日高見の空舞う鷹と天翔る龍 地龍抱鷹編

西八萩 鐸磨

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九重の章 京極御堂 12

~御殿山~ 7

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 それからの四年弱は、軍事的衝突もなく、表面上は何事も無く過ぎ去っていった。
 
もっともこの間にも、重要な出来事はあった。
 
 翌永承八年--改元かいげん天喜てんぎ元年(一〇五三年)、裳着もぎを終えたばかりの、有加一乃末陪と中加一乃末陪がそれぞれ、藤原経清と平永衡にした。
 有加一乃末陪ありかいちのまえは数え十六、中加一乃末陪なかいちのまえは十五であった。
 
 この頃の貴族の娘は、十三から十六の頃に、『裳着』と呼ばれる儀式を経て、成人となる。
 『裳』と呼ばれる着物を、腰結こしゆいと称する者に着せられ、裳の腰紐こしひもを結び、垂らしていた髪を結って、髪上げをするのである。
 
 経清らは、奥六郡を速やかに治めるため国府と鎮守府を往復する、国守や権守に随行していたが、そのさなかに、先の鬼切部でのいくさでの助力に対する礼と、なにより本人たちの仲が急速に親密さを増していたこともあって、頼時から是非にと請われて婚儀に応じたのであった。
 
 一加は、自分も経清様のところにとつぐと言って強請ねだったが、裳着にもまだ早いと言われて、しばらくはへそを曲げていた。
 
 だが、姉二人の花嫁姿を見ると機嫌を直し、今度は、生まれてくるややこは自分が面倒を見ると言いだした。
 
 それを聞いた正任に、嗤われていたが・・・。
 
 


 
 永承七年の暮も押し詰まった頃、『良』の字を避諱ひきし『頼時』となった安倍頼時は、明けた正月に催される朝賀に参賀するため、国府の安倍館へと来ていた。
 
 元の安倍館は頼義により接収されたため、今は東西大路と西九小路の交わる処、政庁とは大分離れた場所にそれはあった。
 
 街の中心部から外れへと遠ざけられたともいえるが、国府へ訪れる者も、届けられる物も、陸路ではこの館の前を通らねば府下には入れない、まさにその場所は国府の『喉元』、『袋の縛り口』ともいえる位置にあった。
 
 
 大晦日、その新しい安倍館に経清と永衡が招かれた。
 
 宴が一通り終わり、静かに年越しを迎えようという頃、二人は頼時の室へ呼ばれた。
 
 
「このような刻限にお呼びだてして申し訳ない。」
 頼時は、二人が室へ入り並んで座して一礼すると、まずはひとこと詫たのだった。
 
「いえ、このような日に二人してお招きいただいた上に、大いに饗していただき、こちらの方こそ御礼のしようもございません。」
「いかにも。」
 二人は、膝に両手をついて再度頭を下げた。
 
「実は、お二方にお願いしたき儀があって、お呼びだていたしましたのじゃ。」
 顔をあげた二人の目を交互に見て、真剣な面持ちで頼時は言った。
 
「曰理権大夫殿、伊具郡司殿。何卒、我が娘、有加一乃末陪と中加一乃末陪を貰ってはくれまいか?この安太夫のたっての願い、ご承諾頂きたい。」
 そう言って頼時は、両手をついて深々と一礼した。
 
「・・・・。」
「・・・・。」
 目の前の頼時の頭を見つめて、経清と永衡の二人は、絶句し、しばらくは固まっていた。
 
「・・・か、顔をお上げください。安太夫殿。」
「・・・な、中加どのとですか?」
 ようやく二人は、頭を下げたまま身じろぎ一つしない頼時に声をかけた。
 
「おお、伊具郡司殿。どちらがどちらをとも申していないのに、よくお分かりで。やはり、おぬしも懸想けそうしておられたのですな?」
経清に言われて顔を上げた頼時は、満面の笑みで永衡を見る。
 
「お、お主。そうなのか?」
 それを聞いた経清が、振り向いて声を上げる。
 
「い、いや。そ、そういうつもりではなく・・・。」
 永衡が慌てる。
 
「では、中加のことはお嫌いか?」
 頼時が、顔を突き出して尋ねる。
 
「そ、その・・・嫌いというわけではなく・・。ま、まあなんだ、憎からずとは思ってはいたが・・・。」
 詰め寄られて、腰を引き気味にしてつぶやく。
 
「では、好いておられるということで、よろしいのだな?」
 頼時が、眼力を強くして尋ねる。
 
「は、はあ。そうなります、か、な。は、は、は。」
 永衡は、そう言って右手で頭の後ろを掻いた。
 
「曰理権大夫殿はどうなのじゃ?」
 何も言えぬまま、頼時と永衡のやりとりに、呆然と二人の顔を交互に見ていた経清の方に、突然顔を向けて頼時が尋ねる。
 
「わ、儂ですか?」
 慌てて頼時の方を向いた経清から、変に高い声が出た。
 
「いかにも。有加のこと、どのように思っておられる?お嫌いですかな?それとも何とも思っておられないとか?」
 頼時の眼光が、より鋭くなっている。
 
「いや、好きとか、嫌いとか。そういうことは、それがしは・・・。」
戸惑う経清。
 
「ほう・・・。鎮守府に来られるたびに、あれほど親しげにされておるというのに、そなたは、何とも思っておられないと・・・。有加も不憫よのう・・。」
 頼時は、冷たい目線を経清に送った。
 
「そ、そうではなくてですな。あれほどの器量と気立ての良さをお持ちの方は、それがしには分不相応(ぶんふそうおう)かと、思い・・・。」
 経清は、今度は別な意味で慌てた。
 
「そうであろう、そうであろう。有加あれも、事あるごとに、『経清様が、経清様が」と申すでな。」
 娘を褒められた頼時は、相好をくずして言葉を続ける。
 
 そして、表情を一変させると。
「家中の者はみな、有加はそなたと一緒になると思い込んでおるのだぞ。曰理権大夫殿、いかがしてくれる?」
 頼時が、鋭い目つきで経清を睨みつける。
 
「じ、実はそれがしも、永衡ではないですが、憎からずとは思ってはおりました。」
 観念したのか、経清は、頼時から目線をそらして答える。
 
「で?」
 頼時は経清を見つめたまま先を即す。
 
「で、でありますから・・・。大変身に余ることではありますが、このお話、是非お受けいたしたいと思います。」
 そう言って経清は、ひとつ身を後ろへ下げて、深々と一礼した。
 その隣では、同じように永衡が、深々と一礼している。
 
「あい分かった。こちらこそ、娘二人のこと末永うよろしくお願い申し上げる。」
 そう言って今度は頼時が、ひとつ身を後ろへ下げて、深々と一礼した。
 
 ・・・・はたから見れば、大の漢が三人して互いに両手をついて平伏しあっている、奇妙な空間がそこにはあった。
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