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朝焼けの街 (カハルサーレ)
23. 市で果物を買う
しおりを挟む「******」
面食らった私がじっと立っていると、フラミンゴおばさんが話しかけてきた。駆け落ち男性みたいな演劇臭さはないけど、イントネーションは抑揚の激しいケルト訛りの英語に似ている。なのにどうにも単語が掴めない。
カチューシャや爺様の通訳によると、『この果物が旬だ』とか『こっちはお買い得だ』とか売り込んでいるのだとか。なんの反応もない客というのも不気味なので、ところどころ頷いておいた。
≪フィオ、どんな果物が好き? それともあっちの野菜?≫
私はその場で身体を捻っては、フィオが極小の覗き穴から店内を物色できるようにする。
≪お腹が長くてしましま紫の!≫
≪……紫縞瓜じゃな≫
≪あっちの青くてお尻がぷっくりの!≫
≪……青洋梨じゃな≫
爺様がいちいち特定してくれた。こっちの世界でも瓜や梨が存在していた。まぁ人間もいれば、犬や猫もいるんだし、植物だって似たり寄ったりだよね、色はともかく。
『縞瓜』は、おじいちゃんの好物の真桑瓜に似ていた。『梨』じゃなくて『洋梨』って脳内変換されたのは、私が『洋梨』と『日本の和梨』を別物として頭に登録している上に、この世界にも双方に該当するものが存在するからだろう。
フィオに数を尋ねると、各二つくらい、と応える。話し方からすると遠慮しているみたいだ。うーん、これは倍の四個くらい買ってあげたいなぁ。結界突破記念だからねぇ。
でも八個持てる腕力もない。爺様の魔法バッグを使えば重さは解決するけど、ちっとも膨らまないだろうから目立つ。
とりあえずは各三個で我慢してもらおう。
≪爺様、カチューシャ。どこにも値札が見えないよ。紫縞瓜三個と青洋梨三個って買えると思う?≫
≪そ、そうね? …………たぶん?≫
≪こ、こういうのは実験ではないかの?≫
単なる食料品の買い出しだよね? 仕方ないので、私は店主にニコッと笑顔を作り、縞瓜を指さして、右手の指を三本立て、次は洋梨で同じジェスチャーをした。
ここでは数字の1は親指を立て、2だと親指と人さし指、3を表すときには親指・人さし指・中指を立てる。周りの人たちを観察していたから、すでに把握済み。ようするに欧米だと大陸式の数え方。
ピンクの髪したフラミンゴおばさんが、何やら話しながら頷いてくれる。『縞瓜三個と洋梨三個ね』的なことを言ったのだと思う。
≪それと、他に要らないのかって訊いてるわよ≫
カチューシャが念話通訳してくれる間ちょっと考えるフリをして、最後に首を横に振る。軽く残念そうな顔をされたから、どうやら通じたらしい。
≪どちらも三クイッド、合わせて六クイッドですって≫
≪ならば、林檎硬貨ならば余裕で買える筈じゃ≫
都会ネズミ組が≪そこそこ高額なのは確実≫と声を揃える。『そこそこ』って何。
おまけにさっきから私の頭の中では、お金の単位が俗称で『クイッド』、正式には『ポンド』って変換されつづけてる。多分、『円』だと俗称を使う習慣がないからだと思う。
目の前の店主は、イギリス式に『クイッド』なんて音は発してないんだよなぁ。
首を傾げていると、また合計金額を繰り返してくれたが、どこからどこまでがお金の単位で、どこが動詞なのか不明だ。おばさんが指を三本立てながら「三」を連呼してくれたおかげで、そっちは覚えた。
「……イリ?」
私は篭の中に取り分けられた縞瓜と洋梨をくるんとまとめるように指で示し、小首を傾げる。
そうすると、「六イリ! 六イリ」とフラミンゴおばさんが頷いていた。カチューシャや爺様にもチェックしたけど、≪イリ≫って音が脳内でそのまま通じたから確定だ。
意を決して、おばさんに硬貨を一枚渡す。多すぎなのか、足りないのかすらわからない。一瞬、眉間に皺が寄った! しばらく逡巡して、はぁ仕方ないねぇって顔で受け取ってくれた。
……市井で渋られる金額を四枚も大盤振る舞いしてくれちゃったの? 大丈夫か、あのお坊ちゃん。
≪お釣りはまず16、32、48イリで、それから56イリときて、57イリ、58イリちょうど≫
ちょっと待って。カチューシャが通訳してるけれど、緊張で理解できない。とっても困った顔で上目遣いにうるうるすると、おばさんが一枚ずつ持ち上げながら繰り返してくれた。
差し出された手が桃色。地球の白人の肌だって実際は赤みがかっているから、そこまで違和感はないと思おう。
最後に二枚渡してきた、四つ葉のクローバーみたいな硬貨が一イリでしょ。最初のトウモロコシの粒みたい硬貨は一枚で16イリ。それが三枚。途中の硬貨一枚は、56引く48で……8イリ!
