無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

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第4章 騎士道を学べ

第36話 鷹の前の雀

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 賑やかな音楽が流れ、それに合わせて踊りだす人々。
そんなお祭りに近いバザールで、ここだけが異様な空気が広がる。
周辺にいた人たちも、だんだんこの様子に気づき始めていた。

なにか事件があったのか?!

誰かが酒でも飲み過ぎて、酔っぱらい喧嘩でもしているのだろう。
毎年、それくらいならお決まりの騒ぎだ。
近くにいる人たちは、気にすることなく談笑する。
    
プリムローズにとって、望んでいなかった展開になりそうだ。
ジャンヌと彼の接触を阻止しようと、腹下はらくだし作戦までした。自分の苦労は、いったい何だったのか。
なさけなく、自虐じぎゃぐねんに襲われそうになる。

当のジャンヌは、悪事あくじを裁くのに私情を持ち込んでいないようだった。

『これから、この先どうなってしまうの』

プリムローズの心臓が激しく打ち、額は汗からジワリと吹き出る。
緊張している時、正反対な暢気のんきな声がしてきた。

「あれ、お嬢?
こんな所に立ち止まって、どうかしたんですかい!?」

「その声はー、ギル!」

見覚えのある声で、そちらの方向へ振り向き名前を呼ぶ。

「偶然ですね、お嬢様」

  人混みの中で目の前に現れしは、ゲラン次期侯爵夫妻。
平民の装いをして、プリムローズの前に並び立っていた。

「メ、メリー!?
貴女も、ここに来ていたのね」

「来たのねって…。
お嬢が自分から、俺に頼んできたじゃん。
その歳で、ボケるの早くね?」

「相変わらず、失礼ね!
ずいぶんと楽しんでいるようで、私の頼み忘れていないわよね」

ギルの右手には、食べかけの肉串焼き。
メリーは、焼きトウモロコシを握る。

食欲がそそる匂いが、プリムローズまで漂って思わず唾を飲み込む。
男女の一線を越えた夫婦は、任務より祭りを満喫しているようだった。

「そんな事よりー。
ギル、スリに財布を盗まれた人がいるのよ。
憲兵が怪しいから、身体検査をしてくれない」

「会ったばかりで、事件発生かよ。
それに理由なく、憲兵を疑るのはどうかなぁ?」

「そうは言っても、お嬢様は分かっていてお願いしているんです」

困っていたプリムローズを思いやり、夫に頼み込んでいた。

「だってよ。
男の体なぞ、さわりたくない。
近くにいる若い姉ちゃんなら、いくらでも調べてやるがー」

「女性なら、喜んで触るっていうのですか。
スケベな夫へ命令と、これはお仕置きです!」

「パッコ~ン!!」

「痛、イタタタ………。
もしや、お前やいているのか。
俺以外に、こんな事はするなよ」

なんとも表現しにくい音が、プリムローズの聴覚に響く。
後頭部を撫でていたギルと、夫を思ったより強く叩いて焦る妻メリー。
夫婦のやり取りに、ひとり吹き出しそうになりそうになった。

