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第5章 栄光を目指せ
第2話 言わぬが花
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熱々のスープの湯気が立ちのぼり、その隣では焦げた肉汁の香ばしさ。
取れたての磯の香りがする新鮮な魚。
多種類多様な焼きたてのパン。
南国特有の鮮やかな果物。
最後の終わりは、甘い誘惑で誘ってくるデザート。
午後の授業へ向けて、若者たちの栄養をとる大切な時間。
気の許せる友人たちと、食事を楽しんでいた。
一部の席を除いては……。
学生たちから人目を引く令嬢たちは、小さく切り分けて上品に口の中へ運ぶ。
しかし、一人だけ動作が止まった者がいた。
スープを掬っていたが、やがてスプーンを皿の脇に置く。
これに気付いた3人の令嬢たちは、どうかしたのかとその人を凝視する。
「……は、被害者なのです」
前触れもなく話されて、聞かされた彼女たちは喉を詰まらせそうになった。
慌てて水を飲み込んだり、咳き込み苦しむ。
プリムローズだけが聞いてなかったのか、皿の上で転がる丸いジャガイモに集中していた。
「婚姻相手を探しに行くように、両親から命じられたのですわ」
今だとフォークで刺そうとした瞬間、新たな発言に手元が狂う。
フォークが空を切り、皿から落ちそうになるのを阻止した。
「あ~、危なかった。
フレデリカ様の考えすぎじゃない。
直接、ご家族の誰かに尋ねたの?」
力の抜けた間延びした声と、沈んだ空気が漂い対照的だった。
プリムローズを睨むように力強く見ては、唇を固く閉じて返さない。
周りの空気に無頓着なプリムローズを忘れて、赤毛の侯爵令嬢が流れを変えようと試みる。
「フレデリカ様のせいではありません。
将軍の家に嫁ぐのは、普通の家に輿入れするのとは違います。
ですから、あえて避ける令嬢もおられますよ」
「矛盾したことを仰らないでください。
将軍を拝命している嫡男の婚約者ではありませんか」
揚げ足をとられたライラは、地毛の色より頬を赤く染めてゆく。
自分の愚痴話で、友人たちの間が悪くなりそうにみえた。
「ライラ様、気遣いは結構よ。
評判の悪い私では、義理でも家族になりたくないと思います」
「でも、フレデリカ様……」
やっと全容を理解できたプリムローズは、胸に矢が突き刺さる痛みを感じた。
「いい歳なのにー。
婚約者ができない。
評判の悪い妹が、原因で…」
兄ブライアンは、まだ婚約者がいない。
昔は、性格の悪い姉リリアンヌが原因だった。
姉はクラレンス家から離れている。
だとしたら……。
『何故、兄に婚約者がいないの?
まさか、私のせい!?
エテルネル貴族の令嬢たちに、私が疎んじられているから…』
自虐的に傷つくフレデリカと、自分は同じだった。
胸に大きな石でも置かれて、圧迫して押し潰される感覚で息苦しい。
険悪な雰囲気の時、毅然とした声で庇う人物が現れた。
「兄上様の婚姻に関して、妹でも責任を感じることはありません。
好き合った者同士、どんな弊害でも乗り越えられるはずです」
「そう言われますが……。
この国では誰一人、婚約したい方が現れなかったのですよ」
自分のせいだと自虐的なフレデリカに、ジャンヌは良識的な理由で論破した。
だがここで、ロッタの疑念がますます拗らせる。
「そっか、わかった。
令嬢たちを引き寄せる男性の魅力を、残念ながら持ち合わせがなかったのでは!?」
「な、なに言っているのよ!
ロッタ、チューダー侯爵令嬢に謝罪しなさい」
「いいのよ、ジャンヌ様。
こぞって好むような容姿ではないわ。
でもね。
兄は強くて優しいのよ」
家族の贔屓目からしても、見た目は期待できないみたいだ。
性格はそれを補うくらいに、どうやら素晴らしいのだろう。
プリムローズは無意識に、自分の兄ブライアンとくらべてしまう。
「わぁ、たぁしい~の!
