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朝焼けの街 (カハルサーレ)
24. 古着と靴を買う
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鉄分の枯渇しきった吸血伯爵の存在は深く考えない。竜と魔法の世界だもの、紫エリマキトカゲさんだと脳内変換することにした。
≪あ、これ可愛い!≫
フィオの鱗とお揃いの緑色!
優しい若竹色のコートが目に留まり、思わず手に取る。童話の赤頭巾ちゃんを緑にしたデザイン。体に当ててみると、長さはちょうど膝下くらいかな。大きめの木製ボタンは、野薔薇を六弁にしたような花型。
フードとケープの部分、そして袖口やコートの裾まで、花模様の刺繍リボンで縁取りしてある。私のリュックの肩紐に巻きつけたハンカチや、ネックストラップのチロリアンテープの柄とすごく合いそう!
≪~~~でもお花は絶対ダメだ。男のフリしたいし≫
≪それ、男ものよ?≫
――どこが?
見たら判るでしょ、とカチューシャに返されたけど、さっぱりすっぱり判んない。もしかしてボタン合わせの位置が、右前か左前かの違い?
≪は? 単純に身体の正面で留めてないじゃない≫
男の人はシャツもコートも、上着は左わきか右わきで開け閉めするのだそうだ。ベルト紐も、腰の横手で結ぶ。逆に女の人の上着は真ん中で合わせて、帯を中央か後ろで結んで垂らすらしい。
今までちっとも気づかなかったけど、周囲を見渡せば男女で見事に分かれていた。
≪だとしても、全体的にもっと目立たないのを探さなきゃ≫
どこにでもある、誰にでも似合いそうな、まったく記憶に残らない没個性的ファッションで身を守るのだ。人混みに紛れるスパイは、どぶネズミ色とか、くたびれた土色のコートがお約束である。
≪えー、可愛いよ? 芽芽ちゃん、お花が似合うと思う!≫
ありがとう、フィオ。気持ちはうれしいが、私は人間界では身を隠さねばならぬ魔王の身。
≪構わんじゃろう。旅芸人は、月の四色から外れた色が多い≫
≪そうね。この国の平均的な服装してたら、逆に芽芽の変さが際立つわよ。異国の服で誤魔化しなさい≫
そこの姐さんや、ちょいとオハナシしよーでは……ん? つまり、あの若竹色のコートはこの国の服ではないのかい?
≪だって月の四色でも、帝国で流行の暗黒系でもないでしょ。
多分、国五つ向こう、壁際の山岳地帯のファッションよ。留め具がこの国のものじゃないもの。花の刺繍も、どこか壁の少数民族っぽいし≫
昨日、爺様が地理も教えてくれた。『壁』は、この大陸の中央近くで南北を断絶するようにそびえる山脈の略称だ。
文化も、人種も、感性も、何もかもが南北でまったく異なるらしい。昨夜の蛍のような妖精便りの解釈もその一例。
≪さすが変わり者じゃ。真っ先に普通じゃない服を選びおったか≫
爺様がナチュラルに感心してるのが逆に悔しい。別に変人街道まっしぐらを狙ったわけじゃないもん。単にふつーに『可愛い』と思ったのが若竹色のコートだっただけだもん。
≪芽芽、こっちにもさっきの国のがあるわ。露店だけあって、誰も買わなさそうな異国ものが多いわね≫
落ち込んでいる私を尻目に、カチューシャがブラウスやシャツを並べた一角へ移動する。色とりどりの花の刺繍が施されてあるし、カーディガンまであった。かなり可愛い。かなり好み。
そしてなぜかどれも男物。これだけ花尽くしなのに女物じゃないって感性がミジンコも解らない。
爺様の解説によると、その民族が住む高原は豊富な種類の花が咲き乱れているのが自慢で、主要産業が花の精油や薬草らしい。フィオが喜びそうだ。いつか一緒に旅してみたくなった。
緑頭巾ちゃんコートをもう一度手に取り、もじゃもじゃ頭の店主を見る。50イリと教えてくれた。かなり安くない?
ヴィンテージで逆に超高級品って可能性も覚悟したのに。これはもう、運命の出会いだよね?