スリ泥棒の騒ぎの他にも、夫婦喧嘩けんかが追加になりそうだ。
それだけはやめてくれと、やり取りを聞いていてハラハラする。

    
 輪になっている人だかりの中から、聞いたことがある複数の男女の争う声がする。

「こっちと話している間に、友人たちが揉めているわ。
どうでもいいから、何とかしてあげて!」

大きな背中を両手で押すと、輪の中心に無理やり押し出される。
突然現れた男に、野次馬たちも驚き譲る形になった。

「おいおい、憲兵さんよ。
若いお嬢さんたちが、怖がっているじゃないか。
落ち着いて話しようぜ」

「誰だ、お前はー。
俺は泥棒の仲間だと、変な言いがかりを受けているんだ。
見てわかるだろう。
俺は憲兵なんだぞ!」

乱暴な口調と頬のキズが、この男の人相を凶悪に見せていた。
男は近づくと、恐れながらもギルに身分を説明する。

『おかしいわ!
動じていないし、余裕すら感じる』

イヤな予感がするのは、プリムローズだけではなかったのだ。

「スリだと思っていた人は、なにも持っていなかった。
財布はどこあるの!?」

予想外な状況に、どんどん血の気が引き顔が青ざめていく。

「顔色が真っ青じゃないか。
しっかりしろ、ジャンヌ大丈夫か?!」

彼女の腕を支えるように、隣でロッタは肩を抱きかかえる。

「お嬢、こいつも調べてみたけど財布が出てこないぞ」

形成が悪くなると、ますます彼らはプリムローズたちに対して強くでる。

「だ・か・ら!
俺やこの人は、無実だって言ってんだろう」

「そ、そんな…。
2人とも、財布を持っていないの?」

言ってから黙り込んだジャンヌは、膝がガタガタ震え出してしまう。

「俺に相手にされないから、逆恨みでもしているのか。
どうした、黙ってないで謝罪しろ。
まるで、【たかの前のすずめ】のようだ」

疑われたのが気にさわったようで、今まで見たこともない冷たい目線と声をしていた。

「ジャンヌが雀で、お前が鷹だと言いたいのか」

友が罵倒されているのが我慢できないロッタは、自分達が不利でも言い返した。
プリムローズとメリーは、ジャンヌを庇うようにピッタリと側に寄り添う。

「鷹に睨まれた雀がすくんでしまうことです。
威勢いせいのある者の前で縮こまっていることの例えですわ」

「メリー、丁寧な説明ありがとう。
聞いている人は、たぶん理解していると思うわ」

教師のようにメリーが、言葉の意味を教えてくれた。
プリムローズは、鷹という言葉につい反応する。

『鷹と言えば、ピーちゃん。
この騒ぎを、どこかで見ていたりしてー』

いつも困っていると、タイミングよく助けてくれる。
さすがに、都合良くは現れないよね。

『はぁ~、待てよ?!』

プリムローズは少し考えてから、財布を盗まれた被害者に聞き込みを始めた。

「お爺さん。
近くにいた憲兵は、男の人だけでしたか?」

「いいや、そうだ!
もう一人、憲兵が側にいた。
女性でめずしいと覚えていたんじゃ」

想像した通りに、男とグルになっているようだ。
すると、財布は彼女が持っている可能性がある。

「証拠もなく、俺たちを疑っているのか?!
顔見知りなったからって、あまり調子乗るなよ」

「疑ったのは認めるが、憲兵だからって犯罪に加担しないとは決めつけられない」

「憲兵の名誉を傷つけられたんだ!
謝罪だけでは済まないからな」

ギルが彼の間に割って入ると、一触即発いっしょくそくはつな状況になってくる。

「こんなに探しても、財布は見つからないんだ。
どうやら、俺の疑いは晴れたようだな」

スリの疑いをかけられた男は、そそくさと逃げようとしていた。
どこからか、女性の悲鳴が聞こえてきた。
コチラに向かって来るようで、人びとはそちらの方角に顔を動かす。
憲兵の制服を着て、長い髪を振り乱して走る人がいた。

「ピー!ピぃーー!」

「あれは、ピーちゃん」

「お嬢様、助けに来てくれたんですわ」

「おお、やるな!
犯人を連れてきたのか」

プリムローズとメリーやギルは、鳴き声を聞きつけると声を合わせてその名を呼ぶ。

男性憲兵の妹といつわっていた同僚どうりょう女性が、頭の上を低空飛行で飛ぶピーちゃんに付きまとわれていた。

「きゃあー!
どうして、私をおそうの。
ディック、助けてよ!」

必死の顔つきで彼に向けて助けを求めてくると、もう一羽のカメリアちゃんもはさちの格好かっこうで襲っていた。

あと一歩で彼に助けて貰える寸前すんぜんで、彼女はすっ転んでその時に黒い巾着袋きんちゃくふくろが懐から飛び出てしまう。

「こ、この財布だ!!
わしの財布じゃ」

お爺さんは巾着を指差すと、自分の物だと大声で叫んだ。

「俺とは関係ない!」

「お待ちなさい。
逃げるなんて怪しい!
とりゃあーー!!」

「うわぁ、ウウッ……」

逃げようとしたディックを、ジャンヌが力いっぱいに一本背負いをして地面に叩きつけた。

「逃げようとしたのは、あの女と仲間なんだろう」

ロッタもジャンヌに加勢して、背中に腕を回しひねりあげる。

本物の鷹が上空から参上して、不利ふりな展開から形勢逆転けいせいぎゃくてんしたのであった。

「ピーちゃん、カメリアちゃん。
いつもありがとうね!」

プリムローズは役目を立派に果たした二羽を見つめて、何度も飛び回っている姿にお礼の言葉を言い続けた。
その間にも、ギルが持っていた縄でスリと憲兵隊の男女の両手首を縛る。

メリーが合図の笛を鳴らすと、ゲラン侯爵の仲間たちが人を掻き分けてやって来た。

「スリの仲間が、彼らだったとはな」

「ロッタ、私ね。
言わなかったけどー。
あの二人に、嘘をつかれていたのを気づいていたの」

「ジャンヌ様」

ジャンヌが隠していた秘密に、プリムローズたちは息を止めかけた。

「路地裏にいた彼らに声をかけようとした時、キスをしているのを見てしまったの。
本当の兄妹が、隠れてもする事じゃないでしょう」

それからは、ジャンヌは彼らを違う視点で見ていたと話す。
聞くことで彼女の心を癒せるかは分からないが、親友のロッタもそれしかやれることはない。
ましてや、プリムローズはお手上げだった。

「スリと手を組んで、だましていたのね。
私が他の憲兵に相談していたら、事件は起きなかったのかもしれない」

「取り合ってはくれないさ。
証拠もなく話しても、頭がおかしいと逆に捕まってしまうよ」

「ロッタ先輩、言い方に気をつけてあげて。
正しければ、なに言っても構わない訳ではないのですからね」

「プリムローズ嬢、ロッタの言うとおりよ。
彼が言ったように、私はー。
雀の心で、鷹の勇気がなかったのです」

声をつまらせて話しながら、頬に一筋の光るものが流れ落ちた。

「なんで、あんな男の事で泣くんだ。
投げ飛ばして、犯人として捕まえたじゃないか。
雀だって、ちゃんとした勇気はあるんだ」

「そうですとも、ジャンヌ様は悪を裁いたのです。
とても勇敢でした」

二人は揃って、ジャンヌの勇気を称えた。

「ありがとう。
ショックだったけど、改めて憲兵になりたいと思っているの」

涙は収まったが瞳を赤くして、ロッタとプリムローズに痛々しい笑みを見せてくれた。

この後、果たしてバザールを心から楽しめるのだろうか。
後味あとあじの悪い出来事に、陽気な音楽を耳にしても気持ちはなかなか晴れなかった。
     
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