ゴホン、私のお兄様はー。
私ほどではないけど、お顔は整っております」
「プリムローズ様の兄上様?」
「ええ、私の兄も婚約者がいないのです」
兄自慢しているようで、自分自慢になっている。
周辺の学生たちは、公爵令嬢の物言いをちょっと可愛らしく感じるのだった。
「プリムローズ嬢の兄上様も、ご婚約者がおられませんのね」
怖いもの知らずの子爵令嬢は、またも余計な一言が飛び出す。
「いまの聞いたよね。
侯爵より、高い公爵の令息がいないんだ。
結局、本人が決めることだよ」
婚約者がまだいない男子学生たちは、無神経なロッタへ内心は文句を言いたかった。
『独り者は惨めだ!』
『努力しても、女ができないんだよ』
『醜男で!すまないね』
運命の出会いがない者たちは、心で愚痴るしかない状態。
「家族の恥を話してまで、私を慰めてくださっているのね」
セント・ジョン学園で三大悪女の一人と呼ばれていた、フレデリカ。
そんな彼女は、本来は兄想いの優しい令嬢だった。
噂で悪評だけを耳にした学生たちは、これは誰かが大袈裟に作りあげたのでないかと疑る。
「べつに、慰めていません」
いつまでも繰り返す会話に、男勝りな気性のロッタが吠えた。
「おいおい、君たちは悲劇の主役にでもなったつもりか。
花びら舞っている頭の中を、殺風景な草原にして考えてみろ」
「ロッタ先輩は、火山が噴火して熱々なっているのではございませんこと?」
「私たちにも婚約者がいないんだよ。
女性は、若ければ若いほどいいと言われているんだぞ」
兄たちの心配している余裕がないと、自分の恥を晒してまで現実を突きつけた。
「なにも馬鹿正直に言わなくてもー。
【言わぬが馬鹿】です」
「それを言うなら、【言わぬが花】だ。
一文字違いでも、印象がかなり違うな。
バカとハナか、プッププ…」
言葉を訂正してから、自分で言っていて吹き出す。
気性から絶対に言うと、プリムローズは予期して言い返す。
「場の空気を変えるため、私なりにボケてみましたの。
【言わぬが花】の意味は、あまりはっきりと口に出していわない方が味わいやおもしろみがあってよいということです」
「君は知っていて、私を試したんだな。
性格悪いって、自分で自覚しているかい」
穏やかな口調に聞こえるが、プリムローズが望んだ和やかさとはほど遠かった。
友人たちがあたふたしていたら、タイミングよくゴオーン、ゴオーンと鐘の音が食堂全体に鳴り響く。
「あらまぁ、大変だわ。
昼休みの半分が終わってしまってよ」
「食べる時間が失くなりますわ」
「ロッタ、プリムローズ嬢。
急がないとデザートが食べられなくなるけど、いいのかしら?」
ライラ、フレデリカ、ジャンヌが次々に早く食べることを促す。
上品に食べていた侯爵令嬢たちを横目に、必死に忙しなく食べながら考えていた。
『これでは、ただフレデリカ嬢の愚痴を聞いているだけじゃない!』
時間が残り少なくなる中、作戦の失敗を受け入れられない。
公爵令嬢だけありマナーが身につき、ガツガツ食べているようには感じられなかった。
グラスに残っていた水を手にすると、いっきに飲み干す。
これで気合いをいれて、やっと目的を果たそうとする。
「あの~う、フレデリカ様。
えーっと、あのですね。
お尋ねしたいことがあります」
ここでプリムローズが質問すると、ロッタとジャンヌは彼女の緊張が伝わり身構えた。
さあ言うぞと息を吸うと、自分と違う声が先に聞こえてきた。
「お昼に誘われた時から、薄々は感じてましたわ。
兄の剣術の実力を探ろうとしていた。
これこそが、【言わぬが花】の使い方でございますよね。
プリムローズ様、ホホホ……」
誘いの手紙を読んだ時から、フレデリカに自分の思考を見透かされていた。
頭の回転が早いからこそ、人の隙に漬け込む賢さを持っていた。
さすがは、三大悪女と呼ばれた令嬢だけある。
「お見事です!
