日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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薄墨の章 多賀国府6

~大鳥居山~ 3

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「お呼びでございますか?」
 経清は、登任の前に控えて言った。
「うむ。頼みがあって来てもらった。」
 登任は、おもてをあげた経清を見ながらうなずいた。
「気仙郡家に行ってもらいたい。」
 登任は、続ける。
「為時殿のところですか?」
 緊張したおも持ちで、経清が聞き返す。
「廻文が戻らぬのだ。朝賀にも顔を見せなかった為行はともかく、為時からも音沙汰がないのはわけが分からぬ。・・・というよりはまずいのだ。」
 登任は、神経質そうに扇を持った指先を震わせている。
「為行殿は、安倍次郎(貞任)殿の舅にあたります。そして、為時殿は為行殿の兄御です。もとよりこたびの一事、金氏に知られては、よろしくないのでは?」
 経清は確認するように尋ねた。
「むろん、それは承知の上じゃ。その上で、気仙郡を抑えておき、軍の後背を突かれてしまう危険を取り除いておかねばならぬのじゃ。」
 登任は苛立ちをあらわにして、閉じた扇で自分の左手を幾度も叩いた。
「であれば、廻文は為時殿のみにすべきであったかと・・・。」
 経清は、少し当惑気味に言った。
「繁成が、金氏を抑えよと申すから成したまでじゃ。」
 投げやり気味に登任が言う。
「分かりました。過ぎたことは、もはや申しません。では、ご用命は気仙郡司金為時殿を、説けということですね。」
 経清が、居ずまいを正して問うた。
「そ、そうじゃ。無理に参戦せよとは言わぬ。せめて動かずいてくれれば、良いのだ。・・・・と、繁成が申しておった。」
 最後の方の声は小さく力なかったが、登任の用向きとは以上だった。

「なるほど、欲をかいた爺さんを、腕に覚えのある甥が焚き付けたという構図か。」
 永衡は事の次第を経清から聞いて、苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てた。
「腕だけでは無いようだぞ。すでに朝廷に向けて使いを送り、『奥六箇郡の司、安倍頼良なるもの、父祖の代より六郡を横行し人民を劫掠す。頼良もまた滋蔓なり。近年衣川の外にいでて、賦貢を滞らせ、徭役を勤めず、驕奢なり。よって、これを懲らしめるべき也。』と奏上させるそうだ。」
 経清は、深刻さを増した面持ちで言った。
「私戦のそしりをまぬがれるつもりか。」
 憮然として永衡は言った。
「さらには、秋田城介様は清原氏に手をまわし、中立を得るつもりらしい。」
 経清は続けた。
「なかなかに、良くない展開だな。」
 永衡が顎に手を当てる。
「・・・そこでだ。永衡も気仙郡に共に行ってもらいたい。」
 経清は、おもむろに言い出した。
「どういうつもりだ?儂とて、郡司ぞ?それに廻文の件はどうするのだ?先日、伊具郡にも廻ってきたぞ。」
 話の展開についていけず、永衡は慌てた様子をあらわにした。
「まずはこうするのだ。」
 経清は手招きして、声をひそめた。
「家人の中で目端の利くものに、『奉』に印した廻文を持たせ、開戦まぎわまで提出させないでおく。そして、伊具郡の兵は曰理郡の儂の郡衙に移動し待機させる。その上で、開戦と同時に曰理の宗任殿の舘を、すみやかに取り囲むようにする。ただし、終戦まで一切手出しはしないように厳命しておく。」
 経清は永衡の目を見据えながら、話しだした。
「まて、まるでその場に我らが居ないかのような言いぶりではないか。」
 永衡は、経清を小さく手で制して言った。
「まさにその通りだ。我らは気仙郡家に行き、為時殿に今回ばかりは動かぬように説いたのち、そのまま為行殿のところへ向かうのだ。」
 さらに声を小さくして、経清は言う。
「そうか、表向きは金氏を説得する任を務めていると同時に、戦には参加しているように見せかけるのだな?」
 永衡が目を見開いた。
「うむ。為行殿を通して、密かにこたびの仔細を頼良殿に伝え、われらもあちらに組みするのだ。この戦は、どのように策を労そうともあくまで私戦。こちら側に加担するわけにはゆかぬと思う。」
 経清は頷いて言った。
「そうだな、儂もそう思っておった。万が一、戦が始まる前に露見しそうになった場合は、『奉』に印した廻文を提出させて、時間を稼ぐという算段か・・・。」
 愁眉を開いたような表情で、永衡は言った。
「だが、儂まで一緒に付いていくというのは、いささか無理があるのではないか?」
 永衡は、戸惑いながら尋ねる。
「心配にはおよばん。今回の役目は、戦の帰趨を決する重要な使者だ。万が一にも失敗のないように、副使を付けて欲しいと、国守様に頼んだのだ。曲がりなりにも、位階は儂の方が貴殿より上であるからな、少しも疑われることは無かったわ。」
 経清は、うそぶくように言った。
「どうも、このあたりに引っかかる言い方だなあ。」
 永衡は、自分の胸のあたりを指して言った。
「そうむつけるな。あくまで形の上だ、気にすることはなかろう、殿。」
 経清は、永衡の肩を一度叩くと、その場から歩き去った。
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