≪皆が言うなら……異国情緒な着ぐるみで、私攻めます!≫
普段は旅芸人な緑色コートを私の特徴にして、周囲の目をそこに引き付ける。やばくなったら捨てるのだ。時間が許せば、火の魔法で焼却も要検討。
惜しいけど命には代えられない。爺様の魔王な紺色コートを被って、闇に紛れねば。
私は下着に兼用できそうなシャツや靴下も含め、ちゃちゃっと掻き集めて店主に渡した。予算オーバーなら1つずつ減らしていけばいい。
≪150イリですって≫
むむむ。現在、所持金は186イリ。ギリギリを攻めてきたぞ。とはいえ地球の服で旅する度胸はない。目ざとい人ってどこにでもいるもの。
まずは左右全部の指をパーにして手の平を見せる。次に左手だけパーにして、「イリ」と付け足して首を傾げると、何度も紫もじゃもじゃ頭が頷いていた。
≪果物と比べるとだいぶ高いなぁ。ねぇ、ひょっとして洋服と果物じゃ、税率が違うの? それと、こういう時って値段交渉するの?≫
≪…………≫
ごめん。訊いた私が悪かった。老人も犬も竜も押し黙ってしまったので、一人で考えることにする。さっき別の客が服を購入してたときは、なんか交渉してた感じだったのだよ。こう、指を何本か立ててさ。
試しに、紫エリマキトカゲ氏に向かってにっこり笑いかけてみる。左右全部の指をパーにして手の平を見せ、「イリ」と付け足す。指10本、つまり100イリでどうだ。
≪それじゃ商売にならないって言ってるわ≫
でも笑顔のままだし、そこまで怒らせてないね。じゃあこれは? 指十本開いて、一回ぎゅっと拳を握って、次は次に左手の親指を一本だけ立てる。そして小首をぴょこっと傾げる。譲歩して110イリだよ、ダメ?
替えの下着も最低限に絞ったんだもの、出来れば全部ください、お願い。
≪芽芽が可愛いから、110イリでおまけしてくれるって。
――はぁ? 何それ。だったら100イリでも一緒でしょ!≫
なぜかカチューシャが食い下がっていた。値引きしてくれるんだから、お行儀よくしておくれ。
私はぺこりとお辞儀をしてから林檎硬貨二枚を渡して、満面の笑みでおまけの麻袋に入れてもらった衣類とお釣りを受け取った。
≪あとは……靴だよ、靴≫
どっか売ってないかな? 地球製登山靴を見せられないからフィッティングが不可能だけど、いっそのこと靴下とか詰め込んじゃえば多少大きめでもなんとかなるはず。
≪芽芽、広場の反対側。靴が並んでるわ≫
人や荷台の合間を通り抜け、カチューシャを見失わなわないように必死についていくと、地面にいくつもの靴を並べた露天が出現した。
服の詰まった買い物袋が重たい。私は店の真ん中あたりにしゃがみ込むと、麻袋を両膝の間に挟み、少し大きめの靴のラインを見つめる。カチューシャ曰く、男女共用のデザインを取り揃えているようだ。
≪今見てる水色の靴が8イリですって≫
果物六個と2イリしか変わらない。これは絶対にお買い得品だ。耐久性は無視。現地製であることが最優先なのだ。
ぼってり太った小柄の中年店主が笑顔で勧めてくれた。誰も店に寄りつかないから相当暇だったみたい。
今度は薄っすら……何色だろう。こんがり日焼けしている。
薄黄色の髪は胸くらいまで。後ろで一つに縛って、ちょろりと垂らしている。これが『隣国風』の髪型ってやつなのかな? 口元も短くちょろりん髭。小さな瞳と口には不釣り合いなムフっとした大鼻のせいか、ウォンバットに似た愛嬌のあるお顔。
オレンジ色のメッシュが髪の左右に一房ずつ混ざっているのは、この国の『王都風』ファッションなんだって。染めた当初は赤色だったはず、と爺様が断言していた。月の色を組み合わせるのが特徴らしい。
≪えっと……男の人で長い髪を後ろで一つが隣の国。二つのお月様の色はこの国の一番大きな街の人……あれれ? この人はどっちの人?≫
リュックの中で復唱していたフィオが困惑してる。趣味嗜好って難しいよねぇ。でも、人間の出身地や階級を推測する手掛かりになるから、比較材料を把握しておくのは大事。
じゃあこっちは? と隣の靴を指さしてみる。カチューシャによると、7イリ。
≪カチューシャ、今からいろいろな靴を指してくから、このおじさんが6イリって答えたのと、9イリって答えた靴がないか覚えてて!≫
私はいくつか違うデザインのものを、手当たり次第に指さしては、陽気なウォンバットおじさんのセリフをそのつど真似した。そしてカチューシャに6イリの商品と9イリの商品を教えてもらう。
