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火焔の章 鬼切部13
~小鏑山~ 7
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荒雄川沿いに右岸側を南下した宗任隊は、右手から合流する中沢が見えてくると、段丘を駆け上がり、目の前の則任がいる久保田の陣に入った。
そこで一旦休息を取って、さらに南下すると沢口の貞任の陣に至った。
「おお。三郎、ご苦労であった。経清殿も、永衡殿も、無事でなにより。」
貞任は、陣内へ入って来た三人を見とめて、床几から立ち上がると、手招きをしながら労いの言葉をかけた。
「次郎兄者、策は見事成りましたな。」
宗任は満面の笑みで近寄ると、貞任の前の床几に座った。
他の二人もその隣に並べられた床几に座るように即され、無言のまま腰を下ろす。
「いかがした?お二方の助力で、まずは序盤戦の大勝、めでたき事ではありませぬか?」
一向に硬い表情がとれない二人を見て、貞任が微笑みながら尋ねる。
すると、経清が真顔のまま口を開いた。
「いや。太郎殿の見事なご采配で、お味方の勝利まことにめでたき事でございます。しかし、我らも在庁官人の端くれでありますれば、弓矢に斃れるのであればまだしも、あのような凄惨な最期をとげる兵たちをまのあたりにしますと、いささか複雑な心持ちにございます。」
そう言って、永衡ともども頭を下げた。
経清の言葉を聞いた貞任は、笑みを仕舞い、静かに言った。
「はじめに儂が、繁成に向かって申しましたこと、覚えておられまするか?『ここは荒雄川神の御わす所。この地を穢すは、祓戸大神によってことごとく滅し浄められる。』と。」
貞任の鷹眼に耀が宿り、二人を見つめた。
「いずれお二方には、知って頂かなければならぬ事がございます。日高見川に育まれしこの地と、そこに生きる我らの事を・・・。しかし今はまだ、その時ではございません。いくさが終わるまで、いましばらくのご助力をお願い申し上げまする。」
そう言って、今度は貞任と宗任の二人が頭を下げた。
経清と永衡を含む宗任隊は、貞任の命を受け、沢口の陣を出ると少し南下して、三杉道付近に隠れた。
周辺は起伏に富んだ地形を成しており、小丘状の高まりや大小無数の沼と湿地が点在して、兵を隠すのに最適な地形である。
『知らねばならぬこと・・・・。』
経清は、永衡とともに小丘の陰に身を隠しながら、さきほどの貞任の言葉を思い返していた。
登任とともに下向して以来、漠然と感じていた様々な感覚が関係していることに気づいてはいたが、それが何であるのかについては全くわからなかった。
永衡にしても、『難しいことはよう分からん。』と言うのみであった。
久瀬の登任の陣では、繁成軍からの連絡を待っていた。
早朝、物見の兵からの、貞任の陣らしき場所から黒煙が上がっているという知らせで、とび起きた登任は、一向に判らない戦況にじりじりとしていた。
昼頃になって、はるか遠くから轟音が聞こえてきた。
その異様な音に、陣中が浮足立つ。
しばらくののち、爆音とともに眼下の荒雄川を、濁流が水煙を上げて流れ下ってくるのが見えた。
「国守様、あれを・・・。」
武官のひとりが指差した。
茶色い濁流の中には、岩石や流木に混じって、無数の骸となった人馬が回転していた。
「な、なんじゃあれは・・・。なにがあった?」
登任は、持っていた扇子をとりおとし、呆然と濁流を見つめた。
濁流が流れ去っても、陣内では皆立ち尽くすのみで、しんと静まり返っていた。
「国守様さま~。国守様さま~。」
突然、大沢川の斜面を叫びながら兵が登ってくる。
近づいてくると、昨夜放った伝令兵であった。
「いかがした?」
登任が、跪く伝令兵にたずねる。
「はっ。城介様の軍は軍沢を渡りきり、俘囚の本陣、若神子原を手中におさめられました。」
伝令兵は、面を伏せたまま答える。
「まことか!?」
登任をはじめ、陣中の雰囲気がにわかに明るくなる。
「城介様は直ちに陣を整えられ、敗走した俘囚どもの行方を探っておられます。国守様におかれましても、斥候兵を放ち、両軍呼応して敵を挟撃できるよう、ご準備お願い致しますとの仰せでありました。」
それを聞いて登任は顔をあげ、左右に命じる。
「聞いたか?俘囚どもは、もはや籠の鳥ぞ。直ちに居場所を探り、いつでも出陣出来るように備えよ。」
先刻の、濁流に揉まれ下っていった人馬のことはすっかり忘れ、陣内は慌ただしく動き出した。
「俘囚どもの陣は、久保田に則任が、沢口に貞任が拠っているようにございます。」
貞成が斥候兵によってもたらされた報を、繁成に告げた。
繁成はそれを聞いてうなずくと、伝令兵に命じる。
「叔父上に伝えよ。明朝、日の出とともにわが方は久保田の則任を攻める。国府軍三千の内、千をもって沢口の貞任を牽制し、残りの二千で則任を挟撃して頂きたいと。」
そして、まわりに控える兵たちに向けて大音声で言い放った。
