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第4章 騎士道を学べ
第39話 馬齢を重ねる
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事件など起きたことを忘れてしまうほど、それからバザールを心から楽しんでいた。
広場では陽気な音楽に合わせ、見知らぬ人々が仲良く踊っている。
プリムローズたちもこの輪に加わり、見よう見まねで手足を動かす。
踊り終え空をみあげると、まだ陽の光があり暗い印象はない。
たが、前もって街路灯に火が灯されていく。
「楽しい時間って、どうして早く過ぎるのかしらね?」
普段から鍛えているとはいえ、身体に疲れを感じプリムローズがこう話しかける。
「そうですね。
何時頃でしょうか?」
妻のメリーが時間を気にすると、夫のギルはベストの内ポケットから気を効かせて懐中時計を取り出す。
ちょうどそのタイミングで、時を知らせる鐘の音が王都に響く。
「もう、5時かー。
俺たちの乗ってきた馬車で、お嬢たちを学園まで送ろう」
「屋敷とは逆方向よ。
私たちは、辻馬車で帰ることにするからいいわ」
「お気持ちは嬉しいですが、プリムローズ嬢の言うとおりにします。
侯爵令息夫妻、お気遣いありがとうございます」
「今日はご馳走になってしまって、侯爵令息夫妻に感謝致します」
プリムローズが送るのを断ると、ジャンヌとロッタは受け入れてお礼を述べる。
ゲラン侯爵家の若夫婦と歩き、馬車が集められた場所まで一緒に向かう。
「そういえば、皆さまの剣術試験の日程は決まりましたか?
ご武運を、寝る前にお祈りしたいと思います」
「えっと、たぶん2週間後になると思うわ。
学生たちの噂によると、試験の日程が例年より遅れているみたい」
プリムローズはバザールの件もあり、試験の存在が頭から消えていた。
「今日の夜から、お嬢様たちのためにー。
毎日、神様にー。
ゲプッ、……。
お祈りすることに…、します」
何とか話し終わると、突然メリーがハンカチを取り出す。
プリムローズたちから顔を背けて、表情を苦しそう眉間を寄せれ。
ギルは心配そうに、大きな手で妻の背中をゆっくり擦っていた。
「ウッ、ゲホゲポっ!
お見苦しいところをー」
ジャンヌとロッタも、メリーの様子に思い当たりがある。
しかし、このことは口に出しにくい。
そんなの関係ないと、プリムローズが隠すことなく尋ねる。
「メリー、あなた……。
もしや、おめでたなの!?」
「ゲホっ、違いますよ。
調子にのって、ちょっと食べすぎたようです。ゲブッ……」
そうならどんなによかったのにと、速攻で答えて顔を両手で覆い羞じらう。
宛が外れたプリムローズは、公爵の令嬢らしくない舌打ちする。
そして、恥じらいもなく思ったことを言ってきた。
「なぁーんだ!
赤ちゃんができたのかと思ったのに、ガッカリだわ。
ギル、男の貴方がもっと励みなさいよ!
ベッドの中で、メリーに密接にくっついて寝なさいね」
「は、励む?!
ベッドの中で、突っついて眠るんだと?!
俺なりに、激しく突き上げているがー」
「やめて、旦那さま!
お嬢様たちの前で、私たちの恥ずかしいことを言わないでください」
湯気が出そうな真っ赤な顔で、メリーは夫に文句を言う。
その近くでは、硬直して固まる妙齢の令嬢たち。
「なぁなぁ、ジャンヌ。
初夜の手順を知っている?」
「ロッタ、まだよ。
だってそれって、嫁ぐ前に予備知識として母上から習うでしょ」
肩と肩が当たりそうになるくらい近寄って、こそこそ意見交換を始めていた時ー。
「子を宿す愛の営みを、恥ずかしいとはなんですか?!
いいこと!
世継ぎをもうけるのは、正妻としての大事な役目です」
「それは存じてますし…。
旦那様との子供は、私も授かりたいんですけど…」
「俺だって、メリーと俺の子供が欲しい!」
伏し目がちにメリーが本心を述べる様子に、ギルは妻が一段と愛らしいと感じた。
「「素敵な夫婦なんだ(なんでしょう)!」」
恋愛の物語に出てきそうな場面に、年頃の令嬢たちは理想の夫婦として写っていた。
「惚気はいいから!
