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白銀の章 阿久利川3
~蛇田山~ 3
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「準備は整ったか?」
説貞は、自分の館に戻ると、二人の息子を室に呼んで尋ねた。
「万端、整いましてございます。」
嫡男の光貞が、弟元貞と共に父の前に座して一礼した。
「ご苦労であった。・・・ところで、先ほど陸奥守様に呼ばれた。」
説貞が、二人の顔を見ながら言った。
「何かご指示があったのですか?」
元貞が、尋ねる。
「いや、とりたてて具体的なご指示があったあったわけではない。」
説貞は、首を振る。
「それにしては、お顔が険しいようですが?」
光貞が、聞き返す。
元貞も頷く。
「ただ、何も成果を上げることなくこの地を去ることに、少しばかり心残りがお有りになるようだ。」
説貞は、そう言って目を閉じた。
「・・・そうですか。ですがすでにご後任も決まり、あとは鎮守府での務めが終われば、帰京するばかりです。こればかりは、致し方ないのでは?」
元貞が、聞く。
「俘囚どもも、陸奥守様がご下向されて以来、全く猫を被ったように大人しくしておりますからな。朝廷の方々もすっかり安心しきっておられるのでしょう。まことは、虎狼のような奴らだというのに・・。」
光貞が、うつむきながら言う。
「まあ、そうなのであるが、陸奥守様はこのようにも仰せられていた。『万が一のことが起これば、武門の家の者でなければ陸奥守は務まらぬことになる。その時の適任は自分の他におらぬであろう。』と。」
説貞が目を開けると、顔を上げて言った。
「『万が一』ですか・・。」
元貞が、つぶやく。
「・・・・そう言えば、貞子のことですが、やはり連れて行くのですか?」
しばらくの沈黙の後、光貞が、急に妹の話を持ち出した。
「そ、そうじゃな。あまりにうるさいので、連れて行くことにした。あれが、いかがした?」
説貞が、怪訝な顔をして尋ねた。
「家人の話では、どうも想い人がおるようなのです。」
光貞は、目元に僅かに笑みを乗せて答える。
「な、なに!それはまことか?その相手とはどこの誰じゃ?」
説貞が、慌てたように身を乗り出した。
元貞は、唖然とした表情で兄の顔を見ている。
「先日、志波彦神社に詣でた折に、見初めたようなのです。なんでも、熊のような巨躯で青毛の馬を駆っていたとか。」
光貞の目元の笑みが、冷たいものに変わっている。
「安倍次郎か!」
元貞が、ハッとして言った。
「なんじゃと!よりにもよって、あの獣のような奴か!・・うぬっ、けしからん。」
説貞の顔が、みるみる赤黒くなる。
「父上、そう熱くなられますな。おなごの一時の気の迷いなど、取るに足らぬこと。向こうも、アレの想いなど全く気づいてもおらぬはず。」
光貞は、こぶしを握りしめて震わせる説貞を静かに宥める。
「そ、それはそうだが・・・。」
説貞は、元の位置に座り直した。
「それよりも、この話、全くの逆の場合であったならば、どうなりましょうな?」
多少落ち着きを取り戻した説貞に、光貞が尋ねる。
「そのようなこと、考えるだけでも悍ましいわ。だれが、大事な娘を俘囚ごときにやるというのか!」
ふたたび激昂し始める説貞であった。
「ですから、当然断るわけです。それでも諦めきれない男は、どうしますでしょうな?」
あくまで冷静さを保ちながら光貞は、もはや冷笑というべき表情で、さらに尋ねる。
「・・・自棄に、走るやも、知れぬな・・。」
息子の変わらぬ冷静さに何かを感じ取り、説貞は呟いた。
「左様ですな。まさにそのような場合、『万が一』のことが起こることもあろうかと・・・・。」
光貞は、小さく頭を下げて言った。
「兄上!」
「光貞、そなたもしや・・・だが、それではアレがあまりに不憫ではないか・・。」
説貞と元貞は、二人同時にハッとして顔を上げた。
「父上、元々欲してはならぬものを欲したのです。事が成ればいくらでも、後々よく言い含めることも出来ましょう。いずれ、それなりの方へ輿入れすればよろしいのです。それよりもまずは、陸奥守様がこの地に引き続き残られて、存分にお働きして頂けることが肝要かと。」
光貞は、説貞の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうか・・、そうじゃな。では、鎮守府に着いたら、一度、二人が会えるようにするといたそう。」
