日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

文字の大きさ
21 / 69
火焔の章 鬼切部1

~禿山~ 1

しおりを挟む
 小松柵に至ると、あいかわらず家任が良照の留守を守っていた。
 今回は先を急ぐ道行きであったため、またもここは挨拶だけして素通りした。

 磐井郡から衣川関を越えて膽澤郡へと入ると、街道の様子が変わった。

 道行く人影は見えなくなり、十里(約五~六粁米きろめーとる)毎に馬がつながれ、兵が待機していた。

「やあ。わしらは、安太夫殿のところへ伺う途中なのだが、ここでおぬしらは何をしておるのだ?」
 永衡が、つながれた馬のそばに建てられた、屋根をかけただけの簡素な小屋にじっと座っている小柄な兵に声をかけた。
「ごくろうさまでごぜえやす。べつだん、なにをしているつーわけでもねえけんども、おらはここでじっとまっているだけでごぜえやす。」
 するとおとこは、日に焼けた上に無精髭だらけの真っ黒な顔をあげて、のんびりとした口調で答えた。
「何を待っているのだ?」
 永衡がおとこの隣に座りながら聞いた。
「んだから、てまえのもんが馬にのってここさ駆けてきて、おそわったことをわしにつげるべ。したら、わしはこの馬さのって、つぎのもんのところさ駆けてって、おなじことをつげるんだあ。」
 おとこは、身振りを加えながら答える。

「なるほど。こうすれば、馬も疲れることなく、すみやかに遠方の様子を伝えることができるということか・・・。」

 経清はあまりの驚きに絶句していた。

『なんというからくりをつくり上げておるのだ、安倍氏あのものたちは・・・。』


 膽澤鎮守府の巨大な外郭南門が見えてくると、その光景に経清と永衡はどこか懐かしさをおぼえていた。
 城下の賑わいはあいかわらずであった。
 異国の賈人も見かける。

 もうすぐ四月の更衣こうい(一日)を迎えるというのに、膽澤の地はまだ肌寒かった。

 南門の巨木で造られた門柱の脇に、三つの小さな人影があった。

「経清、あれは頼良様の・・・。」
 永衡が目で指し示す。

「有加殿・・・。」
 言われて経清が目線を向けると、三つの小さな人影は、二人に向かってしとやかにゆうをした。


「経清様、永衡様、お待ちしておりました。遠路ご苦労様でございました。」
 二人が目の前に来ると、そう言って有加は少し膝を曲げて一礼した。
 中加と一加も姉にならって、膝を曲げ一礼する。
 妹ふたりの髪もだいぶ伸び、中加はすでに腰を越えていた。
 三つき程度しか経たぬあいだに、ずいぶんと大人びた姉妹を目の前にして、経清らは目をしばたいた。
「ひ、ひさかたぶりでございます。お三かたともつつがないようで、何よりでございました。」
 経清はあたふたと、礼を返しながら応えた。
「なぜ、われらがいまじぶんに到着することが分かったのだ?」
 永衡が、いぶかしげに中加に向かって尋ねた。
「五郎兄様がもう着く頃だと教えてくれたのです。」
 答えようとする中加の横から、満面の笑みで一加が口を挟む。
「けさほど到着した伝え馬が、永衡様たちがちょうど大麻生野柵おおあそうのさくを越えられたと告げたので、頃合いかと。」
 中加は一瞬、妹をにらみつけてから、永衡に答えた。
「おお、そういえばその伝え馬の一人に途中で会いました。そういうことでしたか。」
 永衡は、二人の様子に苦笑した。
「過日のあのおりは、大変有難うございました。これから忙しくなられるかと思い、その前にひと言お礼を申し上げたく、こうしてお待ちしておりました。」
 有加が、経清と永衡の顔を交互に見て言った。
「父が首を長くしてお二人をお待ちしております。どうぞこちらへ。」
 続けて言いながら、有加ら三人が経清らを先導し始める。
「頼良殿がわれらを待っておられた・・・。あ、お待ちくだされ。」
 すっかり鎮守府へ訪れた用向きを、忘れかけていた経清は、慌てて姉妹のあとを永衡と共に追った。


「三郎兄様、経清様と永衡様がお着きになられました。」
 正殿の入り口で背を向けて立っていた漢に、有加が声をかけた。

「おお、よくぞ参られた。朝賀以来でございますな。」
 振り向いた宗任が、笑顔で二人を迎えた。
「さ、こちらへ上がられよ。父がお待ちです。」
 頭を下げる二人を殿上へいざなった。
「ではまた後ほど。」
 有加らも二人に一礼し、その場を去った。

 やや薄暗い正殿内に、龍眼の安倍頼良をはじめ良照ら懐かしい顔が並んでいた。

 その中に、見知らぬ漢が一人いる。

 経清らは殿上を進み、頼良の前に出ると、座して言った。
「安太夫殿、お久しぶりでございます。過日は、心行き届いたもてなし、あらためて御礼申し上げる。」
 二人は手をついて一礼した。
「かたくるしい挨拶はなしだ。散位殿らも息災のようでなにより。遠路疲れたであろう。すぐに宴のしたくができるゆえ、しばし待たれよ。」
 頼良は、柔らかな笑顔で言った。

---すると、あの見知らぬ漢が咳払いをした。

「おお、そうであった。お二人は初めてであったな。この漢は清原光頼殿の弟御、武則殿の三男、荒川三郎武衡殿だ。以後よろしく頼む。」

頼良は、ややわざとらしく武衡を二人に引き合わせた。

「武衡殿、こちらの二人は、散位藤原経清殿と伊具郡司平永衡殿だ。こたびは、われらに加勢して頂けるとのことゆえ、よろしく頼む。」

 頼良がそう言うと、経清と永衡は揃って武衡に一礼した。
「ここで散位殿にお会い出来るとは、光栄にございます。お噂はかねがね聞きおよんでおります。以後お見知りおきを。」
 武衡は永衡を無視し、経清に顔を向け一礼すると、下げた顔でにやりと小さく笑った。

 うわぜいはあまり高くなく、ややきゃしゃで、顔色が悪いのが印象的であった。


 これが・・・のちに、経清にとって大きな関わりをもつ漢との最初の出会いであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

処理中です...