二人には、3人は産んでくれないと困るわ。
私が産んだ子と、将来婚姻して貰うつもりでいるのよ」
プリムローズが当たり前のように宣言すると、彼女以外は声を出して驚愕していた。
「お嬢様の御子と、私の産んだ子が結ばれるのですか?
こんな道端で、思い付いたように言われましても……」
「あら、メリーは迷惑なの。
そうなれたら、義理でも私たちは家族になれるじゃない」
「光栄な申し出ですが……」
「お嬢、相手も見つかっていないくせにちゃんちゃらおかしい。
子供を授かり方すら、まだ知らないだろう」
傍観して聞いている友人達も、彼の意見に内心は同意していた。
「やり方は経験ないからまだ知らないけど、本からの知識である程度は存じているわ」
サラッと言ってくれるが、本ってなんなんですか?!
4人は瞬時に頭の中で、本の中身を想像していた。
『エテルネルには、このような本が存在しているのね。
どんなのか…、読んでみたい』
『医学書で記載されていたのだろうか。
偶然に読んでしまったんだな』
ジャンヌの率直な驚きと、ロッタの予想外なまっとうな考えをしていた。
長年プリムローズの側にいたメリーは、いつ何処でパニックを起こしそうになっている。
「そんな本を、お嬢様はいつ本を読ませたのですか?」
「興奮するな、メリー。
内容はどうであれ。
誰でも、本は読むものだろう」
「で、でも……。
健全な本ではないのですよ」
幼い頃からお仕えしていた大事なお嬢様の秘密に、メリーの頭は混乱状態になる一歩手前であった。
「ちょっと、健全って何よ。
知らないのは当たり前、メリーと出会う前の話よ」
「出会う前って……。
分別のつかない幼い歳で、そのような本をお読みになられたのですか?」
「そんなのいいから、まずは落ち着けよ。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いて~。
メリー、大丈夫か?」
嘘でしょうと言っては、妻は激しく首を左右に振っていた。
夫のギルが落ち着けーと、振り続けていた顔をガシッと挟んで止める。
「母が嫁ぐ娘に、初夜の心得を話すために書かれた本です。
まったく、どんな本を想像していたのよ」
声だして言えない事を考えていたのだと、真っ赤になるメリーを冷ややに見る。
蹄の音をさせながら走る馬車が、次々に目的地を目指し行き交う。
「プリムローズ嬢、学園の方向の馬車が出るみたいだ」
「あれを乗り遅れたら、しばらく待つことになるわ」
ロッタとジャンヌは、プリムローズたちから離れて時刻表を見に行ってくれていた。
「ここでお別れするわ。
今日は慌ただしかったけど、ふたりのお陰でバザールを楽しかった」
「俺たちも楽しかった。
それより、お嬢は欲張りだからな。
強引に無茶して、首席の座を狙おうとするのはやめろよ」
彼は年上をかざして威張るように話すが、プリムローズを彼なりに案じてそう言ってくれたと感じているようだ。
「強そうな人が大勢いるから、今回は難しいかもね。
じゃあ、もう行くわ。
ギル、メリー。またね!」
「お嬢様たち!
怪我しないで、悔いなく戦ってくださいね」
「「「ありがとー」」」
辻馬車へ向かっていた3人は立ち止まって、肩を抱き寄せて手を振っている夫妻にお礼を言ってからまた走り出す。
平民たちが移動の足である辻馬車__つじばしゃ__#は、貴族が乗るような豪華な作りではない。
荷馬車みたいに広く、座席はベンチのように横並びに座る。
御者に運賃を先に支払うと、プリムローズたちは馬車に乗り込んだ。
他人との相乗りだと思っていたが、幸運にも誰も乗っていなかった。
「私たちだけしか、乗っていない。
途中から乗ってくるかもしれないが、それまでは気ままにいられるな」
ロッタはこう話すと、座り放題の椅子に腰を下ろす。
「あの~う、プリムローズ嬢。
本の話の続きをしたくて、ちょっと興味あるんです」
「ジャンヌ様、本の何を知りたいの?」
街路灯の灯りでかろうじて、彼女の頬を赤らめているのがわかる。
どうしてジャンヌが、そんなに興味あるのか不思議に思う。
「本の題名とかー。
書かせている内容です」
「2冊あって、題名はー。
【初めての夜の過ごし方】と、【炎と蝋燭】よ。