一本取られちゃった」
頭を下げたり謝罪することはしないが、プリムローズはフレデリカをまっすぐに見て潔く認めた。
「チューダー侯爵令嬢、プリムローズ嬢だけが悪いのではないのです」
「私も侯爵令息と対戦する時、弱点を知れば有利になる。
ずるい考えから、彼女に頼んだんだ」
プリムローズをそそのかしたのは、自分たちだと告げて謝罪した。
最初に謝らなくてはならない人は、このまま素知らぬ顔で済まそうとしている。
しかし視線と態度は、気まずそうにフレデリカの様子を気にしていた。
「特別に、今回は許してあげますわ。
兄の剣術については、弱点は存じませんわ」
「本当に知らないの~」
「プリムローズ嬢。
もう終わりにしましょう」
「快く謝罪を受け取ってくれたんだ。
君は謝罪していないがな」
ここまで残って会話を盗み聞きしていたが、なんの収穫も得られないと知ると次々に席を立つ。
そして、食べ終えた食器を返却口へ返すために消えていった。
「やっと、野次馬が居なくなってくれた」
「どうかされましたか?」
独り言を口にしたフレデリカに、ライラが気になり問いかける。
「弱味になるかわかりませんが、私が話した兄を思い出してみてね。
そうすれば、わかります。
兄を応援しますが、その他は皆さんを応援しますわ。
ライラ様、行きましょう」
それだけ話すとライラを促して、プリムローズたちに別れも告げて離席してしまった。
「あっ、お待ちになってー。
プリムローズ様、ジャンヌ様、ロッタ様。
お先に失礼しますね」
「ライラ様、フレデリカ様によろしく伝えて。
有意義な昼休みでしたわ」
「ええ、またお昼を御一緒しましょう」
遠くからも目立つ赤い髪をなびかせて、黒髪のフレデリカに追い付いた後ろ姿をプリムローズたちは見送っていた。
息を弾ませて胸を上下して、隣に並んだ人の顔つきから現在の心境を探ってみる。
表情は怒っていると思いきや、口許はほころんで笑んでるようにライラには思えた。
「貴女が、ランチの誘いに乗るとは思わなかった」
クルクルの巻いた髪がゆらゆら揺れて、クスクス笑う人をやきもきして少しムッとしてしまう。
「あ、失礼。
憎めない性格しているわよね。
ランチで兄の話をしてきて、やはり彼女らしいと納得したわ」
「彼女の方が、フレデリカ様より一枚上の令嬢よ。
身分が高いから逆らえないから、誰よりも強気に振る舞える。
そう思いません?」
「あの人は、生まれながら気高い方よ。
彼女がヘイズに留学してくれたお陰で、私の人生も変化したわ」
大袈裟だなぁと思ってしまうが、空を見上げる表情を見て言い返せなかった。
やがて、留学が終わりヘイズを去る。
「寂しくなりますわ。
彼女が居なくなると……」
婚約者から紹介されて、初めてプリムローズとの出会いを思い出す。
会った瞬間に、好きになれるかもと思ったのよね。
頬に手を添えて、赤毛の令嬢は深い息を吐いていた。
「未来は、どう転ぶかは分からない。
もしも、もしもよ。
彼女が、ヘイズの人と婚姻したら…」
「誰と?」
考えないで聞き返すと、徐々に一人の男性が浮かんでくる。
輝く黄金の髪に、新緑の若葉を連想する瞳。
王冠と国を手にする人。
フレデリカが思っている人と、自分の考えが合っていると確信した。
本当にそうなったらと思いながら、ライラとフレデリカは黙って廊下を歩いていた。
取れたての磯の香りがする新鮮な魚。
多種類多様な焼きたてのパン。
南国特有の鮮やかな果物。