「敵兵はすべて合わせても二千に満たない。我ら総勢五千をもってすれば、物の数ではない。明日こそ、化外の民、俘囚どもを誅してやろうぞ!」
「おぉー!!!」
そこで一旦休息を取って、さらに南下すると沢口の貞任の陣に至った。
「おお。三郎、ご苦労であった。経清殿も、永衡殿も、無事でなにより。」
貞任は、陣内へ入って来た三人を見とめて、床几から立ち上がると、手招きをしながら労いの言葉をかけた。
「次郎兄者、策は見事成りましたな。」
宗任は満面の笑みで近寄ると、貞任の前の床几に座った。
他の二人もその隣に並べられた床几に座るように即され、無言のまま腰を下ろす。
「いかがした?お二方の助力で、まずは序盤戦の大勝、めでたき事ではありませぬか?」
一向に硬い表情がとれない二人を見て、貞任が微笑みながら尋ねる。
すると、経清が真顔のまま口を開いた。
「いや。太郎殿の見事なご采配で、お味方の勝利まことにめでたき事でございます。しかし、我らも在庁官人の端くれでありますれば、弓矢に斃れるのであればまだしも、あのような凄惨な最期をとげる兵たちをまのあたりにしますと、いささか複雑な心持ちにございます。」
そう言って、永衡ともども頭を下げた。
経清の言葉を聞いた貞任は、笑みを仕舞い、静かに言った。
「はじめに儂が、繁成に向かって申しましたこと、覚えておられまするか?『ここは荒雄川神の御わす所。この地を穢すは、祓戸大神によってことごとく滅し浄められる。』と。」
貞任の鷹眼に耀が宿り、二人を見つめた。
「いずれお二方には、知って頂かなければならぬ事がございます。日高見川に育まれしこの地と、そこに生きる我らの事を・・・。しかし今はまだ、その時ではございません。いくさが終わるまで、いましばらくのご助力をお願い申し上げまする。」
そう言って、今度は貞任と宗任の二人が頭を下げた。
経清と永衡を含む宗任隊は、貞任の命を受け、沢口の陣を出ると少し南下して、三杉道付近に隠れた。
周辺は起伏に富んだ地形を成しており、小丘状の高まりや大小無数の沼と湿地が点在して、兵を隠すのに最適な地形である。
『知らねばならぬこと・・・・。』
経清は、永衡とともに小丘の陰に身を隠しながら、さきほどの貞任の言葉を思い返していた。
登任とともに下向して以来、漠然と感じていた様々な感覚が関係していることに気づいてはいたが、それが何であるのかについては全くわからなかった。
永衡にしても、『難しいことはよう分からん。』と言うのみであった。
久瀬の登任の陣では、繁成軍からの連絡を待っていた。
早朝、物見の兵からの、貞任の陣らしき場所から黒煙が上がっているという知らせで、とび起きた登任は、一向に判らない戦況にじりじりとしていた。
昼頃になって、はるか遠くから轟音が聞こえてきた。
その異様な音に、陣中が浮足立つ。
しばらくののち、爆音とともに眼下の荒雄川を、濁流が水煙を上げて流れ下ってくるのが見えた。
「国守様、あれを・・・。」
武官のひとりが指差した。
茶色い濁流の中には、岩石や流木に混じって、無数の骸となった人馬が回転していた。
「な、なんじゃあれは・・・。なにがあった?」
登任は、持っていた扇子をとりおとし、呆然と濁流を見つめた。
濁流が流れ去っても、陣内では皆立ち尽くすのみで、しんと静まり返っていた。
「国守様さま~。国守様さま~。」
突然、大沢川の斜面を叫びながら兵が登ってくる。
近づいてくると、昨夜放った伝令兵であった。
「いかがした?」
登任が、跪く伝令兵にたずねる。
「はっ。城介様の軍は軍沢を渡りきり、俘囚の本陣、若神子原を手中におさめられました。」
伝令兵は、面を伏せたまま答える。
「まことか!?」
登任をはじめ、陣中の雰囲気がにわかに明るくなる。
「城介様は直ちに陣を整えられ、敗走した俘囚どもの行方を探っておられます。国守様におかれましても、斥候兵を放ち、両軍呼応して敵を挟撃できるよう、ご準備お願い致しますとの仰せでありました。」
それを聞いて登任は顔をあげ、左右に命じる。
「聞いたか?俘囚どもは、もはや籠の鳥ぞ。直ちに居場所を探り、いつでも出陣出来るように備えよ。」
先刻の、濁流に揉まれ下っていった人馬のことはすっかり忘れ、陣内は慌ただしく動き出した。
「俘囚どもの陣は、久保田に則任が、沢口に貞任が拠っているようにございます。」
貞成が斥候兵によってもたらされた報を、繁成に告げた。
繁成はそれを聞いてうなずくと、伝令兵に命じる。
「叔父上に伝えよ。明朝、日の出とともにわが方は久保田の則任を攻める。国府軍三千の内、千をもって沢口の貞任を牽制し、残りの二千で則任を挟撃して頂きたいと。」
そして、まわりに控える兵たちに向けて大音声で言い放った。
「敵兵はすべて合わせても二千に満たない。我ら総勢五千をもってすれば、物の数ではない。明日こそ、化外の民、俘囚どもを誅してやろうぞ!」
「おぉー!!!」
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