「6イリ、7イリ、8イリ、9イリ?」
にっこり笑いかけながら、それぞれの値段の商品を何回か繰り返し指さす。幸い他に客も来ないので、店主も苛立つ様子はない。
「そうやそうや」
なるほど、『はい、そうです』はそう発音するのだね。カチューシャに言わせると、このおじさんは帝国の属国である、南国訛りらしいのだけど。歌うようなイントネーションが、第二の母国のお隣さん、ウェールズ訛りを思わせて妙に心地いい。
次は左右の指を十本立てる。右の指を閉じたり立てたりしながら、「6、7、8、9?」と尋ねて、小指をぴょこぴょこさせると、最後の10という数字を教えてくれた。じゃあ、左手のほうは? と小首を傾げる。
黄ウォンバットさんは、私が何したいかすぐに解ってくれた。むちむちっとした短い両手をぐいっと突き出して、「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」とリズムよく指を立てていく。私も『それが知りたかったの!』的な笑顔全開で、同じように数を数える。
そのまましばらく、即席・出張幼稚園をお付き合いいただいた。かたじけねぇ。
≪たしか……穴が開いた硬貨は全て小銭じゃったかの≫
爺様が頑張っているけど、どれが何イリなのかまでは判別できてない。コートで隠した店主の腰元には、形の異なる硬貨が四種類、別々の紐に通して垂らしてあった。
「10イリ!」
一番高かった駱駝色の靴を指さし、試しにトウモロコシの粒みたいな形の16イリ硬貨を一枚見せる。林檎硬貨のお釣りでもらった中で、穴が開いていないのはこの一種類だけだ。
ウォンバットおじさんは硬貨を椅子代わりにしていた箱の中に放り込む。そして腰紐の束から、中央に丸い穴の開いた四つ葉のクローバーみたいな1イリ硬貨を私の手の平に押し出してくれた。
≪馬助1枚もらったから、お釣りは小花6枚ですって≫
覗き込んできたカチューシャの通訳によると、トウモロコシ改め、馬の蹄鉄を模した硬貨が通称『馬助』。そのお釣りとして渡されたのが、四花弁の形をした通称『小花』硬貨。
もうね、覚えることが多すぎる。
おじさんは、サイズを確かめなくていいかとか、とか話しかけてくれたみたい。『大丈夫ですご心配なく』という趣旨を顔と動作でなんとか表現して、ぺこりとお辞儀。
そのまま来た道を急いで戻った。
≪あ、これ可愛い!≫
フィオの鱗とお揃いの緑色!
優しい若竹色のコートが目に留まり、思わず手に取る。童話の赤頭巾ちゃんを緑にしたデザイン。体に当ててみると、長さはちょうど膝下くらいかな。大きめの木製ボタンは、野薔薇を六弁にしたような花型。
フードとケープの部分、そして袖口やコートの裾まで、花模様の刺繍リボンで縁取りしてある。私のリュックの肩紐に巻きつけたハンカチや、ネックストラップのチロリアンテープの柄とすごく合いそう!
≪~~~でもお花は絶対ダメだ。男のフリしたいし≫
≪それ、男ものよ?≫
――どこが?
見たら判るでしょ、とカチューシャに返されたけど、さっぱりすっぱり判んない。もしかしてボタン合わせの位置が、右前か左前かの違い?
≪は? 単純に身体の正面で留めてないじゃない≫
男の人はシャツもコートも、上着は左わきか右わきで開け閉めするのだそうだ。ベルト紐も、腰の横手で結ぶ。逆に女の人の上着は真ん中で合わせて、帯を中央か後ろで結んで垂らすらしい。
今までちっとも気づかなかったけど、周囲を見渡せば男女で見事に分かれていた。
≪だとしても、全体的にもっと目立たないのを探さなきゃ≫
どこにでもある、誰にでも似合いそうな、まったく記憶に残らない没個性的ファッションで身を守るのだ。人混みに紛れるスパイは、どぶネズミ色とか、くたびれた土色のコートがお約束である。
≪えー、可愛いよ? 芽芽ちゃん、お花が似合うと思う!≫
ありがとう、フィオ。気持ちはうれしいが、私は人間界では身を隠さねばならぬ魔王の身。
≪構わんじゃろう。旅芸人は、月の四色から外れた色が多い≫
≪そうね。この国の平均的な服装してたら、逆に芽芽の変さが際立つわよ。異国の服で誤魔化しなさい≫
そこの姐さんや、ちょいとオハナシしよーでは……ん? つまり、あの若竹色のコートはこの国の服ではないのかい?