最後の終わりは、甘い誘惑で誘ってくるデザート。
午後の授業へ向けて、若者たちの栄養をとる大切な時間。
気の許せる友人たちと、食事を楽しんでいた。
一部の席を除いては……。
学生たちから人目を引く令嬢たちは、小さく切り分けて上品に口の中へ運ぶ。
しかし、一人だけ動作が止まった者がいた。
スープを掬っていたが、やがてスプーンを皿の脇に置く。
これに気付いた3人の令嬢たちは、どうかしたのかとその人を凝視する。
「……は、被害者なのです」
前触れもなく話されて、聞かされた彼女たちは喉を詰まらせそうになった。
慌てて水を飲み込んだり、咳き込み苦しむ。
プリムローズだけが聞いてなかったのか、皿の上で転がる丸いジャガイモに集中していた。
「婚姻相手を探しに行くように、両親から命じられたのですわ」
今だとフォークで刺そうとした瞬間、新たな発言に手元が狂う。
フォークが空を切り、皿から落ちそうになるのを阻止した。
「あ~、危なかった。
フレデリカ様の考えすぎじゃない。
直接、ご家族の誰かに尋ねたの?」
力の抜けた間延びした声と、沈んだ空気が漂い対照的だった。
プリムローズを睨むように力強く見ては、唇を固く閉じて返さない。
周りの空気に無頓着なプリムローズを忘れて、赤毛の侯爵令嬢が流れを変えようと試みる。
「フレデリカ様のせいではありません。
将軍の家に嫁ぐのは、普通の家に輿入れするのとは違います。
ですから、あえて避ける令嬢もおられますよ」
「矛盾したことを仰らないでください。
将軍を拝命している嫡男の婚約者ではありませんか」
揚げ足をとられたライラは、地毛の色より頬を赤く染めてゆく。
自分の愚痴話で、友人たちの間が悪くなりそうにみえた。
「ライラ様、気遣いは結構よ。
評判の悪い私では、義理でも家族になりたくないと思います」
「でも、フレデリカ様……」
やっと全容を理解できたプリムローズは、胸に矢が突き刺さる痛みを感じた。
「いい歳なのにー。
婚約者ができない。
評判の悪い妹が、原因で…」
兄ブライアンは、まだ婚約者がいない。
昔は、性格の悪い姉リリアンヌが原因だった。
姉はクラレンス家から離れている。
だとしたら……。
『何故、兄に婚約者がいないの?
まさか、私のせい!?
エテルネル貴族の令嬢たちに、私が疎んじられているから…』
自虐的に傷つくフレデリカと、自分は同じだった。
胸に大きな石でも置かれて、圧迫して押し潰される感覚で息苦しい。
険悪な雰囲気の時、毅然とした声で庇う人物が現れた。
「兄上様の婚姻に関して、妹でも責任を感じることはありません。
好き合った者同士、どんな弊害でも乗り越えられるはずです」
「そう言われますが……。
この国では誰一人、婚約したい方が現れなかったのですよ」
自分のせいだと自虐的なフレデリカに、ジャンヌは良識的な理由で論破した。
だがここで、ロッタの疑念がますます拗らせる。
「そっか、わかった。
令嬢たちを引き寄せる男性の魅力を、残念ながら持ち合わせがなかったのでは!?」
「な、なに言っているのよ!
ロッタ、チューダー侯爵令嬢に謝罪しなさい」
「いいのよ、ジャンヌ様。
こぞって好むような容姿ではないわ。
でもね。
兄は強くて優しいのよ」
家族の贔屓目からしても、見た目は期待できないみたいだ。
性格はそれを補うくらいに、どうやら素晴らしいのだろう。
プリムローズは無意識に、自分の兄ブライアンとくらべてしまう。
「わぁ、たぁしい~の!
