無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

文字の大きさ
29 / 113
第2章  解けない謎解き

第8話 鼠壁を忘る壁鼠を忘れず

しおりを挟む
 渋い顔をしていたプリムローズが、琥珀色の紅茶が入ったカップの中を見つめていた。
マーシャル伯爵夫人ヘレンは、右手を握り締めて胸元に置き力強く言葉を放つ。
この声に反応して、うつ向いた顔がヘレンへ向けられた。

「プリムローズ様。
どの貴族たちも皆さま、公爵夫人のお味方でした」

「浮気が発覚した例のパーティーで、一部始終を拝見しておられました」

「その場にもし居たら、私でも公爵夫人の肩を持ちます。
王族が出席する夜会で、そんなことをしなくてもね」

3人の女性たちは、ネェ~という顔を向け合って同意した表情をする。
それに、声のタイミングをぴったりと揃えていた。

最初の頃より砕けてきている彼女らに、プリムローズも同じ考えだと首を縦に振ってみせる。

家のため正式に夫婦になった2人の間には、少しでも愛が存在したのだろうか。
周りがどんなに想像しても、当人同士の間でしか分からない。
前ベルナドッテ公爵が、正妻と側室に同じくらい愛情を分け与えていたらどうなっていたのだろうか。

『どうして、正妻にそこまで冷たくしてしまったのか。
本人ですら分からなかったかもしれない。
側室、いや愛人が正妻を気にかけて夫との仲を橋渡していたら違っていたのかしら』

「そ、それで…。
その先はどうなりましたか?」

震え声で質問を繰り返すしかない彼女は、女の嫉妬と執念を聞くことになる。

「正式な側室だと、本人はずっと思っておりました。
ここに来て、自分になんの保証もない。
タダ愛人だったのを知り、その場で立ちすくんでしまいました」

「ちょっと可哀想かも」

「新たな遺言の内容を、正妻からここで知らされたのです。
生前に公爵から、遺言を伝えられていたのでしょう。
愛人は生前の約束が違うと、公爵夫人へ大声で訴えました」

「フフっ、このときのお顔を見てみたかったですわ。
さんざん、正妻を馬鹿にするからです。
一番可愛がり愛した女性が、死後に不幸になるとはー。
あの世にいる公爵も、まさか思わなかったことでしょう」

軽く鼻にかけた笑いに、ヘレンは自分を気分を悪くさせた気がした。
すぐに失礼を詫びると、パーレン伯爵夫人も一緒に笑ってくれていた。

「まさに、【鼠壁ねずみかべわす壁鼠かべねずみわすれず】です。
例えが悪いですけど、公爵夫人を壁とはご無礼ぶれいですが…」

「なんか、早口言葉みたいです。
えーっと?!
ネズミさんが壁をかじって忘れても、壁はネズミさんを忘れないという意味かしら?」

「ええ、苦しめられた恨みは長く消えないという例えです」

パーレン伯爵夫人に追随して、ヘレンは名ばかりの公爵夫人の心を代弁してきた。

「すっかり、形勢逆転けいせいぎゃくになりました。
これをするために、夫人は長年耐え忍んでいたのです。
復讐をするために、本宅で夫をかいがいしく看病をした。
あの世に行く時を、今か今かと待っていたのかしらね」

「ここまでしたら、執念よりも怨念の文字が浮かびます。
パーレン伯爵夫人……。
私たちは、旦那様に浮気されなくて良かったですわね」

「マーシャル伯爵夫人。
私たちは大事にされております。
妻として、旦那様には感謝しなくてはいけないわ。
クラレンス公爵令嬢も、お相手はよくよく調査されてから選んだ方がいいですよ」

「お二人は、愛されお幸せでございますね。
私も、そんな旦那様と縁を結びたいものです」

自分達の夫婦円満を、こうして自慢したかった様に思えた。

『自慢して亡き公爵夫人をバカにしている様に思えた。
公爵夫人が怒って、あの世から出てきても知らないぞ』

こんな余計なことを言わずに、パーレン伯爵夫人にプリムローズは礼を述べるだけにした。

若くして亡くなった前公爵。

『そんなに都合よく、人って亡くなるものかなぁ!?
毒殺、もしや薬で盛られて病になった可能性はないだろうか!?
これは考えすぎかしら』

気をよくしたパーレン伯爵夫人は、愛人扱いにされた女の今後を話を続ける。

「公爵から買い与えられた宝石、ドレス。
住んでいた屋敷。
身に着けている宝石まで外させて、着ているドレスだけで放り出したのです」

裸では追い出せないから、ドレスは与えて差し上げたのか。
着の身着のままとはこれを言うわね。

「そこまでしてやったら、本人も気分いいでしょうね。
なにもかもなくなり、餓死して夫の後を追えましてよ」

プリムローズの高笑いに、いち早く反応して続きを話した。

「実は、それを止めた方が現れます。
当時13歳の現ベルナドッテ公爵が、母上様に苦言申し上げたのでございます」

胸に手を組みお祈り姿で、マーシャル伯爵夫人ヘレンは天井を見上げて話し出す。

血が半分繋がる者を、成人するまでは面倒を見てあげて欲しい。こう諭して息子は、母である公爵夫人に願い出たのであった。

「立派な発言をする息子に、公爵夫人は未来の公爵の器量に感動したと言われております。
息子に免じて、小さな家と成人するまでの養育費。
そして、最低限の生活費をお支払いする約束をされました」

「そんなに手厚くされたの。
父親から無視されている母親を見ていたら、そんな事を言いませんわ。
愛情を独占した母違いの弟なんか、どうなろうが知っちゃいない。
人なんて、いざとなればどうにか生きていけます」

パーレン伯爵夫人はその無慈悲な意見に驚くが、上下に首を振って同意見だと意思表示する。

「あの~、弟さんしかおりませんでしたの。
例えば娘さんとかは?」

プリムローズの疑問発言に、パーレン伯爵夫人は素早く彼女に鋭い視線を送る。 

「弟君、お一人です。
娘なら夫人は、どうされていたかしらね。
憎い女の娘ですもの」

マーシャル伯爵夫人の発言に、2人はもうひとりの子供の存在を頭から忘れるように仕向けていくのである。

『危なかった。
娘は、世間には知られてなかったのね。
ついつい、ボロが出そうになりましたわ』

パーレン伯爵夫人に謝るように見つめ、全てが重なり合って今回の事件が起こったのだと結論に至った。
プリムローズとマーシャル伯爵夫人は、それぞれここでの目的をほぼ達成する。

微笑んで別れを惜む夫人たちを見ては、彼女は夕焼けの光を眩しげに目を細めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

処理中です...