≪だって月の四色でも、帝国で流行の暗黒系でもないでしょ。
多分、国五つ向こう、壁際の山岳地帯のファッションよ。留め具がこの国のものじゃないもの。花の刺繍も、どこか壁の少数民族っぽいし≫
昨日、爺様が地理も教えてくれた。『壁』は、この大陸の中央近くで南北を断絶するようにそびえる山脈の略称だ。
文化も、人種も、感性も、何もかもが南北でまったく異なるらしい。昨夜の蛍のような妖精便りの解釈もその一例。
≪さすが変わり者じゃ。真っ先に普通じゃない服を選びおったか≫
爺様がナチュラルに感心してるのが逆に悔しい。別に変人街道まっしぐらを狙ったわけじゃないもん。単にふつーに『可愛い』と思ったのが若竹色のコートだっただけだもん。
≪芽芽、こっちにもさっきの国のがあるわ。露店だけあって、誰も買わなさそうな異国ものが多いわね≫
落ち込んでいる私を尻目に、カチューシャがブラウスやシャツを並べた一角へ移動する。色とりどりの花の刺繍が施されてあるし、カーディガンまであった。かなり可愛い。かなり好み。
そしてなぜかどれも男物。これだけ花尽くしなのに女物じゃないって感性がミジンコも解らない。
爺様の解説によると、その民族が住む高原は豊富な種類の花が咲き乱れているのが自慢で、主要産業が花の精油や薬草らしい。フィオが喜びそうだ。いつか一緒に旅してみたくなった。
緑頭巾ちゃんコートをもう一度手に取り、もじゃもじゃ頭の店主を見る。50イリと教えてくれた。かなり安くない?
ヴィンテージで逆に超高級品って可能性も覚悟したのに。これはもう、運命の出会いだよね?
≪皆が言うなら……異国情緒な着ぐるみで、私攻めます!≫
普段は旅芸人な緑色コートを私の特徴にして、周囲の目をそこに引き付ける。やばくなったら捨てるのだ。時間が許せば、火の魔法で焼却も要検討。
惜しいけど命には代えられない。爺様の魔王な紺色コートを被って、闇に紛れねば。
私は下着に兼用できそうなシャツや靴下も含め、ちゃちゃっと掻き集めて店主に渡した。予算オーバーなら1つずつ減らしていけばいい。
≪150イリですって≫
むむむ。現在、所持金は186イリ。ギリギリを攻めてきたぞ。とはいえ地球の服で旅する度胸はない。目ざとい人ってどこにでもいるもの。
まずは左右全部の指をパーにして手の平を見せる。次に左手だけパーにして、「イリ」と付け足して首を傾げると、何度も紫もじゃもじゃ頭が頷いていた。
≪果物と比べるとだいぶ高いなぁ。ねぇ、ひょっとして洋服と果物じゃ、税率が違うの? それと、こういう時って値段交渉するの?≫
≪…………≫
ごめん。訊いた私が悪かった。老人も犬も竜も押し黙ってしまったので、一人で考えることにする。さっき別の客が服を購入してたときは、なんか交渉してた感じだったのだよ。こう、指を何本か立ててさ。
試しに、紫エリマキトカゲ氏に向かってにっこり笑いかけてみる。左右全部の指をパーにして手の平を見せ、「イリ」と付け足す。指10本、つまり100イリでどうだ。
≪それじゃ商売にならないって言ってるわ≫
でも笑顔のままだし、そこまで怒らせてないね。じゃあこれは? 指十本開いて、一回ぎゅっと拳を握って、次は次に左手の親指を一本だけ立てる。そして小首をぴょこっと傾げる。譲歩して110イリだよ、ダメ?