【初めての夜の過ごし方】は、心構えと作法を細かく書かれた本です」
「【初めての夜の過ごし方】は、題名からして普通の指南書みたいだな」
ジャンヌに比べてロッタは、そんなに本に興味はなさそうだった。
そんなロッタを無視して、ジャンヌは知りたくてプリムローズへ質問してくる。
「それで、【炎と蝋燭】はどんな感じの本なんですか!?」
「複数の女性と関係を持っていた婚約者と、婚姻する主人公の不安と葛藤描いたものです」
プリムローズが本の内容を話すと、二人は同時におおーと叫んで瞳を輝かす。
「私も興味が出てきた。
もっと、詳しく教えてくれないか」
「ジャンヌ様だけでなく、ロッタ先輩ですか」
婚約者の女性問題に、娘が悩む姿に母親は頭を痛めた。
こんな男に、大切な娘を嫁がさなくてはならない。
腹を痛めて産んだ我が子を、心から哀れんだ。
可愛い娘が捨てられないようにするには、どうしたらよいのか。
考え抜いた結論はー。
「高級娼婦を先生として、男性の扱い方を学ばれるため。
周りに秘密にして、娼婦を屋敷に通わせたのです」
「娼婦って、お金をもらって男性を喜ばせる女性ですよね」
「その道の人に教わるほうが確実だけど、依頼した母親の決断は凄いな」
斜め上行く思考に、ジャンヌとロッタは娼婦という職業に反発しながらも好奇心が勝る。
高級娼婦とは、上流貴族の男性を専属に相手する。
祖国では、国が認めた職業だとプリムローズは説明した。
「認めていても、自分の父親が母親以外にそんな女性と付き合っていたら軽蔑する。
そんな余裕な財力がないから、家の父親は安心だけどさ」
「ロッタったら…。
【炎と蝋燭】は、大人の男女関係が複雑な感情が入り乱れる感じがします」
「娼婦が主人公に、相手に飽きられない様に助言するの。
炎は、燃え上がる愛を表し。
炎で溶けていく蝋燭を、燃えるような体熱を表現しております」
「思ったとおり、官能的な本のようだな」
「ねえねえ、ロッタも【炎と蝋燭】を読みたいでしょう!?
プリムローズ嬢、その本私たちに貸してください」
「いや、私はべつに…」
ジャンヌに乗せられる形なり、ロッタも本を読まされてしまう羽目になる。
「あまりお勧めできないわ。
途中で読むのをやめた本です。
それでもお読みになりたいの?」
「他人には尋ねにくいことが書かれているのでしょ。
今後の予備知識として、拝読してみたいのです」
「ジャンヌ様がそうおっしゃるなら……。
帰国したら送ります」
プリムローズが薦めていた【真実の愛を求めて】よりも、いかがわしい本を気にいっているのは何故なんだろうか。
『私が読む気が失せた本なのにー。
私たち、好みが違うようね』
「嬉しいー!!
お約束、忘れないくださいね。
ロッタ、貴女も楽しみでしょ?」
「う~ん、そうだな。
読めるのが待ち遠しいかも?」
ロッタの返しは本を本気で読みたいとは思って無さそうだ。
彼女はジャンヌのためを思って、無理して話を合わせているのだとプリムローズは疑っていた。
「君は、【馬齢を重ねる】って言葉を聞いたことあるかい。
年を重ねるにつれて経験や物事への理解が深まり、考え方が変化していくことを示唆する場合があるという意味だ」
「私たちと同じ年齢になって読み直せば、考えも変わるとロッタは言いたいようね」
二人が何を言わんとしているかを、プリムローズは段々と分かりかけてきた。
「なるほど、そういう考え方もあります。
【炎と蝋燭】は題名からして、2歳で読む本ではございませんもの」
これにはジャンヌもロッタも驚きを通り越して、顔に笑いすら浮かべてしまう。
「ハハハ、再度読んでみるといい。
君の好きな本よりも、もしかして好きになるかもしれないよ」
「固定観念を捨てて読めば、プリムローズ嬢も未知の知識が広がります」
「本を貸して返却されてから、最後まで読んでみます。
成人する前に、必ず私に戻してくださいね」
本の話しをしているうちに、セント・ジョン軍学園の学舎が見えてきた。
色々ありすぎたバザールは、とっぷり日が暮れ残り少なくなる。
プリムローズから夫婦の営みについて、発破をかけられた男は普段よりベッドの上で燃えてしまう。
その被害を受けたメリーが、涙ながらにプリムローズへ文句を言っていた。