爺様たちにも金額を覚えてもらうように頼んで、お釣りを小さな巾着袋にしまう。今朝から財布代わりとして用意しておいた地球製の袋は、異国情緒はあるけどこちらの世界でも十分いける、と都会ネズミ組がチェック済み。
初のお買い物、成功である。お腹に回した爺様の斜め掛け袋へ二個だけ詰め込み、残りの果物は手の中に抱えながら、慌ててその場を退散した。
本当は魔力を一切込めなければ、収納魔術は発動しないらしい。でも今朝ちょこっと練習しただけじゃ、手のひらから自然に魔力が出るのを止められないんだもん。
落ち込んでいる暇はない。こちらの世界でも、市が立つのは決まった日の限られた時間なのだ。荷台の陰でリュックを降ろし、中に隠れたフィオへ一個だけこそっと渡す。あとは全て魔法袋にしまうと、市場に戻って辺りを見渡した。
≪あ、カチューシャ。あそこに服屋さん≫
≪古着よ? 一般人の下げ渡しなんて、正気なの?≫
≪遠慮せず、自分に合わせたものを作らせればよかろう≫
爺様とカチューシャの日常が窺えるよ。はぁ、と私は溜め息をついた。
カチューシャ的にありえる『下げ渡し』は、王族の下賜した『褒賞服』。家宝になるんだって。それ、参内が許されたご身分でないと無理なやつじゃね?
爺様は旅先ですら、仕立て人を旅館に呼びつけるお立場だった。面倒だからって言い訳してるけど、お金とツテがないと無理なやつだ。
≪あのね、オーダーメイドは細かく寸法計るために、ローブを脱がないといけないでしょ。第一、この格好でまともな店に入れると思う? よくて入店拒否、最悪通報されるよ。
古着のほうが、『一昨日、こっちの世界に来たばっかりです』って宣言してないから安全なの!≫
私は流行遅れの田舎ネズミでいいのだ。露天商のそばへ歩みを進めた。濃い紫色の陰気臭い地面すれすれコートに、同じ色で陽気な爆発ドレッドヘアーという、おしゃれの着地点が謎すぎる店主が振り返って……うわぁ、肌が吸血鬼!
病的な顔も耳も首も長袖から覗くやつれきった両手も、うっすら確実に紫色っぽい白肌だ。
≪え!? 店主が魔界の魔人!?≫
≪は!? 魔界だなんて空想小説でも今どき登場しないわよ≫
カチューシャに呆れられてしまう。爺様には≪大丈夫か、頭?≫と心配されてしまう。フィオには≪芽芽ちゃんみたいに違う世界の人なの?≫と純粋に質問された。
いかん、じろじろ見たら警戒される。服をカウントしよう。吸血鬼屋じゃなくて服屋さんだもん。
コートやワンピースは、傍らの木枠で出来たカートにハンガーで引っ掛けてある。あ、ハンガーが存在するのか。いや、必要なのは服だよ吸血鬼服。
駄目だ、動揺が暗黒大蒜だ。じゃなくて落ちつけ紫な私。
****************
※芽芽は、某胡麻通りのカウント大好き伯爵のファンでして。
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