説貞は、光貞の言葉を聞き、漸く納得したのか、再び犀利そうな瞳を取り戻してそう言ったのだった。
説貞は、自分の館に戻ると、二人の息子を室に呼んで尋ねた。
「万端、整いましてございます。」
嫡男の光貞が、弟元貞と共に父の前に座して一礼した。
「ご苦労であった。・・・ところで、先ほど陸奥守様に呼ばれた。」
説貞が、二人の顔を見ながら言った。
「何かご指示があったのですか?」
元貞が、尋ねる。
「いや、とりたてて具体的なご指示があったあったわけではない。」
説貞は、首を振る。
「それにしては、お顔が険しいようですが?」
光貞が、聞き返す。
元貞も頷く。
「ただ、何も成果を上げることなくこの地を去ることに、少しばかり心残りがお有りになるようだ。」
説貞は、そう言って目を閉じた。
「・・・そうですか。ですがすでにご後任も決まり、あとは鎮守府での務めが終われば、帰京するばかりです。こればかりは、致し方ないのでは?」
元貞が、聞く。
「俘囚どもも、陸奥守様がご下向されて以来、全く猫を被ったように大人しくしておりますからな。朝廷の方々もすっかり安心しきっておられるのでしょう。まことは、虎狼のような奴らだというのに・・。」
光貞が、うつむきながら言う。
「まあ、そうなのであるが、陸奥守様はこのようにも仰せられていた。『万が一のことが起これば、武門の家の者でなければ陸奥守は務まらぬことになる。その時の適任は自分の他におらぬであろう。』と。」
説貞が目を開けると、顔を上げて言った。
「『万が一』ですか・・。」
元貞が、つぶやく。
「・・・・そう言えば、貞子のことですが、やはり連れて行くのですか?」
しばらくの沈黙の後、光貞が、急に妹の話を持ち出した。
「そ、そうじゃな。あまりにうるさいので、連れて行くことにした。あれが、いかがした?」
説貞が、怪訝な顔をして尋ねた。
「家人の話では、どうも想い人がおるようなのです。」
光貞は、目元に僅かに笑みを乗せて答える。
「な、なに!それはまことか?その相手とはどこの誰じゃ?」
説貞が、慌てたように身を乗り出した。
元貞は、唖然とした表情で兄の顔を見ている。
「先日、志波彦神社に詣でた折に、見初めたようなのです。なんでも、熊のような巨躯で青毛の馬を駆っていたとか。」
光貞の目元の笑みが、冷たいものに変わっている。
「安倍次郎か!」
元貞が、ハッとして言った。
「なんじゃと!よりにもよって、あの獣のような奴か!・・うぬっ、けしからん。」
説貞の顔が、みるみる赤黒くなる。
「父上、そう熱くなられますな。おなごの一時の気の迷いなど、取るに足らぬこと。向こうも、アレの想いなど全く気づいてもおらぬはず。」
光貞は、こぶしを握りしめて震わせる説貞を静かに宥める。
「そ、それはそうだが・・・。」
説貞は、元の位置に座り直した。
「それよりも、この話、全くの逆の場合であったならば、どうなりましょうな?」
多少落ち着きを取り戻した説貞に、光貞が尋ねる。
「そのようなこと、考えるだけでも悍ましいわ。だれが、大事な娘を俘囚ごときにやるというのか!」
ふたたび激昂し始める説貞であった。
「ですから、当然断るわけです。それでも諦めきれない男は、どうしますでしょうな?」
あくまで冷静さを保ちながら光貞は、もはや冷笑というべき表情で、さらに尋ねる。
「・・・自棄に、走るやも、知れぬな・・。」
息子の変わらぬ冷静さに何かを感じ取り、説貞は呟いた。
「左様ですな。まさにそのような場合、『万が一』のことが起こることもあろうかと・・・・。」
光貞は、小さく頭を下げて言った。
「兄上!」
「光貞、そなたもしや・・・だが、それではアレがあまりに不憫ではないか・・。」
説貞と元貞は、二人同時にハッとして顔を上げた。
「父上、元々欲してはならぬものを欲したのです。事が成ればいくらでも、後々よく言い含めることも出来ましょう。いずれ、それなりの方へ輿入れすればよろしいのです。それよりもまずは、陸奥守様がこの地に引き続き残られて、存分にお働きして頂けることが肝要かと。」
光貞は、説貞の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうか・・、そうじゃな。では、鎮守府に着いたら、一度、二人が会えるようにするといたそう。」
説貞は、光貞の言葉を聞き、漸く納得したのか、再び犀利そうな瞳を取り戻してそう言ったのだった。
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