無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

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第4章 騎士道を学べ

第33話 一日一善

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 甘く香ばしい匂いが釜から漂うと、約束通りに青年と責任者の元へ歩み寄る。
汚れた調理具の山々が、大量の料理を作り上げた証でもあった。

「お疲れのところ、申し訳ございません。
焼き上がりましたので、釜から鉄板を出してくれませんか?」

数え切れない調理を終えて、グッタリ椅子に座っていた中年の男性に声をかけていた。
お兄様と呼んでいた新人は、プリムローズを気にしながら後片付けをしていた。

「勿論をでございます。片付けしている、そこの君!
ご令嬢を手伝ってあげなさい」

「はい、畏まりました」

「おっ、よろしく頼む」

どっしり腰を下ろした男は、相変わらず指示だけだす。
しかし、先ほどの頼み方より改善されている。
敏感に感じ取って、新人が返事する表情はほころんだ。
二人の心境が、これを切っ掛けで変わりつつあるのだろうか。

『3年が長いと言っていたが、彼はどのくらい働いているのかしら?』

作業台に置いてくれている彼に、お礼を言うついでに訊ねてみる。

「はぁ~、働き出して3ヶ月になります」

働いた期間を知ると、ちょうど倦怠期の入口に足を踏み入れるところだと頭を上下した。

「なるほどね。
1ヶ月は、仕事に慣れようとして余裕がない。
3ヶ月になれば、やっと周りが見られるようになります」

「君の話で合点がいった。
新人の自分だけ、なんか当たりが強かった。
俺だけ言われる度、不公平だと思っていたんだ」

記憶を振り返って、なにやら気づく点があるのか考えている。
顔つきからプリムローズは、仕事を辞めてしまおうかと思っているのだろうか。
自分を見つめる珍しい色の瞳は、不安そうに揺れ動いて見えた。

「そんな目をしないでくれ。
俺は簡単に辞めない。
ここで腕を磨いて、都で店を持つ夢があるんだ」

分厚い手袋を着けて、釜を開ける。
彼の背後に立っていても、この熱気が身体に伝ってきた。
同時に甘い匂いを嗅ぐと、不思議と気持ちが明るくなる。
濡れた布の上に置くと、ジューって音がして湯気が立ちのぼった。

「お店を持つのが夢。
あの人のように、偉くはなりたくないのですか?」

「あの男と俺を、同じにしないでくれよ。
この職場、食事つきで住み込みなんだ。
田舎に仕送りしても、多少は貯金できるからな」

毎日、大勢の学食を時間内に作らなくてはならない。
一人で店を開く時、これは時間配分に役立つ。
ゆくゆくは自信がついたらここを去るつもりだと、プリムローズだけに本音を漏らす。

「キレイに焼けているな。
手際よく作っていたが、お菓子作りが趣味か」

「ええ、まぁ。
趣味と実益を兼ねて、レシピを考えるのが好きですわ」

軽々と鉄板を全部取り出しては、旨そうに出来ていると褒めてくれる。

「遠慮は要らないぜ。
できる事なら、なんでも言ってくれて構わない」

「では、鉄板を洗い拭き終えたら返却してくれませんか?
どこに片づけたらいいか、戻す場所が分からないの」

置いとけば、自分が片づけると約束してくれる。
これで、ノルマ達成だと変なことを言って喜んでいた。 

ノルマって意味が分からず、そうですかと相手に合わした。

「【一日一善|《いちにちいちぜん》】が、亡くなった爺ちゃんの座右の銘だった。
その志を、俺が引き継いでいるところだ」

人を見かけで判断してはいけないと言うけど、一日一悪の方が似合いそうだと聞いていた。

「貴方のお祖父様は、大勢から敬愛された方でしたのね」

「ああ、自慢の爺さんだった。
葬儀には、村の皆が別れに来てくれたもんさ。
爺さんの【一日一善】が、実を結んだ結果だ。
亡くし失ってから、この意味を教えてくれた」

これからは俺が、毎日少なくとも一つ良い行いをする。
小さな親切や人助け、自分や他人にとって有益な行動を目指した。

「私を助けてくれた。
これも立派な一膳になります。
しかし、毎日は大変でしょう」

「大変ってもんじゃない。
基準を緩くしないと、なかなか続かない。
やり始めた時、善意の押し売りで逆に相手に迷惑をかけてしまった。
お前のは自己満足だと、親父にこってり叱られたよ」

