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第19話 偉大なる魔法使いカザベラ

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「カザベラさん?」

「えっ? あ、ああ、市場の代金とりたてじゃないのか。失礼したね、狭いけどあがっとくれ。」

 カザベラは態度を豹変させて中にふたりを招き入れた。
 部屋は確かにせまく、四方の棚は薬瓶や本であふれていた。

「いま、お茶を淹れるから。」

 なんともいえない香りが漂ってきて、マリーンとヨウは腰をおろしながら顔をしかめた。
 
「で、その自警団さまがあたいになんの用だい?」

 湯呑みを置きながらカザベラも座り、肘をついてヨウをうっとりと見つめ始めた。

(わかりやすい人だなあ。)

 ヨウはカザベラの熱い視線に気づかないのか、まわりを珍しげに見まわしながら湯呑みに手を伸ばした。

「カザベラさん。お聞きしたいことがあるの。」

「偉大なる魔法使いカザベラな。」

「偉大なる魔法使いカザベラさん、あなたの異世界研究について聞きたいんだけど。」

「あたいの本を読んだのかい。」

 マリーンはカザベラの本を出した。

「図書館でこれを見つけたの。教えてほしい。異世界って、本当にあるの? あるとしたら、行くことはできるの?」

「なんで知りたいんだい?」

「それは…。」

 マリーンはヨウをチラリと見た。

「捜査上の秘密なの。」

「なんだいそりゃ。」

「意外とおいしいね。」

 ヨウは湯呑みのよくわからない液体を無警戒に飲んでいた。カザベラはその様子をニヤニヤしながら見ていた。

「ま、いいだろ。教えてやるよ。理論的には異世界は存在するし、行くことも可能だ。でも生物、特に人間の転移には膨大な魔力が必要だね。」

「そうなんだ! 具体的にはどうすればいいの?」

「そうだね。まあ最低でも腕利きの魔法使いが100人くらいと、膨大な魔力を制御するための大がかりな儀式と、何日間かの呪文の詠唱が必要だね。」

 マリーンは費用や手間を考えてめまいがした。

「カザベラさんは偉大なる魔法使いなんでしょ? なんとかならないの?」

「いくらあたいでも無理だね。それができるとしたら、あのいまいましい魔女商会くらいさね。」

「魔女商会かあ。」

 マリーンはため息をつくしかなかった。頼むどころか、ヨウは魔女商会に狙われている身だったからだ。

「そういえば、カザベラさんは魔女商会員じゃないの?」

「ちがうね。あたいはフリーだよ。」

「なんで?」

「あいつが大嫌いだからさ! 魔女商会長フロインドラ・ニラクエナのやつ、あたいの同期なんだ。小さい時からあいつばっかりチヤホヤされてね。あたいの方が実力も顔もスタイルもはるかに上なのにさ!」