替えの下着も最低限に絞ったんだもの、出来れば全部ください、お願い。
≪芽芽が可愛いから、110イリでおまけしてくれるって。
――はぁ? 何それ。だったら100イリでも一緒でしょ!≫
なぜかカチューシャが食い下がっていた。値引きしてくれるんだから、お行儀よくしておくれ。
私はぺこりとお辞儀をしてから林檎硬貨二枚を渡して、満面の笑みでおまけの麻袋に入れてもらった衣類とお釣りを受け取った。
≪あとは……靴だよ、靴≫
どっか売ってないかな? 地球製登山靴を見せられないからフィッティングが不可能だけど、いっそのこと靴下とか詰め込んじゃえば多少大きめでもなんとかなるはず。
≪芽芽、広場の反対側。靴が並んでるわ≫
人や荷台の合間を通り抜け、カチューシャを見失わなわないように必死についていくと、地面にいくつもの靴を並べた露天が出現した。
服の詰まった買い物袋が重たい。私は店の真ん中あたりにしゃがみ込むと、麻袋を両膝の間に挟み、少し大きめの靴のラインを見つめる。カチューシャ曰く、男女共用のデザインを取り揃えているようだ。
≪今見てる水色の靴が8イリですって≫
果物六個と2イリしか変わらない。これは絶対にお買い得品だ。耐久性は無視。現地製であることが最優先なのだ。
ぼってり太った小柄の中年店主が笑顔で勧めてくれた。誰も店に寄りつかないから相当暇だったみたい。
今度は薄っすら……何色だろう。こんがり日焼けしている。
薄黄色の髪は胸くらいまで。後ろで一つに縛って、ちょろりと垂らしている。これが『隣国風』の髪型ってやつなのかな? 口元も短くちょろりん髭。小さな瞳と口には不釣り合いなムフっとした大鼻のせいか、ウォンバットに似た愛嬌のあるお顔。
オレンジ色のメッシュが髪の左右に一房ずつ混ざっているのは、この国の『王都風』ファッションなんだって。染めた当初は赤色だったはず、と爺様が断言していた。月の色を組み合わせるのが特徴らしい。
≪えっと……男の人で長い髪を後ろで一つが隣の国。二つのお月様の色はこの国の一番大きな街の人……あれれ? この人はどっちの人?≫
リュックの中で復唱していたフィオが困惑してる。趣味嗜好って難しいよねぇ。でも、人間の出身地や階級を推測する手掛かりになるから、比較材料を把握しておくのは大事。
じゃあこっちは? と隣の靴を指さしてみる。カチューシャによると、7イリ。
≪カチューシャ、今からいろいろな靴を指してくから、このおじさんが6イリって答えたのと、9イリって答えた靴がないか覚えてて!≫
私はいくつか違うデザインのものを、手当たり次第に指さしては、陽気なウォンバットおじさんのセリフをそのつど真似した。そしてカチューシャに6イリの商品と9イリの商品を教えてもらう。
「6イリ、7イリ、8イリ、9イリ?」
にっこり笑いかけながら、それぞれの値段の商品を何回か繰り返し指さす。幸い他に客も来ないので、店主も苛立つ様子はない。
「そうやそうや」
なるほど、『はい、そうです』はそう発音するのだね。カチューシャに言わせると、このおじさんは帝国の属国である、南国訛りらしいのだけど。歌うようなイントネーションが、第二の母国のお隣さん、ウェールズ訛りを思わせて妙に心地いい。
次は左右の指を十本立てる。右の指を閉じたり立てたりしながら、「6、7、8、9?」と尋ねて、小指をぴょこぴょこさせると、最後の10という数字を教えてくれた。じゃあ、左手のほうは? と小首を傾げる。
黄ウォンバットさんは、私が何したいかすぐに解ってくれた。むちむちっとした短い両手をぐいっと突き出して、「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」とリズムよく指を立てていく。私も『それが知りたかったの!』的な笑顔全開で、同じように数を数える。
そのまましばらく、即席・出張幼稚園をお付き合いいただいた。かたじけねぇ。
≪たしか……穴が開いた硬貨は全て小銭じゃったかの≫
爺様が頑張っているけど、どれが何イリなのかまでは判別できてない。コートで隠した店主の腰元には、形の異なる硬貨が四種類、別々の紐に通して垂らしてあった。
「10イリ!」
一番高かった駱駝色の靴を指さし、試しにトウモロコシの粒みたいな形の16イリ硬貨を一枚見せる。林檎硬貨のお釣りでもらった中で、穴が開いていないのはこの一種類だけだ。
ウォンバットおじさんは硬貨を椅子代わりにしていた箱の中に放り込む。そして腰紐の束から、中央に丸い穴の開いた四つ葉のクローバーみたいな1イリ硬貨を私の手の平に押し出してくれた。
≪馬助1枚もらったから、お釣りは小花6枚ですって≫
覗き込んできたカチューシャの通訳によると、トウモロコシ改め、馬の蹄鉄を模した硬貨が通称『馬助』。そのお釣りとして渡されたのが、四花弁の形をした通称『小花』硬貨。
もうね、覚えることが多すぎる。
おじさんは、サイズを確かめなくていいかとか、とか話しかけてくれたみたい。『大丈夫ですご心配なく』という趣旨を顔と動作でなんとか表現して、ぺこりとお辞儀。
そのまま来た道を急いで戻った。
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