「クスッ、私なら3日で挫折しちゃう。 
これをしているお兄様は、尊敬に値します」

ジャンヌ様に危害を与える私は、この逆の行いをこれからするんだ。
こう考えると、どんどん気分が沈む。

「友人の心を傷つけないために、身体を痛めなくてはならないなら。
貴方からどうします?」

「おいおい、なに言っているんだ。
迷っている時点で、答えは決まっているんじゃないか。 
したくないんだよ!」

「………、その通りだわ。
本当は気づいていて、気づかなかったんだ」

ニルスと同じ意見を言われ、プリムローズはジャンヌに腹下しクッキーを食べさせるのを止めにした。

「あのさ、お嬢さん。
結局、人をどうこうすることはできないよ。
その友人が傷ついたら、寄り添ってあげればいいだけ。
まぁこれも、爺さんの受け入れだけどな」

「貴方は、私にたくさんの善意をしてくれた。
気づかせてくれてありがとう」

彼の穏やかな笑みと声は、祖父を思い出しているのだろうか。
そう感じると、エテルネルにいる祖父グレゴリーの姿が胸中に浮かんだ。
聞き入っていたプリムローズをほっといて、出来上がったばかりの菓子類を皿へ盛り付けてくれる。
終えると何やら一言かけて、仲間のところへ戻ってしまった。

『この数日、私はなにやっているんだろう』

今日会ったばかりの他人に、この私が諭されて恥ずかしい。
気づいたら重たい鉄板が洗ってあり、残りはボールや軽い器具だけだった。

「腹下しが入っている物と、分かるように区別しないとね。
真ん中にイチゴのジャムのハート型クッキー」

プリムローズ手製のお菓子は、お店に出せるくらいの出来映えをしていた。
薬なしのクッキーは、チョコ味と無難なプレーン味。
他にも、カップケーキとマドレーヌもある。

ハートのクッキーは、ジャンヌ様の恋愛成就じょうじゅを願って作った。
ロッタ先輩にこう言えば、空気読んで遠慮してくれる。

「作戦は完璧だった。
苦労して用意したけれど、きっぱりと諦めましょう」

薬入りは後で捨てようと、ハート型だけを別の皿に移す。
 
ジャンヌ様の好きになった人は、国民を守る正義の人。
しかし、裏の顔は悪事に手を貸す犯罪者だった。

よくある陳腐な小説みたいだと、プリムローズは感傷的になる。
ボンヤリし肘をつき、座って一休みしていた。
そんなところに、様子を見にジャンヌが見にやって来た。

「ごきげんよう、プリムローズ嬢。
作り終えてしまったようね」

「ジャ、ジャンヌ様!!
どうされたんですか?」

突然現れたお茶会の主役に、後ろめたさから動揺を隠せない。

「どうしているかと気になって来たの。
せめて、後始末あとしまつの片付けを手伝います」

調理場にジャンヌ様が顔を出して、私にこう言ってきてくれた。
使い終わった道具をかたしすと、甘いこうばしい匂いが漂ってくる。

「子供の頃、母によく焼いてもらったの。
この焼きあがった匂いが、とくに好きだった。
早く食べたくって、待っていたのを思い出すわ」

「……、ジャンヌ様のお母様は、きっとお優しい方でしょうね」

親密そうな親子関係に自分と比べて、落ち込むが今は前より母とは素直に感情を出したり手紙をかけるようになってきていた。

「うちの母親は普通よ。
プリムローズ様を見ていると、お母上は素晴らしい淑女だと思うわ。
もしかしたら、御一緒にお菓子作りされたのかしら?!」

人形のように目鼻立ちの整った顔を見て、ジャンヌは心から思ったことを口にした。

「私はー。
祖母似ですから、髪も瞳の色も違います。
母は自分磨きばかりで、調理場すら行ったことございません」

「公爵夫人なら、そんなものじゃない。
貴族と名ばかりで男爵家は、平民に近い暮らしをしております」

母親の話から、態度が急に変わったようだ。
気配を察したジャンヌは、素知らぬ顔して言葉をにごす。

「それより、ロッタ先輩。
あれからどうしたかなぁ?
授業中に居眠いねむりして、放課後呼び出されてちゃったんですよね」

「食後は眠くなりやすいけど、あそこまで寝入っちゃったらね」

「先生が何度も名前呼んで、体を揺すっても起きませんでしたもの」

「ああ、心配だわ。
近衛このえになれても、居眠りでもしたら怒られるだけで済まない」

「私からロッタ先輩の事を、内緒で王妃様に話してみます。
体質で病気だからと言えば、すこしは大目に見て貰えますわ」

いくら他国の公爵令嬢でも、王妃に気安く頼めるのはあり得ない。
王太子を救って助けただけでなく、特別扱いされている仲なんだろう。
本来なら、自分と気安く話せる人物ではない。

彼女からは、そんな身分の壁は見えなかった。
調理場の活気ある場所の中で、和やかに時を過ごし友情を確かめ合う二人。

悪事を思い留まると成長をみせていたプリムローズに、突発的な事故が起こってしまうのだった。
 
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