日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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火焔の章 鬼切部12

~小鏑山~ 6

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「まことか?」
 繁成は目の前の兵を押しのけて、軍沢に一番近い柵まで走り寄って行った。
 その後ろを貞成が慌てて追いかける。

「なんと・・・どういうことだ・・・」
 勢い良く立ちのぼる、炎と煙を見て、繁成は言葉を失った。

「城介様。」
 武官が、声をかけてきた。
 後ろに一人の兵を連れている。
 その者は、全身すすだらけで、頭や衣服の一部が焼け焦げている。

「どうした?、その者は?」
 父より先に、貞成が武官に尋ねた。

「俘囚の陣より、逃げてきた者でございます。」
 一礼して、武官が答えた。

「何があったのだ?」
 冷静さを取り戻した繁成が、真っ黒に煤けた兵の、目を見据えて尋ねた。

「一部の兵が逆心を抱き、火を放ったのです。陣内では、敵味方の区別も難しく、また火の勢いが凄まじく、逃げ場も容易に見つからない状態です。私は結局こちら側へと逃げて来てしまいました。」
 聞かれた兵は、落ち着かない様子であったが、視線を外さずに答えた。

「なるほど。貞成、好機であるぞ。この機に乗じて、俘囚どもを殲滅する。総攻めじゃ!」
 繁成は、そう言って対岸を指した。


 四千の繁成軍が、一斉に動き出した。

 矢を射掛けながら、軍沢へ降りていく。


 対岸からは散発的に応戦の矢が飛んでくるが、相当混乱しているのか、余り意味をなしていなかった。

 それでも、対岸の登り斜面になると、まだ燃え尽きていない柵も障害となり、繁成軍の進軍の勢いも一気に遅くなる。

 後方から続々と進んでくる兵に押されて、軍沢の河畔で大渋滞を引き起こしていた。


 ---その時、燃え盛る若神子原の陣から、一本の鏑矢が軍沢の上流へめがけて放たれた。

 すると、それに連鎖するように次々と更なる上流へ向けて鏑矢が飛び続けていく。

 繁成軍の者たちは、柴や柵が焼きはぜる音と、自分たちの怒号にかき消されて、その矢の音に気がつくものはいなかった。



「随分と盛大にやっておりますなあ。」
 永衡が、沢を見降ろす斜面に突き出た巨岩に腰をかけて、若神子原の陣の方角を眺めながら、宗任に言った。

 灰色の煙が火の粉とともに、もくもくと立ち上っている。

山側こちらまで燃え広がってくるということは、無いでのでしょうか?」
 経清は、少し心配げな表情である。

「なあに、浄めの炎よ。仕上げは水神様にお任せするゆえ問題なかろう。」
 宗任は、口調は冗談を言う様でありながらも、真顔で答えるのであった。

 ---その時、その若神子原の陣の方角から、鏑矢の音が聞こえてきた。

「頃合いぞ!綱を断てえ!!」
 宗任は、すぐさまその音に反応して立ち上がると、大音声で命じた。

「バスッ。」
 巨大な構造物を支えている太い綱を、蕨手刀で側にいた兵が断ち切る。

 軍沢と枝沢の合流部に、巨木や板、岩や石、砂や泥で構築された堰が、満々と碧い水をたたえていたものを、一気に解き放ったのである。



「バキバキバキッ。ゴォーオオオ。」

 四千の内、三分の二以上の兵が谷間にひしめき合うようになった頃、突然はるか上流から轟音が聞こえた。

 はじめは、誰もその異音に気づいていなかったが、轟音が間近に迫ってくると、上流側にいた兵たちや、渡りきって斜面上にいた兵、これから斜面を降ろうとしていた兵たちが異変に気がついた。

「バキッバキッ。ドドドドド。」

山津波やまつなみだああ!」
 茶色い水しぶきをあげて、岩や巨木を巻き込みながら、巨大な水の壁がすぐ目の前まで迫っていた。

 濁流に巻き込まれ、天と地が何度も回転する中、兵たちは岩や巨木に頭といわず全身至る所を打ち付けて、ぼろ布のようになりながら、下流へと押し流されていった。

 悲鳴はかき消され、濁流の轟音だけが世界を制圧していた。


---水が流れ去ったあと、辺りには斜面上で辛うじて助かった兵たちが、呆然と立ち尽くしていた。


「・・・なんとも・・・いや・・。」
「・・壮絶な、いや・・むごいこと・・・。」
 絶句する永衡のあとを継いで、経清も言葉を発しようとしていたが、同じように絶句した。

 そんな二人を気にも止めるでもなく、宗任は、兵たちに追撃を命じた。
「この機を逃すべからず。速やかに攻めたてよ。」

 濁流が流れ下って、遮るものの無くなった沢筋を、宗任軍が文字通り、雪崩を打って攻め降った。

 経清と永衡の二人も、つられて舞草刀を握り、駆け下る。


 川上から聞こえてきた鬨の声に、茫然自失の呈であった繁成は、ようやく我に返り、声を張り上げた。
「隊を整えよ。敵陣を奪うのだ!」

 繁成軍は、宗任らに追い立てられるように、斜面を駆け上がり若神子原の陣に至った。

 火の勢いはおさまり、そこかしこの柴が燻っているのみの陣内は、人っ子一人いない、まさにもぬけの殻であった。


 繁成は、握った拳を震わせて陣幕の燃えさしを見つめていた。

「父上、全軍着陣致しました。追撃は止んだ模様です。」
 貞成が、側に来て告げた。


 経清と永衡を含む宗任隊は、繁成軍の後尾を食い尽くしながら、軍沢をくだり荒雄川に達すると、そのまま川岸を下流へとくだり去ったのだった。

「そうか・・・、残りはどれ位だ?」
 繁成は、振り返る事なく尋ねた。

「千五百ほどかと・・・。」
 貞成は、肯首したまま答える。


 重い沈黙が流れた。

・・・・・・・・。

「城介様、国守様より伝令が参りました。」
 武官が、走り寄り、膝を曲げて言上した。

「まことか?!して、内容は?」
  繁成が、勢い良く振り向き武官を問いただす。

「国守様の軍勢は、すでに久瀬に至り、本陣をお建てになったよしにございます。」
 武官は、こうべを垂れたまま答える。

「久瀨ということは、大沢川の向こう岸か?・・・・。」
 繁成は、尋ねるつもりもなく、独りごちた。

「して、叔父上の軍勢はどのくらいであるか?」
 今度は、はっきりと尋ねる。

「四千ほどと思われます・・・。」
 自信なさげに、武官は答える。


「まずはこの陣内をくまなく調べ、輜重しちょうが残っていないか確認せよ。あわせて対岸より物資を移動し、陣を再構築するのだ。」
 繁成は、しばらく黙考したのち、武官に指示を出した。

「それから、斥候兵を放ち俘囚どもの行方を探らせよ。叔父上にはこちらの状況を報告し、敵を包囲殲滅する手筈を整える。」
 今度は、貞成に対して矢継ぎ早に指示を出す。


 繁成は、再び陣幕の燃えさしがあった場所を見やると、燃えて炭になっても原型を留め、その場に一つだけぽつんと残された、床几らしき物を見つけ、思い切り踏みしだいた。
 木炭が壊れる乾いた音だけが、辺りに響いた。
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