この日の情事で、ふたりの間に子を授かる切っ掛けになる。
プリムローズがこれを知るのは、残念ながら帰国してからであった。
広場では陽気な音楽に合わせ、見知らぬ人々が仲良く踊っている。
プリムローズたちもこの輪に加わり、見よう見まねで手足を動かす。
踊り終え空をみあげると、まだ陽の光があり暗い印象はない。
たが、前もって街路灯に火が灯されていく。
「楽しい時間って、どうして早く過ぎるのかしらね?」
普段から鍛えているとはいえ、身体に疲れを感じプリムローズがこう話しかける。
「そうですね。
何時頃でしょうか?」
妻のメリーが時間を気にすると、夫のギルはベストの内ポケットから気を効かせて懐中時計を取り出す。
ちょうどそのタイミングで、時を知らせる鐘の音が王都に響く。
「もう、5時かー。
俺たちの乗ってきた馬車で、お嬢たちを学園まで送ろう」
「屋敷とは逆方向よ。
私たちは、辻馬車で帰ることにするからいいわ」
「お気持ちは嬉しいですが、プリムローズ嬢の言うとおりにします。
侯爵令息夫妻、お気遣いありがとうございます」
「今日はご馳走になってしまって、侯爵令息夫妻に感謝致します」
プリムローズが送るのを断ると、ジャンヌとロッタは受け入れてお礼を述べる。
ゲラン侯爵家の若夫婦と歩き、馬車が集められた場所まで一緒に向かう。
「そういえば、皆さまの剣術試験の日程は決まりましたか?
ご武運を、寝る前にお祈りしたいと思います」
「えっと、たぶん2週間後になると思うわ。
学生たちの噂によると、試験の日程が例年より遅れているみたい」
プリムローズはバザールの件もあり、試験の存在が頭から消えていた。
「今日の夜から、お嬢様たちのためにー。
毎日、神様にー。
ゲプッ、……。
お祈りすることに…、します」
何とか話し終わると、突然メリーがハンカチを取り出す。
プリムローズたちから顔を背けて、表情を苦しそう眉間を寄せれ。
ギルは心配そうに、大きな手で妻の背中をゆっくり擦っていた。
「ウッ、ゲホゲポっ!
お見苦しいところをー」
ジャンヌとロッタも、メリーの様子に思い当たりがある。
しかし、このことは口に出しにくい。
そんなの関係ないと、プリムローズが隠すことなく尋ねる。
「メリー、あなた……。
もしや、おめでたなの!?」
「ゲホっ、違いますよ。
調子にのって、ちょっと食べすぎたようです。ゲブッ……」
そうならどんなによかったのにと、速攻で答えて顔を両手で覆い羞じらう。
宛が外れたプリムローズは、公爵の令嬢らしくない舌打ちする。
そして、恥じらいもなく思ったことを言ってきた。
「なぁーんだ!
赤ちゃんができたのかと思ったのに、ガッカリだわ。
ギル、男の貴方がもっと励みなさいよ!
ベッドの中で、メリーに密接にくっついて寝なさいね」
「は、励む?!
ベッドの中で、突っついて眠るんだと?!
俺なりに、激しく突き上げているがー」
「やめて、旦那さま!
お嬢様たちの前で、私たちの恥ずかしいことを言わないでください」
湯気が出そうな真っ赤な顔で、メリーは夫に文句を言う。
その近くでは、硬直して固まる妙齢の令嬢たち。
「なぁなぁ、ジャンヌ。
初夜の手順を知っている?」
「ロッタ、まだよ。
だってそれって、嫁ぐ前に予備知識として母上から習うでしょ」
肩と肩が当たりそうになるくらい近寄って、こそこそ意見交換を始めていた時ー。
「子を宿す愛の営みを、恥ずかしいとはなんですか?!
いいこと!
世継ぎをもうけるのは、正妻としての大事な役目です」
「それは存じてますし…。
旦那様との子供は、私も授かりたいんですけど…」
「俺だって、メリーと俺の子供が欲しい!」
伏し目がちにメリーが本心を述べる様子に、ギルは妻が一段と愛らしいと感じた。
「「素敵な夫婦なんだ(なんでしょう)!」」
恋愛の物語に出てきそうな場面に、年頃の令嬢たちは理想の夫婦として写っていた。
「惚気はいいから!
二人には、3人は産んでくれないと困るわ。
私が産んだ子と、将来婚姻して貰うつもりでいるのよ」
プリムローズが当たり前のように宣言すると、彼女以外は声を出して驚愕していた。
「お嬢様の御子と、私の産んだ子が結ばれるのですか?