 興奮しだしたカザベラにひきながら、マリーンは湯呑みを口にした。

「うわッ、まずッ!!」

「だから、あいつがここに頭を下げに来た時はせいせいしたね。」

「え? 誰がって?」

 口をハンカチで拭きながらマリーンが質問すると、カザベラは得意げに胸を張った。

「来たんだよ、フロインドラのやつがここにね。さんざん蔑んでいたあたいにペコペコと頭を下げてさ。見ものだったよ。」

「あのフロインドラさんが!? なんで!?」

「異世界の事であたいにどうしても協力してほしいことがあるってさ。なんでもこの街に重大な危機とやらが目前に迫ってるとかって言ってね。報酬もはずむってさ。」

「危機?」
 
 マリーンの疑問に構わず、カザベラは熱を帯びた目つきになった。

「あたいもようやくこんな貧乏暮らしとはおさらばさ。大金を稼いで、研究所を作って、素敵な恋人を見つけて豪邸で暮らすのさ。」

「そ、そうなんだ。」

「というわけであたいは忙しくなるし、あんたはさっさと帰ってくれるかい? あ、そっちのは置いていっていいよ。」

 カザベラはヨウを指差して妖しい笑みを浮かべた。

「そろそろ効いてくるはずなんだけどね。」

「え?」

 ヨウはうつろな目をしていたが、いきなり上着を脱ごうとし始めた。

「ち、ちょっと!? ヨウさん、なにをしてるの!?」

「ここ、暑い。いや、僕の体の中が熱いのかな…。」

 マリーンはカザベラをにらみつけた。

「なにを飲ませたの!?」

 カザベラは帽子を脱ぐと、恥ずかしそうにつばで顔を隠した。

「だってさあ、あまりにもタイプだからつい盛っちまったよ。なんならあんたもいっしょに…いいだろ?」

「よくない!! ヨウさん、早く服を着て! 帰ろ!」

 カザベラは立ち上がるとドアの前に立ち塞がった。

「帰さないよ。だいたい、ずるいんだよ、あんたみたいなのばっかりが良い思いをするのかい。」

「あたしみたいなのって?」

「自分が正義だ、みたいな顔をしているあんたのような連中だよ! あたいが毎日毎日、どんな生活をしているかわかるかい?」

「そ、それは…。」

 マリーンは言葉に詰まり、改めて狭くて汚れた部屋を見回した。

「自分が街を守ってるみたいな顔をしてさ。あたいたちの生活も守れってんだよ! 潤ってんのは商会の連中ばっかりじゃないか!」

「あ、あたし…そこまでは…考えたことがなかった…。」

 マリーンは返答に窮して口ごもった。カザベラはたたみかけた。

「自警団が守ってんのは街の人々じゃなくって、商会の金もうけだろってんだ!」

 マリーンは何も言い返せず、悲しげな表情でカザベラを見つめた。
 カザベラはハッと気まずそうな表情になった。

「いいよもう、なんだか気分じゃなくなったね。そいつを連れて出て行きな。」

 マリーンはヨウをひっぱり、ドアから退散した。
 背後からカザベラの声がした。

「しばらく放っておけば治るから安心しな!」



「はあ。無駄足だったかあ。」

 公園のベンチでアイスを食べながら、マリーンは深く嘆息した。隣ではヨウがガリガリとアイスキャンディーをかじっていた。

「ヨウさん、体は冷えた?」

 マリーンが恥ずかしそうに聞くと、ヨウは首をふった。

「ぜんぜん。むしろひどくなってきたかも。」

「もう1本、買ってくるね。」

「いいよ、もう。」

 ヨウはアイスキャンディーの棒をゴミ箱に放り投げた。

「それよりさ、マリーンさん。さっき言われたこと、あまり気にしないほうがいいと思うよ。」

「あ、ありがとう。」

「顔怪盗もつかまえたし、マリーンさんは街の人のことも考えてるよ。」

「うん。でもあたし、カザベラさんに言い返せなかった。たしかに今まで、忙しさを言い訳にして目の前の事しか考えてなかった。」

「実際、忙しいんだし仕方ないじゃん。」

「あたし、もっと勉強しないと。街のことも、世界のことも。」

 マリーンはアイスを食べ終えて立ち上がった。

「今日は帰ろ。また明日から調べ直そうよ。」

「うん…。」

「なに? そのやる気のなさは?」

 ヨウはノロノロと立ち上がった。

「そんなに頑張らなくていいよ。」

「あきれた! ヨウさん、友達や仲間に会いたくないの? あなたを待ってる人はいないの?」

 ヨウは答えず、公園の出口と反対の方向へ歩き始めた。

「ちょっと! どこへ行くの?」

「素敵な公園だから散策するよ。体の火照りも冷ましたいしね。」

「ま、待って!」

 マリーンはヨウを追いかけて並んで歩き始めた。公園はかなり広く、奥へ行くほど木々が増えて森林のようになってきた。

「ヨウさん、あまり奥までは行かないほうがいいよ。」

「なんで? こんなに気持いいのに?」

「公園の奥の方は人気がなくて物騒な連中の溜まり場になっているの。」

 ヨウは立ちどまり、マリーンの方を向いた。

「確かに人がぜんぜんいないね。」

「もう帰ろ? ヨウさん。」

 マリーンはそわそわしたが、ヨウは落ち着いた態度で静かにマリーンを見つめていた。

「マリーンさん、さっきの話だけど。いないんだ、僕には。待っている人なんて。」

「えっ?」

「それどころか友だちさえもいなかった。」

 マリーンはヨウのいつもと違う様子に驚き、近づいて腕に触れた。

「ヨウさん、急にどうしたの?」

「むしろ僕はこっちに来てからの方が楽しいんだ。マチルダちゃんとか友達もできたし。マリーンさんとも知り合えたし。」

「ヨウさん…。」

 心配そうなマリーンの様子に、ヨウは慌てて笑顔を作った。

「あはっ、変なことを言っちゃったね、気にしないで。」

 ヨウはじっとマリーンを見つめていた。思わずマリーンはヨウの視線に吸い込まれそうになった。

(改めて見ると本当にヨウさんの目は綺麗…。やだ、あまり見つめられたら、まずいかも。)

 ヨウはじっと何かに耐えている様子だったが、いきなりマリーンの方に一歩ふみだすと腕をつかんだ。

「ヨウさん!? なにをするの!?」

「マリーンさん、ごめん! さっき盛られた薬、やっぱりぜんぜんひかないんだ!」

「はやく言ってよ!」

「言ってたよ、さっきから!」

 マリーンはヨウの手をふりほどこうてして護身術をくりだした。

「えいっ!」

「うわあッ!?」

 ヨウは草地に頭からつっこんで倒れてしまった。

「あっ! ごめんなさい! 力をいれすぎた。」

「ひどい。そんなにいやがらなくても。」

 マリーンは謝ろうとヨウにかけよったが、ヨウはマリーンを押すと、公園林の奥に走っていってしまった。

「あ! 待って!」



 ひとりになったヨウが木の幹にもたれていると、誰かがヨウの目を手のひらでふさいだ。

「だ、誰?」

「誰でしょう~?」

 焦るヨウを見てクスクス笑いながら、アズキは手を離した。

「君はたしか…アズキさん?」

「覚えていてくれたんだ。居酒屋で一度会ったよね。」

 アズキはヨウのすぐ隣に密着して座り、またクスクスと笑った。

「あんたも大胆ね。マリーンさんに手を出して投げ飛ばされるなんてね。」

「み、見ていたんだ。」

「あたしなら、大歓迎だけど?」

 アズキがヨウにさらにピッタリと身を寄せると、良い香りがしてヨウは頭がクラクラしてきた。
 必死で衝動を抑えようとしたヨウだったが、どうやらそれも限界を迎えそうだった。
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