ゴホン、私のお兄様はー。
私ほどではないけど、お顔は整っております」
「プリムローズ様の兄上様?」
「ええ、私の兄も婚約者がいないのです」
兄自慢しているようで、自分自慢になっている。
周辺の学生たちは、公爵令嬢の物言いをちょっと可愛らしく感じるのだった。
「プリムローズ嬢の兄上様も、ご婚約者がおられませんのね」
怖いもの知らずの子爵令嬢は、またも余計な一言が飛び出す。
「いまの聞いたよね。
侯爵より、高い公爵の令息がいないんだ。
結局、本人が決めることだよ」
婚約者がまだいない男子学生たちは、無神経なロッタへ内心は文句を言いたかった。
『独り者は惨めだ!』
『努力しても、女ができないんだよ』
『醜男で!すまないね』
運命の出会いがない者たちは、心で愚痴るしかない状態。
「家族の恥を話してまで、私を慰めてくださっているのね」
セント・ジョン学園で三大悪女の一人と呼ばれていた、フレデリカ。
そんな彼女は、本来は兄想いの優しい令嬢だった。
噂で悪評だけを耳にした学生たちは、これは誰かが大袈裟に作りあげたのでないかと疑る。
「べつに、慰めていません」
いつまでも繰り返す会話に、男勝りな気性のロッタが吠えた。
「おいおい、君たちは悲劇の主役にでもなったつもりか。
花びら舞っている頭の中を、殺風景な草原にして考えてみろ」
「ロッタ先輩は、火山が噴火して熱々なっているのではございませんこと?」
「私たちにも婚約者がいないんだよ。
女性は、若ければ若いほどいいと言われているんだぞ」
兄たちの心配している余裕がないと、自分の恥を晒してまで現実を突きつけた。
「なにも馬鹿正直に言わなくてもー。
【言わぬが馬鹿】です」
「それを言うなら、【言わぬが花】だ。
一文字違いでも、印象がかなり違うな。
バカとハナか、プッププ…」
言葉を訂正してから、自分で言っていて吹き出す。
気性から絶対に言うと、プリムローズは予期して言い返す。
「場の空気を変えるため、私なりにボケてみましたの。
【言わぬが花】の意味は、あまりはっきりと口に出していわない方が味わいやおもしろみがあってよいということです」
「君は知っていて、私を試したんだな。
性格悪いって、自分で自覚しているかい」
穏やかな口調に聞こえるが、プリムローズが望んだ和やかさとはほど遠かった。
友人たちがあたふたしていたら、タイミングよくゴオーン、ゴオーンと鐘の音が食堂全体に鳴り響く。
「あらまぁ、大変だわ。
昼休みの半分が終わってしまってよ」
「食べる時間が失くなりますわ」
「ロッタ、プリムローズ嬢。
急がないとデザートが食べられなくなるけど、いいのかしら?」
ライラ、フレデリカ、ジャンヌが次々に早く食べることを促す。
上品に食べていた侯爵令嬢たちを横目に、必死に忙しなく食べながら考えていた。
『これでは、ただフレデリカ嬢の愚痴を聞いているだけじゃない!』
時間が残り少なくなる中、作戦の失敗を受け入れられない。
公爵令嬢だけありマナーが身につき、ガツガツ食べているようには感じられなかった。
グラスに残っていた水を手にすると、いっきに飲み干す。
これで気合いをいれて、やっと目的を果たそうとする。
「あの~う、フレデリカ様。
えーっと、あのですね。
お尋ねしたいことがあります」
ここでプリムローズが質問すると、ロッタとジャンヌは彼女の緊張が伝わり身構えた。
さあ言うぞと息を吸うと、自分と違う声が先に聞こえてきた。
「お昼に誘われた時から、薄々は感じてましたわ。
兄の剣術の実力を探ろうとしていた。
これこそが、【言わぬが花】の使い方でございますよね。
プリムローズ様、ホホホ……」
誘いの手紙を読んだ時から、フレデリカに自分の思考を見透かされていた。
頭の回転が早いからこそ、人の隙に漬け込む賢さを持っていた。
さすがは、三大悪女と呼ばれた令嬢だけある。
「お見事です!