こんな道端で、思い付いたように言われましても……」
「あら、メリーは迷惑なの。
そうなれたら、義理でも私たちは家族になれるじゃない」
「光栄な申し出ですが……」
「お嬢、相手も見つかっていないくせにちゃんちゃらおかしい。
子供を授かり方すら、まだ知らないだろう」
傍観して聞いている友人達も、彼の意見に内心は同意していた。
「やり方は経験ないからまだ知らないけど、本からの知識である程度は存じているわ」
サラッと言ってくれるが、本ってなんなんですか?!
4人は瞬時に頭の中で、本の中身を想像していた。
『エテルネルには、このような本が存在しているのね。
どんなのか…、読んでみたい』
『医学書で記載されていたのだろうか。
偶然に読んでしまったんだな』
ジャンヌの率直な驚きと、ロッタの予想外なまっとうな考えをしていた。
長年プリムローズの側にいたメリーは、いつ何処でパニックを起こしそうになっている。
「そんな本を、お嬢様はいつ本を読ませたのですか?」
「興奮するな、メリー。
内容はどうであれ。
誰でも、本は読むものだろう」
「で、でも……。
健全な本ではないのですよ」
幼い頃からお仕えしていた大事なお嬢様の秘密に、メリーの頭は混乱状態になる一歩手前であった。
「ちょっと、健全って何よ。
知らないのは当たり前、メリーと出会う前の話よ」
「出会う前って……。
分別のつかない幼い歳で、そのような本をお読みになられたのですか?」
「そんなのいいから、まずは落ち着けよ。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いて~。
メリー、大丈夫か?」
嘘でしょうと言っては、妻は激しく首を左右に振っていた。
夫のギルが落ち着けーと、振り続けていた顔をガシッと挟んで止める。
「母が嫁ぐ娘に、初夜の心得を話すために書かれた本です。
まったく、どんな本を想像していたのよ」
声だして言えない事を考えていたのだと、真っ赤になるメリーを冷ややに見る。
蹄の音をさせながら走る馬車が、次々に目的地を目指し行き交う。
「プリムローズ嬢、学園の方向の馬車が出るみたいだ」
「あれを乗り遅れたら、しばらく待つことになるわ」
ロッタとジャンヌは、プリムローズたちから離れて時刻表を見に行ってくれていた。
「ここでお別れするわ。
今日は慌ただしかったけど、ふたりのお陰でバザールを楽しかった」
「俺たちも楽しかった。
それより、お嬢は欲張りだからな。
強引に無茶して、首席の座を狙おうとするのはやめろよ」
彼は年上をかざして威張るように話すが、プリムローズを彼なりに案じてそう言ってくれたと感じているようだ。
「強そうな人が大勢いるから、今回は難しいかもね。
じゃあ、もう行くわ。
ギル、メリー。またね!」
「お嬢様たち!
怪我しないで、悔いなく戦ってくださいね」
「「「ありがとー」」」
辻馬車へ向かっていた3人は立ち止まって、肩を抱き寄せて手を振っている夫妻にお礼を言ってからまた走り出す。
平民たちが移動の足である辻馬車__つじばしゃ__#は、貴族が乗るような豪華な作りではない。
荷馬車みたいに広く、座席はベンチのように横並びに座る。
御者に運賃を先に支払うと、プリムローズたちは馬車に乗り込んだ。
他人との相乗りだと思っていたが、幸運にも誰も乗っていなかった。
「私たちだけしか、乗っていない。
途中から乗ってくるかもしれないが、それまでは気ままにいられるな」
ロッタはこう話すと、座り放題の椅子に腰を下ろす。
「あの~う、プリムローズ嬢。
本の話の続きをしたくて、ちょっと興味あるんです」
「ジャンヌ様、本の何を知りたいの?」
街路灯の灯りでかろうじて、彼女の頬を赤らめているのがわかる。
どうしてジャンヌが、そんなに興味あるのか不思議に思う。
「本の題名とかー。
書かせている内容です」
「2冊あって、題名はー。
【初めての夜の過ごし方】と、【炎と蝋燭】よ。
【初めての夜の過ごし方】は、心構えと作法を細かく書かれた本です」
「【初めての夜の過ごし方】は、題名からして普通の指南書みたいだな」
ジャンヌに比べてロッタは、そんなに本に興味はなさそうだった。
そんなロッタを無視して、ジャンヌは知りたくてプリムローズへ質問してくる。
「それで、【炎と蝋燭】はどんな感じの本なんですか!?」
