどういうことなのか、まだよくわかっていないようだな。」

「そう言われましても。」

 元々、むりやりジンにひっぱりこまれたんじゃないか、と俺はゴニョゴニョくちごもったが、ジンは無視してとんでもないことを口にした。

「この任務は人死にがでるぞ。覚悟しておけ、コロ。」

「ええっ!? それって、殺人ってことですか?」


 ジンは肩をすくめるだけで、今さらお前はなにを言ってるんだ、とでも言いたげだった。


 こうして俺たちは、貴族同士の危険な争い事に否応なしにまきこまれていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...