一本取られちゃった」
頭を下げたり謝罪することはしないが、プリムローズはフレデリカをまっすぐに見て潔く認めた。
「チューダー侯爵令嬢、プリムローズ嬢だけが悪いのではないのです」
「私も侯爵令息と対戦する時、弱点を知れば有利になる。
ずるい考えから、彼女に頼んだんだ」
プリムローズをそそのかしたのは、自分たちだと告げて謝罪した。
最初に謝らなくてはならない人は、このまま素知らぬ顔で済まそうとしている。
しかし視線と態度は、気まずそうにフレデリカの様子を気にしていた。
「特別に、今回は許してあげますわ。
兄の剣術については、弱点は存じませんわ」
「本当に知らないの~」
「プリムローズ嬢。
もう終わりにしましょう」
「快く謝罪を受け取ってくれたんだ。
君は謝罪していないがな」
ここまで残って会話を盗み聞きしていたが、なんの収穫も得られないと知ると次々に席を立つ。
そして、食べ終えた食器を返却口へ返すために消えていった。
「やっと、野次馬が居なくなってくれた」
「どうかされましたか?」
独り言を口にしたフレデリカに、ライラが気になり問いかける。
「弱味になるかわかりませんが、私が話した兄を思い出してみてね。
そうすれば、わかります。
兄を応援しますが、その他は皆さんを応援しますわ。
ライラ様、行きましょう」
それだけ話すとライラを促して、プリムローズたちに別れも告げて離席してしまった。
「あっ、お待ちになってー。
プリムローズ様、ジャンヌ様、ロッタ様。
お先に失礼しますね」
「ライラ様、フレデリカ様によろしく伝えて。
有意義な昼休みでしたわ」
「ええ、またお昼を御一緒しましょう」
遠くからも目立つ赤い髪をなびかせて、黒髪のフレデリカに追い付いた後ろ姿をプリムローズたちは見送っていた。
息を弾ませて胸を上下して、隣に並んだ人の顔つきから現在の心境を探ってみる。
表情は怒っていると思いきや、口許はほころんで笑んでるようにライラには思えた。
「貴女が、ランチの誘いに乗るとは思わなかった」
クルクルの巻いた髪がゆらゆら揺れて、クスクス笑う人をやきもきして少しムッとしてしまう。
「あ、失礼。
憎めない性格しているわよね。
ランチで兄の話をしてきて、やはり彼女らしいと納得したわ」
「彼女の方が、フレデリカ様より一枚上の令嬢よ。
身分が高いから逆らえないから、誰よりも強気に振る舞える。
そう思いません?」
「あの人は、生まれながら気高い方よ。
彼女がヘイズに留学してくれたお陰で、私の人生も変化したわ」
大袈裟だなぁと思ってしまうが、空を見上げる表情を見て言い返せなかった。
やがて、留学が終わりヘイズを去る。
「寂しくなりますわ。
彼女が居なくなると……」
婚約者から紹介されて、初めてプリムローズとの出会いを思い出す。
会った瞬間に、好きになれるかもと思ったのよね。
頬に手を添えて、赤毛の令嬢は深い息を吐いていた。
「未来は、どう転ぶかは分からない。
もしも、もしもよ。
彼女が、ヘイズの人と婚姻したら…」
「誰と?」
考えないで聞き返すと、徐々に一人の男性が浮かんでくる。
輝く黄金の髪に、新緑の若葉を連想する瞳。
王冠と国を手にする人。
フレデリカが思っている人と、自分の考えが合っていると確信した。
本当にそうなったらと思いながら、ライラとフレデリカは黙って廊下を歩いていた。
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