「複数の女性と関係を持っていた婚約者と、婚姻する主人公の不安と葛藤描いたものです」
プリムローズが本の内容を話すと、二人は同時におおーと叫んで瞳を輝かす。
「私も興味が出てきた。
もっと、詳しく教えてくれないか」
「ジャンヌ様だけでなく、ロッタ先輩ですか」
婚約者の女性問題に、娘が悩む姿に母親は頭を痛めた。
こんな男に、大切な娘を嫁がさなくてはならない。
腹を痛めて産んだ我が子を、心から哀れんだ。
可愛い娘が捨てられないようにするには、どうしたらよいのか。
考え抜いた結論はー。
「高級娼婦を先生として、男性の扱い方を学ばれるため。
周りに秘密にして、娼婦を屋敷に通わせたのです」
「娼婦って、お金をもらって男性を喜ばせる女性ですよね」
「その道の人に教わるほうが確実だけど、依頼した母親の決断は凄いな」
斜め上行く思考に、ジャンヌとロッタは娼婦という職業に反発しながらも好奇心が勝る。
高級娼婦とは、上流貴族の男性を専属に相手する。
祖国では、国が認めた職業だとプリムローズは説明した。
「認めていても、自分の父親が母親以外にそんな女性と付き合っていたら軽蔑する。
そんな余裕な財力がないから、家の父親は安心だけどさ」
「ロッタったら…。
【炎と蝋燭】は、大人の男女関係が複雑な感情が入り乱れる感じがします」
「娼婦が主人公に、相手に飽きられない様に助言するの。
炎は、燃え上がる愛を表し。
炎で溶けていく蝋燭を、燃えるような体熱を表現しております」
「思ったとおり、官能的な本のようだな」
「ねえねえ、ロッタも【炎と蝋燭】を読みたいでしょう!?
プリムローズ嬢、その本私たちに貸してください」
「いや、私はべつに…」
ジャンヌに乗せられる形なり、ロッタも本を読まされてしまう羽目になる。
「あまりお勧めできないわ。
途中で読むのをやめた本です。
それでもお読みになりたいの?」
「他人には尋ねにくいことが書かれているのでしょ。
今後の予備知識として、拝読してみたいのです」
「ジャンヌ様がそうおっしゃるなら……。
帰国したら送ります」
プリムローズが薦めていた【真実の愛を求めて】よりも、いかがわしい本を気にいっているのは何故なんだろうか。
『私が読む気が失せた本なのにー。
私たち、好みが違うようね』
「嬉しいー!!
お約束、忘れないくださいね。
ロッタ、貴女も楽しみでしょ?」
「う~ん、そうだな。
読めるのが待ち遠しいかも?」
ロッタの返しは本を本気で読みたいとは思って無さそうだ。
彼女はジャンヌのためを思って、無理して話を合わせているのだとプリムローズは疑っていた。
「君は、【馬齢を重ねる】って言葉を聞いたことあるかい。
年を重ねるにつれて経験や物事への理解が深まり、考え方が変化していくことを示唆する場合があるという意味だ」
「私たちと同じ年齢になって読み直せば、考えも変わるとロッタは言いたいようね」
二人が何を言わんとしているかを、プリムローズは段々と分かりかけてきた。
「なるほど、そういう考え方もあります。
【炎と蝋燭】は題名からして、2歳で読む本ではございませんもの」
これにはジャンヌもロッタも驚きを通り越して、顔に笑いすら浮かべてしまう。
「ハハハ、再度読んでみるといい。
君の好きな本よりも、もしかして好きになるかもしれないよ」
「固定観念を捨てて読めば、プリムローズ嬢も未知の知識が広がります」
「本を貸して返却されてから、最後まで読んでみます。
成人する前に、必ず私に戻してくださいね」
本の話しをしているうちに、セント・ジョン軍学園の学舎が見えてきた。
色々ありすぎたバザールは、とっぷり日が暮れ残り少なくなる。
プリムローズから夫婦の営みについて、発破をかけられた男は普段よりベッドの上で燃えてしまう。
その被害を受けたメリーが、涙ながらにプリムローズへ文句を言っていた。
この日の情事で、ふたりの間に子を授かる切っ掛けになる。
プリムローズがこれを知るのは、残念ながら帰国してからであった。
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追放聖女35歳、拾われ王妃になりました
真曽木トウル
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